アメリカのテック企業でも女性社員の割合は少ない

司会者:それでは、ここからは平野未来さんにお話をうかがってまいります。平野未来さん、今日はありがとうございます。

平野未来氏(以下、平野):よろしくお願いいたします。

司会者:よろしくお願いします。実は平野さんのインタビューを見ていただく前に、SEMI FoundationのShariに、テック企業のインクルージョンについて話をしてもらいました。

女性に限って言うと、アメリカでもコンピューターに関連した仕事では25パーセント、エンジニアリングでは、わずか14パーセント(が女性社員が占める割合となっています)。その損失を試算すると、160億ドルというデータが出ているようなんです、と紹介してくれています。

平野さんは、この数字については、正直どうご覧になりますか? 

平野:すごい金額ですよね。それだけの経済損失があるというのは、なんとなくわかります。というのも、やはり我々の企業はイノベーションをどんどん生み出していかないといけないわけです。イノベーションを生み出していくために、多様性って非常に重要なんですよね。

先ほどの数字は、“女性の”ということだと思うんですけれども、それに限らず、さまざまな考え方を持つ人といった多様性がないと、イノベーションは進んでいかないので。

特に日本企業って、本当に同質性の代名詞みたいな感じですよね。そういったところは、本当に大きく変わっていかないといけないなと思っていますね。

日本に女性役員が少ないのは、過去20〜30年のツケ

司会者:そういう意味では、平野さんは最初の起業はシンガポールで、東南アジアをターゲットにされていたとうかがいました。日本の企業は同質性というところで、今D&I(ダイバーシティ&インクルージョン:多様性を認め、受け入れて、活かすこと)に、慌てて対応しなくちゃいけないとなっていると思います。

平野さんが起業するにあたって、このD&Iは自然に経営の中に組み込まれていて、特別に意識したことはないんじゃないかなと拝見したんですけど。今の日本企業のD&Iへの対応について、違和感はないですか?

平野:おそらくみなさんも「なんとかしなきゃ」と努力をされてらっしゃると思うんですよね。女性のアファーマティブアクション(積極的格差是正措置)や、女性の役員を増やしていかないとというので、社外取締役の女性役員を増やしたりしてますよね。

それはちょっともったいないなぁ、やはり社内の役員を増やしていかないといけないなと思いますね。もちろん、役員に当てはまるだけの女性がいないという課題もあると思うんですけれども、それはやはり過去20~30年のツケが回ってきているんだろうなと思っています。

そこはもうアファーマティブアクションと言われてもいいので、女性に限らず積極的に登用していかないといけないと思います。また、女性というところに着目されがちですけれども、女性だけではなく、外国人の採用もかなりアグレッシブにしていかないといけないと思っています。

デジタルに強い人材は、国内で育てるだけでは足りない

平野:私たちは、デジタルトランスフォーメーションのお手伝いをさせていただいているので、そういった課題から議論が進むことが多いんですけれども。みなさんが「デジタルがわかる人材がいない」と、もう口を揃えておっしゃってるんですよね。

もちろん、みなさんががんばって全力で採用されようとしているんですけれども、なかなか見つからない。もちろん日本国内にそんなにデジタルのわかる人材はいなくて、ものすごくニーズが多い。どこも取り合っているので、採用するのは本当に難しいです。

もちろん、すでにいる人材の育成もしないといけない。けれども、もしデジタル人材を採用するのであれば、むしろ日本国内よりも海外の人材を採用したほうが早いんだろうなと思うんですよね。

でも、海外のデジタル人材を採用できる土壌があるのかというと、ほぼすべてのミーティングが日本語で行われている状況だと思うので。どうしても注目されがちな女性というところだけでなく、インクルーシブ・多様性を押し進めていかないといけないんだろうなと考えています。

