加藤千恵氏が好きすぎて作詞を依頼

橋口幸生氏(以下、橋口):あと(寺嶋さんは)日本文学で安部公房がお好きということでど、他に何かおすすめの作家さんとかいますか。寺嶋さんがきっかけで文学の趣味が広がったら、すごくファンのみなさんとか僕たちにとってもいいなと思ったので。この人は読んどけみたいなのってありますか? 

寺嶋由芙氏(以下、寺嶋):加藤千恵さんをぜひ。

橋口:加藤千恵さん。

寺嶋由芙氏(以下、寺嶋):もともと短歌を詠む歌人の方なんですけど、短歌と共に短編、今は長編もですけど、いろんな恋愛小説を書いてらっしゃる方です。私はあまり恋愛小説を読まずに大人になって、そういう「胸キュン」みたいなものに縁遠くて、どこか冷めた目で見てしまうタイプの高校時代をずっと送ってきました。

大学生になった時に、何の気なしに平積みになってた加藤千恵さんの本をたまたま手に取って、移動時間があったからとかそのくらいのレベルで何の気なしに名前も知らずに読んだら、すごく「嘘っぽくない恋愛小説」だったんです。

「胸キュン」を記号的に求めているというよりは、普通に生きてる人の中にもしかしたら自分にも起こるかもぐらいのレベルの自然さで恋愛が動いていく模様が、すごく自分には無理なく読めて。言葉の使い方とかもすごく好きで。

調べたらもともとは短歌をやってる方だとわかって、そこから歌集を読むようになったりして、結局好きすぎて自分の歌の作詞をお願いするに至るんですけれども……。

橋口:おお、すばらしいですね。

寺嶋『サバイバル・レディ』のアルバムにも入ってる『あたらしいわたし』という曲と、あとその前に出した『わたしになる』という曲は、加藤千恵さんが書いてくれた歌詞です。

橋口:『あたらしいわたし』はアルバムの1曲目ですよね。

寺嶋:そうです! 

橋口:加藤千恵さん、ぜひ僕も読んでみます。

寺嶋:ぜひ。

歌詞に込められた、アイドルの後輩たちに向けた思い

橋口:ちょうどタイミングよく『サバイバル・レディ』の話になったので、歌詞についてお聞きしたいなと思っていて。『サバイバル・レディ』は名作ですよね。すごい。

寺嶋:いやぁ、(この歌を)いただいた時は本当にうれしかったです。

橋口:この歌詞は「サバイバル」というワードも含めて、寺嶋さんのアイドル感が反映されていると、確か公式ホームページに書いてあると思います。この曲に隠されたメッセージの意図とか、寺嶋さんの思いとかがあったらぜひお聞きしたくて。

寺嶋:作詞にあたって、トミヤマ先生に作品をお願いするにあたって、自分が30歳になったこととか、30代でもアイドルがんばりたいと思っていること。がんばるためには、トミヤマ先生が教えてくれたとことかも含めて、もうちょっと社会に目を向けなきゃいけないとか。

あとは自分が年を重ねたので、もうちょっと年下の子たちが今後アイドルをやる時に、自分がぶち当たってきたような壁とか、ちょっと足元すくわれたみたいな経験が、彼女たちにはないといいなという、後から来る人たちの道を整える役ができたらいいなみたいな話を最初にお伝えしました。そこから汲んで書いていただいた歌詞です。

橋口:今話していただいたトミヤマ先生にお伝えして、トミヤマ先生からこれが上がってくるという流れなんですよね。「地味なんじゃない」というのは、ここ(『サバイバル・レディ』の歌詞)にもあるんですね。

寺嶋:そうです。ここは使ってくださって。それに呼応する、「意地じゃない 一途なだけ」というのは、トミヤマ先生がオリジナルで書いてくださったんですが、なんかすごく私っぽいなぁって。意地もあるかもしれないけど(笑)。

意地になって「アイドルをずっとやるぞ!」って頑なになっているというよりは、本当にただただアイドルが一途に好きでやってるんだよという気持ちがここに入っていてうれしいです。

