嫌な場所に自分を置かないことが、運を呼び込む

川原崎晋裕氏(以下、川原崎):キャリアとして、いったんマネジメントとかプロジェクトマネジメントの方面を降りる選択をされる時に、一般的に待遇が下がる人も多いじゃないですか。マネージャーのほうがけっこう儲かっているケースだったり。私の友だちとかは「マネージャーの給料が高いのは我慢料だ」と言っていたんですけど(笑)。

桜川和樹氏(以下、桜川):(笑)。

川原崎:すごく共感できるなと(笑)。そのへんの不安だったり、ご家族の反応はいかがでしたか?

桜川:最終的には、妻のひと押しみたいなのがめっちゃ大きかったですよね。妻も働いているので、貯金も別にないわけじゃないですし、「しばらく働かなくても私がなんとかするよ」みたいな男前なことを。のろけっぽいですけど。

川原崎:おおー。言ってくれたんですね。

桜川:大きかったですよ。

川原崎:(笑)。なるほど。

桜川:今の話の流れ上、気になってきたんですけど、今日の話はぜんぜんアドバイスにならないなみたいな(笑)。

川原崎:(笑)。いやいや。「あまりよけいなことを気にするな」ということなのかなと、聞いていて思いましたけどね。

桜川:なんか運だけはいいなと思っているんですよね。結果論で見ると、別にあてもないのに東京で貯金を切り崩していって、「ああ、もう来月どうしていこう。これは宮崎に帰らなきゃいけないかな」というタイミングで、『R25』に出会ったりとか。

それが事業撤退になって、最終的に契約社員みたいなかたちだったので、一定の契約がある中で次の職を探したら、当時ぜんぜん知られていないNAVER Japanに入って。そこでやっていたら、まとめも伸びましたけど、LINEがものすごく伸びて、上場まで経験させてもらったという話もありますし、運はいいんですよね。

それはちょっと極端な例だと思うんですけど。この3年はネガティブだったので、自分の人生だからどうやってポジティブに考えるかみたいなことは、考えていて。やはり嫌なところに自分を置かないというのが、運を呼び込んでくるのかなというのはあるんですよね。今考えると、「1年間で、100万円を貯める」というのが唯一自分がやりたかったことで。

川原崎:はい。

桜川:上司や同僚との関係性が悪いとか、部下とうまくいかないようなところに身を置き続けていると、最初の1、8、1のマインドの部分がだんだん腐っていくような気がするので。そうなると、ポジティブに選択ができなくなっていく気がするんですよね。

それが結果として運につながるみたいに、客観的に見た時に思うので、嫌なことを我慢しなくていいんじゃないかなと、最近思いました。

我慢でやるマネージャーなら、みんなのためにもやらないほうがいい

川原崎:ああ、なるほど。会社側が許さないと辞めるしかないですもんね。

桜川:そうですね。さっき「マネジメントは我慢料だ」という話がありましたけど、意地悪に言うと、我慢でやるマネージャーだったらやらないほうが、みんなのためにもいいんじゃないかなと、今は思うようになっているかもしれないですね。

やる仕事がある限りやるという気持ちとはちょっと矛盾する。嫌だったらやらなくていいと思うし、だから8割の部分をがんばっておかないと、潰しが効かなくなるじゃないですか。

川原崎:スキルですか。

桜川:そうそう。技術である程度やってきたという積み立てが自分の中に持てると、それが背中を押してくれるし、飛び出す勇気もないよりはあったほうがいいと思います。

川原崎:そこのお話も気になっているんですけど、キャリアをリーダー、マネージャー、グループマネージャー、事業責任者、執行役員、役員、経営者みたいな感じで、どんどん上がっていくのって、わかりやすいじゃないですか。ずっと上を目指し続けるみたいな。

でも、プレイヤーは現場に留まるみたいなイメージが世間的には大きいかなと思っていて。同じだと当然給料も上がらないし、いつか捨てられちゃうとなると、会社に対して「私はもう現場でバリューを出していきます」という場合に、どうやって自分の価値を上げていけばいいのか。このスキルとかマインドセットみたいなものは何かありますか?

