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松坂大輔氏(全2記事)

松坂大輔氏が、23年の現役生活を振り返る ​​描いた理想とは正反対の終わり方でも「幸せ」と思えた理由

さまざまな壁を乗り越えてきた各界のトップランナーによる、人生の特別講義を提供するイベント「Climbers(クライマーズ)2021 秋」。本記事では、2021年10月に23年間の現役生活に幕を下ろした“平成の怪物”こと松坂大輔氏のセッションの模様を公開。米の野球殿堂入り投手マイク・ムッシーナの引き際に見た「理想の引退のかたち」や、監督業への興味などを語っています。

予想とは違った、メジャーリーグのチームによる選手管理

狩野恵里氏(以下、狩野):メジャーリーグに行ってから、海外に渡ってからも、イチローさんのような(力を引き出してくれるような)選手と対することはあったんでしょうか?

松坂大輔氏(以下、松坂):たくさんいましたね。その前に国際試合を何試合も経験したり、それこそテレビを観たりもしていましたけど、実際に行ってみて、レベルの高さに圧倒はされていないですけど、「すごいところに来たな、一筋縄じゃいかない。でも、すごくやりがいのある場所に来たな」と思いましたね。

狩野:環境が変わりますと、ピッチングフォームや、マインドはわからないですけど、自分の中でも少し、変えたりしなきゃという方向にやはり行かれたんですか?

松坂:やっぱり生活の文化もそうですし、野球の文化も聞いていた話とぜんぜん違ったので、いろいろ変えていかなければいけないなとすぐに思いましたね。

狩野:すぐに肌で感じ取って。

松坂:はい。

狩野:どういうところが想像と違ったんですか?

松坂:まず、思っていた以上にメジャーのチームは細かいところまで見ているというか、監督だったりGM(ゼネラルマネージャー)だったりコーチだったりがしっかりチェックしているというんですかね。言葉は悪いんですけど、もっと適当だと思っていたんですね(笑)。

狩野:もう、「自分らしくやればいいんだよ、勝てばいいんだ」っていうようなイメージだったのが。

松坂:はい。ぜんぜん違いましたね。

日米で異なる投手の球数への意識

狩野:松坂さんに対しても、監督ですとかGMの「こうしたほうがいいよ、マツ」みたいなチェックはあったんですか?

松坂:そうですね。それこそもう、キャッチボールの球数まで数えられましたし(笑)。

狩野:そうか、制限されて。

松坂:投げたがりの僕からすると、最初はすごくストレスだったんですけど、そこは監督やGMと話をして、ある程度余裕を持たせてくれました。

狩野:その中でも、やっぱり譲れないところはおありだったんじゃないですか?

松坂:そうですね……。やっぱり僕は先発である以上、中継ぎの人や抑えの人を休ませたいという気持ちがずっとあったので。どんなに球数がかさもうと、たくさんイニングは投げたい、長く投げていたい、とは思っていましたね。

でも、やっぱりチーム内のルールがありますし、そこにフィットするように僕がアジャストしなければいけない。それがアメリカではなかなかできなかったですね。

狩野:今までずーっと、高校時代から、むしろもっと小さい頃から「これが松坂大輔だ」というやり方でやってきたことを、容易に変えるのはやっぱり難しいですよね。

松坂:そうですね。でも、変える必要……。

狩野:時と場合によっては変える必要もあったと。

松坂:そうですね。自分で曲げられないものを持ちながらも、やっぱり相手のこともあるので、しっかりそっちに合わせることも考える。そこのバランスを取るのが最初は難しかったですかね。考えすぎていた部分もあると思いますけど。

故障を経験して、初めて感じた高い壁

狩野:そうやって、徐々にアメリカのメジャーリーグの様式に慣れていった矢先に故障などもあって、なかなか壁を感じた時期もあったと思います。そういった時期の、体や心の状態はどうでしたか?

松坂:そうですね。自分の中で変化をしなければいけないと思っている中で、2年目にそれなりの成績が出せて。ここからさらに、というところで内転筋を痛めて、投げられる形を探さざるを得ない状況になったり。それをしているうちに肘に負担がかかって、肘の手術を受けることになりました。

これからという時にケガをして、そういう意味ではそこで初めて、難しい壁にぶち当たったって言うんですかね。こんなはずじゃなかったと思って、相当気持ちが沈んでいた時期もありましたね。

でも、もともと結果を出すため、自分が上手くなるために、たくさん考えること、行動していくことは、自分が小さい時からずっとやってきたことなので。この状況を打破するためにはまず何をしなければいけないかを考えて、メモを取って、ひととおり出てから、「まずはこれをしていく」って整理しながらリハビリを始めたのは覚えていますね。

狩野:いつも冷静ですね。

松坂:いや、そんなことないです。こうしゃべってますけど……。

狩野:感情的に、自暴自棄になったりとか、「うわー! もう辞めたい!」と投げ出したくなるときは、なかったんでしょうか?