歌詞をもらって、自分のアイドル人生が「サバイバル」だったと気づく

橋口:今おっしゃってた、「僕たちがより良い世界を渡したい」というお話も、さっきの「社会性」というテーマとすごくかぶってくるなと思っていて。人間は「同じ目に遭わせてやる」というタイプの人と、「ここは変えなきゃ」という人の2種類がいて。やはり「変えなきゃ」っていう人がもう少し増えてくると、世の中は良くなってくると思うんですよね。

寺嶋:本当にそう思います。私も知らずに受けている先人の恩恵がいっぱいあると思うので、それに気付ける人になりたいなって思います。

橋口:アルバムのタイトルにもなっている「サバイバル」という言葉も、すごく渋いというか、あまりいい意味でアイドルらしくない言葉ですよね。

寺嶋:そうなんですよね。『サバイバル・レディ』(笑)。

橋口:思い入れのある言葉なんですか。サバイバルしてきたぞ、みたいな。

寺嶋:言われて気がついた感じです。トミヤマ先生から『サバイバル・レディ』っていうタイトルをいただいて、「私のアイドル人生、サバイバルだったのかぁ」って。でもとても誇らしい気持ちになったし、しっくりきました。

「ガール」ではなく「レディ」を選んだ理由

橋口:あと、サバイバル“ガール”じゃなくて“レディ”というのも、なんかおもしろいなと思いました。

寺嶋:そうなんです。ガールとレディは迷って、トミヤマ先生からも相談を頂いたんですけど。もうガールは卒業だよねという。年齢的にもそうだし、経験してきたものとかも含めて、もうちょっと自我がある感じにしたいということで「レディ」にしました。

橋口:なるほどね。普通にワードを選んだらガールになるから、けっこう意識されたんだろうなと思っていました。

寺嶋『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』というジェーン・スーさんが書かれた本があって。「女子会っていつまで言っていいんだろう」という話とかをトミヤマ先生として、「もう私たちちょっとガールじゃないよね」って。それは「ガールじゃなくなって、レディになっていきたい」という希望も含めて書いてます。

橋口:レディという女性の立ち位置が広まっていくといいですね。今やはり「女の子」とか「女子」という言葉がいっぱいあっても、「レディ」というのはあまり言わないじゃないですか。

寺嶋:そうなんですよね。レディのほうがなんとなく、ちょっとリスペクトがある感じが。女の子っていうかわいらしい響きも私は好きですけど、レディになった時にやっぱりちょっと別のリスペクトが加わる感じが、私は好きです。

早稲田大学を選んだ理由は、信頼していた先生や周囲からの助言

橋口:トミヤマユキコさんもジェーン・スーさんも寺嶋さんも早稲田大学。「異才」の輩出っぷりがすごいですね。

寺嶋:本当に今になっていいところに行ったなって思います(笑)。本当に私、当時は大学をぜんぜん知らなくて。うちの親も別に大学を出てるわけじゃないし、親戚もそうじゃないので。東大と早稲田と慶應しか知らないみたいな環境だったんですよ。「なんか全部すごそう」みたいな。

そんな中だったけど、進路選択の時にそれこそ信頼してた先生とか周りの方が、「由芙ちゃんは早稲田だと思うよ」って言ってくださって。「そうなのかぁ」って思って決めたんです。あとは箱根駅伝が強いからとか、何かいろいろ思い入れがあって決めたんですけど。最終的にすごく良かったなって、今思っています。自分に合ってたと思います。

橋口:(RHYMESTERの)宇多丸さんも早稲田大学だし、西寺郷太さんもそうでしたっけ。

寺嶋:そうです。

橋口:すごいですよ。今の日本のカルチャー界を担う人たちを、全部輩出しているんですね。

寺嶋:別に音楽の専門学校じゃないのに。

橋口:そうですよね(笑)。どういうことなんでしょうね。僕はちなみに慶應大学出身なので、これで慶應もがんばんなきゃって。

寺嶋:慶應もビジネスを動かしているすごい方がいっぱいいるので。(チャット欄に)「ジェーン・スーさんはサークルは早稲田だけど大学はフェリスですよ」って書いてくださっていますね。