桜川:どうなんでしょうね。職種によるかなと。エンジニアとかだったら、その道がもう開かれてきている気がするんですよね。人のマネジメントとプロジェクトのマネジメントもあると思うんですけど。

例えばLINEだと、スキルや経験によってレベルのレンジがあって、それによって給与レンジが決まるような話がありますけど。マネジメントレイヤーと現場レイヤーでも、給料が上がってくるレンジ制度みたいなものを、何年か前に作っていたりとかするので。

やはりエンジニアって、コードを書いてなんぼというところも正直あるから。別にLINEに限らず、そこに道があるという考え方は浸透してきた気がするんですけど。編集とかになるとちょっと僕も今、答えを持っていないというか(笑)。

川原崎:(笑)。

マネジメントにおもしろみを感じる編集者が少ない理由

桜川:知り合いの元編集長経験者が言っていたんですけど、編集って編集長職がゴールになっていて、そこから上がろうと思ったら経営に回ったりとか。でも、経営に回ると、もともとコンテンツを編集するというスキルがある人だから、つまんなくなっていくということをおっしゃっている方がいて。

川原崎:確かに(笑)。

桜川:確かにな、みたいなのは(笑)。

川原崎:おもしろさとトレードオフみたいな感じになっちゃうんですかね。

桜川:人のマネジメントになっていったり、お金のマネジメントになっていったりするから。広く取ればそれもアウトプットだと思うんですけど、コンテンツとしてのアウトプットを磨くのが得意であったし、好きだったからやってこれたというのはあると思うし。

そういう人が、角度が大きく90度くらいガンと変わっちゃう仕事になると、ダイヤモンドグラフみたいなパラメータがあるとしたら、今までこっちを向いていたのがこっち側に向いたら、「意外とパラメータないぞ」という人も中にはいると思うので。全方位的にできる人ももちろんいると思うんですけど、その違いはあるのかなと思っています。

川原崎:結局、一番売上が立つから営業部長とか、一番いい記事を作れるから編集長みたいな感じに今はけっこうなっているじゃないですか。でも、マネジメントが苦手だから、その人を上に上げたことによって、他がぜんぜん育たないとか、全員辞めちゃうという事実もあるから。

桜川:(笑)。

マネジメントを難しくする、クリエイティブ職の職人気質

川原崎:私もそこをずっとけっこう課題だと思っていまして。いや、マネジメントだけがすごく得意な人事の人とかと、編集長が2人でマネジメントをするとか。

マネジメントだけが得意な人事の人だと、制作職は背中を見せるというか、「いい記事を書けない人の言うことは聞かねぇよ」とか、「こんなダサいデザイン作るやつの言うことなんか聞かねぇよ」と、言うことを聞いてくれない世界もちょっとありません? 職人気質というか(笑)。そこまで極端なことはないんですけど。

桜川:そうですね。

川原崎:説得力がないというか。

桜川:あるあるですよね。

川原崎:あるあるですか(笑)。なので、両方兼ね備えている方って、それこそガチャになってしまうというか、なかなかいないので。2人でマネジメントするような体制にできないのかなって、ちょっと思ったりします。

桜川:そうだな。長嶋茂雄タイプみたいな、言語化が苦手だけど、それこそオリンピック級のクリエイターって、確かに人から見たらわがままに映る人がすごく多いけど、だからいいものを作れているところもあるし。

その人からすると、人事とマネジメントを2人でやること自体がナンセンスだと言いそうな雰囲気もあるし、難しいですよね。

川原崎:逆に、その方はマネジメントをやりたいんですかね?

桜川:「マネジメントはいらねぇ」と思っている可能性もありますからね。そういうのだと、ちょっと今から難しいのかなという気がしますけど。

川原崎:「勝手に育て」みたいな……。

編集者が床で寝る旧来の編集スタイルから、新しいマネジメントスタイルへ

川原崎:今回はクリエイティブ職というお話なので、若干ブラックな話かもしれないんですけど。

昔は、自分のネタとかをボロクソにダメ出しされて、何回でも書き直しされて、2徹、3徹やって、朝オフィスに行くと、床に編集部員が何人か転がっているみたいな。私も何回か見ていたんですけど。ああいうマネジメントのやり方って、今はだんだん通用しなくなっているところがあると思っていて。桜川さんのご経験の中でもそういうのってありました?

