本を読んでも「わかったつもりになっているだけ」のことが多い

篠田真貴子氏(以下、篠田):今度は山口さんにも少しお話を伺いたいです。働く中で、大きな人生の課題に直面した場面がもしあるのであれば、どんなことだったか。ここで言う「教養」とされるものが、その時山口さんにどうつながっていったのか。少しお話しいただけますでしょうか。

山口周氏(以下、山口):僕は働く中でというとあまりなかったですね。一番最初に電通に入って、「何だこの会社は」って思いましたけど。今思うと、もともと大学で文学部だったので、経済学に対する興味とかがなくて、本当に触る程度しかやってこなかったんです。

「なんでこんな無意味なことをやってる会社なのに、給料がやたら高いんだろう?」ということが一番最初の疑問で、そこからいろんなことを調べたりしました。

堀内さんが体験されたような、人格がぐらぐらするような危機的な状態って、僕にもたぶんあったと思うんですけど、つらいことって全部忘れちゃうんですよね。今から思い返すとたぶんあったような気もするんですけど、その時に映画見たりお酒飲んだりして、忘れちゃっている気がしますね。

篠田:質問の角度を変えますが、本を読むだけじゃなくて、けっこうアウトプットを活発になさってますよね。本を出される前から『Arts & Science』というタイトルで、かなり長文の、非常に読み応えのブログを長く書いてらっしゃって。

私は初め、著書を拝見した時はつながってなかったんですけど、その後で「あのブログの方だ」って思ったりしてたんですよね。そのあたりいかがですか?

山口:やはり1回、自分の中でちゃんと言葉にすることをやらないと、掴めないんですよね。「わかったつもりになってるだけ」のことが多いと思うんです。

篠田:本を読んで、アンダーラインを引いたりしてわかったつもりになっている。

読んだ本を自分の中に血肉化させる「2段ロケット」の感覚

山口:だから読書は数学と同じ感覚があります。僕は数学が好きなんですけど、わかったつもりになっていると、「今の証明をもう1回、一番最初から全部自分で書いてください」って言われても書けないことって多いじゃないですか。

篠田:書こうとして初めて、わかっていなかったことに気が付くんですよね。

山口:「あれ? ここ飛躍してるな」とか、「こことここってなんでつながるんだっけ?」とか、わかってないことが書くとわかるということがあって。本を読んで「わかった!」「ひらめいた!」という時って、すごく気持ちが良いじゃないですか。

僕はそれが2段ロケットであるという感覚があります。「わかった」という瞬間は、気持ち良さの1段目のロケットなんです。それで書いてみると、実は本当はわかってなかったっていうことがわかる。書いて言葉になった瞬間に、2段階目のロケットが点火する感じがあるんですね。

この2段階目のロケットが出てる時は、おそらくはすごくユニークな、自分の中への血肉化が起こっているんです。そうするといつでも取り出し可能になるし、非常に普遍性を持って、いろんなところに適用できる感覚になると思うんですね。

中学生の頃から常に感じている、世の中の生きづらさ

山口:篠田さんの1個目の質問に関して言うと、僕はのアイデンティティクライシスはもっと若い時にきています。中学校に入ったくらいから高校・大学くらいが一番やばかったんですよ。

篠田:そうですか。

山口:いまだにその状態がずっと続いています。「会社が駄目になる」とか「自分が全否定される」というわかりやすいものではなくて、常に「生きづらいなぁ」という感覚が、中学生の頃からあるんですよ。

ちなみに僕の親父が興銀だったんですね。堀内さんがさっき言ってたのとおそらく同じタイミングで、新聞社から家に電話がかかってくるんです。朝日新聞社だと言って、「話を聞きたい」って言ってくるんです。夜の11時とかですよ? 「失礼だな、こんな時間に」って思うわけですよ。それで親父が出て話して切ると。当時僕は彼女と長電話しているので、電話が鳴ったら彼女かもしれないので出るんです。

篠田:みなさん家電の時代ですからね(笑)。

山口:そうそう。電話がかかってきて出ると、今度は「毎日新聞です」と。それで「父はいません」って言うと、「さっき朝日新聞さんと話されてましたよね?」とか言われるんですよ。「なんだこいつら」と思ってね。