橋口:あぁ、そうなんですね。大変失礼しました。

「まじめなアイドル」が歌う「結婚願望が止まらない」

橋口:歌詞も......なんて言ったらいいのか、わりと煽るような、挑発してきているような感じの歌詞が多いなと思っていて。

寺嶋:そうですね。私はこれ(『彼氏ができたの』の歌詞)が大好きですね。

橋口:これ(『知らない誰かに抱かれてもいい』の歌詞)もいいですよね。この(『結婚願望が止まらない』の)歌詞とか。「結婚願望が止まらない」ってアイドルが言うんだって、ちょっとびっくりしたんですよ。

寺嶋:本当ですよね。ひどい歌詞だけど大好きです。いただいた時は、まじめなアイドルと言っている私が「結婚願望が止まらない」と歌うおもしろさにしか気づいてなかったけど。

セカンドアルバムの曲なので、もう3~4年前の曲なんですけれども、いただいてからの自分の心境の変化としては、「結婚がゴールだ」「誰かのものになったら幸せになるに違いない」というようなちょっと前時代的な価値観そのものをやや皮肉った曲だったんだなと、歌っていくうちにどんどん気がついて。

橋口:なるほど。そういうメタ的な意味がある歌詞なんですね。

寺嶋:そうですね。私はたぶんメタ的な曲が多いですね。

橋口:寺嶋さん活動自体がそういう視点がありますもんね。

寺嶋:アイドルなのに、アイドル論じがちなので(笑)。

寺嶋氏が持つ、王道アイドルへの「メタ的な視点」

橋口:これは宇多丸さんが言ってたことなんですけれども……。

寺嶋:え、うれしい! 

橋口:「王道アイドルみたいなものを研究・分析して体現する、メタ的な視点がある」。でも「ストレートなキラキラしたアイドルでもある」という。僕がさっき「批評的」と言ったことを、宇多丸さんがもっと的確な言葉で表してくださってます。メタ的ですよね。

アイドルという存在をすごく自覚的にやられていて、だからたぶんこういう歌詞で、ちょっとドキッとするような歌詞を歌おうという発想になるのかなと思ったんですよね。これ(『彼氏ができたの』)は「音楽の趣味が合わない人」というのが、いいですよね。

寺嶋:いいですよね。

橋口:僕もこの歳になって、いちいちこういう歌詞にダメージを受けてる自分が嫌になってしまうのですが(苦笑)。「そんな男と付き合うなよ!」って思っちゃうのがいいですよね。君より年上でおしゃれな人ぐらいだったら、まだ我慢できるけど、音楽の趣味が合わない人というのでとどめを刺すという。

寺嶋:そっちに行くのか! って思いますよね。つらいです。

橋口:おもしろいなと思いました。これはライブだと「彼氏ができたの」のところで合唱するんですよね? 

寺嶋:ヲタクたちが「俺もー!」って言ってます。(私は)どういうことなんだーって思いながら(歌っています)。

橋口:(笑)。どういうことでしょうね。おもしろいですね。これ(『知らない誰かに抱かれてもいい』)も「計算できないあの子といるとこ」という部分がいいなと思って。あまり大きい声で言えないけど、人の顔がぱっと思い浮かびますよね。こういう人いるなと。その生々しさがすごくいいなと思ったんですよね。

寺嶋:そして、「真面目で清楚で退屈な計算できないあの子」に勝てないことがわかってる側なので、こういうのがより刺さっちゃうんですよね。

天然の一撃と、優等生的計算

寺嶋:それこそアイドルオーラがめちゃくちゃある方とか、私「天然の一撃」に弱くて。

橋口:天然の一撃。

寺嶋:天然ぼけに限らず、天性のスター性とか、天性のぶっ飛びみたいなもので、場の注目を一気に集める子がいるじゃないですか。

アイドルの中でも、すごく不思議ちゃん発言をしたりとか、一発で視線を集める天性のスター性の人が来ちゃうと、もう何も勝てない(笑)。

その人になんとか対抗するために一生懸命noteを書いてる部分があるので。そういうところへの憧れとかも、たぶん(作詞した)いしわたり淳治さんは、この時は別に事前にお話はしてないんですけど、もしかしたら気がついてくださっていたのかなと思ったりします。

