ネガティブな状況だけでなく、幸せな未来に対しても不安は起きる

中田有香氏(以下、中田):それではさっそく、「不安」について漢方学の視点からお話ししていただきましょう。

杉山卓也氏(以下、杉山):はい。今回は「身近な不安も先の不安も軽減できる漢方学」をお届けします。「不安」にはさまざまなタイプがありますが、そもそも「不安」とは何なのでしょうか。

まず、不安を感じない人間はなかなかいません。みなさんも日常的に不安を感じていると思います。なので不安は、「みなさんの日常的な経験の中から生まれるもの」と言えます。

例えば、今日僕は法事に行ったのですが、お焼香の作法を毎回忘れてしまいます。自分が列に並んでいる時に、「間違えたらどうしよう」という不安を感じました。これは日常的な現象ですよね。

僕が作法を間違えて、抹香を撒いたとしましょう。すると周りの人から「何をやっているんだ!」と怒られるかもしれません。怒られると、「次もやってしまったらどうしよう」と思うようになる。このように、次の不安、先の不安が生まれます。

中田:確かに、一度他人から責められてしまうとトラウマになってしまう気持ち、わかります。

杉山:不安はネガティブな状況だけではなくて、幸せな状態や未来に対する期待がある場合にも起こります。「自分はこんなに幸せでいいのだろうか。きっとこれから不幸なことが起こるに違いない」と思ってしまいます。不安は、常にネガティブが発祥ではありません。ポジティブが発祥となる場合もあるのが不安の正体です。これを前提として頭に入れてほしいです。

感じる不安には個人差があります。どちらかというと楽観的で、何が起きても「何とかなるでしょ」「別に気にしなくてもいいよね」と思える方はあまり不安を抱きません。なぜなら失敗を恐れないからです。失敗しても「まあいいか」と思えるのなら、そもそも不安が起きにくいのです。

「不安」は2種類のタイプに分けられる

杉山:逆に、何をするにも完璧を求める方や、真面目で慎重で石橋を叩いて渡るようなタイプの方は不安を感じやすい傾向にあります。自分にも他人にも厳しい人は、不安を抱きやすいとも言えます。みなさんも、なんとなく共感していただけるのではないかと思います。

中田:真面目な人ほどストレスを抱えてしまいそうですよね。自分でも真面目な部分とそうでない部分があって、真面目な部分ではストレスを抱えてしまう気がします。

杉山:また、不安は一過性で原因が明確なタイプと、ある程度持続的で原因が曖昧なタイプに分けられます。例えば、一過性で原因が明確なタイプは、先ほどお話ししたお焼香の例が挙げられます。お焼香の作法がわからないから不安を抱くのは、原因が一過性で原因が明確ですよね。

一方、ある程度持続的で原因が曖昧なタイプは、「家にいきなり隕石が落ちてきたらどうしよう」「富士山が爆発したらどうしよう」「大地震が起きたらどうしよう」というような、いつ起こるかわからず常に不安を感じてしまうものです。起こる確率は低いかもしれないが「次こういうことが起きたらどうしよう」と感じてしまうタイプですね。

中田:ここで受講生からご質問が届いています。「僕は20年間、自律神経失調症を患っています。不安は自律神経に悪影響を与えるでしょうか? また、逆に自律神経を整えると不安は減少するのでしょうか?」とのことです。いかがでしょうか?

杉山:不安が強すぎると自律神経に悪影響を与えるというのは間違いありません。また、自律神経が乱れていると不安を感じやすくなるというのも事実です。なので自律神経を整えておくと、不安が起きにくくなります。

中田:不安が自律神経に影響を与えることもあれば、自律神経の乱れが不安を巻き起こすこともあるということですね。ありがとうございます。

精神疲労の原因は「心気」の不足

中田:それでは次の話題に移っていきましょう。

杉山:次は、中医学的に「不安」についてお話ししたいと思います。中医学とは、漢方のルーツになっている中国の伝統的な医術です。不安と密接に関わってくるのが「心(しん)」というものです。これは西洋医学でいう「心臓」の意味も含まれてはいますが、「心」はそれだけではありません。

