敬遠されがちな「科学」を、アートで身近なものに

中野信子氏(以下、中野):こんばんは、中野信子です。今回は「星の時間」という展覧会を開催させていただいたんですが、自分はキュレーターとして関わっています。

ご覧になった方からは、「これは作品だからアーティストじゃないのか?」というふうにおっしゃる声が多いんです。確かに、一般的な見方からはアーティストであるかもしれないんですが、今回は「来ていただいた方ご本人がアーティスト」で、ご自分の脳波を使って壁にその人の内面を画像として映し出すというスタイルのアート作品を、私がキュレーションしています。

多くの人は、科学が好きですよね。ですが「なんだか難しそうだ」と思われて、敬遠されてもいる。例えば、それなりの施設でフルヘッドで電極をつけて脳波を取ると、普通の人はそのデータをどう見ていいのかわからないだろうと思います。「これは何なんだろう?」と、なってしまう。科学的なデータというのは、楽しむにはそれなりの時間をかけないと身につかないリテラシーが必要で、普通は読み取ることが難しい。

こうした事情があるので、科学を楽しみたくても、ハードルが高くてますます科学と縁遠くなっちゃうところがあります。ハードルを越えようとがんばる人もいるのですが、これはこれで問題なところもあって、その人の持っている確証バイアスがより強まる方向に科学が作用してしまうこともあります。

ただ専門家が言うことを、「うんうん」と聞くしかないという、サイエンスの世界とはある種の隔たりがある状態から、もう少し親しみを持っていただきたかった。でも、シンプルに実験という体ではなくて、もっと身近に、手触りが感じられるようなものとして「人間って美しいな」ということを、多くの人と共有できたらいいなと思った。

普通は見たことがないものだろうけれども、「自分の脳がこんなに美しいものを生成しているんだ。それはいろんな人と比べて優劣のあるものではなくて、みんな違っている。違っているからこそ、その集合体としての人々のありようがより美しくなるよね」というのも感じてほしくて。

多様性、共感と言葉では言われるけれども、こういうことだよっていうのも体感してほしかった。そこで、こういう設えを考えてみたんです。人と同じであることも違うこともそれぞれに素晴らしいし、同じ人、違う人との出会いそのものも素晴らしいんだということを、見て・聞いて、味わってもらおうという試みをやってみたかった。それが(展覧会開催の)モチベーションというか、きっかけの1つだったんですね。

展覧会「星の時間」、開催に至るまでの経緯

中野:デジタル的に映し出されるものがかなり美しいので、一瞬を撮ってプリントしても十分鑑賞には耐えうるんですが、ご覧になるとわかると思うんですけど、脳波を撮ってみると意外と匿名性が高くなっちゃって、誰が誰のかわからないという。

(会場笑)

久保田真帆氏(以下、久保田):そうですよね。

中野:名前を付けて記録しておかないと、こんな感じなんですよ。見慣れてくるとある程度推測はつくこともあるのですが、それでも顔と違って、誰のパターンなのか確定的には同定できないですよね。

これを「『誰の』『いつの』脳の活動パターンです」というタグ付けをするには、NFTを使うのが一番適しているなと思って、それでスタートバーンさんにご相談したという経緯なんですね。

――それで、今回の「星の時間」の開催に至ったということですね。

中野:そうですね。開催することを決めてから、スタートバーンさんにお願いしました(笑)。

小鍋藍子氏(以下、小鍋):そうですね(笑)。私も今日拝見して、「こういうことが撮りたかったんだ」と思って。

(一同笑)

中野:そうそう。口頭だとなかなかわかりにくいとは思うんですが……。こちらはスタートバーンの小鍋藍子さんです。お誕生日が近いんですよね(笑)。

(一同笑)

小鍋:チェックしていただいて(笑)。

中野:おめでとうございます。

小鍋:ありがとうございます。今週、誕生日でした(笑)。

(一同笑)

小鍋:スタートバーン株式会社のアートインテグレーション室におります、小鍋と申します。

――スタートバーンでは、どういうことをされているんですか?