司会者:海外の人材や女性を受け入れるという意味でも、先ほどお話にあった日本企業の過去のツケが、ここに来て露呈している感じですね。

平野:そうですね。今が変えていかなきゃいけない時として、もう全力で進めるしかないんじゃないでしょうか。

平野未来氏が、いち早く「AIの可能性」に気づけた理由

司会者:アメリカの株式市場では、テクノロジー株を中心とした成長が続いています。例えば2019年に上場した企業を見てみると、ZoomやPinterest、Slackなど、DXやAIの企業が多いわけですけれども。これらの企業はいずれも世界金融危機、リーマンショックの前後に創業した企業です。

そして、今お話にあったように、たぶん世界中から人材を集めてきて成長しているんじゃないかなと思います。当時はインターネットビジネスのブームがあったと思うんですが、早い企業はさらにその先のデータ、ひいてはAIの可能性に気がついていたのかなと思います。

平野さんがシナモンAIを起業されたのも、2012年頃とうかがっています。アメリカのAIやDXのスタートアップ企業の好期と同じ頃だと思うんですが、当時からなぜAIに目をつけることができたのか。多様化した環境にあったからなのか、多様化した人が周りにいて情報に囲まれていたのか。どうしてその波をつかめたんでしょうか。

平野:私がAIに興味を持ち始めたのは、実はもっと前からなんですね。最初は2002年くらいのタイミングだと思いますが、明確に「この道に行く」と決めたのは、2004年くらいだったと思います。かなり早いほうだったと思うんですけれども。

司会者:そうですね。

平野:その頃は、ちょうどWeb2.0の潮流が来ていたんですよ。その前は日本に限らず、まだインターネットは、コンテンツプロバイダー側がコンテンツを作って、我々一般人はそれを楽しむだけの使い方だったんですけれど。

Web2.0で起きたことは、誰もが情報をインターネット上にアップロードするようになっことなんですね。この変化って、ものすごく大きいなと思いまして。その前から起きてましたけれども、とにかくインターネットの情報量が爆発的に増え始めた時期だったんですよ。

その前は、検索するとわりと欲しいものが出る感じだったんですけれども、Web2.0の一時期は、逆に欲しい情報へのリーチが難しくなったんですよね。一人ひとりが情報を出すようになったし、一人ひとりの思考をつかめるようになる。その始まりの時期ですよね。

一人ひとりの興味がどういうところにあるのか、リアルタイムに何を欲しているのかがわかって、それに対してレコメンデーションしてあげると、インターネットの使い方が圧倒的に変わるなと思っています。それでAIの道に進もうと決めたんです。なので、もうちょっと早かったんですよね(笑)。

パーパスが腹落ちしていない、日本の大企業

司会者:本当ですね。データの爆発的な増加はこれからもどんどん続いていくんですが、おっしゃるように、AIの重要性はこれからどんどん高まっていくことになりますね。

平野:はい。しかも意味あるデータでないとならないですし、お客さまへのインターフェースをつかんでないといけないですし。そのあたりももちろん重要になってくるのかなと思います。

司会者:そして平野さん、常に新しいビジネス、そして企業、組織のあり方を設計されていらっしゃると思います。CEOとして日々、どんなことを意識してビジネスを行っていらっしゃるのか。

一方で、国や文化に捉われない組織ですと、企業としてのアイデンティティはどうなんでしょうか。少し前に、コーポレートアイデンティティというものが流行った時期もあるんですけど、企業のミッションやビジョン、企業の文化をどう共有していくのかというところを教えていただけますか。

平野:そうですね。まず私たちは、夢を描ける人たちだと思うんですよね。夢を描いて、それを実現していく。未来を作る会社だと思っています。

私たちのお客さまは、日本の大企業が多いんですけれども、話してみてわかったことは、パーパスがない企業が多い点。もちろん、なんとなく設定されているんですけれども、みなさんが腹落ちしていなかったり、かなり抽象的だったり。

