「シュピーゲルマンモンスター」とは?

鈴木泰平氏:ここでちょっと生命科学的な話に戻して、「(組織が)生きてる状態って何なの?」というところに、もう少しだけ踏み込んでいきたいなと思います。

生命科学の1つのテーマとして、人工生物学というものがあるんですね。人工生物学は人工的に生き物を作ろうという学問で、けっこう流行り始めているんです。なかなか(実際に生き物を)作るのは難しい状態なんですが、そういう研究があります。

その中でちょっとおもしろいモデルがあるんですね。シュピーゲルマンモンスターという実験なんですけれども、何をやったかというと、RNAというDNAみたいなものなんですが、RNAとRNAの材料があって、それを複製する酵素がある。この3つをミックスして、試験管に入れて適切な条件においていくと、このRNAが複製酵素によってどんどん増幅していく。

おもしろいのが、RNAとRNAの材料と、RNAの複製酵素の3点セットを入れて、ずっと同じ複製を繰り返していくと何が起きるかというと、(スライドを指して)この下ですね。短いRNAがどんどんできてくるということがわかってきたんですね。

どんどん増えていったRNAのことをシュピーゲルマンモンスターというんですけれども、これは「生命っぽいな」と言われているんですよね。生命の定義で言うと、複製が起きて代謝が起きて変異がある、ということが言われているんですが、それを表現できているのがシュピーゲルマンモンスターなんです。

「生き物」と「非・生き物」の進化の違い

けれども、これは生きてると言えるのかというと、そうじゃないよねと言われています。RNAができていく中で、どんどん単純な構造に変化していく。例えですが、20センチぐらいあったDNAがだんだん5センチぐらいに変化していくイメージですね。

同じ作業をどんどん繰り返していくと効率的になり、出てくるアウトプットが単純なものになっていく。同じ作業を繰り返すと、効率化と単純化が起きてしまうということが、人工生命の研究からわかってきたんですね。

そこから、「結局、生き物の進化と人工生命、非生き物の進化って何が違うの?」というのが(スライドを指して)こんな感じで言われています。

非生命、無機物は、現状維持や単純な方向に進化していくと言われています。もう1個、今回のテーマである生きている組織であったり生命体は、複雑な方向に進化していくというようなことがわかっていますね。

雪の結晶もそうだと思うんですが、あの1個の形からは、よりぐねぐねした形にはなっていかない。渦も、円が効率的な形になったら、それがずっとキープされるようになっている。でも生き物は、そこからまたより複雑な方向に形を変えていくことができると言われています。より複雑になる方向に生命が進化していくということですね。

もう少しだけ別の角度から見ていきましょう。生き物の進化は、このような5段階の進化があると言われています。

海の中とかで、熱い海水が流れているところが火山の近くにあったりします。そこでたまたま原子と原子が衝突して分子になって、分子と分子ががっちゃんこして、ちょっと大きな分子になる。それが最初の状態です。

分子の協力が起きて、そこから単細胞生物が生まれてきたと言われてきたんです。そこから細胞同士の協力が起きて、多細胞生物みたいな形になっている。その多細胞生物がまた協力して、今度は胃や脳のような器官を作っていく。

次の第4段階では、その多細胞生物同士の協力が起きてきます。(スライドを指して)これ、同族間となっているんですけれども、アリやライオンなどのいわゆる社会的な動物は、その個体以外の生き物と協力することができると言われていますね。

組織が「複雑化」することによって、環境適応能力が上がる

ただ、次の段階もあって、今度は社会性動物の協力と言われています。何が違うかと言うと、人間は自分の親族や血縁の動物、人間以外と協力できるとんですね。ビジネスのメンバーって基本的に血がつながっていないメンバーだと思うんですが、それでも言語を介したり、いろんなコミュニケーションを使って協力することができる。そういうことができるようになったと言われています。

さらにペットのような、種族外の動物とも協力することができていく。こうやって生き物は、どんどん協力して分業していくことでどんどん進化して、より複雑になっていっていると言われているんですね。

体がいろんな要素で形成されているように、多様なメンバーが(組織に)ジョインしていく中で、いろいろな環境に対応できるようになっていく。より複雑になることによって、環境に適応する能力が向上していくんですね。

これが単細胞生物だと、1個の刺激に対してすぐ壊れてしまうということが起きるんですけれども、機能分化されていて役割分担されている組織だと、ある刺激に強い者が担当して、なんとか対応するというようなことが起きてきます。これが進化生物学とかで言われている、5段階の進化なんですね。

これは別の分類もあるんですけれども、協力をして分業して大きくなっていく、というのが進化の本質だと言われています。

これはティール組織の色に似せてるんですが、組織の発達とすごく似ているような感じがするんじゃないかなと思います。また、進化の原理や原動力みたいなものは、自己組織化と自然淘汰の2つだと言われているんですね。

