「働く × マーケティング」をテーマに、山口義宏氏が登壇

日比谷尚武氏(以下、日比谷):こんにちは、日比谷です。働き方の最前線、フロントランナーのビジョンということで、新しい分野を開拓したり、新しい働き方の実験や実践をしている方、もしくはそういった人たちを応援している多彩なゲストをお呼びして、働き方の変化や専門家の視点をうかがっていきたいと思っています。

今日は「働く × マーケティング」というテーマで、山口さんにゲストでお越しいただきました。「マーケティング業界の(働き方)」という話からはじまり、「マーケターのキャリア」や、そこから見えてくる、マーケターに限らず他のビジネスパーソンにも使えるノウハウ、気をつけるべき点などを抽出できるのではないかと思っています。

遅れましたが、進行を務める日比谷です。ご存知の方もいらっしゃると思いますけれども、Sansanの初期の広報やマーケティングの立ち上げをやらせていただいた後、Eightのエバンジェリストなどをしていました。

今は独立して、外部からEightやSansanのサポートをしながらパラレルワークの活動をして、その中で新しい働き方の啓発をする一般社団法人at Will Workを作って、経産省などと一緒にこの5年間、働き方に関するカンファレンスやセミナーをやっていました。

この5年間でいろんな働き方をしている人に会ってきたわけですが、「この人は」という人にお話を聞いていくのが、このコーナーの趣旨です。では、最初に山口さんより簡単に自己紹介をお願いしてよろしいでしょうか。

山口義宏氏(以下、山口):はい、よろしくお願いいたします。私は山口と申しますが、インサイトフォースという、ブランドとマーケティング領域のコンサルティング会社の代表をしています。今11期目で年齢では43歳なので、日比谷さんの1つ下になるんですかね。

日比谷:そうですね。

山口:なので、基本的に社会人になってからひたすらマーケティング領域のコンサルティングをやってきています。その手前は、友人たちとベンチャー企業をやってみて、うまく事業が立ち上がったり立ち上がらなかったり。そんな感じで働いてから、あっという間に20何年が経ってしまって。

振り返ると、計画はしていなかったんですけれど、結果的にブランドマーケ領域の戦略の仕事を20年くらいやっていて、「このマーケットは自分個人や会社にとっては戦いやすいし、仕事がしやすいな」と思っている43歳です。よろしくお願いします。

「なんか華やかな仕事」と思われがちなマーケ業界

日比谷:山口さんは、直近だとブランディングの本を出されたりもしているから、なんとなくBtoBマーケティングとか、ブランディングというイメージのほうが強いのかなと。

山口:そうですか。うちの会社のクライアント案件の構成比でいえば、BtoCとBtoBは半々ですね。昔はBtoCが10割だったのが、毎年BtoB比率があがってきていますね。あと、難しいのは「ブランド」ってすごく抽象度の高い言葉で、「ブランドコンサルティング」と検索していただくと出てくる会社の9割がCIメインなんですよね。

日比谷:ロゴとか社名とかを……。

山口:そうです、ブランドコンサルという業態名称だと、いわゆるブランドの名前とロゴのリニューアルを想起されやすいと言いますか。けれども、うちの場合はたぶんロゴとか名前をいじる案件は2割しかなくて。

「ブランドパーセプション」という言い方をしますが、「ブランドから、どういう価値認識を持たれたらマーケットで競争力が上がるのか」という内容を決め、「マーケティングの4P施策にどう落とし込んで実行するか」というコンサルティングのほうが主軸です。

日比谷:CIより後の工程もやるということですね。

山口:はい。ただ難しいのは広告代理店ではないので、広告やPRの実行受託を請け負うことはないんですけれども、その手前のストラテジー(戦略)として、ブランドパーセプションの設計と、注力すべき施策や投資の優先順位・資源配分を整理という領域になります。なので、丁寧に言えば、戦略コンサルティングの中で、ブランド・マーケティング領域を切り出して特化したようなドメインの会社の経営という感じです。

日比谷:ありがとうございます。なぜ今回「働き方」で山口さんを思い浮かべたかというと、個人的に仲良くさせていただいていることもあるんですが、少し前に『マーケティングと仕事と年収のリアル』という本を出されていて。これはどんな本でしたかね?

