「組織が向き合う育休 問題の着眼点」

小田木朝子氏(以下、小田木):育休全般をどうやってひも解いていくかですが、今日はこの1個目のテーマで15分ぐらいしか時間がありませんので、かなりデフォルメして、前提として問題をフォーカスしながら進めていきたいと思います。

なのでみなさま、いったんここの場での捉え方ということで、着眼点の参考にしていただければと思います。どこから入るかですけれども「組織が向き合う育休 問題の着眼点」。

先ほどは私個人の経験をお話ししましたが、いろんな企業の人事の方とお話をする中で課題になっているのは、いろんなライフイベントを迎えたり、いろんな事情を大事にしながら働く人材から、いかに最高のパフォーマンスを引き出していくかというところに課題の中心が移っていると思っています。

こういう感覚はありますか? 仕事を続けてもらえるかというのは、かなり簡略化していくと、ある程度の制度が整って、どんな状況であれ本人が望めば仕事を続けるということが可能な状況になっているのが、今の大きな流れというか迎えている傾向かと思います。

その中で「じゃあどこが課題なの?」というのは、「ライフイベントを迎えた人材から、本当に我々の組織は最高のパフォーマンスを引き出せているだろうか」。ここに課題が移りつつあるというのが、今日ここで提起したい問題の着眼点になります。

「じゃあ、最高のパフォーマンスが引き出せていないとしたら、どういう状況にあるのか?」と言うと、個人がパフォーマンスを発揮しながら仕事を続ける上で、本来は制約になってほしくない育休が制約になってしまっている問題に、今、多くの企業や個人が向き合っているのかなと思います。

「なぜ(制約に)したくないのになってしまうのか」というのは、多くの方の声を聞いたり、組織を一緒に見せていただいて、物理的には(スライドを指して))ここに書いてある3つが影響しているのではないかと思います。みなさん、こういう感覚ありますか?

育休で情報が断絶され、復帰したら「あなた誰? 私誰?」の状態に

小田木:まずそもそも。当然ですけど、半年から1年ほどのまとまった期間、現場を離れるんですよね。そうすると「情報の断絶」が起こります。今、組織がどこに向かっているのか? どんなことが起きているのか? 何を課題視しながら、どういったことに力を入れているのか? が、なかなか見えなくなってしまう。

現場にいることで更新され続けていた組織(の情報)だとか、磨かれ続けていた技術に関しては、あくまで物理的な話としていったん更新がストップしてしまう。

沢渡あまね氏(以下、沢渡):人間関係の断絶もありますよね。育休中は(例えば)「部門長が替わって新しい人が入る」といった情報も、まったく入ってこなくなる。

小田木:そうですね。

沢渡:戻ったら「あなた誰? 私誰?」の状態になっているみたいな。

小田木:そうですね。またゼロから関係構築しなければいけないとか、それまでの経験やキャリアに関する情報がお互いに引き継がれないこともあるかと思います。

2つ目なんですけれども、私自身も復帰後は今までのように「必殺残業」みたいなことができなくなったなと。

沢渡:「必殺残業」(笑)。

小田木:一般的に長時間働けない、もしくは選択肢として短時間で勤務するケースが増えていくんですね。

そうすると、長時間働けないことと本当はイコールではないはずなのに、機会が提供されない、もしくは(機会が)不足してしまうみたいなことが起こりやすい。これが2つ目です。今は、誰が悪いとかそういう話をしていませんので、あくまでフラットに聞いていただければと思います。

沢渡:事象として捉えていけば。

小田木:はい、事象として。

そして3つ目は、内外の変化で揺らぎが生じやすい。どういうことかと言うと、「出産」を基点にして、いろんなことがけっこう劇的に変わるんですね。個人の内面の価値観だとか、いわゆる人生観やキャリア観だとか。あと、どのようにして働けるかという物理的な条件や、パートナーとの関係性。

今日の「越境」の話にもつながると思うんですけども、内側の変化とか外側の環境変化は個人に揺らぎを生じさせやすいんですよ。例えば「何のために働いているんだろう?」というように「キャリアに対して疑問が浮かぶ」とか。

あと、いろんな環境の変化に合わせて変わっていくというプロセスそのものは、やっぱり簡単ではありませんので。その中で自信をなくすことや迷うことがあったり、自分1人での意思決定が難しいと思うようなことにぶつかってくると、揺らぎが生じて、そこからキャリア迷子になりやすかったりします。