自分もその後マスコミに行ったんですけど、なんか「世の中ってすごく怖いな」という感覚がありましたよね。

例えば、生命保険というものがある。生命保険は紙ペラで契約するわけですよね。何年・何十年も積み立てて、突然「ごめんなさい、あの紙は嘘でした」とか「なくなっちゃいました」とか言われたらどうするのか。そんなもの信じて、みんな何十年も積み立てしてるなんて、ちょっとバカじゃないかって。僕は小学生くらいの時から、ずっとそういうことを考えていたんです。「世の中怖いなぁ」って思ってて。

「本当のことを言っている人」を探した結果が「リベラルアーツ」だった

山口:中学の時からそれがひどくなって、逃げた先の1つがロックだったんですね。この人たちは本当のことをしゃべってるって感じがしたんですよ。一番最初はビートルズでした。もう1つ、この人は本当のことを言ってるって思ったのがニーチェだったんですね。篠田さんのさっきの質問は、仕事人生でっていうのを条件としていましたが……。

篠田:その条件はもう外しますね。

山口:一番最初は中学2年生くらいからひどくなってきました。それから僕は高校が大学付属で、篠田さんと同じ系列だったんですけど。あそこは非常に甘い学校で、そこそこ成績を取っていれば上げてやるっていう学校だったんですね。

それで「この世の中は怖いな」と。どうもみんな嘘ばっかり言っている気がする。本当のことを言っている人を探していたら、自然と音楽とかアートとか哲学者とか、文学の太宰治とかにいって、結局今もそのままです。

そんな感じだったので、学年の指導担当から「君は法学部とか経済学部とかはやめといたほうがいいんじゃないか」って言われて。それで大学で文学部哲学科に行ったんです。

結局、就職する時にもモラトリアムでしたね。親父は銀行に行ってあんなひどい目に遭っているし、商社も性に合わなさそうだし。みんな就職就職って言ってるんだけど、ゼミの先生が「君みたいな子が良さそうな会社があるぞ」と、電通を紹介してくれたんです。「それぐらいしか行けないんじゃないか」ということですね。

そこからは職業を通じてエポックメイキングなことはなかったですけれども、違和感が常にあるのにシステムの真ん中にいるっていう、この……。

篠田:居心地が悪い感じ?

山口:はい、藁をも掴む思いでその時その時のいろいろを読んでいました。あとから言われると、それがどうも今日「リベラルアーツ」と言われるものらしいという感じになってますよね。

藁にもすがる思いで「本」を読んでいた

篠田:私はさっき「仕事の」って言ってしまいましたけれど、山口さんの場合はティーンエイジャーの時に、世の中に対する不信感として、「何なのこれ?」っていうものがあったんですね。

山口:よくわかんないですけどね、今はずいぶんもう良くなりました。でも本当に危ないなぁって思います。下手すると衝動的に飛び降りちゃいますよね。だから藁にもすがる思いで本を読んでいました。「学校の授業とか聞いてる場合じゃねえな」と思って。

篠田:さっき2段ロケットの話を「喜び」としてお話しくださいました。今のところと話をつなぐと、本当にわかったことが何か自分で掴めないと、世の中と自分がうまく接続できないという感覚が根っこにあるんでしょうか。今もきっと少し持ってらっしゃいますよね?

山口:そうですね。小学生の時、お袋に「生命保険ってめっちゃ怖いんだけど」って話したら、「大丈夫よそんなの。あんた変わってるわね」って言われて、それで終わっちゃいましたからね(笑)。

篠田:(笑)。ありがとうございます。チャットにもたくさんコメントや質問をいただいているので、少しずつそちらも織り交ぜながら残りの時間を過ごしていきたいと思います。

篠田氏のアイデンティティクライシスを救った、元同僚・勝間和代氏の本

篠田:「どういう本を読んだらいいのか?」というご質問が、いくつかの角度できているんですね。例えば「自分は20代前半で、本を読むのは好きなんだけれども、好奇心がいろんな分野に飛んじゃって、どこから始めていいかわからない」と。

