作品の移動や破損など、アートの悩みをNFT化で解決

――具体的に、NFTがビジネス面の課題を解決しそうだとか、なにか変化はあるんですか?

小鍋藍子氏(以下、小鍋):そうですね。物を移動したり保管したりとか、大変な労力のかかるものだったのが、全部デジタル上で解決するのがすごく大きなところだなとは思いますね。

あともう1つ。このムーブメントを作ったのは、今までコツコツと制作してきたメディア・アーティストたち。作品がアートマーケットの中に組み込まれるような販売をするようなタイプではなかった方々が、「ちゃんとこれが1つの作品なんだ」というフォーマットを作れるようになったのがすごく大きいなと思っていますね。

中野信子氏(以下、中野):メディア・アーティストって、一般に思われているより貧乏ですよね。

(一同笑)

小鍋:そうですね。プロジェクト単位で作っていても、その場限りになってしまったり、テクノロジーは進歩したけれどデータが壊れてしまうこともあって。

小鍋:データ自体がなくなって、発表できなくなっちゃったものをNFT化して、再販売されている方もいる。

中野:リマスターみたいな。

小鍋:そうですね。昔のMacintoshで作ったもので、ソフトとハード一体型だったから作品化できなかったものを、藤本由紀夫さんとかが作ってくださったり。

中野:やっていますね。素晴らしいな。

久保田真帆氏(以下、久保田):メディア・アートもそうですが、コンセプチュアルアートの可能性もありますよね。

小鍋:確かに。

久保田:コンセプチュアルアートで、例えばソル・ルウィットはいろんなところに壁画を再現する権利を売っているんですが、たぶん「指示書」みたいなものだと思うんですね。その指示書みたいなものをNFT化すれば、より後世に伝えていける。

小鍋:確かに。そうですね。

NFTアートにおける著作権の問題

久保田:あとやっぱり、著名なアーティストは自分が死んだあともエステートを作って、自分のやりたいことを伝えていくことができたんです。だけど、なかなか自分のエステートが作れない人でも、志があれば自分のアイデアをちゃんとNFT化して社会的に共有できたり、人に持ってもらったり、これはすごく大きいなと思います。

小鍋:そうですね。

――「エステート」というのは何ですか?

久保田:財団。アーティストが死んだあと、アーティストの権利をメンテナンスしていくというか、管理していくところ。

――なるほど。

久保田:エステートもいろいろあるんですが。例えばリヒテンシュタイン財団とかは、誰かがどこかで(作品を)コピーしていると彼らが訴えたり。著作権とか、アーティストが亡くなったあとも展覧会の企画に関わったりとか、そういう感じでしょうかね。

――なるほど。ありがとうございます。

中野:ちょっと初歩的なところに戻ると、NFTと著作権がやや混同されがちというのもありますかね。

小鍋:確かに。弊社で作っているサービスが作品証明書ということもあって、著作権管理もできるように作られているんですね。作品が流通する上でのルール設定も組み込むことができるんです。

普通のNFTの売買だと、同じマーケットプレイスだったら還元金の設定は自動的にできるようになっていると思うんですが、スタートバーンのCert.というサービスの中だったら、「どこかのメディアに出す時には作家さんに一報入れてね」「転売するのは3年先にしてください」とかもできます。

中野:そういう指示もできるんだ。

小鍋:あります。

――クリエイティブ・コモンズ(著作物の再利用を推進することを目的とし、ユーザーが手軽に利用できるような著作権のルール)の、Cert.版ということですか?

小鍋:そうです。「グッズ化はここまでだったらOK」という項目を書く方もいらっしゃいますね。

デジタルデータ作品の「所有」という概念の曖昧さ

――アートを購入した時に、一般的に絵画などの著作権の扱いはどうなるんですか?

久保田:著作権はアーティストにそのまま帰属します。

――著作権はアーティストに帰属するけれど、売買はしてもいいと。

小鍋:そうなんです。NFTのやり取りって、一番そこが議論されるところでもあるんですが、所有権は絶対がないものには宿らないんですね。なので、デジタルデータしかないものを「所有している」と言えるのかどうかがすごく曖昧なんです。

データ自体に1つのIDが付くので「これを持っているのは私です」という証明ができるところが大きいです。とは言え、所有権は本当にあるのかと言われると、まだまだ議論があります。

(一同笑)

中野:法律化のテクニカルな部分の問題が、まだ残っているという感じですかね。

小鍋:そうですね。物体がないので、所有していると主張できるのかどうか。

中野:アウラの問題が。

小鍋:そうそう(笑)。

中野:100年くらい前に「アウラ問題はどうなるんだ?」という議論がありましたが、アウラをデジタル上でトークンとして表現するのがNFTなのかな。うーん、そういうものでいいんだろうか? という気もするし。

――「アウラ問題」について、詳しくおうかがいしてもいいですか?