桜川:真剣に何とかしなきゃといけないという気持ちが空回りした時とかは、あまりいいマネージャーじゃなかっただろうなと今、思いますけどね。本当に何人か謝りたい人がいますし。

川原崎:(笑)。

桜川:でも、そういうマネジメントスタイルというか、クリエイティブスタイルは、たぶんもう戻ってくることはないんでしょうから、「新しい時代に合わせていかないと」とは思いますけど、それがどういうかたちがいいのかはちょっとわからないな。模索していくしかないのかなと思います。

川原崎:マネージャーに求められるもの。要は喚き散らして「ついてこい」と言っているだけじゃ、もうマネージャーとしてダメになったという意味では、難度がすごく上がっていますよね。

桜川:うん。でも意外にマインドを切り替えると、そっちのほうがいいんじゃないかと思うような気がしてきてはいますけどね。

川原崎:ほう。

桜川:いいものにつながるように、「どう思う?」とか「ああ、なるほどね」と思うことは、けっこう重要だったりするから。別に「こうじゃないと、この道を進んでいかないとクリエイティブは絶対成就できないんだ」みたいなことは、意外にないのかなと。自分に合うスタイルを見つけていくことが重要かなと思いますけどね。

<h2>自分のレーダーチャートに合う道を選ぶ

川原崎:上司と部下みたいな関係性でうまくいくケースもあれば、師匠と弟子みたいな関係性の上司・部下もいるじゃないですか。どっちもありみたいなお話なんですか?

桜川:お互いがいいんだったらいいと思うんですよ。僕の知り合いにも「弟子募集」と言って、普通に弟子というかたちで、お金が必要な時には、ちゃんとポケットマネーから渡して。

川原崎:へえ!

桜川:動いている人とかいますよ。それはお互いがいいと思っているからいいんだと思いますし。

川原崎:鞄持ちみたいな。

桜川:そうそう。募集でやってきて、辞めたかったらいつでも辞めてもいいんだろうし。

川原崎:へえ!

桜川:でも楽しそうにやっているんですよ。だからそれは、お互いがいいかどうかじゃないですかね。今はたぶん十中八九、みんな古いタイプの高圧的なマネジメントは嫌だと思うので。青山学院大学が箱根で優勝したみたいなこともあるから。

川原崎:はい(笑)。

桜川:別にいろんな道があっていいと思うから、自分でどういうのがはまるか、自分のレーダーチャートがどういうところにあるのかは、見ていたほうがいいとは思います。僕はマネジメントというか、局面を見るのが苦手だな、できないなとは感じました。

川原崎:大局感というか、俯瞰よりかはもっと解像度を上げて見るほうがお好きということですね。

桜川:そうですね。だったら、そういう仕事はちょっとやらないほうがいいかなと。全体のためにもいいと思ったりとかするから、意外に打算で生きているところがあるっちゃあるんですよね(笑)。

川原崎:なるほど。でも、今のお話でちょっとピンと来た気がします(笑)。

桜川:本当ですか(笑)。

最初からトップラインに行こうとするとつらい

川原崎:私は桜川さんと反対のタイプだと思っていて、私は文字を扱う編集の仕事に憧れて、実際にやってみたら、周りの人を見て「こうはなれない」と思ったんです。それで、大好きな編集者を支えるプロデューサーという仕事とか、それをさらに支える経営者という仕事のほうが向いているなと思って転向して。

桜川さんのケースは、マネージャーをやってみたけど「これ合わないな」と言って辞められたので。やはりもの作りをしたくて、みんなクリエイティブ職にいったんなるけど、 向いているかどうかは、やってみないとわからないから。

桜川:もともと、ある程度汎用性や再現性の高い、凡人でも戦えるようなところにけっこうこだわっています。トップラインに行こうと最初から思いすぎるとけっこうつらいと思うんですよね。

