「宛先が必須なツール」と「宛先がいらないツール」

大槻幸夫氏:もう1つ、タテの他にヨコがありましたよね。ヨコは日本企業の強みだったはずなんですが、これがどうなったか。最近はコロナ禍だったり、そもそも働き方が多様化しているので、同じ場所・同じ時間で働くケースも、どんどん減っていますよね。

つまり、ヨコのつながりが薄れている・弱まっているんじゃないかな、ということなんです。今、世界中の会社に起きている変化は、今までは「集まらないと成果を出せなかった」のが「バラバラでも成果を出せる」ようになった。これを「ハイブリッドワーク」と言いますが、こういう会社に変わってくださいという流れが今、世界中で起きているわけです。

でも、古い価値観の人たちはなかなか変われない。特にアメリカなんかでは「出社しろ」と、シリコンバレーでさえ言っているそうなんですね。でも社員はリモートで働きたい。「出社しろ」と「リモートで働きたい」の戦いが起きている。こんなことが日本でも起きてくるんじゃないかなと思うんです。

ハイブリッドワークで失われそうなものは、ちょっとしたコミュニケーションと一体感なのかなと思うんです。物理的なオフィスは、周りが見えて雑談ができることが良さだったかなと。でもメールとウェブ会議で仕事をしていると、その良さが失われちゃいました。

なぜか。このツールたちは「宛先」が必要なんですね。そうすると、宛先以外の人たちはそれを知ることができない。なので今、サイボウズで力を入れていて、特に活発になっているのが、先ほど言った「分報」ですね。つぶやくというスタイル。これをしていると、みんながまるで隣で働いているかのように、お互いの状況がわかるんです。

「これから原稿のカタログ書きます」とか「お昼行ってきますね」とか「今日はもう終わりにしますね」とか、そんな書き込みがバーっと見えてくるので、すごくありがたい。

在宅で1人で働いていても、1人じゃない感覚がある。わからないことがあったら「これどうやるんだっけ」とつぶやいてみると「横からすいません」と教えてくれる人が出てきて、なんか職場っぽいですよね。こんなことも起きたり。

お昼休みが終わると、みんな帰ってきて「ただいま」とか「戻ります」「始めます」みたいなつぶやきがバーっと一斉に流れてきて。オフィスの玄関から、みんながお昼休みから帰ってきたような、そんなリアルな感覚が蘇る気がします。

これ、つぶやく敷居が低いですから、メンタルの問題にも気が付きやすいんです。こういうことがメリットとしてあるのかなと。なので、オンラインで仕事をするツールはいろいろありますが「宛先が必須なツール」と「宛先がいらないツール」。ここをしっかり意識して。宛先はいらないけれども、見に行こうと思ったら見に行ける。こういう場所を作ることが、ハイブリッドワークで大事です。

ハイブリッドワークに求められること。「情報共有」ももちろん大事なんですが、この「状況共有」。「今、どんな感じ? どんな感情? 何しているの?」というような、情報になる前の話も共有していこう。そうすると一体感が生み出せるねということなんですね。

メールやウェブ会議は組織に「壁」を作るんですが、サイボウズはそれを「窓ガラス」にする。様子が見える、必要だったら話しかけることもできる。こうやってサイボウズは、オフィスをオンライン化できるのかなと思っています。

変化の本質は「地球のマントルとプレートの関係」に似ている

最後に「個人」ですね。ここも変わってきます。いろんな経営テーマが、今、世の中に溢れていますね。SDGs、ダイバーシティ、AI、DX。これらはどう捉えたらいいんだ? この本質って何なんだろう? と。いろんな例があるんですが、直近の例を持ってきました。今年(※イベント開催時の2021年)の年末の紅白、ロゴマークがこんな感じになりました。紅と白、明確に分かれていないグラデーションになっているんですね。

そして司会も「紅組司会・白組司会」ではなくて、単なる「司会」になって、すべてのアーティストを応援する存在に。こういった話が社会でもそうですし、組織内でも起きていますよね。ダイバーシティ、マイノリティ、LGBTQ。こういったものがどんどんどんどん広がってきています。