小鍋:会社としては、アート作品の証明書をNFT化しております。NFTの基盤を作る、スタートレールというブロックチェーンのインフラも、弊社で構築しているところです。今回はスタートレールにつながるサービスとして、Startbahn Cert.というサービスを作っているんです。それを中野さんにご利用いただくことになっています。

「紙の証明書」だけでは、紛失や悪用される恐れも

小鍋:Cert.というのはサティフィケート(Certificate)の略で、証明書です。従来、作品の証明書は紙でやっています。発行するのはアーティストさんご本人やギャラリーさんだったりするんですが、作品のタイトルやサイズ、制作年が書いてあって、「これが本物の作品ですよ」と証明するご本人の署名が書いてあったりするんです。

それはフォーマットも決まっていなくて、ギャラリーさんごとに出している形式も違えば、データ自体が紙なのでなくしてしまったりコピーされてしまったりと、悪用されるケースも多かったんですね。

作品の価値を担保するものが証明書だけでいいのか。じゃあ、そんなに大事なものだったら、ちゃんとフォーマットを作ってブロックチェーンに登録して、みんながアクセスできるようなかたちにできればなということを構想して作っております。

――なるほど。ありがとうございます。

中野:最近、NFTが一時期のAIみたいにバズワードになってきて、やや過剰かなと思えるような期待をしている人もかなり多そうだなという現状を感じています。ちょっとバブル的というか。でも、そもそもNFTは単なる「Non-Fungible Token」であって、トークンとしての本質さえわかれば、もっと気軽に扱えるもんなんじゃないの? という感じがあったんです。

「NFTのアートを買う時にはイーサリアムを使わなきゃいけないんじゃないか?」「仮想通貨を使わないとNFTじゃないんじゃないか?」「NFTはデジタルのものであるべきである」と、多くの人が思っているであろうと思います。

でもそれは、本質的な部分ではないんじゃないか。そういうものがNFTアートであるという定義もいいのかもしれませんが、でもやっぱり原理的にはただのトークンですよね? もっとシンプルに考えていいんじゃないのかな。

「シンプルに扱えますよ」というやり方を提示して、気軽にお考えになってはどうでしょうかと、間口を広げたいというか。そういうメタ的な意味もあって、このような方式を採用させていただいたという経緯なんです。

日本円で買っていただけて、証明書をNFT化する。イーサリアムを利用する方式よりはるかに扱いやすいでしょうし、ファーストNFTとしてはいいんじゃないでしょうか。そこからもっとアドヴァンストなことを知りたい人は、プラットフォーム等についての知識を深めていけばいい。「そもそもNFTって何なの?」ということが理解していただきやすいんじゃないかと思います。

投資対象として注目されているアートは“アツい銘柄”

――なるほど。NFTに関係なく、1~2年前からにわかにアートが流行り始めましたよね。

中野:流行っていますよね。

小鍋:流行っています。

――アートに対して、資産価値も求められやすくなってきたんですか?

中野:税制もいいし、たぶんそのへんは真帆さんのほうが詳しいんですけれども。

(一同笑)

小鍋:確かに。

中野:(アートに対する)投機的な価値が注目されていて、アートフェアなんかで人気のある人の作品を買うとすっごく転売の効率が良いというか、あっという間に値段が上がっていく作家さんも何人かいらして。

わりと仕組まれてそうな部分もあるんですが、そういう仕組みにうまく乗っかって、株式市場における“アツい銘柄”みたいな感じで購入される方が増えているのかもしれない。それを「おもしろい」と思う人もいるし、「アートをそんなふうに使うなんて」というふうに苦々しく思う人もいて、両面あるんですよね。

――ギャラリー側としても、そういった感じなんですか?