例えば「お客さまの幸せのために」というのは、何を主にしてるんだろう、といったようなことがすごく多いなと思っています。もちろん、そのパーパスはずっと前に設定されたというのもあると思うんですけれども。AIやデジタルの力によって、できることが変わってきているわけですよね。

むしろ、ここまで未来が実現できるんだよということを、私たちが伝えていかないといけないですし。「こういう方向性のことをしたいんだ」というお客さまの思いを、もっと遠くにお連れすることが、私たちのアイデンティティなのかなと思っています。

自ら限界を作ってしまうのは、日本全体を覆う“病”

司会者:特に日本企業は自分たちで限界を決めてしまっているところがあるのかな、というイメージがありますけど、AIを使うことによって限界がさらに向こうに広がっていくようなイメージですかね。

平野:そうですね。まず限界を自分たちで作ってしまうのは、企業に限らず、日本全体に蔓延している“病”みたいなものだと思います。私たち日本人の一人ひとりが、小学校・中学校・高校と、「将来こういうことがしたい」という話をすると、先生や親から「もう何を考えているんだ」「そういうことは実現できないんだ」と、言われたりすることがありますよね。

社会人になっていきなり、企業に入社して「自分で考えろ」と言われても難しいですよね。

司会者:そうですよね(笑)。

平野:これは本当に、企業に限らず日本の大きな課題だなと思っています。

人々にとって便利なものは自然と普及していく

司会者:日本の課題という点では、最近では政府の会議、新しい資本主義実現会議のメンバーもされていらっしゃいます。そしてプライベートでは子育てと、まさに1人で何役も担っていらっしゃって。

AIを含めたデジタルがあるからこそ、こうした自分の可能性を広げる生活スタイルが可能になっているんじゃないかなと思います。まさに平野さんはそれを体現されているようにも思うんですが。

AIを通じて未来を描いていくというお話がありましたけれども、AIと共存する未来に、平野さんはどんなイメージを持っていらっしゃいますか。

平野:まずAIと言うと、特にメディアなどでは、人の仕事を奪うと言われることがすごく多いんです。

司会者:けっこう映画のイメージでそういうものがあるんですよね(笑)。

平野:それも残念だなと思って。やっぱり、AIに失われる仕事もどうしても出てくるんですけれども、それによって新たに作られる仕事のほうが多いと言われているんですよね。

未来の働き方はAIと人の共存ですね。AIは人の仕事を奪うよりも、一緒に働くというかたちになっていくと思っています。ちなみに、なぜ(AIが)増えていくのかというと、AIの民主化が起きるんですね。

まず民主化について話をすると、例えば自動車は"民主化”したわけじゃないですか。150年前に自動車が発明されて、100年前にヘンリー・フォードが民主化したわけですけれども。百何十年前の車は、たぶん、変なもの好き、おもしろいものが好きなお金持ちが、今でいう何億円もの金額を出して買うものだったと。

司会者:一部の人しか手に入れられなかったですよね。

平野:でも、今の我々は車を持っている方もすごく多いですし、車を持っていなくてもタクシーやシェアライドを使う人も多くて。車は本当に、私たちの日常のうちの一部なわけですよね。まさに民主化されたと思っています。

これからは、AIによる“専門職の民主化”が起こる

平野:これが同じく専門職に起きると思っています。もちろん、専門職と言うとけっこうコストが高いものじゃないですか。例えば弁護士などは非常に高いわけですよね。だから今、弁護士の方に何か仕事をお願いしようと思うと、企業の大きなディールで使ったり、お金持ちが離婚する時のように、困った時にごく一部を使うというものですよね。

一方、ふだんの生活で、友だちに3万円を貸したのに戻ってこないとか、SNSの規約が変わって私の個人情報はどうなっちゃうんだろうと、ちょっと怖くなったとしても、弁護士の方に何かお願いするかというと絶対違うじゃないですか。すぐに何十万円もかかってしまうので、小さいことを扱うわけがないんですけれども。