私から見ると別に良い悪いの話じゃなくて、やはりそれぞれ「今の自分に必要なもの」を読んでるのかなと思うんです。

私の体験を1分だけ挟ませていただくと、自分の存在感がやや揺らぐような感覚を持ったタイミングの1つは、子どもを持った時なんですよね。30代半ばで、2003年に1人目が生まれました。当時はまだ「子どもを持って、キャリアもがんばる」というスタイルをとる方がまだそれほど多くなかった時代です。

どっちも自分の人生の目標として、仕事もがんばりたいし子どもも欲しくて、家庭も営みたいわけなんだけど、これがどうにも折り合わないんですよ。「けっこうきついな」と思っていたんです。

その時のぐらぐらした感じから救われたものとして、まず1個目が実は勝間和代さんの本だったんですよね。これを一般的に「教養」と呼ぶかというとたぶん違うんだけど。

ちなみに彼女は私と同級生で、マッキンゼーでも同僚でした。当時は働く場所は離れてましたけども、彼女もお子さんたちがいて。言ってみれば彼女は彼女なりにいろいろ葛藤がある中、「本を書く」ことで世の中とつながろうとしていたんです。

一時期近くにいた私にとって、言ってみればそれが1本目のつかむ藁だったんですよね。まず彼女が書いたものを読み、それから彼女が読んだという推薦本を読むようになりました。ある時からは、彼女の推薦図書から離れて自分なりの方向に分岐したんですけど、それでも良いと思うんですよね。

質問に戻ると、「本は好きだけど、あちこちに興味が拡散しています。そんな自分でいいのか?」と思われているので、「そういうあなたにこういう本の手に取り方をおすすめします」といったことがあれば、一言ずついただけますでしょうか。堀内さんからお願いします。

「何が読みたいかわからない」のは、「何を読むか」を考える以前の問題

堀内勉氏(以下、堀内):篠田さんが言われていた通りだと思うんですけど、「どういう本を読めばいいでしょうか」という質問がなぜ出てくるのか、僕はいつも不思議に思いますね(笑)。

「私はどういう食べ物が好きなんでしょうか?」って、他人に聞かれても答えらんないじゃないですか(笑)。「あなたの食べたいもの食べればいいんじゃないんですか」っていう答えにしかならないんです。

まさにそういうことですよね。自分が読みたい本を読めばいいんです。何が問題かというと、自分が何が好きで、自分が何が読みたいのかがわからないことのほうが問題なんです。どういう本を読めばいいのかを考える以前の問題なんですよ。

「きっと外に答えがあるんだ」と思っているんですよね。例えばカントとかを読んでいて、「教養人」のような存在がいることがわかっていますと。そういう人になるためにはどういう本を読んだらいいんでしょうか? という、そういう思考方法になっちゃってるんですよ。

本当に自分が好きなものなんて、自分の心に聞いてみてくださいよ。本を読んで、「これはすごい」と。さっき山口さんが言ったみたいに「これは本当だ」と。「周りの大人なんか嘘ばっかついてるけど、この本を書いている人は本当のことを言ってる」って、本当なら自分で感じられるはずなんですよ。

だからまずは自分を問うところから始める必要がある。それが私のアドバイスです。

本は“出会うタイミング”で印象が変わってしまう

篠田:ありがとうございます。山口さんはいかがですか?

山口:僕はそういう書評を書いたんですけど、まずは堀内さんの『読書大全』に載っている本を1冊ずつ、全部読んでいくのがいいんじゃないかな(笑)。

(一同笑)

堀内:ありがとうございます。

篠田:スパルタ方式ですね。

山口:200冊ですからね。中にはヘビー級のものも入ってるので、1週間に1冊は厳しいと思うんですけど。あの中から「これは良さそうだな」というのを50冊選んでも、4年くらいかけると全部読めると思います。

ただ、やはり堀内さんのおっしゃる通り、確かに「どんな本を読んだらいいですか?」って、問いとして不自然だなと思うかもしれないですよね。

あともう1つは、「読書」って「人」と同じなところがあるんです。僕はリアルに実感値として思うんですけど、良い本って人と同じなんですよ。良い本って、その本自体が人になる、人が立ち上がってくる感じがあるんですね。

篠田:「人となり」という意味でおっしゃってますか?