心臓の働きと言えば、みなさんは「全身に血液を運ぶポンプのような働きのこと」と認識されていると思いますが、中医学における「心」はそれに加えて、記憶、思考、集中などの精神の活動の意味もあります。

なので中医学的な「心」は、精神の活動と臓器の役割を担うものとされています。「心は神を蔵する」という中医学の言葉があります。どういうことかというと、中医学における「神」は精神のことです。つまり、心は精神を蔵する。すなわち「精神活動は、『心』に支配されている」という意味合いです。

中田:中医学では、「心」に心臓とこころの意味も含まれていて、こころの状態は「心」次第なのですね。

杉山:そうです。前回の放送『何事にも気力、モチベーションを上げたい人のための漢方学』で、人間の体を動かす気血水のうち、エネルギーを表す「気」のお話をしましたが、人間の体を健康に動かそうとするために「気」「血」「水」の3つの栄養成分が存在しています。

この気血水は「身体全体に流れているもの」という認識で間違いないのですが、五臓六腑のうちの一つである「心」の中にも気血水が流れています。なので、気血水がきちんと流れることで「心」のはたらきが安定します。

「心」と「気」を合わせて「心気」といいます。「心」を動かすエネルギーのことです。心気が不足しているとエネルギー不足になるわけです。精神や心臓を動かすエネルギーが不足してしまうので、動悸、息切れ、全身倦怠感、精神疲労などの症状が表れます。常に精神が疲れている状態は心気不足の特徴です。

専門家がおすすめする、不安を和らげる漢方

杉山:この心気を補う漢方薬がありまして、「人参養栄湯」「炙甘草湯」などを使っていただくと効果があります。ただ、心気にも種類がありますので、漢方薬の専門の方にきちんと相談をして、あなたに合う漢方薬を使っていただく必要がありますので、そこだけ注意をしてください。

次に「心」の「血」、「心血」についてお話しします。心血不足になると、栄養素としての血液が心に届かない状態になるので、注意力が散漫になったり、やたら物忘れが激しくなったりします。物忘れは芸能人の名前を忘れてしまうというものではなく、自分がしたことを忘れてしまいます。

あとは全く集中できない。例えば、本を読んでいても全然字が頭に入ってこないという方。こういう方は心血不足です。心血不足の方は特に多いですね。他にも寝付けなくなったり、頭がふらふらする感じがしたり、やたら夢を見たりという症状が表れます。これも心気の場合と同じように、心血を補えば治ります。

漢方薬は「帰脾湯」というものがあります。僕のお客様にも心血不足の方が多いので、一番これを多く出しています。これも心血不足にも様々なタイプがありますので、必ずしも「帰脾湯」がいいというわけではありませんので、ご注意ください。

最後に「気血水」の「水」の部分です。「水」は別名を「陰」といいます。「心」の「陰」ですので、「心陰」という言葉を使います。「心」に流れる水、体液のことを表すと考えてください。

心陰不足は、「心」の中の潤いがなくなってカラカラになってしまう、心が乾いている状態です。体の潤いがなくなると、乾いて火照ます。心の中で、乾いて火照るという状態が起こると、夜寝ていても目が覚めて不安になってしまう。不安によって火照るような熱を感じて、長く寝られない。こういう方は心陰不足です。

先ほどの心血不足の場合は、寝付けず、寝付くことができても夢をたくさん見ます。しかし心陰不足の場合は、とにかく眠りが浅く、すぐに目が覚めてしまいます。あとは熱感を感じるので、手足や顔に火照りを感じたり、寝汗をかいたりするのが特徴です。こういう症状が複合的に起きている方は心陰不足が考えられます。

