「職場で個の力を引き出す」ためのヒント

榎本佳代氏:それでは第二部ですね。第一部のお話も踏まえながら、櫻井さんからあらためて「今の組織に求められる1on1とは」について、お話しいただきたいと思います。

櫻井将氏(以下、櫻井):いや、(第一部の話が)おもしろすぎて「僕、出てこなくて良いんじゃないか?」という(笑)。みなさんのお話を聞き続けたくて。

お二人(古川氏、村松氏)の具体的ですごく役に立つお話を、少しだけ抽象化して「こういうことなんじゃないか?」とお話ししてみようと思います。外れる部分もあったり、仮説の領域を出ないところもあるので、そんな観点で聞いてもらいたいと思います。

「1on1」という切り口から「職場で個の力を引き出す」ためのヒントを持ち帰ってもらえるように、いったん議論を抽象化してみたいと思います。何か1つだけでも、みなさんが「職場で個の力を引き出す」ことへのヒントになればと思います。

(今日は)2つお話ししようと思っています。

(まず1つ目。)「旧来型の面談」から「自律的な人材を育成する1on1」に移行されようと思って、みなさん今日この場にいらっしゃるんだと思います。「旧来型の面談」とは、労働生産性を上げようと、ギスギスしてしまいそうな面談だとか、KPIをマネジメントしていくような面談のことです。こうした面談と「自律的な人材を育成する1on1」との間にある、5つの壁の話をしたいと思います。

(2つ目は、)「自律的な人材を育成する1on1」の、参考事例をお話ししていこうかなと思っています。

今の(お二人の話を)をまとめると「外発的な動機ではなくて、内発的な動機で働いてほしいよね」ということだと思います。

(旧来型の)「目に見える行動」や「思考」をマネジメントテーマの主軸として、外発的に行動をコントロールしていく、KPIのマネジメントのようなもの(がありますね)。たぶん、これだけを意識されている会社さんは、今日この場にいらっしゃらないと思います。その上で、みなさん、「D&I」だとか、最近よく聞く「パーパス経営」の方向へ向かっていこうとされていると思います。

最近では、EQ(感情知性)を用いて、「感情」というものを扱う企業も増えています。個々の特性を活かし、何にモチベーションを感じるかという価値観の領域(を大切に経営されているんですね)。

あとは、(スライドを指して)ここに本当は書きたかったのですが、「信念、belief」「バイアス」(なども関係します)。さっき「アンコンシャス・バイアス」の話が出ましたが、その人がどんなふうに世界を見ているのか、どんな認知を持っているのかを扱わないと、こっち(「パーパス経営」や「D&I」)の方向にはいけないと思っているんですね。

「面談」と「自律的な人材を育成する1on1」の間にある、5つの壁

櫻井:これを1on1にあてはめると、旧来型、つまり進捗管理をして何かを指導したり、フィードバックをするような「上司部下の面談」から、より「自律的な人材を育成する1on1」にシフトしていこうという話になると思います。

1on1の中で扱うテーマを「行動」「思考」寄りにするのではなく、「価値観」「感情」を含めていくことが必要になってくるわけですね。

「旧来型の上司部下面談」から「自律人材を育成する1on1」に、会社として移っていこうとする時に、5つの壁があります。聞いたことがある方もいらっしゃるかもしれませんので、さらっと飛ばしながらいきたいと思います。

5つの壁とは「関心」「時間」「スキル」「相性」「利害関係」です。この5つの壁を越えていかないと、本当の意味で「自律型人材を育てる1on1」に行き着かないんです。この5つの壁を1個ずつ説明していきます。

1つ目は「関心がない」という問題です。お二人が何度も話していました。自分自身が(話を)聴かれた体験がないと、(人の話を)聴こうと思えない。

特に今の管理職の方々って、そういう体験がないまま管理職になられた方が多いと思います。むしろ「石の上にも三年」「背中を見てついてこい」「歯を食いしばってなんとかしろ」状態で上司になるぐらいまでがんばってこられた方々なんです。

1on1で目指したい、会社としての「must」を決める必要性

櫻井:「俺たちはそんなことやってもらっていないのに、なんでやらなきやいけないの?」という気持ちがある。頭ではわかっているんだけど、体で体験したことがないということが起きています。ここで「関心」があれば「じゃあやろう」と思うんだけど、優先順位の問題で、1on1は劣後してしまうケースが多いと思います。やっぱり業務が優先される。業務上の追うべき数字が優先されますよね。

