「日本企業」という言葉を使うのは好ましくない?

森本千賀子氏(以下、森本):今日はよろしくお願いいたします。

楠木建氏(以下、楠氏):よろしくお願いします。

森本:それでは、楠さんの今までの経歴を教えていただけますでしょうか。

:競争戦略という分野で仕事をしてるんですが、27歳ぐらいで今の仕事になりました。今は57歳と初老です。

森本:(笑)。ぜんぜん見えないです。

:芸歴30年でやっております。

森本:私も買わせていただきましたが、こちらですね。今、大学の先生業は(業務)全体の何割ぐらいになるんですか?

:大学での仕事は2つあって、教えることと、研究すること。それともう1つ、個人でやっているいろんな会社の手伝い(の割合)が、1対1対1ぐらいじゃないかなと思います。

森本:現在の日本企業の課題、それから共通点、特徴、そのあたりのお話をうかがえますでしょうか?

:ここにある『逆・タイムマシン経営論』という本。

森本:はい、読ませていただきました。

:思うところがあって、しばらく前に書いたんです。そこでの1つのテーマでもあって、ちょっとややこしい言い方になるんですが、日本企業の課題は「日本企業」という言葉を使うところにあると思ってるんですよ。考えてみると、「日本企業」という企業はかつて一回も存在したことがないんですよね。

森本:確かに。

:トヨタがあったり、森本さんの会社があったり、日本製鉄や三菱重工、メルカリもあれば、いろんな会社が日本に国籍を持っています。それで言えば日本企業なんですが、その考え方がよろしくないと思ってるんですよね。

海外の人も疑問を抱く「日本的経営」という表現

:例えば、友人の経営学者は韓国人なんですね。彼はその後シンガポール国立大学に移って、今はそこで教えています。ちょっと雑談してましたら、彼は「日本に行くと『日本企業』という主語でみんな議論する」と。これは非常に珍しいことであると。

森本:確かに。他の国ではなかなかないんですね。

:例えば「日本的経営」とか、こういう言い方をしますよね。

森本:本のタイトルにもけっこうありますよね。

:韓国で「韓国式経営」とか「韓国企業」という話はあんまりしないんだと。

森本:そういうカテゴリーがないんですね。

:つまり、Samsung式の経営はあるわけですよね。韓国の企業と言ってもいろいろなので、あんまりそういう話をしないと。別のドイツ人と話していたら、同じことを言っていて。「日本に来ると『日本企業の競争力』という議論をしているのだ。これはドイツでは絶対にない」って言うんですよ。

なぜならば競争の主体は個別の企業なので、シームレスな競争力。ドイツだったらVolkswagenの競争力。これは当然議論があるんだけれども、「ドイツ企業の競争力」はないと。なぜならば「ドイツ企業」は存在しないからなんですよね。

我々はなぜか、「日本企業」「日本的経営」「日本的経営は崩壊する」「日本企業の競争力」「日本企業の課題」と言うわけなんですが、なんでずっとこういうことを言い続けてるのかというのは、おもしろいところなんですよね。

「日本企業」という集合名詞は、現代においては意味がない

:いろんな理由があると思いますが、僕なりの1つの理解は、かつて日本が戦後復興から高度成長を果たした時の記憶。当時生きてた人って、今はけっこうお年寄りですよね。

森本:そうですね。

:ですから直接の記憶と言うよりかは、何か間接的な記憶で受け継いでいるものかもしれませんが、それを引きずっているのかなと思います。

森本:語り継がれているもの。

:これを比喩的に言うと、日本だけじゃないんですが、国や地域にある条件が揃うと高度成長期があるんですよね。この時期はものすごい追い風が吹くわけです。そうすると、合理的な経営というのは“巨大帆船”みたいなもので、高いマストに大きな帆を張ると。

森本:大量生産ですね。

:追い風がぶわっと吹くので、ばんばん進んでいくわけですよね。ただし、みんな同じ方向に進んでいくんです。ところが、もう成熟して久しい日本。どこでも高度成長期はずっと続かないので、そうなると追い風が吹かなくなります。

いい会社、いい経営というのは、クルーザーみたいなものなんですよ。がたいはそんなにでかくなくても、自分の船の中にエンジンがあるんですね。追い風に頼らなくても前に進んでいく。もっと大切なことは、どこに進んでいくかをキャプテンが決めるわけなんです。結果的に巨大帆船の高度成長期と違って、一社一社が違った方向に進んでいくんですね。