本当は(仕事と家庭は)天秤じゃないんだけれども「仕事を取るの? それとも家族を取るの?」みたいな感じで、ぐらんぐらんに揺れるんですよ。それは、こういったこと(環境の変化)が影響しているんじゃないかなと思っております。

「育休が制約になってしまう問題」の要因分解マップ

小田木:そして、さーっと流させていただきますけれども「じゃあどうしてこのようなことが生じるのだろうか」、もしくは「(このようなことが)生じるとどうして制約につながってしまうんだろうか」ということです。私たちは、ここ3年ぐらいかけて企業側のヒアリングと個人側のヒアリング、そしていろんな要因分解をしてまいりました。

(スライドを指して)これは(イベント参加者へ)資料でお配りしますので、良かったら、自分たちのケースでは、特にどういった要因がよりインパクトを持って全体に影響しているのかを、組織や打ち手の中で対話するためにぜひ使っていただければと思います。

沢渡:さまざまな登場人物がいますね。

小田木:そうですね。これはまず、後ろ側に大きくマップを分解しています。左側が当事者の中に起こり得る要因。そして右側は上から順番に、組織の中にもともとある傾向や概念。

あと、真ん中が管理職に起こりがちなこと。一番下がパートナーに起こりがちなことということで、広くマップを書かせていただきました。全部ナンバリングすると、ナンバー1からナンバー24まであるんですけれども。

みなさんは、どんなところによりインパクトを感じていらっしゃいますか? これを全部読むのは大変だと思うので(笑)。あとでぜひこの地図を広げながら、組織の中とか関係者の中で、対話のきっかけにしていただければと思います。

沢渡:これ、休み時間にすごろくしてみて、止まったところのテーマを一緒に考えるといいかもしれないですね。

小田木:そうですね。ちなみに冒頭、私のケースを申し上げましたけれども、私がとても当てはまっていたのは、圧倒的に6番ですね。「時間で成果を出すやり方しか知らない」。なので、物理的に働く時間が減った時に一気にガタガタッとくるんですね。

その上で「がんばっても評価されない」と思い込み、キャリアについてはほとんどそれまで「短期的な成果を上げてればいいでしょ?」ぐらいな感じで思っていたので、1人で抱え込んで、自分の働き方についてはほとんど考えてなかったりしましたね。

沢渡:私は19番がグサグサきますね。「仕事定義が固定的。役割定義があいまい」。組織と管理職のちょうど狭間の位置に書かれていますが。年明けに新聞などを読んでいても、やはり「大手企業を中心にジョブ型雇用を進めます」みたいな話がありました。

ちょうど昨日、一昨日(※イベント開催時)も日立製作所さんが「基本的に全社員をジョブ型雇用で社外に役割を公開します」みたいなことをしてましたけど、たぶんこの流れが進んでいく中で、ここ(役割の定義)にきちんと向き合っていかないとリスクになると思うんですね。

どこから変えていくか、どこから風穴を空けていくか

小田木:ありがとうございます。私もきちんと役割が定義されて、お互いが期待とか役割を握り合える状況自体は、ダイバーシティ推進の観点でもめちゃくちゃ歓迎されるべき事象かなって思っています。

沢渡:おっしゃる通り。

小田木:そういう意味で、ジョブ型であるか否かにかかわらず、役割や期待がきちんと定義されて握り合えることが、翻って、じゃあ短い時間の中で、何に最も力を入れることでチームに最大限貢献できるかを一緒に考えるという観点では、すごく大事な切り口になりますよね。

沢渡:そういう意味では、組織の中に育休者が現れることは、こういう本質的な組織課題をいわゆるリファクタリングというか、一回見つめ直して改善する大きなチャンスということですね。

小田木:ありがとうございます。沢渡さんの「すごろく」って表現に、多くのリアクションをいただいております。

沢渡:ありがとうございます。「すごろくを社員とやってみたいです」。

小田木:「社員とやってみたいです」って。

沢渡:月に1回とか、楽しくディスカッションする機会を設けるっていうのも。

小田木:本当に対話のきっかけってめちゃくちゃ大事ですよね。

沢渡:そうそう。

小田木:見ている景色を合わせていくってそういうことかなと。あと、Mさんから「これ(「育休が制約になってしまう問題」の要因)がクリアできたら、制約にならないですか」と。ありがとうございます。まさにこれをオセロだと考えて、どのくらいひっくり返せるかというところ。

