なぜ人はダメだと言われているのにやってしまうのか?

松本健太郎氏(以下、松本):(私は)JX通信社でマーケティングマネージャーという役職を務めております。社内に複数のプロダクトがあるんですが、それらを束ねるかたちでマーケティング部門の統括をしています。

働き方としては副業というかたちでなく、書籍を書くこと自体、もう1つの本業だという捉えていまして、社会人をしながらビジネス書を年に1〜2冊を書くというリズムで日々を暮らしております。

書籍はこちらですね。『人は悪魔に熱狂する 悪と欲望の行動経済学』ということで、本の帯はZOZOの元執行役員を務めておられた田端(信太郎)さんにコメントを寄せていただいております。

『人は悪魔に熱狂する 悪と欲望の行動経済学』(毎日新聞出版)

もともとこの書籍を執筆したきっかけなんですが、マーケティング、それから消費者理解の勉強あるいはそれ自体を1冊の書籍にまとめようと考えていた際に、「なぜ人はダメだと言われているのにやってしまうのか?」「なぜ人は悪い行いだと思っているのに、ついついそれに興味を惹かれてしまうのか?」という人の心理に注目をする機会がありました。

それを読み解く1つの手段として行動経済学に着目をして。この書籍を書いてたタイミングは2019年、2020年だったんですが、その時流、時流に沿った時事ネタ、あるいはマーケティングのお話を行動経済学の観点、それからデータサイエンスの観点で読み解くという手法を努めてみたのがこの1冊になります。

目的は、古来からある「煩悩」を読み解いて人の行動の根源を理解すること

背景、それから思いも重なる部分があるんですが、一番最後のまとめの終わりのページに詳細が書かれてるんですけれども、この書籍の根底に流れている思想のようなものがあります。

具体的に言うとですね、それは「仏教」の思想になるんですけれども。古来から「煩悩」という単語があるように、人は悪というか自堕落な部分を含めて「煩悩」という表現をしていましたし、相対するようなかたちで「波羅蜜(はらみつ)」という表現があって、煩悩を取っ払うための行いがありました。

実はこの本の章構成自体も、人の持っている「6大煩悩」に据え置かれるかたちで立てています。なので、「行動経済学という手法で読み解く」という(コンセプト)があるんですけれども、根底にあるのは、「古来からある煩悩を読み解いて、人の行動の根源を理解していくこと」を目標に立てた1冊になってます。

この書籍は、マーケティングを初めてされる方だけではなくて、研究開発ですとかあるいは営業とか、人と相対して、相対する人そのものを理解しないといけない職業に就かれている方に向けて、一番最初に読んでいただく1冊目として書き上げました。

おかげさまで今現在、増刷増刷で4刷をすることができました。コロナ禍において、手に取っていただける1冊に選んでいただいたっていうのは本当にありがたいことだと思っています。

人のダメな部分・弱い部分・悪い心にこそ、人が熱狂する要素が詰まっている

『人は悪魔に熱狂する』というタイトルそのものは、最終的に書籍をすべて読んでいただいた編集の方に付けていただいたという裏話があるんですけれども。根底にあるのは、「人は善ばかりを向けられても熱狂しない」。言い方を変えると、「善ばかりだと、むしろその存在そのものを疑ってしまう」という、ねじれた心理感情を人は持っているんだというのを書籍を通じて僕は書き記しました。

「悪魔に熱狂する」というのは、必ずしも悪魔そのものに熱狂するということではなくて、人は誰もが「善の心」と「悪の心」、自堕落な心と良くありたいという心の両立があります。かつ、そのバランスを取っているのが人間らしさだと僕自身は思っています。

ただ、どちらか片方だけに寄りかかってしまうとバランスが悪くなって、どうしてもそのものを信じることができない。むしろ悪魔的なものをエッセンスというか、スパイスのように振りかけることで、そこに人間らしさですとか「その人らしさ」っていうのが表れる。「その人らしさ」っていうのに、人は熱狂的に応援をするという心理があるなと思っています。

その意味において、「悪魔に熱狂する人のダメな部分、弱い部分、悪い心にこそ人が熱狂するエッセンスが詰まっているんです」とお伝えしたくて、こういうタイトルになりました。

人の考え方や行動は、知らず知らずのうちに「バイアス」に影響されている

一番伝えたいこととしては、「人はバイアスによって支配されている」と言うと大げさに聞こえてしまうかもしれませんが、知らず知らずのうちに考え方、あるいは自分自身の行動というのは、バイアスに影響されているという言い方になるかもしれません。影響されているんですよというのが、最も言いたいことに当たります。

具体的に言うと、例えば「これは僕が僕の意思で選んだんだ」というものも、もしかしたら過去の思想であるとか、歪んだものの見方によって結果的にこれそのもの自体を選んでいるかもしれない。そういうケースは多々あります。書籍でさまざまな事例で、「人は意外とバイアスによって物事を判断してるんだよ」というのを執筆したつもりです。