これって何なんだろう? と考えた時に、これは私の持論なんですが、地球のマントルとプレートの関係に似ているなと思うんです。地球の真ん中ではマントルが渦巻いている。その上に私たちのいる大地、プレートが乗っていて、流れに乗っていますから徐々に動いているんですよね。だから地震が起きたりするし、ハワイは年間数センチほど日本に近づいてくるわけですけども、この感じと似ているんじゃないかな。

何が似ているか? テクノロジーが日々進化しているわけですよね。その流れの上に私たちの価値観が乗っかっているので、テクノロジーが変われば私たちの価値観も変化する。それによって社会制度も遅れて変わってくる。

(今では)人生100年生きられるように、医療が発達すれば私たちの価値観は変わってきますよね。1社でずっと働くということがなくなると、社会制度が変わってくる。こういうかたちで企業の外部環境は、見えないところで常に変化しているよということなんです。

テクノロジーで今、一番大きいのは、なんといってもインターネットです。これが人類の価値観をどんどんアップデートさせている。インターネットが次々つながっていく仕組みだった。それによって私たちの価値観が多様化したんですね。世界にはいろんな人たちがいる。この自分のニッチな趣味と合う人がフランスにいるとか、そういうつながりが生まれたわけで、多様化しています。

だったら社会制度も、どんどんフラット化していく(必要がある)ということなんです。地域や社会、企業、個人を超えて、誰もが対等につながる。だから組織も価値観をアップデートしていかなければいけないんだと。

あぶり出される、変化に気づけないおじさんたち

一言でいうと、それは何か? 一人ひとりが重視される時代になっているよ、と。これを外してしまうと、すべての経営改革・組織変革の意味がなくなってしまう。単にDXに対応してたんじゃ、しょうがないですね。根本にはこれがあるんだと。会社よりも、働く人の時代になっているんだよということです。

残念ながらそれに気付けないおじさんたち、おじいちゃんたちが今年(※イベント開催時の2021年)はすごかったですよね。特にオリンピックであぶり出されてきたなという感じがしますが、こういうことが起きている。

ITがどんどん個人に力を与えている。「サイボウズっていい会社ですよ」と話しても、実際どうなんだ? というのが、今では「OpenWork」という会社の口コミサイトがありますから、会社の中の人が匿名で「こんな会社ですよ」と書いてわかっちゃう。

みんなスマホを持っていますから、パワハラを職場で受けたら録音しておいて、それをSNSに流したり、裁判の証拠にもできる。個人が力を持つ時代になってきた。こうやってインターネットによって価値観が変化するから、次々と新たな経営テーマが、今、生まれているんだと思うんです。

「サイボウズでは『公平』を捨てました」とは?

そして2030年に向けて取り組まなければならないテーマ。人口がめちゃくちゃ減っています。そしてITが進化しています。人を雇えない。そして他にいい会社があったらどんどん流出していくから、定着が困難。だから働く環境づくりをしなきゃいけないんだということが、今、求められていることなんですね。

青野(慶久)さんが講演で「『売上』と『働き方』のどっちを優先すればいいですか?」と、よく質問を受けるそうなんです。そこで必ず言っているのは「売上をあきらめましょう」と。「売上がいらないということではないんですが、優先順位は働く人だよ」といつも答えているそうです。

元副社長の山田(理氏)も、いつも言っています。「会社は社員が幸せになるために存在するんだ」と。組織変革というと「会社のため」と考えがちなんですが、そうじゃない。社員のためなんです。会社というのはもともとフィクションですよね。社員が幸せになるためのツールだったはずなのに、今や会社のために自殺をするような人がいる。おかしくないか。元に戻しましょうよということなんです。

