自社で機能しないパーパスの特徴

永井一史氏(以下、永井)さっきの作るプロセスの話で、佐々木さんが言われていた「自組織の探索」と「社会の探索」の軸で、やっぱり「パーパス」はある種ブランドだったりブランディングだと思うんですよね。

よくあるのが、非常に社会性がある「パーパス」なんだけど、すごく抽象化して、自分たちのビジネスからちょっと遠いところで作ったがあまり、まったく機能しない。「世界のみんなを幸せに」みたいな大きな話になっちゃうことってね、けっこうあり得ると思うんです。

やっぱり「その会社らしさ」を、真ん中に置いておかないとよくわからなくなる気がしました。その「らしさ」も、今までの歴史を踏まえた現在の「らしさ」に対して、たぶん捨てるべきことと足すべきものを加えて、定義するほうが「パーパス」の作り方としてはいいんじゃないかなというのを伝えたいなと思いました。

あと、事例で言うと、先ほどちょっと話した多摩美でやっている社会人プログラムに、スノーピークの山井(梨沙)社長にゲスト講師で来ていただいたんです。その時のお話で、必ずしも「パーパス」という定義ではないんですけど、コーポレートメッセージとして「人生に、野遊びを。」という言葉を持っていて、社員の方々にも浸透していると。

「自分(梨沙氏)はお父さま(山井太氏)の経営スタイルとは違っていて、父がサメ型のトップダウンのスタイルだとすると、自分はイルカ型で、ボトムアップをすごく大切にしたい。だから、社員の人たちが自分で考えてアクションを起こすことをすごく望んでいる」と言われていました。

「パーパス」というみんなが共有できる価値観や方向性があるからこそ、今の時代に合った経営スタイルにされているんだなと、非常に感銘を受けました。

平原依文氏(以下、平原):ありがとうございます。スノーピークさんは経営がシフトされてから変わっていきましたものね。サステナビリティにもすごく取り組んでいたりもしますし、みんなで一緒に決めていくスタイルが印象的かなと思います。

永井:山井さんの話で印象的だったことがあって。日本におけるキャンプ人口って7パーセントぐらいらしいんですが、「人生に、野遊びを。」と考えると、93パーセントの人たちも、我々のお客さまになるかもしれないと。今さまざまな事業展開をされていて、「ああ、なるほどな」と思いました。

平原:まさに誰一人取り残さないようなメッセージングといいますか、そのような考えなんですね。ありがとうございます。

企業の「パーパス」と○○が重なると、やりがいにつながる

齊藤三希子氏(以下、齊藤):まさに「パーパス」を策定して、クライアントの社長はもちろん、幹部の方や現場の方、例えば流通だったら店頭に立っている方まで、自分たちの「パーパス」を語れるようになっていて。

何か1つの行動を取るにしても、「それは本当に『パーパス』に基づいているの?」って。「そこまで『パーパス』、『パーパス』って言うの!?」というぐらいやっている姿を見ると、「本当にお手伝いできて良かったな」とうるっときますよね。それによって、すべての関わる人が同じ方向を向いて真っすぐ進める。それで、みんなのモチベーションが上がっていくのがものすごく大きいかなと思います。

佐々木さんの本でも書かれていたと思うんですけれども、企業の「パーパス」と個人の「パーパス」が少し重なるところがあると、やりがいとかも変わってきますよね。そういうことも「パーパス」を通じてお伝えできたらなと思っています。

平原:「パーパス」は、社内も社外もこういうふうに伝わって、一体感を持てるような存在かなと思いました。実は本日会場に10名ほど関係者をお招きしたんですけども。どうでしょう、会場のみなさん。

(会場笑)

何かご質問はありますか? じゃあ指しますよ。ニシヤマさんで(笑)。

質問者:じゃあちょっと質問させていただきます。みなさんそれぞれ「パーパス」をテーマに本を出版されているんですけども、本づくりで何か苦労されたことや印象に残っていることがあったら教えてください。

平原:ありがとうございます。今日は著者対談だったのに、本についてまったく触れてないことに今気付かされて、このイベントの「パーパス」に立ち戻ることができました。

三者三様の本づくりの苦労

平原:佐々木さんは、本づくり、いかがでしたか?

佐々木康裕氏(以下、佐々木):そうですね。僕が前に出した『D2C』という本は、実は「賞味期限はそんなに長くない本だな」と思っていたんです。「今の変化を切り取ったな」と思っていたんですよね。『パーパス』については「望ましくは、これから5年10年読まれる本になるといいな」と思っていて。

なので、取り扱う事例や意味づけみたいなものは、最新のものをたくさん盛り込んだんですけども、「何かそれって今だからこうだよね。数年後はそうじゃなくなっちゃうよね」と思われないような工夫が、すごく大変なポイントだったかなと思いますね。

平原:ありがとうございます。永井さん、いかがでしょう。

永井:そうですね。やっぱり本を作るって大変なんだなと思いました。

(会場笑)