高度成長期の頃はみんなが同じ方向に同じメカニズムで進んでいたので、「日本企業」という平均的な像をイメージして議論することに、多少なりとも意味があったんだと思うんですよ。ところが今や、日本企業と言ってもバラバラ。また、アメリカ企業と言ってもバラバラなので、その集合名詞の意味はあんまりないんじゃないかというのが僕の考えなんですよね。

森本:非常に共感します。

:ですから、「日本企業」と言っちゃうと何が失われるかと言うと、本来経営が持っている「個別性」なんです。特に僕の競争戦略という分野は、一言で言うと「競争相手に対して違いを作ること」なんですよね。

おすすめは『米国会社四季報』を買うこと

:そうすると、いよいよ企業の個別性が問題になります。今は何が大切かと言うと、「日本企業」「日本的経営」という集合名詞を使うのをやめて、「一社一社違うよね」という経営の個別性をあらためて大切にすること。

おもしろいなと思うのは、一方で「多様性の時代」と言うんですが、「日本企業」という立論がまったく多様性を無視した言い方になっていくわけですよね。だいたい、スピード感、スピード感って言う人ほど、スピードがないんですよね。

森本:(笑)。その傾向はありますね。

:ええ。品格、品格って言う人ほど、だいたい品格がないんですよね。多様性、多様性って言う人ほど、実は肝心なところで多様性を無視してるんじゃないかと思うんですよね。

森本:じゃあ、「海外企業との比較」というのは前提としておかしいと。

:つまり、海外企業もいろいろなので。

森本:そういう比較は意味がないってことですね。

:そうです。例えばね、みんな特定の企業を思い浮かべて海外企業をイメージしていると思うんですよ。アメリカの会社って言うと、GoogleとかAppleとか、みんなが注目する非常に大きな、また今のところ調子もいい会社がありますよね。(だけどこれは)アメリカの中のごく一部なんですね。

僕がおすすめしている簡単な方法は、『米国会社四季報』というのがあるんですよ。日本の『会社四季報』をご存じでいらっしゃいますでしょう? この、電話帳みたいなね。

森本:ありますね。昔、リストアップに使ってました(笑)。

:それのアメリカ版が日本語で翻訳されて、日本の『会社四季報』と同じフォーマット、見開き4ページぐらいの中で、その企業の財務内容とかあらましが書いてある本が出てるんですよ。僕のおすすめは、それを買ってくださいと。電話帳みたいに厚い本なので、任意のページを開くと4社が出てきますよね。中には、3M、Disneyと、Teslaとかね。

森本:誰もが知る。

:話題の会社がたまに出てきます。ほとんどの場合、誰も知らない会社が売上高8,000億円、好業績、営業利益率15パーセント、グローバルに事業を展開している水処理の会社だったりするわけですよ。アメリカも当然ですよね。

そういう会社の経営は、恐らくみんなが暗黙のうちにモデルにしているGoogleやTeslaとは相当違うものだと思うんですね。それはまた、どこの国でも同じことなんですけどね。

森本:非常にわかりやすいです。

何かにつけて「日本がダメだ」と合言葉のように言う人

:「日本企業」と言った瞬間に、意味のある議論はほぼできないんじゃないかと思います。

森本:じゃあ、アメリカ式の四季報を見てみると、今おっしゃった意味がよくわかると。

:そう、多様性ですね。経営の個別性、経営の多様性がよくわかるんですね。

森本:成功している企業・経営者の共通点は、どういうふうに見ていらっしゃいますか?

:さまざまなんですが(笑)。

森本:(笑)。そうですね。

:うまくいっていない企業経営者のほうが、共通点があって。

森本:なるほど。

:それは反面教師で使えるんじゃないかなと思うんですが、経営者で言うと、絶対に良くないのは他責ですよね。

森本:マーケットのせいとか。

:そうです。僕が非常に興味を持っている傾向というか現象で、何かにつけて「日本がダメだ」と言う人がいるんですよ。

森本:なるほど。合言葉のように(笑)。

:これは2つの軸がありまして、空間的な軸で「シリコンバレーはすごい。その点、日本は内向きで、なにか保守的で……」。

森本:遅れていると。

:「リスクを取らず、意思決定が遅い。そういう日本の農耕民族の問題が……」とかね。

森本:言い出しますね。

:もう1つは時間軸で、「今は少子高齢化で閉塞感があり希望が持てない。かつては高度成長期で日本も元気だったのにな」みたいな。これは『逆・タイムマシン経営論』の中でも「遠近歪曲」と言ってるんですが、近いものほど粗が目立ち、遠いものはいいところばっかり見える。確かにシリコンバレーはすごいんですけどね。