(一同笑)

中野:アウラについては(久保田さんが)もっともお詳しいと思います。コピーするとアウラが失われるという議論ですね。

――スピリチュアルな感じじゃないですか?

中野:そう見えますよね。本物のアートにはアウラがあるけれども、偽物にはないですよねという。

久保田:そうですね。例えば、そこにある奈良美智の絵。コピーされているんですが、けっこうプロでも間違えちゃうんです。でも、本当に見る人が見ると「こっちはアウラがあるけど、こっちはコピーだね」って。

――へえ!

3D技術で再現された絵は、本物よりも価値が損なわれるのか?

久保田:ただ、それを誰がどういうふうに見て、どうジャッジしてるかって、すごく......。

小鍋:難しいですね。言い方がおかしいですが、コピーされると価値が損なわれるような印象があります。アウラは難しいな。

中野:ヴァルター・ベンヤミンの論ですね。本物だけが持つ、迫真性や神聖性や一回性をアウラと名付けているんです。でも複製技術がすごく発達すると、絵の具の盛り上がりですら、3Dで本物と寸分違わない再現ができてしまう時代になってきて、「アウラとはなんだ?」という議論がけっこうあったんですよ。

デジタルデータになると、なおさら「それは何なの?」ということになってきちゃうんですよね。「そんなものは本当はないんじゃないか」ということを薄々思っているんだけど、NFTという新技術ができてくると、アウラにトークンを与えようという動きなのか? という話もできるわけですよね。

久保田:それ、おもしろいですよね。

中野:アウラに与えられるトークン。

久保田:それはすごくおもしろい。

中野:そういう話をしている人いないのかな? 誰かがしていると思うんだけど。

小鍋:アウラについてちゃんと語っているところって、ないかもしれない。

中野:意外とない、という可能性もありますよね。だってもう100年ぐらい前の話だから、「またアウラか」みたいなのもちょっとあるし(笑)。

小鍋:確かにそうですね。

作品の所有者や来歴など、データが公開されることへの賛否

――メディア・アート以外のリアルの絵画が、ビジネス的に変わるところはあるんですか?

小鍋:そうですね。今までは紙の証明書を発行していたものがなければ、作家さんが作品本体にサインを書くとか、年代を書くくらいしか、判断するところがなかったんですよね。特にフォーマットがないので、「作家がサインしているから本物だろう」ということが、決まっていなかったところがありまして。

作品のデータ自体を全部入れてしまえば、それ自体が証明書と作品がイコールになるような価値付けになればいいなと思って作っています。なので作品の基本情報だけじゃなくて、今は誰が所有しているかという記録や来歴も付けられたり、展示の履歴も付けられるものを作っているんですね。

久保田:そこがビジネス的に大きな違いで、誰が買ったのかという来歴が全部見え見えになっちゃうんです。

中野:誰からも見られるわけですよね。

小鍋:そうですね。

久保田:アートはそこを隠してやってきたビジネスで、ある意味それがアートの胡散臭さでもあったんですが、公に「持っているよ」と言えない人も世の中にはけっこういます。

(一同笑)

久保田:それがブロックチェーンによって可視化されることについては、良いと思う人もいれば、困っちゃうなという人もいる。

小鍋:アート独特の流通の仕方があるので、私たちは個人名は出さない。来歴には、ブロックチェーン上のイーサリアムアドレスしか出ないようにしていて。例えば企業さんで購入される時には、企業名も登録した人だけが出るようにしているんですね。さらに、作品の価格とかも、すごくみんなが隠したがるところ(笑)。

久保田:そうでしょうね。

SNSの普及で強まった「見せびらかしたい」という心理

小鍋:大事なところなので、アートでは(価格を)オープンにしていないんですよね。なNFTの流通だとすべてオープンになってしまうんですが、アートの流通に特化している点で言えば、オリジナルのデータは作品を所有している人しか見れないようにして、デフォルトで隠しているんですよ。