むちゃくちゃ大変。だから、佐々木さんがこの2年ぐらいで3冊とか、ちょっと尋常じゃなくてすごいなと思いましたね。「そうやってできる人もいるんだな」みたいな。僕は「しばらく5年ぐらいは本とか絶対できないんじゃないかな」と感じるぐらい。蓄積の問題もありますし、「やっぱりすごく労力がかかるな」と感じましたね。

デザイン経営を、ある種の方法論みたいにまとめたいなと思って。デザイン経営についてはいろんな方が、たぶんいろんな考えを持っているので、そことの関係をどうしようかなとか、けっこう悩むことがいろいろあって、なかなか進まなかったというのはあります。

平原:完成した時、どんな気持ちでしたか。

永井:やっぱりうれしかったのと、ほっとしたって感じですかね。うれしかったより、「解放された」という喜びのほうが大きかったかもしれないですけどね(笑)。

平原:ありがとうございます。齊藤さんはどうでしょう?

齊藤:本当に本は大変ですよね。いざ書かせていただくと、世の中に毎日毎日あれだけの本が出てくるのは、「すごいことだな」と本当に思います。

我々の本で一番大変だったのは、ほぼ原稿ができあがった時に、うちのチームのジャスティンさんが「この本の『パーパス』は何なの? それでいいの?」って。「え? 原稿ほとんどできてますけど?」みたいなところからもう一回やり直すという事件があって。でも、結果的にそれですごく良い本に仕上がったと思うので良かったんですが、本当に大変でした(笑)。

平原:そうですね。いつもジャスティンさんは来ますよね。8割方完成してる時に、「え?」みたいな感じで来ますね。ありがとうございます。

“先を考える”ための、デザインのマインドセット

平原:永井さん、どうしました?

永井:すみません、ジャスティンさんを存じ上げないですけども(笑)。今の、常に「パーパス」を問うのって、何かデザイン的だなというか。(ジャスティンさんは)デザイン(の方)?

齊藤:デザイナーじゃないんですけれども、ものすごくクリエイティブに憧れていて、本当はパティシエになりたかった。

永井:ああ、そうなんですか。

齊藤:でも、なれなくてコンサルをやっているという、ちょっと変わった経歴なんですけど。

永井:ああ、そうなんですか。常に「一番真ん中は何なのか」とか「本質は何なのか」を問う姿勢がデザインのマインドセットだと思うんですよね。だからこそ何か先を考えたりできるというのがあって。それはもう習性みたいなもので。そうした時に、僕も「パーパス」を「デザイン経営」という枠の中で考えたり、「デザイン」という枠の中で「パーパス」を考えたりしているんですけど。

佐々木さんもTakramという会社にいらして、特にデザインとかエンジニアリングという接点がTakramだとした時に、「デザイン」という視点で「パーパス」をどう捉えているかをちょっと聞いてみたいなと思いました。

平原:まさかの質問でしたね。どうでしょう、佐々木さん。

佐々木:そういう意味で言うと、僕はお二人の自己紹介をおうかがいして、「パーパス」に到達した経路がそれぞれ違うのがとてもおもしろいなと思いましたね。齊藤さんはブランディング的な視点で、永井さんはデザイン的な視点で。

僕は、実はデザインとの接続はそこまで考えていなくて。僕は思考の癖として、「世の中の潮流」とか「消費者の価値観の変化は何で、それに対して企業は何をしないといけないか」というところが興味・関心事の真ん中なんですね。

なので、僕は「デザイン経営」が一番大きな外周としてあって、その中に「パーパス」が位置付けられるというよりは、何か常にムービングターゲットで。消費者の価値観が変わり続ける、社会や文化が変わり続けるという中で、今何をテーマ設定にしたらおもしろいかなと考えていたら、「パーパス」が出てきたって感じですね。

「言葉」以外で、パーパスをアウトプットする意義

佐々木:仕事柄、僕は「パーパス」をどう表現するかにとても興味があって。いろんな会社が「『パーパス』を設定しました」とプレスリリースするのが最近はやっていますよね。バンダイさんとか、最近で言うとサイバーエージェントさんがやられていると思うんですけど。

今は「言葉」なんですよ。僕は「パーパス」が形になったプロダクトやサービスを作りたいと思っているんですね。これからそれが出てくるのがとても楽しみだと思っています。お題目じゃなくて、もしかしたらまさに形のない接客の仕方かもしれないですよね。

建物かもしれない。あるいはプロダクトとかに反映されるかもしれない。やはり言葉だけじゃなくて、体験やプロダクトのディテールにどう宿らせるかが、僕の今のテーマになってきている感じですね。

平原:参加者の方から「パーパスは身体的」というコメントが来ました。

佐々木:深いですね。

齊藤:佐々木さんのお話はまさにおっしゃるとおりだなと思っていて、我々も「パーパス」を策定したあとは、「象徴的なプロジェクトを1個作りましょう」と言っています。

プロダクトヒーローなのか、社内のプロジェクトなのか何でもいいんですけれども、目に見えることはすごく大切で。言葉ももちろん重要だし、切にこだわっていますけれども、やはりシグニチャープロジェクトみたいなものが何か1つあると、浸透や広がりが大きく違うなと思います。