今までダーウィンの進化論では自然淘汰だと言われていたんですけれども、それだけだと進化が説明できない。その要素を満たすのが自己組織化なんですね。

個体同士の自然淘汰は起きるんですけれども、その個体を生み出した力が自己組織化になっています。まず自己組織化が起きて、自然淘汰が起こってくる。なので今のビジネスって、基本的には自然淘汰のように環境に適応していくことによって、生き残りをはかっているんですけれども。

そうではなくて、組織のメンバーや社内に集っている人たち、ステークホルダーの中で起きてきた自己組織化によって、環境に適応していくこともできてくるんですね。この両方の要素を満たすことで、より生きた状態を作っていくことができる。(逆に)自己組織化だけでもダメで、自然淘汰の要素にも対応しないといけない。

まったく同じビジネスをやっている同じような会社が2社あった時に、やっぱり選ばれやすい組織というものが出てくるわけで、それはある程度の競争的な要素も入ってくるんですよね。

ネガティブ・ポジティブ、どちらの感情も生命体には重要

そんなところから、生命体のOSとはこんな感じかなと思っています。(スライドを指して)マイナス1のほうが「生き残り」でプラス1が「生きがい」なんですけれども。基本的に左の列は生き残りのOSで動いてしまっている。だから、動きとしてはリソースを保持しようと分断であったり支配、単純化していこうと効率的に物事を動かそうとしていく。

ニーズとしては生存的な意識になってきて、それは過去に縛られている。行動の態度としては奪い合いとか搾取隠蔽みたいなことが起きてくる。その時に生まれてくる感情は、ネガティブ・恐怖になってくるんです。

もう1個、生きがい的なOSもあるかなと思っています。これはつながりとか共有、複雑化のほうですね。成長繁栄があって、未来を探求するところによって自分を生かしていく。助け合い、肯定、表現によって動いていき、そこで感じている感情は、喜びとかポジティブになっていると。

今って、このバランスが崩れている人や組織が多いんじゃないかなぁと思っています。自分の主体がなくて、中身がなくて、生き残りをかけて環境に適応することしか考えていない。

そういう生命のマイナス1で生きている状態もあれば、とにかく生きがいや成長みたいな、プラスの状態に駆られ過ぎている。これは両方とも大事で、そのバランスが取れている状態が大事だと思っています。

それがナチュラルな状態。そういう意味で0と表現しています。今に対応して生き残ることも必要ですし、ある時はやっぱり競争みたいなところも必要であると。そういう状態を意識しながらやっていくと、生き物的にはとても健全な状態だと思います。

組織が「生きている状態」と「死んでいる状態」とは

あらためて、まとめてみます。生きている状態と死んでいる状態ってなんなのというところで、自己組織化についてご紹介させていただいておりました。(スライドを指して)これは、この3つの要素ですね。システムが開放されていて、エネルギーが巡っている状態になっている。

非平衡系は、システムの中にカオスがある。揺らぎがある状態になっています。それにプラスして自己加速系にもなっている。システムの中が循環していて、エネルギーを増幅していくような構造になっていると。さらにプラスして、その方向性として複雑化のほうにいく。これが生きている組織なんじゃないかなと思います。

一方で、死んでる状態は閉鎖系であって閉じている。エネルギーが流動しない状態であって、平衡系になっている。システムの中が一定になっていて、エネルギーの揺らぎがない。みんなが同じことをやっている状態になっている。システム内が分断されていて、エネルギーが分散されてしまっている。

各々が独立して、孤立していろんなことをやっている。チームのシナジーや共創が起きにくい状態になってしまっている。それが単純化のほうに進んでいる状態が、死んでいる状態かなぁと思います。

こう見てみると、「自分の組織が死んでる状態に近いんじゃないかな」とか「私のチームってすごく効率的でみんなが同じことをやっていて、人の動きやエネルギーの動きがないよね」ということを見ていくと、これってどうなんだろうな? と考えることができるんじゃないかなと思います。

生物も組織も「ナチュラルな状態」であることが健康的

最後に問いですね。物理学とか生命科学の観点から、自分の組織が生きている状態なのかな、死んでいる状態なのかなと見ていくと、いろんな気づきがあるのではないでしょうか。

また自分の組織が複雑になっているのかということ、もしくは単純になっているのかということですね。ずっと同じことをやっていたり、イノベーティブなことが起きない。新しいアイデアが生み出されないということになっていて、どんどん単純な方向に行っている状態であると。それって生きている組織という観点で見た時にどうなんだろうな、と考えることができる。

最後は生き物としてナチュラルな状態か。メンバーもそうですし、組織もそうなんですけれども、生き物的にナチュラルな状態が基本的に健全だと思っています。先ほどの表を見た時に、私たちって基本的に生き残りモードになってしまっていると思うんですが、生き物って、つながりとか複雑になる方向に進化していくという、どちらかというと生きがいOSの部分を持っています。

この両方の要素を満たしている状態がとてもナチュラルな状態なんじゃないかなと思っています。

ふだん私が話してきたテイストと、ちょっと違うテイストだったと思うんですが、みなさんの中に、少し新しい考え方をご提供できたんじゃないかなと思います。