橋口:寺嶋さんは「天然の一撃」ではなくて、いい意味で優等生的にむちゃくちゃ計算してやられている感じがしますもんね。

寺嶋:でも最近は、その計算を褒めてもらえるようになってきたことがうれしくて。

橋口:すばらしいと思います。天然の一撃と違って再現性がありますもん。

寺嶋:うれしい! 再現性は大事だなと思っています。

橋口:天然の一撃は、ある日突然できなくなることだってありますからね。

「学校の勉強のように仕事をやる人」の共通点は、紙とペンを使うこと

橋口:最近、「天然の一撃」じゃなくて、いわゆる「学校の勉強のように仕事をやる人」(への関心)が、僕の中にあります。

宇多丸さんもご自身で自分のことを「受験勉強の勝ち組」と言ってましたし。宇多丸さんも、むちゃくちゃ勉強ができる人がヒップホップをやるというのはどういうことかを、すごくメタ的に見てやっている感じがします。寺嶋さんにも同じものを感じたんですよね。

寺嶋:うれしいです。

橋口:あとこの「言葉最前線」の第1回で対談した、深井龍之介さんというスタートアップ企業の経営者の方がいるんですけれども、彼が、ふだんから紙とペンを使って、算数の勉強の感覚で仕事をしているんだって言うんですよね。

世の中、社会人になるとほとんどの人が紙とペンを使うのを止めて、悶々と考えて仕事をするからうまくいかないと。仕事の課題なんていうのは、受験勉強とかに比べれば、ずっと簡単なものが多いから、紙とペンを使って算数の問題を解く感覚でやれば、ほとんど解決できるんだということを言っていて。

僕もその通りだなって思ったんです。僕が最近すごく憧れている組織や尊敬している人って、そのスタンスでやっている人がすごく多くて。寺嶋さんにもそれと通じるものを感じたんですよね。

寺嶋:ありがとうございます。確かに、私の周りも上手に紙とペンを使っている方が多い気がしますね。

「もう1人の自分」が自分を操縦している感覚

橋口:あと彼らがやっていることは、自分を俯瞰して見ているもう1人の自分がいて。その「もう1人の自分」が自分のことを操縦するような感覚で仕事をしているって言っていました。

寺嶋:それはすごく自分にあって、でもそれがアイドルとしてはウィークポイントだなってけっこう最近まで悩んでいたんです。俯瞰して見ている自分と、動いてる自分が一致したほうが、爆発的なエネルギーが生まれるんじゃないかって思っていました。それこそ「頭の先から足の先までアイドルになれるんじゃないか」って、特にステージで歌う時に思っているんですけれど。

どうしてもステージで歌っている時でさえも、ここの(頭の)ゆっふぃーとここの(動いてる)ゆっふぃーが別なんですよ。

橋口:それはすごいですね。

寺嶋:それが「照れ」につながっちゃう時とかもあるし、思い切れない要因なのかなって思ったこともあったんですけど。できないもんはできないなって、最近ちょっと開き直りつつあります(笑)。

橋口:おもしろいな。この対談シリーズ(「言葉最前線」)をやっていて本当におもしろいなと思うのが、すごい人ってジャンルが違ってもみんな同じことを言うんですよね。

この対談の1つ前は、漫画家の福満しげゆき先生と対談をしたんですけれども。彼もエッセイ漫画で有名になった方なんですけれども、「成功した人がエッセイを描くのはよくあるけど、自分みたいな成功してない若者が自伝を描くのはおもしろいなと思ってやった」と言っていて。それって「客観的な視点」があるからおもしろいんだなって思ったんですよね。本当にみんな同じことを言うから、おもしろいな。

寺嶋:客観的な視点でもあり、ある意味マーケティングというか。「まだ世にないからやろう」という、1個のアイデアですもんね。

橋口:これは天然の一撃と違って真似ができるので、寺嶋さんと同じようにはできなくても、僕を含め今日このお話を聞いている人は、それぞれ自分の仕事なり学業なりで真似しようと思っているんじゃないかと思います。

寺嶋:だとしたらうれしいです。