平原:実際のプロダクトではないんですけど、この本の中でも紹介されているサラヤさんとか、らかん・果さんとかもどうでしょう。

齊藤:そうですね。サラヤさんの場合は、もともと業界開発、店舗開発のお仕事に「ブランディングとして入って」ということだったので、レイヤーが組織というよりは1ブランドだったので目に見えやすいんですが、組織の「パーパス」を策定した時に、シグネチャープロジェクトみたいなものがあると、わかりやすいかと思います。

平原:ありがとうございます。永井さん、何か言いたいことは。

永井:そうですね。今、言われたこととまったく同じ話なんですけども。逆に浸透させる時に、それを噛み砕いて一人ひとりに「考えなさい」と問いかけて浸透させるようなパターンもありますし。

1つのアクションを通じて、うまくいくと、それが求心力になって全体の意識が変わるという変え方もあるので、どうアウトプットするかは、これから非常に重要になりますし、浸透という意味でもとても重要かなと思います。

平原:今、いろんな企業さんが「パーパス」を掲げられていて、来年どんな目に見えるプロジェクトができ上がっていくのかは、要ウォッチングしたいですね。

抽象度が高いのに、自社にしか出せないソニーのパーパス

平原:参加者の方から、「抽象的な『パーパス』はどの企業も掲げられていると思いますが、この企業しかないユニーク性がある事例はありますか?」というご質問がきています。どうでしょう、齊藤さん。

齊藤:ソニーさんの(「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす。」という)「パーパス」は、ソニーにしかできない感動というところで結んでいて、ソニー以外では考えられないかなと思います。抽象度が高くても「パーパス」としては良いのではないかなと思うこともあります。

実際にかなり抽象度の高い「パーパス」を策定されても、それがきちんと浸透して判断、行動ができる企業さん、ブランドもあるので。必ずしも抽象度が高いからダメということではないと思うんですが、お二方いかがですか?

永井:そうですね。「パーパス」を、どこでも言える抽象度まで上げちゃうのは、あまり良くないんじゃないかなと。その企業でしか言えないとか、らしさだとか、コアバリューみたいなところにきちんと紐付いていることが大事なので。企業名を他に変えても成立するというのは、良くないんじゃないかというのが1点ですね。ソニーの例もそうですし、先ほどのスノーピークの例もそうかなと思いますね。

それと、「パーパス」はワーディングも大事だと思うんですよね。例えば、ソニーの「パーパス」は意味としては「コンテンツとテクノロジーの力で価値を創出する」みたいなことじゃないですか。でも、ワードがすごい力を持つのは、「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす。」と言い切ったり。そのことについては、佐々木さんも書いていましたよね。

そういう言葉自体がある種の言霊じゃないですけど、求心力を持つように定義づけるのも、テクニカルな部分ですけど、けっこう大事かなとは思いますね。意味は一緒なんだけど、言葉遣いで独自のものになることも、表現としてあり得ると思います。

平原:ありがとうございます。

アスリートの特性と、自社の活動を反映したNikeのパーパス

平原:佐々木さん、いかがでしょう。

佐々木:そうですね。大前提としてやはりお二方もおっしゃっていたとおり、会社名を変えて成立しそうな「パーパス」って、本当にもう一歩改善の余地があると思うんですよね。

『パーパス経営』という本を書かれた名和(高司)さんという方がいて、すごくわかりやすく「パーパス」の三要素を言っていました。「ならでは」である。「できる」ということ。3つ目がおもしろくて「ワクワクする」ということなんですよね。

この3つが「パーパス」のチェックリストとしてとても大事だなと思っています。でも、この3つとも欠けているところが多いですよね。パーパスだけ掲げて「あまりワクワクしないかもな」とか、「ならではじゃないな」「ちょっとできるかどうかわからない」みたいなこともおっしゃっていて。

中川政七さんもすごくおもしろくて。「日本の工芸を元気にする!」みたいなビジョンを掲げられているんですけれども、「達成したら、俺、お祭りしてこれをもう終わらせる」と言っていて。やはりできるという感覚があるという裏返しだと思うんですよね。それはとてもおもしろいポイントだなと思いました。

僕が事例としておもしろいと思うのはNikeの「BREAKING BARRIERS」というパーパスなんです。スポーツ選手、あるいはアスリートって自分の記録とか、あるいは世界記録をどうブレイクするかが大事なポイントですけれども。いろんなところで分断が起きている今の世の中で、「BREAKING BARRIERS」はそれをどう解くかという、Nikeの最近の活動にもつながっているのが秀逸だなと思っています。

男女の問題もあるし、人種の話もあるし、そういったことに対するNikeの活動が、「この『パーパス』を基点にしていたのか」と、自分の中にスーッと落ちてきて。わりと抽象的な単語でありながら、Nikeのならではなところをちゃんと具備していると思いますね。

平原:ありがとうございます。