「地味でダサい」をポジティブに言い換えた寺嶋氏のキャッチコピー

橋口幸生氏(以下、橋口):すいません、大幅に言葉から話題が外れてしまいましたが。話をコピーに強引に戻しますと、寺嶋さんもご自身のキャッチフレーズを掲げられているんですよね。

「古き良き時代から来ました。まじめなアイドル、まじめにアイドル。」。このコピーについて意図するところなど教えていただいてもいいでしょうか。

寺嶋由芙氏(以下、寺嶋):よく見ると、これもコピーですもんね。

橋口:よく書かれています。これも立派なコピーですよ。

寺嶋:ありがとうございます。これは2012年、グループアイドルのオーディションに受かったので作りました。アイドルの自己紹介の定型文として、キャッチフレーズを言って、あだ名を言って名前を言うという、「ゆっふぃーこと寺嶋由芙です」というフォーマットがあるんですよ。

「それに当てはまるように考えてきて」と言われて、当時アイドルに受かったことをまだあまり周りにも言っていなかったので、相談相手もいなく、自分で捻りだしたんですけど(笑)。でも恥ずかしいから、当時は「友だちと相談しました」とか言っていました(笑)。

橋口:(笑)。

寺嶋:周りのアイドルのことを考えた時に、「アイドル戦国時代」と言われ始めた頃だったので、みなさん華やかで個性的で、特技がある子とかぶっ飛んだことができる子とかいろんな子がいたんです。特に自分がいたのが、わりと尖っているグループだったので、みんなすごく個性的だった。その中で自分は一番普通だし、地味だし、どうしようかなって。

あと、ダサい。みんないろいろおしゃれなんですよ。ファッションもメイクも上手だし、私はそういうのもぜんぜんわかんないから、「ダサい」とか「流行りがわかんない」というネガティブをうまく言い換えられないかなと。

それで「古き良き時代から来ました」と言ってみて、地味とか飛び道具がないという部分を、「まじめなアイドル、まじめにアイドル」って言ってみようかなって。

キャッチコピーは「物は言いよう」

寺嶋:本当に私、その時いたメンバーと比べて「自分はこれを持っています」と言えるものが自分ではまだ見つけられてなくて。当時大学に行きながらアイドルをやるのを「珍しいね」と言われたぐらいで。

あまり武器になるものを見つけていなかったし、ゆるキャラとかが仕事になるとも当時は気が付いていなかった。なのでこういう言い方をして、いろんな自分の中にあるネガティブを、うまく嘘じゃない程度にポジティブに言ってみた。韻とか踏んでみた、みたいな感じですね。

橋口:ありがとうございます。冒頭で「コピーはレトリックじゃなかった」とおっしゃっていましたけど、これこそまさにコピーですよね。コピーは何かと言うと、「物は言いよう」だと思うんですよね。

例えば、僕が好きなコピーの1つに、「四十才は二度目のハタチ。」という昔の伊勢丹のコピーがあるんですよ。「40歳おじさんになっちゃったな」というのを、「いや、2度目の20歳なんだからいいじゃないか」という、これも物は言いようですよね。

あと僕がいつもこういうところで話すのが、日本のコピーで「日出ずる処の国」って言うじゃないですか。あれも当時の中国、随の国と比べて、戦争も文化も政治も何も勝てないけど、でも東にあるから日は早く昇る。

寺嶋:(笑)。すごい事実を発見して、それを書いた人が素晴らしいですよね。

橋口:そうなんですよ。発見なんですよ。たぶん聖徳太子なんですけれども。でも、寺嶋さんがここでやられていることは、それと同じですよね。

寺嶋:恥ずかしい。

橋口:僕はアイドルとかグループアイドルとかわからないんですが、すごく個性が激しい他のメンバーから見た時にかえって真面目であるとか、寺嶋さんがおっしゃった地味ということが、かえって個性になるんじゃないかという逆転の発想をされていて、すごくうまく言い得ているなと思いました。

寺嶋:ありがとうございます。

グループアイドルという「枠組み」が、自分の個性を探すヒントに

橋口:あと僕がすごいなと思ったのが、自分で自分のことを言うことって、普通できないと思うんです。

寺嶋:(笑)。めちゃくちゃ恥ずかしかったんですよ。だから最初は人に聞いたみたいな言い方をしていたんです。でもこれは比較対象がいたからた書けたことで、まっさらなところに1人ポンと置かれて、「あなたの長所はなんですか」と聞かれたら、もっと書けなかったと思います。

橋口:はいはい。

寺嶋:グループアイドルにいたから「他の子と比較して自分が違うところは何だろう」とか、それが自分が秀でていることかもしれないし、もしかしたら短所かもしれないけど、とにかく人と被っていないこと何だろうというのを探せたので。そういう意味では「枠組み」があったのは、今考えると1つのヒントだったのかもしれないです。

橋口:自分で自分のことを書くって、アイドルの世界では普通なんですか?