「オープンにしてもいいよ」という人がいたらもちろんオープンにするんですが、作家さんの了承を得ないとできないようにしていますね。

久保田:なるほど。

中野:おもしろい。

小鍋:今は「むしろオープンにしたい」というお客さんが増えているので、おもしろいなと思います。

中野:そうなんですね。

小鍋:バーチャルギャラリーで自分のコレクションを見せたいから、「オープンにしてください」とか。

中野:見せたいんだ。おもしろい、だいぶ様相が違いますね。

小鍋:そうなんですよ。

中野:「いいね」がほしい。

(一同笑)

小鍋:見せびらかしたい。

中野:そうか。たぶんそこは昭和くらいの頃とは様相が違っていて、要するに今はSNSができたことで、「承認される」の価値がぐっと高くなっているわけですよね。その構造変化による「見せたい」という心理の変遷が、こうした形であからさまに可視化されることにすごく興味があります。

小鍋:「限られた人にしか見せたくない」という人もいます。

中野:かつては「目垢がつく」とか言われていましたね(笑)。

小鍋:そう(笑)。たくさん見られるのって、回転寿司で言うと「何周もしちゃったからちょっとね」みたいな感じで言われることもある業界だったので。

時代の流れに合わせて、写真撮影を許可する美術館も

中野:今はだいぶ違う。見られてこそ華、という時分になったんですね。

小鍋:そうですね。美術館もそうですが、今までは写真撮影を(許可)してなかったところも、SNSがすごく普及したので、見せるのがOKになってきた所がすごく多くなってるんですよね。やっぱり、見られたほうが人は来るというのも実証されているんですよね。

久保田:これが今日のお客さまのです。仮想空間にすごく作品をたくさん飾っていて、部屋とかも変えるんですって。

小鍋:すごいすごい、こんな感じなんだ。

中野:おしゃれ(笑)。おもしろい、本棚がある。このスペースは買えるんですか?

久保田:OnCyber.ioっていうところで、作品を1個ずつ見たりできます。

小鍋:自分が買ったNFTを並べることがことができるんですね。

久保田:だから今日の中野さんの作品も買って、ここに並べたいなって。

中野:わぁ、うれしい(笑)。

久保田:この人、たぶん今、日本で一番買ってる人。

――デジタル上の個人のギャラリーですか?

久保田:個人のギャラリーというか、この人が所有されてるものを飾っている。これが彼のリアルの部屋で、こっちがサイバーの部屋。

中野:かわいい。

久保田:かわいいよね。こういうの見ると「いいな、私もやりたいな」なんて思います。

小鍋:OnCyberに載せるには、設定を公開にしておかないとできない。

久保田:OnCyberに載せたいなぁ(笑)。やっぱり、ここに飾ってほしいので。

中野:飾ってほしい。

小鍋:そうやって見ると、やっぱりみんなも公開したくなってくるんですよね(笑)。

バーチャル空間におけるコミュニティの重要性

久保田:この人、NFTのことになると必ずみんなに呼び出されてヒアリングをされていて、もう伝道師になってる(笑)。いろんな人が彼に「NFTの良さを教えてよ」と言ってるみたいです。買って飾っていて、数も半端ないから。

小鍋:私も勉強会に参加してみたいですね。

中野:けっこうかわいい作品があるなぁ。この人、たぶん脳が好きなんだろうな。ちょっと私のやつに似てる。

久保田:リアル(のアート)もすごく好きな人なので、買ってるものはすごく趣味が良いですね。彼がおもしろいこと言ってたんだけど、「ビットコインの人たちはけっこう原理主義者だからNFTアートが嫌いだ」という話もあったり。ビットコインの原理主義のほうでは、「アートなんてゴミでしょ」という話もあったりするらしい(笑)。

中野:へぇー、おもしろい。

久保田:あと、おもしろいなと思ったコミュニティの話なんだけど、もともと仮想空間での話はゲームから始まっていて。『Fortnite』は本当は殺し合いゲームなのに、ティーンエイジャーが学校から帰ったらみんな「『Fortnite』で集まろうぜ」と言って、『Fortnite』でコミュニケーションする。殺し合いゲームを超えて、そこでアバターになった人たちが……。

中野:仲間になる。

久保田:そこで洋服を買えたりとか。

小鍋:バーチャル上で、「こういうアイテムを買った」みたいなのを自慢する。私たちの時代で言う「ちょっとかわいい洋服買ったよ」「こういう筆箱を買ったよ」とかじゃなくて(笑)。『Fortnite』で新しいアイテムを買ったんだ、こういう装飾になったんだ、みたいな。それがアートと一緒になっちゃってるわけ。