書籍を読み終わった際に、さまざまなものの見方・考え方、あるいは一挙手一投足、行動そのものがバイアスの影響を受けてるんだと気付いていただく。それだけでなくて、おそらく「バイアスに支配されない(ようにする)のは、よほど難しいんだな」と痛感いただくんだと思っています。

ですので、例えばビジネスの現場、あるいはプライベートな場面において、「自分自身はバイアスを持って物事を見ているかもしれない」という前提に立った上で、自分にとって、例えばビジネスの場においての意思決定。「これはもしかしたらこういうバイアスの影響を受けてるんじゃないだろうか」という、立ち止まっていただくきっかけになればいいんじゃないかなと考えています。

多くのビジネスマンが持っていない、物事を“事実だけ”観察できる力

あと、その他で挙げると、ものの見方だということだと思っています。人は誰しもが何かしらを観察した上で、「これってこういうことだよな」と理解をして、最終的に行動に移していきます。

ただ、物事を観察するということに対して、フラットに起きたことをあるがままに観察をする力は、多くのビジネスマンが持っていない能力だと思っています。例えば、上長に対してあいさつをして、上長から返事が返ってこなかったとなると、多くの人が「自分って嫌われてるんじゃないかな?」と思ってしまうかもしれません。

ただし、実際に起きたこととしては、「おはようございます」と声を掛けて、相手から返事がなかったというのが事実になります。そこに対して「嫌われている」と考えてしまうのは一種の自分の妄想であり、過去にさまざまがあっただろうということを踏まえたバイアスになるんだと思っています。

バイアスを取り除くのが難しいのは、まさにこういう「もしかしたら嫌われてるかも」という想像力とか妄想を奪うことにもなりかねないので。大事なことは、「もしかしたら嫌われてるかも」ということに対して、「これはバイアスがかかったものの見方なのかな」というアクセルとブレーキの関係性。バランスを取ることが大事なんじゃないかというのが、この書籍で身に付けれればなとは思ってます。

1つ、幾つかのボツ原稿があります。なぜボツにしたかと言うと、やっぱり人のデビルな要素、悪魔的な要素っていうのはあくまでもサブだということです。どちらかと言うと、人は善なんだけど、善オンリーだとちょっとうさんくさいよねということだと思っていて、露悪的になろうとか悪趣味にいこうという話ではないです。

僕自身も編集の人と相談しながら書籍は書いたんですけれども、結果的に悪に振り切ってしまって書いて、「こういうことではないですよね」と、編集の人と相談してボツになったこともあります。やっぱりその意味において、人の善と悪のバランスを書き切るのはものすごく難しい行為なんだろうなと思ってます。

行動経済学を理解するための最初の一歩として

もう1つは、書籍を書き切って気付いたこととして、意外と観察力、すなわち物事をバイアスを持たずにフラットに見るというのは、ものすごく難しい行為なんだなということです。これができている人が優れたマーケターであり、優れたビジネスマンなんだろうな考えていますね。

ぶっちゃけでお話をすると、最初の1万部がものすごく大変でした。というのも、売れないと宣伝できないものだと思っているので、まずはいかにして手に取っていただくかなんですね。

書籍自体はマーケティング本なんですけれども、マーケターの方にターゲットを絞り切らず、行動経済学を理解するための最初の一歩として。あるいはビジネスマン、第二新卒、あるいは新卒の方が気軽に読める書籍としてものすごく幅広く呼び掛けて、いかにして本を手に取ってもらえるかというプロモーションに僕自身は時間をかけました。

ようやく1万部は超えたなというタイミングから、いわゆるマーケティングのスペシャリストの方、例えば足立光さんですとか田端さんにお声を掛けさせていただいて。本の帯とか推薦文を書いていただいて、よりスペシャリストにもおもしろく読んでいただける書籍だよと広める、実はこの2段階でマーケティングを進めていた背景があります。

最近、行動経済学の書籍がすごく流行っていると思います。僕自身も最初はそうだったんですが、多くの研究文献あるいは論文は海外のものが多くて、書籍自体も日本に輸入されている書籍が多いので、ちょっと読みにくいと言うと語弊があるかもしれませんけれども、解釈・咀嚼に時間がかかるなと思っています。

その意味においては、一番最初の1冊目に手軽な気持ちで読んでいただく。実際に試してみたんですけど、東京駅から新大阪までの2時間半でこの本を1冊読み切るのも(可能です)。だいたい2時間半あれば読み切れる文量で書いているので。

ちょっと気軽に手に取ってみて、行動経済学の最初の第一歩として読んでいただき、読み終わってからがいよいよ最初の一歩だと思ってます。そこからいろんな研究者の方の書籍とかを読んでいただくと、違った見方、違った解釈が生まれてくるかなと思っています。