寺嶋:みんなわりと自分で考えているのかな。どうですかね。芸名を自分で考える子もいるし。

橋口:そうなんですね。

寺嶋:でもフォーマットとしては、例えば好きな食べ物で「苺が大好き、○○です」とか、「みんなの妹」とか、そういう定番のフレーズを自分に当てはめて書く子が多いです。こんな座右の銘のようなことを書く人はあまりいない気がしています。当時のアイドルブームをわかっていなかったから、こうなっちゃったという感じです。

橋口:今聞いた「苺が大好き」って、いい悪いじゃないけど、コピーっぽくはないですよね。

寺嶋:自己紹介ではありますけどね。

橋口:これ(寺嶋さんの自己紹介)はわりとコピーライターの僕から見ると、すごくコピーだなという感じがするんですよね。

寺嶋:うれしい!

自分の良さに自分で気づくのは難しい

橋口:ちなみに、B案とかC案とかボツにした案とかありました?

寺嶋:ええ……それこそそのまんま、「地味だけどがんばります」みたいな案はありましたけど、聞いている人も自分もつらいからやめようと思って(笑)。

橋口:はいはい(笑)。

寺嶋:ちょっとポジティブに、でも嘘じゃないというのをすごく考えました。嘘を言っちゃうと、毎回名乗るのがつらいと思うので。

もし当時、もっとゆるキャラが自分の武器になるというか、コンテンツになると気が付いていたら、「ゆるキャラの国のお姫さま」とか言っちゃったかもしれないので、わかっていなくて逆によかった。自分しか頼るものがない状態でこれが出てきてよかったなと、今でも思います。

橋口:ご自身を客観視できているのがすごいなと思って。しかもまだデビューされて間もない頃ですよね。だいたい僕たち広告会社でも、コピーライターのいる意義がそこにある。どんなクライアントさんも、自社の良さとか自分の商品の良さって意外とわかっていないし、気付けないんですよね。

みんな自分で気付かないから、僕たち無責任な余所者が出てきて、「この商品、むちゃくちゃいいじゃないですか」とか、「みなさんの会社、すごく格好いいのに何で言わないんですか」という仕事が成り立つんです。なかなかこれが自分でできる人っていないんじゃないかな。僕も自分のコピーを書けと言われたら、たぶん書けないと思いますよ。

寺嶋:(笑)。ちょっと聞いてみたいですけど。

コピーライターにとって一番嫌なことは、飲み会の席の「コピー書いてよ」

橋口:僕の後輩が言っていたことなんですけれども、コピーライターがやられて一番嫌なことが、飲み会の席で「みんなのコピーを書いてよ」と言われること(笑)。

寺嶋:(笑)。それ、私レベルですらオーディションで「コピーライター養成講座に通い始めました」と言ったら、「ちょっとコピー、ここで書いてみてよ」って言われたことあります。

橋口:「ふざけんな」と思いますけどね(笑)。

寺嶋:「そういうのじゃないんですよ」というのをしゃべっている間に終わりました。

橋口:それって、「そういうんじゃないんで」と言っても盛り下がるし。なんかうまいことを言っても盛り下がるし。

寺嶋:そうなんです(笑)。

橋口:僕の後輩は「勝ちパターンが存在しない」とボヤいていました。そのとおりなんですよね。法律で禁止してほしいぐらいの質問です。

寺嶋:本当にそのとおりです。本職の方はもっと苦労されていると思います。

橋口:(笑)。

誰かにとっての共感や、誰かの発見につながるような発信や生き方をしたい

橋口:あと、寺嶋さんのコピーでもう1つ印象に残っているのがあって、「地味なんじゃない、地道なだけ」。これもすごくいいですよね。ある意味、「まじめなアイドル、まじめにアイドル」以上に本質をついている。寺嶋さんのコピーでなくても、何か別の商品や企業のコピーにもなりそうですよね。