これはたぶん育休だけじゃなくて多様な人材が本当に活躍していく中で、どのくらいこれを黒に変えてチームのスタンダードにしていけるかということは、いろんな人材の働き方やパフォーマンスをアップデートしていく上で、欠かせないかなと私は思ってますね。

沢渡:そうですね。小田木さんのオセロの例えはすごく秀逸だなと今思ったんですけども、オセロって、いきなりゲームの初手で全部を黒に変えたり白に変えたりできないですよね。

小田木:もはやゲームではないって感じですね。

沢渡:そうそう。そういう意味ではこういう要因分解マップを広げながら、どこからまず変えていくか、どこから風穴を空けていくか(を考える)。

さらに当然、人事部門ができること・現場のマネジメントにやってほしいこと・本人にやってほしいこと、それぞれの役割分担があると思いますので。役割分担を明確にしながら「共にここから変わっていこう」っていう、こんなマッピングができたら素敵ですよね。

小田木:ありがとうございます。これ、当事者とか管理職とかブロック分けしてありますけれども、「だからこれは当事者がやるべきだ」といった議論で語りたいわけではないんですよ。あくまで客観的にこういった要因分解をした上で、この後「育休×越境学習」っていう観点で話を進めていきます。

「あなたが悪いから変わるべき」のアプローチで変わる人がどれほどいるか

小田木:今日の話を進めるに当たって「捉え方を変える」という観点で、みなさんと共有したい着眼点が3つあります。その3つの捉え方について、この後共有していきたいなと思います。「ひっくり返そう、価値観」で。

沢渡:じゃーん、みたいな。

小田木:キャッチコピーがきましたね。

沢渡:アドタイみたいなね(笑)。

小田木:まず1つ目なんですけれども、今のような要因分解ができた時に問題を解決していくスタンスなんですけれども、(スライドの)青(の文字)をぜひ赤に変えて今日の話を進めたいなと思っています。

1つ目は何が問題であるか。この問題の見方に関して、(問題は)当事者だけではないんですね。「だから管理職が悪い」とか「だから当事者がもっと変わらなければいけない、がんばらなければいけない」ではなくて。

やっぱり組織として多様な人材を活かし切れていない、パフォーマンスを引き出し切れていないという課題があれば、それに組織的にどうアプローチしていくのかを、ぜひ前提に置いて考えてみる。まさにオセロの盤上でどうやって黒を増やしていくのかとか、どこから丸を置いていくのか? といった戦略論になるんじゃないかなと思っていまして。この前提をまず1つ置きたいなと。

もう1つ。「で、どうする?」の部分も「だからさあ、もっとさあ、××が変わんなきゃ駄目なんだよね。管理職はもっとこうすべきだよね。当事者はもっとこうしなきゃ駄目だよね」ではなくて。やっぱり組織が選択肢や機会を提供して、選択肢がある、もしくは選び得る状態に変われるきっかけを作っていくところを、今日は議論ができたらいいなと思っております。

沢渡:そのほうが、当事者の主体性を育むことができますよね。

小田木:そうですね。

沢渡:選択肢を選んでいけるようにする。自ら考えて自ら行動していこうと。

小田木:いや、本当にちっちゃいチームの中でもそうじゃないですか。「あなたに課題がある。あなたが悪い。だからあなたは変わるべきだ」と。このアプローチで本当に変わる人はどれほどいるのかというところは、たぶん(今回のテーマに)通ずる話なんじゃないかなと思います。

育休・出産とは「個人におけるVUCAでは?」という考え

小田木:次、2つ目なんですけれども。育休もそうですが「出産」というライフイベントを、組織的にどう解釈していくのか? というところに、アップデートの余地があるんじゃないかなと思っておりまして。(スライドを指して)こんなふうに考えてみました。

沢渡:「ダブルVUCA」。

小田木:そうそう。

沢渡:アイドルユニットの名前みたいですね(笑)。

小田木:(笑)。左側「組織が今こういった状況の中にあるよね」ということについては、だいたいみなさん「うん、そうそう」とわかりますよね。変化が早くて誰も答えを持っていない。かつ組織の中にも、そして連携するプロジェクトの中にもいろんな人がいて、そのいろんな人と連携して成果を出していかなきゃいけない。