「日本がダメだ」「時代が悪い」と言うのはただの他責

森本:「隣の芝生は青い」みたいなことですね。

:そうです。シリコンバレーですごく業績の悪い会社を知ってる? もちろん、すごくいっぱいあるんですが、あんまり出てこない。

森本:そうでしょうね。

:これ、遠いものは良く見えてるんですね。近い日本のことだといろんな問題点があるんですけどね。なんでみんなそういう話になるのかと言うと、結局自分のせいにしたくないんだなと。経営者に「何が問題なんでしょう?」と聞いて、「経営が悪い」と。おまえじゃないかと。

森本:(笑)。そうですよね。

:これは100パーセント自責なので、そういうことを言わないですよね。

森本:口が堅いってことですね。

:昭和時代は、新橋ガード下の焼鳥屋でみんなで会社や上司の悪口を言う。これ、楽しいんです。

森本:楽しそうにね。

:「あいつが悪い」「上司が悪い」と。これ、とっても楽しいんですね。今はそういうことを言ってると、「じゃあ転職すれば?」という自責に戻ってきちゃうんですよね。

森本:そうですね。

:そこで、一番気持ち良く他責になれるのは何か。生まれた国は選べない、生まれた時代は選べない。つまり「日本がダメだ」「時代が悪い」と言うのは最高に気持ちいいんですよ。ただ、これはただの他責です。僕はそういう経営者が一番ダメだと思うんですね。そういう人を僕が見つけると、必ずツッコミを入れてるんですよ。

森本:そうですか。勇気ある行動ですね(笑)。

:「『日本はダメだ』とおっしゃいますが、どこならいいんですかか? 成長していて元気がいい、中国ならいいんでしょうか? 共産党との交渉、けっこうきついらしいですよ。世界最大市場のアメリカだったらいいんでしょうか?」と。それはそれで、相当いろんな問題があります。

楠氏が「素晴らしい」と思った、一流経営者の言葉

:時代で言っても、「高度成長期は良かった」と言うんですが、よく見てみてください。日本も貧しいし大変です。もっと遡って、じゃあ戦国時代だったらどうですか? あんた、失敗したら殺されましたよ。パワハラどころじゃないですよと。

森本:そうですね。生死の問題ですね。

:殺人ですから。「縄文時代、竪穴式住居の冬は寒いらしいですよ」と。

森本:そうですよね(笑)。

:つまり今のを裏返しますと、どんな時代や国でも、一方的に優れていてうまくいっている国や時代はないと。こういう考え方が、僕は優れた経営者に共通の特徴じゃないかなと。

森本:楠さんはたくさん事例も紹介いただいていますが、あえて今、「ここの会社、この経営者は本当に素晴らしかった」という事例を挙げていただくとするとどうでしょうか?

:今はもう現役の方じゃないんですが、セブン&アイ・ホールディングスの鈴木(敏文)さんがどこかでおっしゃっていて、「そうだよな」と思ったんですが。

みんな少子高齢化を嘆くわけですよね。ところが鈴木さんが雑誌でコメントしてらしたのは、「何言ってんだ。『コンビニ、人手不足、厳しい』と言うんじゃなくて、人手がかからずにやる方法を考えればいいじゃないか」とおっしゃってたんです。

とにかく人口は減る。みんな「大変だ、大変だ」と言うんですが、「人口が減ったって十分にやりようはあるじゃないか。そのビジョンを示せばいいだけなんだ」と。やっぱり、一流経営者の言葉だと思うんですね。

みんな夏は「暑い、暑い」と言ってますよね。これから冬になると、同じ人が「寒い、寒い」と言うんですよ。また夏になるので、「暑い、暑い」と。普通の人はそういうものなんです。リーダーまで一緒になって暑いの寒いの言っていても、意味はないと思うんですよ。

「激動期おじさん」は二流経営者

:リーダーっていうのは、みんなが「暑い、暑い」と言っている夏に「いや、寒くないよね」と言う人なんですね。これをあっさり言うと、「ピンチをチャンスに」という話なんです。コロナ騒動のようなわりと大きめの騒ぎが起きると、経営者の資質、能力がむき出しになったと思いますね。