1on1を導入している会社さんで「時間をちゃんと取ってくれない」ということが問題になる時は、目的がシャープになっていないケースが多いんですね。

なんでかというと「1on1」という言葉が、わりと“打ち出の小槌”的に使われて(実態がわかっていないからなんです)。(スライドを指して)これはGoogleに「1on1とは」と入れて(検索して)、その定義が書いてあるページを、8つ転々としながら内容を引っ張ってきたものです。1on1の「目的」と「何をやるか」が書かれたサイトから抜粋しています。

本当にさまざまなことが書いてあって、目的に関しては「部下の成長」「部下のモチベーション(向上)」「部下のパフォーマンス(向上)」などがあります。「何について話をしたら良いか」に関しては、「キャリアの話をしろ」「悩み相談に乗れ」「業務上の課題を解決しろ」「目標の進捗を管理して業務の成功や失敗も聴きなさい」と書いてある。

(さらに)どんなふうに関わるかというと「把握しろ」「寄り添え」「確認しろ」「考えさせろ」「フィードバックしろ」「感謝しろ」「勇気づけろ」とあります。これ、要は上司からすると何をやったら良いのかわからないですよね。

1on1は、いろいろなところに効果が出るので、目的ややり方、テーマがすごくさまざまで、定義も人によって違います。ここがけっこう問題になっている。

(人事の担当が各マネージャに)「(1on1のための)時間を確保してください」とお話しするんですが、その会社が「(1on1によって)どんな変化を起こしたいのか」「そのために1on1はどのように機能するのか」を決めておかないと難しいんですね。この「must」が1つ決まっていないと、上司としては時間を取るところまでなかなか辿り着かないんです。

これは会社によって違います。「1on1でエンゲージメントを高めたい」会社さんもあれば、「対話文化を醸成したい」会社さんもあります。

単に「1on1をやってね」と言うだけでは、それぞれ(1on1について)読む書籍、見るホームページが違うので、「目的」と「やること」が人によって変わってきてしまいます。1on1研修をしたとしても、かなりたくさんの目的を言われるので「この会社の1on1では、これをやる」ということを明確にするのが非常に重要だと思っています。

ちなみに8つのサイトには、1on1の目的として「部下の成長」「モチベーション」「パフォーマンス」と書いてありました。

実際には、いろんな会社さんでよく聞く目的は「対話文化(の醸成)」とか「心理的安全性の確保」で、上司部下の関係性を構築したくて1on1を行っている会社が多いんですね。ネットで調べる情報と、実態がズレていることを認識しておくことも、時間を確保してもらう意味ですごく重要だと思います。目的を明確にすることですね。

コーチングだけに傾倒すると、マネジメントが難しくなる

櫻井:「関心」が湧いてきて、目的も明確になり「時間」を取りましょうとなりました。そうすると、やっと「スキル」の話になります。1on1研修では、だいたいここからスタートしますが、その前段階の2つをクリアしてからやっと「スキル」の話になるんですね。

世の中に、1on1の情報があまりない影響もあるのですが、コーチングを学ばれる方もいらっしゃいます。(でも)ビジネスリーダーが上司として必要なコミュニケーションスキルは、コーチングとは若干違っています。私もそれなりにコーチングを学んでいますが、マネージャーに必要な聴く力やマネジメントスキルとは違っている部分が多い。

コーチングだけに傾倒すると、マネジメントすることが難しくなる。つまり、ちゃんと指導したり厳しく指摘したりすることができなくなるんです。これを両立することが重要で、また、ここのコンテンツが世の中に不足しているんですね。

そのような知識を学ぶことと、あとはきちんと「経験学習」を回していく(ことが大事です)。(ただ)1on1に関しては、経験学習を回すことが非常に難しいんです。自分がやった1on1が正しいのかどうかわからなかったり、振り返りができないからです。

ここで、ちゃんと経験学習モデルでいう「観察」をして「概念化」していく。先ほど古川さんがおっしゃっていた「横でつながって、自分たちがやったことを振り返る場を持つ」こともそうですね。

例えばピアのメンタリングで、1on1について相談する場を持ったとしても、「観察」と「概念化」ができるような仕掛けを持たないと、スキルが身についていかないと思います。