一方で、右側に注目していただきたいなと思います。出産というライフイベントに向き合う個人は、こういう環境にあると言えるのではないかなと思います。

まず一番上。「おぎゃ!」みたいな感じで子どもが生まれるとですね、本当に予測不能もいいところなんですよね。不確実であいまいで変動的で、1ヶ月とかそういう短いスパンで、どんどん状況が変わっていく。「これって個人の中におけるVUCAじゃない?」みたいな。

沢渡:毎日が『未知との遭遇』?

小田木:そうそう、未知との遭遇ですよ。さらに現場をいったん離れるという経験を、多くの人は育休取得によって経験します。そうなってくると、やっぱり現場で身に付くスキルや経験の陳腐化は早いと言わざるを得ない。一定期間離れることによって、更新が止まる部分の情報もあると。

最後の3つ目の観点は「私の中の多様性」「個人内多様性」みたいなキーワードが去年くらいから出てきてますけれども。個人の中にも、例えばビジネスパーソンとしての自分がいて、子どもの親としての自分がいて、パートナーとしての自分がいてと、いろんな個人が内包されるような多様性がどんどん増していくんじゃないかなと思っています。

この一気に起こる変化に向き合うのが、恐らく個人にとっては「出産」という機会が多いんじゃないかなと。だから「ダブルVUCA」と。変動要素が多くて決めるのが難しくて、かつ正解のない状況で変化に対応しながら変わっていくことが求められる状況って、組織が置かれている状況とまったく同じじゃないですか。ここにどんなことが言えるだろうか? ということを考えていきたいのが、2つ目のテーマになります。

(スライドの)左側のケースにおいて「変化が激しいから仕方がないよね」と考える組織は、たぶんないですよね。ということは、個人に起こる右側のケースにおいても、この変化にうまく適応しながら、自分をアップデートさせたり仕事のやり方・成果の上げ方を変えることによって、もっと楽しく働けるチャンスになるんじゃないか。

もしくは「(変化を)チャンスにできる人材を組織は求めているんだよ」というメッセージが、本当はもっと出てもいいんじゃないかなと思っておりますが、いかがでしょうか。特にここに答えは書いてないですけども、この構図で、私たちは会社として個人や社内に対してどんなメッセージを発信したいのかを考えたい、というのが2つ目の着眼点になります。

「昨日の延長線上に明日がある場合」は、新しいことを仕掛けにくい

小田木:最後の3つ目は、人材の「リスキリング」をどこで仕掛けるか。

沢渡:「リスキリング」。これも最近、話題のキーワードですね。

小田木:今年も元旦から、新聞に「リスキリング」というキーワードが踊りましたよね(笑)。仕事をしながら生きていく時間が長くなっていく一方で、変化が早くて技術やスキルの陳腐化が早くなっていく。その中で、学び直しって大事ですよねという論調だと思うんですけれども。

この「学び直し」を、どこで仕掛けていくか。これは個人も組織もかなり真剣に考えないといけないタイミングなのかなと思っております。そういったタイミングで現場を離れる。そこにもっと、そもそも仕事のやり方だとか成果の上げ方、そしてご自身のキャリア観みたいなものをアップデートする機会が持てたとしたら。これって実は、長いキャリア人生の中で必要な変化するための期間を、意図的に仕掛けていける時期にならないだろうか、というのが3つ目の観点ですね。

沢渡:「どこで仕掛けるか」って、ものすごく大事な問いかけだと思うんですよ。だって、組織って何にもない時に何か新しいことを仕掛けにくい・始めにくいんですよ。

小田木:そうですね。「昨日の延長線上に明日がある場合」は、わざわざ新しいことを仕掛けにくいですね。

沢渡:危機感のない人や幸せな人に、危機感だとか変化を仕掛けるって、ものすごく大変でコミュニケーションコストもかかるので。そういう意味で、どこで仕掛けるか? その1つに、ともすれば今までの組織の常識で言うと「やばい、ピンチ」と思える、育休という時期に何か新しいことを仕掛けていくのは、すごく重要な着眼点かなと思います。