サイボウズがやってきたことは、一人ひとりの「わがまま」を引き出して、いかに「人が定着する会社」を創るか。これをやってきたんだと。なので、人事制度も「100人いれば100通りの人事制度」。多様性というのは作り出すものじゃない。男性ばかりの職場でも、佐藤さん、鈴木さん、渡辺さんの一人ひとりで違うはずなんですよね。

今求められているのは、そういった人たちを男性とか女性とかシニアとか「カテゴライズして見ること」をやめましょうと。一人ひとりの個性をそのまま受け入れる、インクルージョンのほうが大事なんですよということなんです。

「サイボウズでは『公平』を捨てました」と、青野さんもいつも言っています。これはどういうことか? 人事制度って、公平性を大事にして作られている時代が長かったですよね。でももう多様化の時代ですから、ケーキに例えてお話するなら「もっと食べたいな」という人もいれば「ダイエット中だからこんなにいらない」という人もいる。

この会社の都合、やめませんかと。今やITもありますから、一人ひとりに合わせた人事制度を作れます。だったら「たくさん食べられてうれしい」「ちょうどいい」と個人の個性に合わせた人事制度・いろんな制度・働き方・考え方を作っていけるんじゃないかな、ということなんですね。ITがあれば、バラバラでも問題なく管理できるんです。

組織変革とは「生産性の向上」ではなく「多様性の向上」

組織変革というのは「生産性の向上」と考えられがちですが、そうじゃない。まずは多様性を生み出してください、ということなんですね。働く人ファーストに変わるんだと。その時のポイントは「組織モデルが変わります」ということ。従来型の組織というのは、どうしても情報格差が生まれてしまっていた。例えば経営陣だけが知っている情報があるとか、現場の情報が上に届かないとか。それをやめましょうと。

ネットワーク型の組織に変わっていってください。ほとんどの情報が全社的に共有されており、オープンに議論し、役割に応じて意思決定する。この役割に応じて意思決定するんですね。意思決定を放棄するわけじゃなくて、情報はフラットに、みんなに公開されていることがすごく大事だよ、ということです。

インターネット型組織になるために大事なことはなんでしょうか? それは「仕組み」ではなくて「姿勢」です。いろんなやり方は、本を読んだりセミナーで学んだりできます。でも「社員を幸せにしたいんだ」と思わないんだったら、これは絶対にうまくいかないんです。まず、そこがスタート地点ですよということです。

「じゃあ利益とか売上は(後回しで)いいんですか?」と聞かれます。でも「働く人の幸福を考えるからこそ、生産性が上がってくるんですよ」ということなんですね。これはどういうことか。働き方を多様化すると、一人ひとりが幸せに働ける。多様な働き方ですから、同じ時間・同じ場所にいなくなっちゃうわけですね。じゃあどうするか? オンライン上で情報を共有することが大事。

そうすると情報・業務が「見える化」されるので、不思議なものですけど、人間って見えると直したくなるんですね。「このフローいらなくないですか?」とか「この役割いらなくないですか?」となって、結果的に生産性が上がって、利益・売上につながっていくと。

事実として、2005~2006年頃のサイボウズは離職率が28パーセント台で、めちゃめちゃ人が辞めるブラックな会社だったんですが、この働き方改革・組織変革を続けて、今では5パーセント台まで落ち込んできて。一方で2013年から、売上が右肩上がりに伸びている。こんな状況を作り出せる。このベースにあるのは「働く人への思いだよ」ということです。

大槻氏が「控えめに言っても『最悪のDX』」と語る事例

サイボウズではいつも「組織変革には3つの要素が必要だよ」と言っています。「人事制度」。それから「ツール」。DXなんかもここに入ってくるかもしれません。でも、この上2つって目に見えるから、みなさんも取り組みがちなんですが、大事なのはこの「風土」なんです。風土は目に見えないので、みなさん後回しにしがちなんですよね。

風土を後回しにしたDXはどうなるか? IBMさんのニュース記事を持ってきました。お給料を決めるのにAI、Watsonを入れたことに対して、労働組合が反発しましたよということなんですね。