山口:例えばフランソワ・トリュフォーが映画化した『華氏451度』は、本が全部禁止される世の中で、人が本になるという物語です。要するに本が禁止されるので、本の中身を全部丸暗記するわけですね。

「彼はスタンダール」とか、「彼はドストエフスキーの『罪と罰』」とか、本が人になる。その人が語ることで語り部になっていくわけですね。そういう不思議な世の中を描きましたが。

僕はこのトリュフォーが本当にその通りだなと思っています。やはり良い本って、ある種の人格を持っていると思うんですね。つまり何を言っているかというと、あるタイミングである状況の中で出会うとすごく良くなるし、そうじゃない時に出会うとぜんぜん駄目なんですよ。

さっきの話で、篠田さんが勝間さんの本と出会えたのは、まさにそのクロッシングポイントの中でパチンって出会ったからすごく刺さってくるわけなんですね。

極論にすると、1週間前になんとも思わなかった本でも、1週間後に、例えば突然子どもが大きな事故に遭ったりとか、親が急に亡くなったとかした時に、その瞬間に入ってくる本って印象が変わっちゃうんですね。ですから、何がその人にとって良い本かってよくわからないんです。

山口氏が胸に刻む「Stay tuned」のアドバイス

山口:僕はいまだにあるアドバイスを胸にずっと刻んでるんですけども。組織開発のトレーニングで、ロンドンに行った時に、ある組織心理学の先生がいらっしゃいまして。マイクという名前のイギリス人のおじいちゃんだったんですけれども、本当に人生が変わるような1週間の体験でした。

組織開発のプラクティショナーのトレーニングを受けたんですけれども、あまりにも感動したので、今でも覚えてるんです。お城でやってたんですけどね。だいたいヨーロッパのトレーニングって月曜日から始まって、土曜日の午前中で終わって、その日みんな飛行機で帰っていくんですよ。

その土曜日の午前中にテラスでランチをとりながら、「マイク」って言ってね。「本当にこの1週間はライフターニングエクスペリエンス(Life turning experience)だった」と。「帰ってからも継続的にずっと勉強したいから、あなたが『これはすごく良かった』という本や、自分が勉強したうえで良かった本とかがあれば、そのリストをくれないか。あるいはここだけでリコメンドしてくれ」って言ったんです。

そうしたら「そういうのはやめといたほうがいい」って言われたんですね。僕が彼に、「自分を楽器に例えてみると、ここに来る前ってすごくチューニングが乱れてたと思うんだけど、すごくチューニングが揃ってきて、きれいに鳴るようになってきた感覚がする」って言ったことがあって。「君はそのチューニングが揃ってきたって言ってたよね」って。

その時に、「stay tunedでいろ」って言われたんですよ。そこだけ気をつけていればいいと。stay tunedしていれば、向こう側から本はやってくる。必ず目の前を通った時に掴めるから、何の本がいいかより、stay tuned inしなさいと言ったんです。僕は今でもそのやり取りを覚えています。「So,You mean, let them come」だと。

すごく大きな言葉をもらったなと感覚がしています。自分ももちろん切迫感がありますから、「勉強しないと、勉強しないと」ってなっちゃった時には、やはり彼の言葉を思い出しますね。

一人ひとりにとって「その時にいい本」は違う

山口:渇いた人が水を飲むように、あるいはカロリーが足りなくなった人が炭水化物を摂りたがるように、今自分の一番欲しいもの、体に入れたらいいものって、やはりフィーリングで求めているはずなんです。

それがわからなくなると、すごく頭でっかちに「これがいい」とか「あれが流行っている」とか「これは勉強しなくちゃ」ってなってしまう。どんどんその切迫に巻き取られると、自分にとって入れてもあまりよくないものを入れちゃう気がするんです。そこのセンシングがすごく大事なんじゃないかなという気がしますよね。

篠田:チャットにも「内省とか自己理解が大事なのかな」ということを、何人かの方が書かれていましたけど、そのことと今の山口さんのお話って、ちょっと繋がるなと思いながらうかがっていました。

一人ひとりにとってその時にいい本は違うし、同じ本を読んでも、どこが自分の血肉になるかって人によって違うんですよね。そのお話はぜひしたかったのでよかったです。