最初はぜんぜんレベルが低いし、すごい人と自分を比較しちゃうともう絶望しかないので。そこに「あいだ」があると思っていて。まず行って、陸上をやってみて、ここのラインから先にはちょっと行けないなと思った時に、運動するのは好きだから、水泳やってみたらどうかなとか。

事前の打ち合わせでキャリアのVSOPというお話をしましたけど、20代はいろんなことをやったほうがいいかなと。そこでなんとなく自分が向いている方向ってあると思うので、その中でどこを歩いていくかということを、ずっとやり続けている感覚が強くて。

さっき川原崎さんから、編集の仕事を始めて、周りの人を見て「こうはなれない」と思ったという話がありましたが、僕もそうだと思うんですよ。歴代の優秀な編集長と比べて、僕はぜんぜんスキルがないと思ったし。「ああなりたい」とも思っていないというか。

その人たちが偏差値90とかのバケモノ級だとして、70とかで戦えるんだったらそっちのほうが全体として幸せになる可能性もあるかもしれないとか。みんなが90レベルで見ると、30の人たちは死んじゃうじゃないですか(笑)。

川原崎:はい(笑)。

桜川:僕はマネジメントは苦手だけど、自分としては現場にいるほうが、心が落ち着くところがあるので、それを探し続けている感じ。

川原崎:なるほど。必ずしも1位を目指さなくても、そこそこ自分が満足できるぐらいのスキルセットを持って、自分のある程度好きな仕事をするというか。

桜川:そうですね。偏差値70ぐらいを目指したいんですよ。

川原崎:けっこう高いですよね(笑)。

桜川:自分は60くらいだとして、70くらいは目指したいということですけど。

川原崎:ああ、なるほど。

クリエイティブ職が持つスキルやエッセンスにはニーズがある

桜川:ボトムラインがいるからトップラインがあって、相対的なものじゃないですか。だから、全員がトップラインに行ってしまうと、本当のトップになれないという。たぶんVCで編集をやっている人って僕が知る限り2〜3人しかいないんですけど。何千人いるかもしれない編集者の中の3人と見たら、トップじゃないですか(笑)。

川原崎:はいはい(笑)。

桜川:だから、一方向の価値観でトップを目指すと、マインドがそこにない人たちは、つらくなるのかなとは思ったりしますけどね。

川原崎:確かに、競技人口の問題だったりしますよね。ありがとうございます。と言っていたら、あっという間に時間が終わりに近づいていますけれども(笑)。ちょっと定型文みたいで嫌なんですけども、最後にこれから、特に40代ぐらいに入ってきて、今後も制作で生きていくのか、マネジメントで生きていくのか、と考えている方に対するアドバイスをひと言。

桜川:それが難しいなと思って。でも、意外にクリエイティブ職が持っているスキルやエッセンスってニーズがあって。例えば僕みたいに編集者がVCで情報を発信したり、結局クリエイティブを通して、人の心を人に伝えるというコアはあまり変わらないので、PRとか広報のニーズはたぶんすごくあると思います。さっきの編集者から経営者というふうに角度が90度に開くとけっこう難しいかもしれないですけど。

極端な話、動画の時代が来たからミュージックビデオとかを撮っていた人たちが、その技術をうまく転用して、YouTubeでどういう動画を撮っていこうとか、イベントをどういう仕立てにして、どういう撮影にしようとか、ちょっとのスイッチで意外にバッと選択肢が広がることはあると思うので。

中途半端な逃げ方はよくないと思いますけど、今、生きている場所が本当につらいんだったら、逃げて違う道を探すのも精神的にはいいのかなと。今の時代は、40歳はビジネス人生の折返しぐらいな感じだと思いますけど。

自分のためにちょっと生きてみてもいいのかなと(笑)、最近は思っています。

川原崎:なるほど。おっしゃるとおり、先は長いですからね。今いったん落ち着いて、自分のやりたいことにチャレンジしても、別にぜんぜん遅すぎることはないということですね。

桜川:そう思いますよね。

川原崎:今日は桜川さんにいろいろとお話を聞かせていただきました。どうもありがとうございました。

桜川:ありがとうございました。