アート作品の「良さ」と「レアリティ」は別物

久保田:「『Fortnite』でこのアイテム買ったよ、レアだよ」っていうのがアートと同じになったんだけど、彼が言っているのは、「アートにおけるレアリティって何なの?」ということ。

『Fortnite』に出てくる洋服は、ツールで見るとレアさが1から10,000まで並んでるんです。誰が見てもわかるように「これが一番レアだよ」ってわかる。もちろん、マーケットにはそういうものがあってもアートでは可視化されたことはないし。(レアリティを決めるのは)値段なのかなって。

小鍋:たぶん、フォーマットがあるからじゃないかなと思っていて。例えば弊社のスタッフにもアーティストがいるんですが、『猫と犬の戦い』といって、犬派と猫派を戦わせるものを作っていて(笑)。

(一同笑)

すごくかわいい猫ちゃんとワンちゃんの3Dモデリングを作っていて。一定の型があって、「耳の形はこうします、ここにぶちがあります、体が透明です、これが一番レアです」というのがすごくわかりやすくなってるんですね。良く見ると、足の裏にこういう模様がありますとか(笑)。

久保田:『ポケモンGO』のゲットと一緒じゃないですか。「レアキャラ獲りました」みたいな。

小鍋:でも、アートのレアさは本当に見た目だけじゃわからないですよね。「作家さんがこういう活動をしたから」「こういう展覧会で評価されたから」とか、背景になるものがたくさんあるので。見た目だけで判断するのって、すごく大変だと思うんです。だからバックグラウンドが証明書に書かれていれば、そこが評価軸になるのかなと思います。

ご本人がこの作品をちゃんと作りました、すごく売買されてきています、こういうところで展示された、ここで批評も受けている……という評価が、淡々とタグラインに出ることのほうが大事かなと思ってます。

中野:現物のアート作品だと、必ずしもレアなものが価値が高いわけではないじゃないですか。マスターピースみたいなラインのほうがその作家性がよく出ていたり、作品としてのクオリティもそっちのほうがいいことも多い。必ずしもレアな作品が売れるとは限らないというか。その様相が、デジタル空間の中でのアートだと変わってくるということですか?

小鍋:そうですね。とはいえ、NFTもやっぱり……。

中野:「良いものは良い」というか?

小鍋:値段を吊り上げている人たちも、ちゃんとしたコレクターさんたちだったりするので、一概には言えない気もしますね。

中野:パラメータは独立なんですね。「良さ」と「レアリティ」は別。

オンライン上での評判が、作品の価値に直結

小鍋:OpenSeaという、世界で一番大きなNFTのマーケットプレイスがあるんですが、そこは本当になんでもあるから、どれが良いか悪いかを探しにいくのがすごく大変。なのでDiscordとかで、「新しいのが出たよ」「これ、良いよ」というのを、チャットしながらみんなでディグるというか(笑)。探し合う感じだと思うんですよね。

中野:そうか。それが、かつての批評家集団のような役割を果たしてるわけですよね。そこって、レピュテーションマネジメント(評判管理)をする人はいないんですか? 

小鍋:いると思います(笑)。

久保田:いるし、間違うとすごくディスられて価値が下がると聞きましたね。エドガー・プランズさんという方がNFTアートを7,777個作ったらしいんですが、作ってる間にハッキングされたらしくて。

中野:うわっ、かわいそう。

久保田:それで、買った人たちがDiscordでぶーぶー文句を言って。それでもう、価値がダメになっちゃった。だからDiscordでの評判は非常に重要ですよね。そこを守らなきゃいけないところもあるだろうし。

中野:セキュリティの会社とか、そのうち流行りそう。

小鍋:コンサル、流行りそうですよね。

久保田:ただ一方で思ったのは、「みんなと同じものを持ちたい」と思うところもある。

中野:そうそう。その話、私も聞きたかった。

久保田:今はリアルのアートでもそうです。特に後発型の、いわゆるストリートアートでフルハウスというのがあって。「揃えられた」ことによって、みんなと同じコミュニティに入れるという。

中野:「コンプリートしました」みたいな、スタンプラリー的なやつですね(笑)。

久保田:ゲーム感覚になってきてるのかな。

小鍋:それもあると思いますね。NFTを買ってみると、やっぱり集めてみたくなるのもわかるんですよね。「自分の管理画面にいっぱい並んでる、かわいい」「これだけ貯まってきた」みたいな、トレーディングカード的な要素はあると思いますね。