松坂:いや、ありますね。とにかく叫びたくなる時もありましたし。実際車の中だったら1人ですし、言葉にならない言葉というか、どこにもぶつけられない悔しさというかモヤモヤしたものを、車の中で1人で叫んだこともありますね。

狩野:それで少し落ち着いて、またすべきことを理路整然と1つずつやっていくと。

松坂:そうですね。大声出すとけっこうすっきりするんですよね。

狩野:分かります(笑)。

松坂:(笑)。

狩野:分かりますよ、言葉にならない言葉というのは、すごく分かります。悩みが松坂さんとはぜんぜん違いますけれども。

松材:いやいや……。

狩野:発散するというのは1つあるかもしれませんよね。

マイク・ムッシーナの引き際に見た、理想の引退のかたち

狩野:そして日本球界に復帰されて、中日ドラゴンズでまた復活を遂げるということですけれども。その時は体やメンタルはいかがでしたか?

松坂:そうですね。日本に戻ってきて(福岡ソフトバンク)ホークスで3年間何もできず退団することになった時に、正直投げられる自信がなかったんですね。でも選手を辞めるっていう選択肢はなくて。1年間休んで肩をどうにかすればまた投げられる、また投げたいという気持ちがあったので。

ホークス時代から続けていたリハビリを継続した結果、あのタイミングで投げられるようになったというんですかね。ホークスを退団することになったあとに、すぐにドラゴンズに拾っていただいて、投げられたんですけど。

何か特別なことをしたっていうのはないんですよね。それまで時間をかけて小さいことを積み重ねてきてやってきたものが、ちょうどあのタイミングでうまくはまって、投げられるようになったという感じですかね。

狩野:先ほど、苦しい時にも、プロ野球選手を辞めるという選択肢はまったくなかったとおっしゃっていましたが。それはどうしてですか?

松坂:ケガで投げられなくなって辞めるということをしたくなかったのが、一番の理由ですかね。しっかり投げられる中で、通用しないのなら辞めるしかない。辞めるならそういう形のほうが良いと思っていたんです。

ずっと昔に思っていた理想は違いますけどね。それこそ、余力を残したまま、惜しまれつつ……。ヤンキースのマイク・ムッシーナというピッチャーがいたんですけど、その選手が2008年に20勝して、その年に辞めたんですよ。

狩野:かっこよすぎますね。

松坂:それを見て、めちゃくちゃかっこいい引き際だなぁと思って。目指すのはそこだって当時は思っていました。

描いた理想とは正反対の引き際でも、幸せを感じた現役生活

狩野:ただ先日の10月19日の引退試合での登板、すべてストレート、直球勝負。あれもものすごくたくさんの方の胸に響くものがあったと思います。「こんなかっこいい引き際があるのか」と思った方も多いと思いますが、ご自身の中ではあの日をどう振り返られますか?

松坂:正直、今言ったように、自分が目指した理想の引き際とはまったく正反対の終わり方でした。けれど、途中からはもうボロボロになるまでやり続けたいと思っていたので、そういう意味では本当に投げられなくなるまで全うすることができて、僕は幸せだったなと今では思います。

狩野:あの日ってどんな記憶がありますか? マウンドに立った瞬間ですとか、松坂さんからはどう映っていたんですか?

松坂:グラウンドにウォーミングアップで入る時から、たくさんのファンの方が拍手で迎えてくれて、まずもうその時点で泣きそうになって(笑)。

狩野:そうですね。

松坂:でも、さすがに泣きながら投げるわけにはいかない、しっかり試合の準備をしなきゃいけないと思って、気持ちを入れ替えたんですけど。

いざ準備ができて試合で投げるとなった時に、今度は一切音がしなかったというんですかね。試合が始まって第一球を投げる時に、あんなに静かなマウンドに立ったことはなかったですね。音がなくてもけっこうザワザワしてるものなんですけどね、本当にまったく……。

狩野:やっぱり投手にも聞こえるものなんですね。

松坂:聞こえます。ちょっとしたヒソヒソ声とかも聞こえるんですけど、その日はまったく音がしなくて。ラジオの人の実況の声がめちゃくちゃ聞こえたのは覚えてるんですけど。