「相性が悪い」問題は、上司も部下にもどうにもできない

櫻井:また「スキル」の後に続いてくるのが「相性が悪い」という問題です。この問題は、上司も部下もどうにもできないんですね。どれだけスキルがある人でも、実は相性の問題で1on1が有意義にならないことがあります。

これはエールのサポーターの事例で、5人を担当してきたAさんと、14人を担当してきたBさんの平均有意義度を表にしたものです。

(Bさんは)14人と1on1のセッションをして「平均有意義度が8点以上」って、けっこうすごいことなんですよ。14人に「今日のセッションは有意義でしたか?」と聞いて、10点満点で平均が8点なので、すごいことはみなさんもなんとなく想像できると思います。

私はAさんもBさんもよく知っていて、人としても素晴らしく、コーチングも学んでいて、コミュニケーションスキルもすごく高い方なので、点数が高いのはよくわかるんです。

(それでも、)もう少しデータを細かく見てみると、実はAさんにもBさんにも低い点数をつけている方がいるんです。これが(相性の問題だと思うんですね。なので)我々は「スキルがあっても相性の問題でうまくいかないケースがある」という仮説を持って、事業を行っています。

そしてYeLLでは、AIを用いたマッチングをし始めてから、有意義度の点数がものすごく上がってきています。それぐらい1on1は、最後には相性が効いてくることを認識しておいたほうが良いと思います。

「どれだけ上司がスキルを持っていたとしても、合わない人がいるかもしれない」という前提に立っておく。「全員とうまくやれ」というのはけっこう難しい。普通のマネジメントも同じだと思いますが、この前提で考える必要があると思います。

最後の最後に残っている「利害関係」の問題

櫻井:さて、「相性」の問題をクリアしました。クリアしたんですけど、最後の最後に「利害関係」の問題があるんです。

某IT企業さんでは、経営イシューとして1on1を導入しまして。全社で何千人という単位で、2年間1on1を行い、PDCAを回し続けたんですね。回し続けた結果として何が起きたかというと、部下からのアンケートで、1つだけスコアが上がらない項目があったということなんです。「自ら今後のキャリアを描くための支援が得られている」という項目です。

要は「関心」を持たせて、「時間」を取らせて、「スキル」も付けて、「相性」も考えてやったんだけど、最後の最後に「キャリアの話ができなかった」という課題は残ったということなんです。

これはスコアを取っていないので確かではないのですが、(利害関係があるから)やりづらいのだと思うんですね。話し手と聞き手の間に利害関係のないYeLLからすると、プライベートな話を深く聴くことは、社内の1on1では難しいのかなと思います。

そういうところにこそ、価値観やアンコンシャス・バイアスが眠っているのですが、「そのあたりへの(介入は)利害関係があると難しい」と理解しておく必要があると思います。

なので「旧来型の上司部下の面談」から「自律型の人材を育てる1on1」にシフトしていく時に存在する壁について理解して、「何が足りないのか」「どんな支援が必要なんだろう」ということを捉えながら施策を作ると良いと思います。

旧来型面談を行っている上司の「1on1スキル」を上げる方向

櫻井:その前提で、2つの施策を挙げたいと思います。何をやったら良いのか。1つ目として、旧来型面談を行っている上司の方の、1on1スキルを上げる方向にいきたいですよね。

「行動」「思考」のマネジメントを「外発的」にアプローチしている上司の方を、より「内発的」に、「感情」「価値観」を扱うコミュニケーションもできるように進めていきたいですよね。これが1つの方向性ですね。

しかし、ここにやっぱり「利害関係」の壁があって、話せないことがあることをみなさん知っている。それで、YeLLを利用してくださるんですね。

これが2つ目の方向性。これに関しては何もYeLLでなくても良いんです。「“斜め(仕事や評価で直接的に関わりのない先輩後輩・上司部下の関係)”のメンターを社内でつける」「同職層でピア・メンタリングをしてもらう」「社外のコーチやメンターをつける」などのアプローチもあります。

上司の1on1スキルを上げるだけでは解決しない課題があります。(2つ目の​施策として)その課題に対するアプローチが必要だと思います。この2つの方向を両方取り入れていかないと、本当の意味で人が自律して働いていくというところには到達しないと思っています。