小鍋:そうですね。

中野:ギャラリストの意見をぜひ。

久保田:マホクボタギャラリーの久保田です。よろしくお願いします。今回は中野さんの展覧会をさせていただいて、いろいろと本当に学びが多くて。

中野:私こそ。

久保田:お話の件ですが、特にここ2〜3年はアートマーケットが本当に沸騰しているんです。中野さんがおっしゃったように、今まで投資対象のアセットとしてはまだクエスチョンだったものが、主にオークションで「これは爆上がりするな」と、値段がすごく上がるのをみんなが見ている。お金が余っていて投資先を探している人たちにとって、本当に良かった。

スニーカーコレクターたちが、アート領域に流れ込んでいる理由

久保田:例えば、スニーカーを集めていたような人たちが(アート領域に)入ってきたりと、違うコミュニティが入ってきています。そのお金が流れてきて、オークションにおけるNFTのイメージが「なんかアートは儲かりそうだな」ということで、すごく沸騰しているんじゃないかなと思いますよね。

小鍋:スニーカーの例、すごくわかりやすいと思います。コレクションする方も物がいっぱいになってしまって、「これ以上は買えないよ」という感じになっている時に、現実ではもうコレクションできないけど、仮想空間だったらコレクションできる。

現実に履けないような、ちょっと奇抜なデザインのものをNFTで作って、それをコレクションする方もいらっしゃって。ファッションから、さらにアートも(投資先として考える)という方も多いですね。

久保田:今回、NFT作品を買ってくださったうちのお客さんがいて。リアルなアートと現代アート、たぶん両方を持っている人としては、日本で一番NFTをたくさん持っている方なんです。彼が指摘していたのは、所有の価値観の変化。所有することの価値観の変化がNFT(に表れています)。

中野:それはおもしろいですね。

久保田:NFTを購入することで、一番わかったこと。これに関してはダミアン・ハーストがすごくおもしろい実験をやっていて、ご存知だと思いますが、『The Currency』という作品を7月に出したんです。1個20万円くらいでしたっけ?

中野:普通の感覚からすると、それなりの値段ですよね。

久保田:いくつ作ったのかな? 全部で2億円くらいになるんです。ダミアン・ハーストが1個1個手書きして、ちゃんとドローイングで透かしなんかを入れて。1個1個に優劣はないんだけれども、それを買っていただけますよと。

ただ、それを現物として持つかNFTとして持つかはあなたの選択に委ねるということで、買うコレクターさんも、所有することの価値に対する問題提議をしちゃって。これはNFTの仕組みをすごくよくわかった、ダミアンらしい素晴らしいゲームだなと思います。

過渡期に立たされた、NFTの現在地

中野:めちゃくちゃコンセプチュアルなワークですよね。

小鍋:そうですね。(現物かNFTかを)選択して、どちらかを破棄しなきゃいけないんですよ。

中野:究極の選択。

久保田:買う人は、だいたいNFTを選ぶでしょうね。

小鍋:やっぱりそうかなと思っちゃいますが、実際に展示してあるのを見ると、物の良さを感じる方はいらっしゃる。

久保田:そうですね。そこは議論の分かれるところです。そのコレクターさんの仮想のお部屋はインターネットで誰でも見られるんですが、入ると彼が買ったものがいろいろ展示してあって。

小鍋:ありますよね。バーチャル空間で。

久保田:誰でも見られてすごく楽しい空間になっているんですが、「そもそも、どうしてこういうことをしようと思ったの?」と聞いたんです。たぶん、これもよくご存知だと思うんですが、NFTの一番のインフォメーションはどこで得られるかというと、DiscordというSNSです。お聞きになったことはありますか?