漢方薬は「酸棗仁湯」「甘麦大棗湯」「天王補心丹」を用います。これも様々な種類があるので、ご自身に一番合うものを選んでいただきたいと思います。

中田:気血水が「心」にとって重要な栄養素であることがよくわかりますね。みなさんもぜひ「心」の状態を整えるようにしてみてください。

不安を抱えている人の共通点

中田:それでは次に、不安の解消法についてお話しいただきます。

杉山:はい。ここでは日常的にできる不安解消法をご紹介します。まず「できることをすぐやる」ことが大切です。不安を抱えていらっしゃる方のほとんどの方に共通するのが「時間がある」という点です。毎日忙しくしている方は、不安を感じている暇がありません。何かに集中している方や、没頭している方は不安を感じにくいです。

中田:確かに忙しい時は、悩んでいる暇がないですね。

杉山:例えば家にいて、ずっとワイドショーを見ている方などは、時間を持て余してしまっているので、不安が出やすくなります。「私こんなことしていていいのかな」という不安が出てきますし、外からの情報にいちいち煽られてしまいます。

なので、まず目の前に集中できるものを用意してください。そこに対して行動している最中は不安感が減少したり消失したりします。「暇な状態を作らない」ことが大切です。

次に「自己投資を繰り返す」です。不安は、自分に対する不安が多いです。例えば「自分は将来的にどうなってしまうのか」「老後はやっていけるのか」などの不安は、自分に対する不安ですよね。こういう自分に対する不安を持つ方が非常に多いです。

こういった不安を解消するには自己投資することが効果的です。自分を成長させたり、市場価値を上げたりすることが大切です。何か足りないものがあるから不安を感じているので、それを手に入れやすい環境を整えるということになります。

お金を貯めることも大切ですが、貯めるよりも、将来的にお金を貯められるように自分の能力を上げていく自己投資にお金を使うのもいいと思います。つまり、自分に対する不安感が強い方は自己投資にお金を使うことがおすすめです。

中田:自分も成長させられて、不安感もなくなるなんて一石二鳥ですね。私もどんどん自己投資していきたいと思います。

不安との正しい向き合い方

杉山:3つ目は「内にこもらない」ことです。不安を感じてしまう人はクローズドマインドである傾向にあります。なので、オープンマインドで、いろいろなことに挑戦することが大切です。

実は好奇心のある方は、不安を感じにくいです。なので、自分の好きなことをやってみる、目をつけたらとりあえず飛び込んでみることを意識してみてください。それをしないで心を閉ざしてしまって、「自分にはできない」「自分なんかが……」という思考を持ってしまうと、結局後悔と共に不安も生んでしまいます。

「また今回も何もできなかった」「こんな自分はきっとこの先もダメに決まっている」という悪循環に陥ってしまいます。今はコロナ禍で家に引きこもりやすくなっていると思いますが、心は開いておいていただきたいなと思います。

最後に、不安以外のことにエネルギーを使うことが大切です。人間は不安なことに目を向けること自体にエネルギーを消耗してしまいます。なので、その不安を乗り越える方法、どうすれば解決するのか、思考する方にエネルギーを使っていただきたいです。

あとは自分が今何に不安を感じているのか書き出してみたり、1日1回瞑想をしてみたりするといいと思います。自分が抱えている不安を外に出すというのは、すごく大事なことです。外に出したら、それをどうすればいいのか考える。そっちにエネルギーを注ぐようにすることが大切です。

不安はどうしても出てきてしまいます。なので、不安が出てこないようにするというよりも、出てきた不安を対処する方法を考えるほうが、不安との正しい向き合い方だと僕は認識しています。

ただ、今ご紹介した4つが万人に当てはまるわけではありません。その人によって不安の解消の仕方は違うということを前提にしていただければと思います。

不安を覚えることは悪いことではありません。不安を感じない人は危機感を感じないので、どんな状況でも楽観視してしまい、結果としてそれに対処できなくなります。 しっかり不安を感じてそれに対処できるというのは人間にとって重要な能力です。その不安を自分を追い込んでしまうほど大きくなりすぎないように、バランスを調整しましょう。

中田:ありがとうございます。不安と上手く付き合うことで、自分がむしろ不安を利用できるようになるといいですね。みなさんもぜひ、意識してみてください。