人間が引き起こした危機に晒されている、フロリダマナティ

マイケル・アランダ氏:米国のフロリダ州を訪れたなら、幸運な人であれば現地の人気者に遭遇したことがあるかもしれませんね。「フロリダマン(注:フロリダ州は奇抜な事件が多く起こるとされており、そうした事件は『フロリダマンによる事件』としてインターネットで紹介される)」ではありませんよ。フロリダマナティです。

ゆったりと泳ぐこの海牛目の動物は、船舶との衝突や生息地の喪失など、人間の起こすさまざまな危機にさらされています。そしてある驚くべき危機が、やはり人間によって引き起こされています。その危機とはなんと「発電所の老朽化」です。この話の良い面としては、人間由来の危機であるがゆえに、人間による解決が可能だという点です。

フロリダマナティは、最北端に生息するとされるアメリカマナティーの亜種で、米国の南西部でしか見られません。「海牛目」と名づけられてはいますが、実際はゾウに近い仲間です。 このすばらしい海棲哺乳類は、沿岸部の浅瀬の海草藻場や潟などで見ることができます。

水温が20℃を下回ると死んでしまう場合も

マナティは、温暖な海に適応して進化しています。断熱効果が高そうな外見からすると、意外かもしれませんね。しかし外見とは異なり代謝が低いため、体温を維持するのが得意ではありません。

この穏やかな大型動物は、水温が長期間18℃から20℃を下回れば死んでしまうこともあり、10℃から12℃であればわずか数日で死に至ることもあります。フロリダは非常に温暖なイメージがありますが、寒冬であれば、最南端でも海水温が10℃から12℃にまで低下することもあるのです。

マナティはあまり活動的には見えませんが、非常に広域で季節的移動を行います。夏と冬の間に830キロメートルを移動した個体もいます。一方で長距離の移動を行わず、寒冷期に水温の暖かな水域に避難するマナティもいます。

全体の海水温が低くても、温泉が湧き出ていたり、日光や地下水などの自然現象で温められるなどして一部分だけ水温が高い海域があるのです。中には発電所の冷却システムからの高温排水により温められた場所もあります。

こうした予想外にできた人間由来の越冬所は、マナティに大人気です。2004年作成のレポートによりますと、フロリダの北部と中部にある14ヶ所のマナティの越冬所のうち、10ヶ所が発電所の排水域であることが判明しています。発電所周辺には、フロリダマナティの実に60パーセントがフロリダ中から集まってきます。

困ったことに、マナティが集まって来る発電所はすべて築年数が数十年を超えており、廃止予定だったり、すでに廃止されています。年々厳しくなる熱汚染規制により、新規に建設される発電所は高温排水が禁止されています。老朽化した発電所が廃止されれば、現在マナティが依存している海水温の高い越冬所のほとんどが失われてしまうのです。

発電所からマナティを守る手段はあるのか?

寒さから逃れ長距離移動をするマナティがいる一方で、発電所に避難してくるマナティは、困ったことに習性を変えることができないようです。マナティの子どもは、母親から越冬所を教えられ、たいていの場合は終生同じ場所を使います。それまで利用していた発電所が廃止された場合、高温排水がなくなり海水温が低下して死ぬ危険があっても、廃炉に戻ってきてしまうのです。

さらには天然の温泉が湧いている場合であっても、気候変動や人間による過剰な汲み上げで枯渇してしまうこともあります。

発電所からマナティをうまく引き離す手だては、人間が持っています。マナティ用の「牛用柵」を設置するのです。柵を徐々に発電所から離すことにより、マナティは別の天然の越冬所を探すようになります。

発電所の排水域以外の天然の越冬所が失われないように、マナティの生息海域を保護することも大切です。さらには、天然温泉の湧出箇所など水温の高い水域を整備して、より多数のマナティが利用できるよう、障害物を取り除きアクセスしやすくすることも解決策になります。

産業とは無関係で、老朽化による廃止の危険がない高水温の越冬所を、人間の手で新たに作る案も浮上しています。こうした選択肢から、マナティにとって一番有益で、なおかつ他の生き物にも害のない策を検討するには、まだ多くの研究が必要です。

しかし多くの選択肢が検討されているということは、愛すべき海の牛たちを低温による死から救う希望がそれだけあることを意味し、良いニュースだと言えるでしょう。