狩野:うわぁ(笑)。そんな静寂の中で。

松坂:あまりにも静かで投げづらいなと思って、最初振りかぶったんですけど、やめようかなと思ったくらい自分の中で違和感はありました。

あとで映像を見て、スタンドのみなさんも立って見てくれていたし、相手の日本ハムファイターズの監督・コーチ・選手のみなさんも立って見ていてくれていたのを知って、感謝の気持ちと、ものすごく感動したのを覚えています。

狩野:うわぁ、聞いていて鳥肌が立ちました。

松坂:いえいえ。

日本代表の先発として登板する時に心がけていたこと

狩野:松坂さんは常に目標を掲げていらっしゃったとうかがいました。よく聞かれると思いますけれども、今後の目標を具体的に何かうかがえたらなと思うんですけど。

松坂:そうですね、試合の緊張感といったものからは、しばらく離れたいなと思います。でもやっぱり、何かにチャレンジすることだけはやめたくないので。はっきり言って難しいですけど、野球しかしてこなかったので、何か他の資格を取りにいくでもいいですし(笑)。

他には、これからの野球界・スポーツ界の子どもたちのために、何かしてやれないかなって。いや、してあげられることはあると思って、動いていきたいと思っています。

狩野:ありがとうございます。今日はたくさんの質問をいただいているそうなので、時間の許す限りお答えいただきたいと思います。最初の質問はこちらです。「一流選手の共通点はございますでしょうか?」、先ほどもちょっとお話が出ましたね。

松坂:そうですね、重複するんですけど。

狩野:実戦をイメージしている方ということですよね。

松坂:常に実戦をイメージする。あとは、その先のちょっと未来も考えながら行動しているっていう人が、共通している部分ですかね。

狩野:なるほど。せっかくですので次の質問にいきましょうか。続いての質問ですが、「本当に感動して涙が出てきます。野球少年の息子に話を伝えたいと思います!」というご感想ですね、ありがとうございます。

松坂:ありがとうございます。

狩野:ご質問ありますでしょうか? 「西武ライオンズという球団もそうですが、国を背負って先発で投げた時に心がけていたことを教えてほしいです」と。

松坂:そうですね、なんだろうな……。さっきも言ったように、緊張はするんですけど、やっぱりチームのこと、ファンのこと、国のことを考えて緊張するのって本当に投げる直前までというんですかね。実際にマウンドに立ってボールを投げ始めたら、あとはもう自分のことしか考えてないです。

狩野:心がけていたのは、マウンドに立ったらもうやるしかないっていうことですね。

松坂:そうですね。自分のできることをこなしていくということですかね。やれることは決まっているので、どんな状況でもふだん通りやれる強さを身につけたいと思っていましたね。

狩野:ありがとうございます。

松坂氏から視聴者へのメッセージ

狩野:次の質問が最後ということで、たくさんいただいたのに申し訳ありません。「監督になりたいと思われていますか?」、直球です(笑)。

松坂:(笑)。そうですね、若い時はまったく思わなかったんですけど。今は、昔よりはちょっとだけ興味はあります。

狩野:いろんな経験をされてますから、それをぜひ次世代に伝えたいと?

松坂:そうですね、監督やコーチじゃなくても、これまで経験したことを伝えることはできると思うので。僕の経験したことでよければ、いくらでも伝えていきたいなと思います。

狩野:何年後かとか、どうでしょうか?(笑)。

松坂:どうですかね(笑)。

狩野:たくさんのご質問をいただきまして、ありがとうございます。あっという間に時間が過ぎてしまいました。松坂さん、最後にご覧いただいている視聴者のみなさまにメッセージをいただけますでしょうか。

松坂:これが一番難しいですね。

狩野:そうですね、すみません。おそらくプロ野球選手を目指しているお子さんもご覧になっているかもしれません。

松坂:そうですね……何がいいんだろう。人は常に決断を迫られていると思うんですけど、やっぱりその決断する時の勇気というのも、大変なものがありますし。でも決断するまでに努力したこと、決断したあとに努力したことは、必ずその先の人生に活きてくると思うので。

僕もそうして苦しい時を乗り越えてきたつもりなので、みなさんも勇気を持って決断をして、前に進んでもらえたらと思います。

狩野:ありがとうございました。あっという間でしたけれども、松坂さんの23年間……。

松坂:緊張した(笑)。

狩野:本当ですか(笑)。ぎゅっと詰まった人生を垣間見られた気がしました。本当に今日はお忙しい中、ありがとうございました。

松坂:とんでもないです、こちらこそありがとうございました。

狩野:あらためまして大きな拍手をお送りください。

(会場拍手)

松坂:ありがとうございました。

狩野:ありがとうございました。

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