小鍋:はい。

久保田:みなさんはそこでコミュニティを作って、NFTについての情報交換をして、ここでいかに評価されるかによって作品の人気がけっこう変わるんだそうです。そこでディスられると価値も下がるし、今、NFTはすごく過渡期にあるんです。

小鍋:そうですね。

久保田:どういうコミュニティに支持されるかによって、ぜんぜん価値が変わる。

小鍋:「レピュテーションが≒価値」みたいな感じなんですよね。

久保田:そうですね。もう1つのすごくおもしろいのは、レアリティ。レアなものこそ、優劣の上では本当に上で、これはすごくNFT的な考えです。

作品を所有することよりも、コミュニティ形成のほうが重要

小鍋:確かにおもしろいですね。Discordって、昔からあるゲームをみんなで一緒にやりながらチャットするようなツールなんです。もちろん音声で会話もできるんですが、その中ではわりと頻繁に質疑応答があったり、「こういうことしたほうがいいんじゃない?」というアイデアを出し合っているんです。

藤幡正樹さんというメディア・アートのレジェンドのような方なんですが、昨年は3331のアートフェアでご一緒して、今も進行中のプロジェクトをやっているんです。藤幡さんが「100万円」と付けた値段があって、それを買いたい人がいたら、人数分だけ金額を割っていくというプロジェクトなんですね。

久保田:ほう。

小鍋:100人に「欲しい」と言われたら、エディション100にして割る100になる。実際このプロジェクト(の参加者は)900人以上。

中野:ええ!

(一同笑)

久保田:ええ! すごい。

小鍋:そうなんですよ。今、このNFTを発行する準備中で大変なところです(笑)。

中野:900ということは、(1人あたり)1,000円ちょっとぐらい(笑)。すごいですね。

小鍋:「自分も買ったんだけど、アイコンにしていいですか?」「こういう使い方をしてもいいですか?」「転売する時にはどうしよう」「OpenSea(NFTのオンラインマーケットプレイス)で販売できるかな」というのをみんながDiscordで話されていて。でも普通の作品だと、絵画は1点しかないから価値があるものじゃないですか。エディションが多くなると(価値が)下がってしまう。

久保田:確かに。

小鍋:でも、二次販売ができるんだったらまた上がるかもしれないし、この作品を持っているということよりも、みんなでコミュニティを作るほうが大事だよねというのもあって、プロジェクトのタイトルが「Brave New Commons」。

久保田:これはおもしろい。コミュニティの大切さがすごくわかる。

中野:へえ。

小鍋:そう思います。

NFTの存在を知っていても、説明できる人はほとんどいない

中野:物があると、そのものの存在が影響して、効用関数を無視しても経済活動が記述できるわけです。でも物がない時には、所有権に対する欲求やコミュニティ、レピュテーションの価値がダイレクトに見える化される。こういうのがニューロマーケティングなんだよなぁと思うと、すごくおもしろい。

「効用関数がこう扱えるんじゃないか」ということが、ニューロマーケティングの人たちから提案されてきているわけですが、実際にそれの実証実験的な場がNFTの世界に現出してきているのが、すごくおもしろいと思いますね。

小鍋:今までアートを買ってきていた人が、NFTという何だかよくわからないものが始まってしまったので、「そこに巻き込まれてみたい」と思って、藤幡さんの作品を買われる方とかもいたり。こっちの人はこっちの人で、「やっぱりアートってよくわからない」というのを、みんなで話し合っているのを見るのもおもしろいなとは思いますね。

久保田:そうですね。あとは今回、「NFTアートってご存知ですか?」と聞くと、「もちろんです」というお客さまがけっこういらっしゃって。

(一同笑)

久保田:「聞いたことあります」「知っているよ」とはおっしゃるんだけど、本当にNFTをきちんと説明できる方はほとんどいらっしゃらない。それぐらい、実態はよくわからないという部分で、みなさんがとても興味を持っている。「現代アートはわからないけど興味はもってるよ」「サイエンスはわからないけど憧れているよ」という部分に(NFTは)すごく近い気がしました。

中野:知っていても説明できないというのも、またおもしろいですね。

(一同笑)

小鍋:確かに。