また、僕が二流経営者だと思うタイプで、「激動期」という言葉が大好きなタイプ。何かあると「今こそ激動期」と言うだけで気持ちいいらしいです。「100年に一度の危機」というフレーズが大好き、何かあると「戦後最大の危機」。おもしろいことに、僕は57年しか生きてないんですが、僕が知っているだけでも100年に一度の危機は今まで18回ありました。

森本:18回ですか。コロナの前は……。

:再来年あたりにまた必ず来ると思います。これが「激動期おじさん」なんですよ。「じゃあどうするんだ」と言うと、「判断が難しい」と。

森本:(笑)。なるほど。

:おまえ、その難しい判断をするためにそこにいるんだろ? と思いますが。こういう人は、変化する現象を追い掛けているだけで目を回しているんですよね。軸足がないと、ダメ経営者だと思ってるんですけどね。

森本:成功するためにはこういう考え方や捉え方や思考がいい、というものはありますか?

:1つは、環境がいいも悪いもいつでもだいたい同じだというマインドセット。もう1つはぶれない軸足。人によっていろんな軸足の持ち方があると思うんですが、「ぶれない軸足」を言い換えれば、物事の本質をちゃんと見極めてることだと思うんですよ。

「本質を見ろ」ってみんな言うんですが、本質とは何でしょうか? 僕が考える本質の本質は、そう簡単に変わらないものだと思うんですよ。それこそが本質。そういうものを軸足として持っているかどうかは、やっぱり大きいと思いますね。

コロナ禍で、ピンチをチャンスに変えた企業例

森本:先ほどセブン&アイの鈴木さまの話がありましたが、コロナ禍で「この企業は素晴らしい」「この後成長していくんじゃないか」と思われるような会社さんはありますか?

:いっぱいあります。本当に強い会社や戦略の良さが、コロナではっきりしたと思うんですね。

森本:浮き彫りになったと。

:ダメな経営はダメさがむき出しになった面があると思います。いろんないい会社があるんですが、例えばアイリスオーヤマさんですね。「ピンチぐらいしかチャンスがねえんだ」っておっしゃるんですよ。ピンチはチャンスじゃなくて、ピンチがチャンスなんだと。

森本:なるほど。

:僕が手伝っている会社だと、ファーストリテイリングもそうなんですが、コロナ対応が迅速だったという話じゃないんですね。コロナは誰も予想してないので。

森本:そうですね。

:だから対応が早いとかうまいじゃなくて、もともとの戦略が非常に優れていて、コロナで生まれるチャンスやピンチ、機会、脅威をうまくそこに乗っけてるということなんです。もともと優れた会社だったということが、あらためてはっきりしたように思いますけどね。

森本:ユニクロさんも本当に好業績ですものね。

:そうです。もちろん基本的には、お洋服屋さんはコロナで必ずダメージがあるわけですよね。

森本:そうですね。

ユニクロのコンセプト「Life Wear」が提供する価値

:それでも、みんなが「寒い、寒い」と言う時に「いや、暑くはない」って言うわけです。もともと(ユニクロは)「Life Wear」というコンセプトなんですよね。それは「洋服なんかで個性を発揮しないでください」というメッセージなんです。つまり、ファストファッションではないと。

ただし、GAPみたいなカジュアルウェアでもないんですよね。「Life Wear」っていうのは、服は生活の部品であるという考え方。

森本:なるほど。

:人々の普通の生活を快適にする提案が、一つひとつ入っている。生活の部品なんだと。こういうコンセプトは、コロナと無関係に何十年も前からずっとあるわけなんですよ。コロナになると、Life Wearとしてできることがいっぱいあるんですよね。例えば、家の中で働くようになると、Zoomに映った時に、相手に失礼にならないような快適な服とか。

森本:そうですね。

:これはやっぱり、もともと持っていた戦略に(コロナ禍という機会を)うまく機会として取り込んでいるということです。柳井(正)さんなんかは、みんなが「寒い、寒い」と言っている時に、「暑くなくていいじゃないの」と言う人だと思うんですよね。

森本:ステイホームだから購入が増えたというよりも、ニーズがそのままお店の中にある感じですね。

:ええ。話を戻すと、日本にもそういう会社がいっぱいあるし、ステレオタイプ的なイメージで「動きが遅い」「保守的」だとか、コロナで弱みを露呈した会社もあると思うんですね。