これ、どういうことかと記事をよく読んでみると、そもそも会社や評価者に対する不信感が背景にあり、控えめに言っても「最悪のDX」だと思うんですよね(笑)。こんな状態で「今日からAIが給与を決めます」と言ったって「誰がうれしいですか?」ということなんですよね。会社に対して信頼感がない。こういうことが世の中で起きているんじゃないかなと思うんです。

私も昨年、いろんな会社さんに行って、こうやってお話させていただく機会があって。とある大手の通信会社さんでお話させていただいて、その後に打ち上げということで飲み会に行ったりしたんですね。

そこで人事の方が「うちではこういうツールを入れて、社員の健康状態をモニタリングしてるんです。でも、なかなかみんなが入れて(入力して)くれない。でも○○さんは、けっこう入れてくれていますよね」みたいな話をして、僕の横にいた方に話題を振ったんですね。

すると、それまで黙っていた横にいた方がしゃべりだしたんです。「私は5~6年前に転勤になって、家族を残して1人で北海道に行きました。がんばりました。そして5~6年経って帰ってきました。帰ってきてから今日まで、職場のみんなから何の声もかけられていないんです。これって何なんですかね? こんな職場を良くしたいから、僕は人事のシステムに情報を入れているんです」って言ったんですね。

めちゃくちゃ重い話だなと思って。こういうことが世の中でたくさん起きているんじゃないかな。システムを入れよう。業務変革をしよう。それは大事です。でもそこにいる一人ひとりや、どう思っているかに寄り添わなかったら、まったく意味がないんじゃないかなって思うんですよね。

サイボウズが目指す「情報共有」と、その先の「存在共有」

じゃあDXを試しに勉強してみようと思って、本屋さんに行ってみる。(本のタイトルを指して)『DXとは何か?』、ふむふむ、なるほど。『いちばんやさしいDXの教本』、『世界一わかりやすいDX入門』、こんなのもある。『60分でわかるDX最前線』、『90日で成果をだす DX入門』ってすげーなと。そして『なぜDXは失敗するのか?』、失敗するんだ。最終的に『アカン! DX』(笑)みたいになっているわけですね。これらって結局、世の中は手段の話ばっかりなんですよね。

でもサイボウズが目指しているのは「情報共有」。これをぜひ効率化して欲しいと思っています。そして、その先の「存在まで共有してあげてほしい」ということなんですね。バラバラで働いていても、一緒に仕事をしているという「状態」。

それを共有することで「自分がチームに役立っている、役割がある」という感覚。これを共有できる。そんな場所をオンライン上に作り出したいと思って、日々製品を開発しています。それが情報格差の解消や一体感につながっていくのかなと思います。

このツールが変革の土台になるよというお話を、今日はさせていただきました。

DXなんかより、理由なく有給を取れる環境を作ることが大事

まとめになります。「タテとヨコ」のコミュニケーションという視点で、一度、御社の中を見てみてください。それから、大きなうねりが来ています。いろんな組織変革のテーマがありますが、その根本にあるのは「個人」の時代だよということなんですね。

一人ひとりのエンパワーメントをしてあげてくださいということなんです。働く人が幸せになるための変革が、何より最優先です。日本企業に必要なのはタテですね。上からも下からも、この流れがめちゃくちゃ悪いので、サイボウズは経営会議を見える化して、意見も言えるような状況をkintoneで作って、チャレンジしていますよと。

そうやってプロセスを共有してくれると、みんなやっぱり、やる気になりますよね。モチベーションになりますよね、会社の一体感が高まる。さらには、今、出社できないからテレワーク。これからどんどん働き方が多様化して、テレワークの機会が増えてくるわけです。

ヨコも失わないためにも、タテとヨコにおけるオンラインがすごくいいんじゃないかなと思います。DXなんかよりも、理由なく有給を取れる環境を作ること。そっちのほうが大事なんじゃないかなと思います。

ということで、私の話は以上とさせていただきます。ご清聴いただきまして、ありがとうございました。