でも、もしAIと人の共存によって、弁護士の方々の生産性がもっと上がったとすると、今度は弁護士の方にお願いするためのコストが下がるんですよね。そうすると、3万円貸したけど返ってこない時に、「弁護士の方にお願いするのは100円です」と言われたら、気軽に使うかもしれません。これがAIによる専門職の民主化だと思っています。

これが弁護士に限らず、ありとあらゆるところで起きると思っています。例えばもうすでに、がんの診療などは一部で起こり始めているんですけれども、このような民主化が起きるだろうなと考えています。

数十万人の仕事がなくなり、数百万人の仕事が新たに生まれる

司会者:だからこそ、新たに作られる仕事が増えてくるんだよということですよね。今お話をうかがって思ったのが、自動車が大衆化したことによってタクシーの運転手という仕事が生まれましたと。

そして、今の時代のデジタルと重なることによって、今度はUberというビジネスモデルが生まれてきた。どんどん変わりながらも仕事は増えていくのかなとお話をうかがっていて思ったんですが、どうですか。

平野:まさにおっしゃるとおり、どんどん変わっていくんですよ。エクセルの初期的なものとイメージしていただければいいかなと思うんですけれども、昔VisiCalcというソフトウェアができたんですね。

それによって、帳簿係の人たちは職を失ったんですよ。その人たちは、確か20万人とか30万人くらいの数だったと思うんですけれども。そのソフトウェアが生まれたことによって、今度は税理士や会計士といった職業が大量に生まれてきたんですね。これが当時、数百万人のレベルで生まれてきているので。

AIだとかデジタルによって、一部なくなっていく仕事はある。これはAIに限らず、テクノロジーがなにかしら進化していく時は、こういったことが起きているわけです。人力車を引く人はいなくなっているわけですけれども、新しい仕事が新たに出てくるだろうと考えています。

日本の半導体業界のチャンスは、IoTの領域にあり

司会者:さて、最後の質問になるんですが、SEMIは半導体フリーズを支えるサプライチェーン、製造装置と部品と材料の業界団体なんですね。装置部品材料の進化は、半導体チップの高性能化に大きく寄与してきました。

特に日本はこの分野に強い企業が多く、これからも重要な役割を担っていくことが期待されています。AIの性能向上は、半導体になくてはならないものだと思うんですが、業界向けに期待することやメッセージ、エールがあればお願いします。

平野:GPU(パソコン上に画像を表示させる処理機能)や、CPU(パソコン上の計算処理や制御を行う頭脳部分)は、これからものすごく発展していくだろうと思っています。

そういうところの規格化は重要だと思っているんですけれども、おそらくアメリカがすごく得意なところなんですよね。なので、日本がどうすればいいのかと言うと、IoT(モノのインターネット)などがチャンスになるだろうなと思っています。

もちろん、今後小さいデバイスがあらゆるところに入るようになるわけですよね。私たちAI企業としてはディープラーニングを使いたいわけですが、ディープラーニングはかなり計算コストが高かったり、けっこう処理が重いんですね。

なので、IoTでもディープラーニングを動かせたり。もしかしたらIoTがものすごく高精度になるのかもしれませんし、ディープラーニングがスモールに使えるかたちですね。

例えば、監視カメラに入っているディープラーニングは、本来であればクラウドにデータをアップロードしないといけないわけですけれども、かなりコストも時間もかかるわけです。

誰が不審人物なのか検出します、というAIがあった時に、監視カメラで見ながら検出できる。ディープラーニングが、なるべく軽量なかたちで載るデバイスを作れる。そういう半導体が出てくると、私たちAI企業はすごくうれしいですし、それが日本の半導体の勝ち筋ではないかなと思っています。

司会者:ここまでは平野未来さんにお話しいただきました。平野さん、どうもありがとうございました。

平野:どうもありがとうございました。