寺嶋:わー! うれしい。そうなるといいなと思っていました。コピーライター養成講座を受けたあとに書いた、自分のアーティストブックのあとがきで、この言葉を最初に書いたんですけど。

コピーライター養成講座を受けたあとに、自分が発信することはもちろん、自分からみんなに言いたいことが誰かにとっても共感を得たり、誰かの発見につながるような発信の仕方や生き方をしたいなと思ったんですよ。

コラムを書かせていただいた時や自分の本を書いた時も、「これを読んだ人が『私もそうだ』と思ってくれたらうれしいな」という気持ちを込めました。特にうちのヲタクは「地味なんじゃない、地道なだけ」系の人が多い。まじめに日々がんばっている人が多いので、そういう人たちが「私もだ」と思ってくれたらうれしいなと思いながら、この文章にしました。

橋口:この本(『まじめ』)ですね。これもむちゃくちゃおもしろかったです。読み物部分がすごくおもしろくて。

寺嶋:ああ、ありがとうございます! うれしい。「そんなに字が多いアーティストブック、アイドルは書かないよ」と言われました。

橋口:ないですよね(笑)。僕もびっくりしました。女性の写真集を買ったのが人生で2回目で。

寺嶋:うれしい!(笑)

橋口:高校生の頃、森高千里さんが大好きで、写真集を買いました。寺嶋さんのが2冊目だったんですが、読んでいたら森高さんの名前が出てきたのでおもしろいなと思いました。

寺嶋:そうなんです。目指すロールモデルのお一人です。

橋口:森高さんは素敵に歳を重ねられていて、寺嶋さんのロールモデルという感じがすごくしますね。

寺嶋:歳を重ねても森高さんはアイドルだし、歌詞を含めて独自の発信の仕方をずっと持っている方なので、素敵だなと思います。

橋口:やはり自分が若い頃好きだった人が今でも素敵だと、単純にうれしいですよね。勇気づけられるというか、それだけで自分もがんばろうという気になれる。

寺嶋:本当にそう思うので、息が長く、みんなと一緒に歳を取れる存在になれるといいなと思います。

「地味」というテーマを掲げることが「個性」になっている

橋口:「地味なんじゃない。地道なだけ」でも思ったんですけど、寺嶋さんの世界の中で「地味」という言葉が1つキーワードなんですね。

寺嶋:そうですね。永遠のコンプレックスですね(笑)。どうしてもビジュアルで一発、バーンとインパクトを残すとか、バク転してインパクトを残すとか、派手なパフォーマンスで良さを知ってもらうという「武器」が、自分にはないなとずっと思っていることなんです。だからこそ、言葉を尽くして文章を書いちゃったりとかするんですけど。

本当は橋本環奈さんみたいに、一枚の写真で拡散されるぐらいのオーラが自分にあればなって(笑)。アイドルとしてはきっと、そっちもいいルートなんだなと思うんですけど、そうじゃないなりにがんばろうという「開拓」です。

橋口:それってある意味一番のレッドオーシャンですよね。アイドルの世界だと、派手でキラキラしている人がものすごいたくさんいると思うんです。さっきの寺嶋さんの話に戻るんですけど、やはりその「地味」というテーマを掲げることが「個性」になっているんでしょうね。

寺嶋:そうだとしたらすごくラッキーだなと思いながらやっていました。地味なのに無理くり派手なキャッチコピーを付けてたりとか、派手なことを掲げてやっていると、いつか無理が来て長くは活動できない気がするんですよ。

自分がアイドルを始めた時に、別に10年やろうとか思えていたわけじゃないし、グループアイドルに入ったのが20歳だったので、当時はもう「20歳超えてアイドル?」みたいな感じだったので、そういう意味では先が見えていたわけではないんですけど。でも無理しないことを言い続けたが故に、長くやれているなという。結果論ですけど、今はそう思っています。

橋口:ありがとうございます。世の中の99パーセントが「地味」なので、そう言われると寺嶋さんのファンの方もファンじゃない方も共感しますよね。

寺嶋:だといいな。派手なものに圧倒される気持ちよさももちろんあるんでしょうけど、そっち側じゃないなりにがんばろうという日々です。