山口:本当にタイトルのままなんですけど、マーケティングは業界知識がない人からすると「なんか華やかな仕事」というイメージが多くて、乱暴に言うと、業界リテラシーの高くない人は、漠然と電通、博報堂くらいの年収と生活レベルのイメージを想像されていることも多いんです。実際はそこまでみんな年収高くはないんですけど。

かなり偏った断面ですが、センスの良さが大事な企画・アイディア職みたいな面を拡大しイメージされているところがありまして。でもイメージが良いおかげで、就職希望のランキングも高めだし、非常に応募が多い職種なんですよね。

日比谷:人気職種ということですかね。

山口:そうですね。うちくらいの認知がそこまで高くない会社ですら、ホームページで採用をクローズしていると書いていてもけっこうな数の応募が安定的に来るくらいで、相当需要が多い業種ですね。

転職相談を受けるうち、マーケ業界でのキャリア形成の注意点に気づく

山口:一方で期待を高くして、幅広く優秀な人たちがたくさん入ってくるんですが、以前、日比谷さんからもお知り合いの紹介があった気がしますが、いろんな方のキャリア相談を受けているうちに、意外にマーケティング業界はキャリアとして行き詰まりやすい危険性もはらんでいることにも気がついて。

日比谷:何人か紹介しましたね。

山口:はい。「この人はこういうことを考えているんだけど、どう思う? 何か転職のアドバイスをしてあげてよ」と言われて、日比谷さんのように、知り合いの知り合いを紹介されてと、数を重ねているうちに、たぶん累計100人くらいの相談に乗っていたんですよね。

日比谷:おお、キャリアアドバイザーだ。

山口:僕はエージェントではないので、「今この会社が募集しているよ」とか、「この会社の部長がイケている、イケていない」といった個別の会社の事情は知らないんですよ。日比谷さんのお知り合いだと僕は会ったことのなかった人なので、その人は何が得意か不得意かも分からないじゃないですか。

日比谷:確かに。

山口:なので僕が言えることは、極めて汎用的な考え方や判断基準の話で、それを100人くらいに繰り返し話しているうちに「俺が言っている話って8割一緒だな」と。

日比谷:なるほど。

山口:あと社内から、「お前は人の無償の転職相談に時間を使いすぎだ」と(笑)。「それをマネタイズするのか、時間を使わないで済む方法を考えろ」という話がありまして。

需要がそれだけあるなら、時間を使わないで済むように本を書いてしまおうと。僕はあまり社会貢献の欲求が高くないんですが、珍しく、「少しでも業界の人のキャリアの助けになったら、多少業界と社会貢献になるかな」と思って、マネタイズは考えずに真摯にアドバイスするつもりで書きました。

日比谷:このような本を書いていると「人材エージェントをやっているのかな」とか、「マーケティングのキャリア相談を仕事にしているのかな」と思われるかもしれませんが、ぜんぜんそういうのではないんですね。

山口:はい。「コンサルで忙しいので、個別の相談は対応できないのでDMを送らないでください」と、本の巻末にも書いています(笑)。将来、何か子会社か合弁会社くらいで人材紹介ビジネスを作る日がやってくるかもしれないし、その可能性は否定はしないんですけれども、コンサルティングが忙しくて放置してますね……。

日比谷:この配信を聞いても山口さんにいきなり相談せず、この本で詳細を見てくださいということですね。

山口:はい、僕ができるアドバイスはその本と一緒なので。ニーズがあったら「本を読んでおいてください、それ以上のことは言えません」とさばくようになっています。そのために書いた本なので相談対応が増えると本末転倒です(笑)

日比谷:仕組み化されているんですね。ありがとうございます。

マーケター需要が拡大する一方、スキル・質を備えた人材が不足

日比谷:いきなりこの話が本題に食い込んでいるんですけれども、今日は3つうかがいたくて。今の話の延長で、マーケターのキャリアの分布がどうなっているかとか、年収とか、どういう働き方をしているのかを僕も教えていただきたいのと。

2つ目は汎用化で、マーケター以外でも他のビジネスパーソンに構造的に応用できるところがあるのではないかなと思って。それが山口さんに見えているのか。

3つ目は個人的な話ですね。そんなに人のキャリアなどを分析して説明する山口さんは、自分のキャリアをどうしようとしているのか、というのを少し聞いてみたいです。まず、今のマーケターの需給バランスがどのようになっているかを教えてもらいたいです。

山口:統一された業界データがないので、はっきりとした定量的エビデンスを僕は持っていないんですけれども、有識者っぽい関係者に聞く限り、みなさんの見解がほとんど一致しているのは、需要は非常に増えていると。

「まずマーケターとは何か」という定義がすごく難しいですけれども、例えば事業会社でも、マーケティング部がない会社はいくらでもあるんですよね。

日比谷:ない会社は確かにありますね。

山口:普通に事業部だったり、商品企画部だったり、広告宣伝部だったり。仮にマーケティングの活動を4Pだと定義したら、プロダクト、プロモーション、プレイス、プライスと、ある種どこかに関わっていればマーケティングの仕事と言えなくもないと。

日比谷:全部やっていなくても、一部でもマーケティングという……。

山口:そうそう、何かしらね。極端な話、検索広告SEOとかでも1つのマーケティング施策ですよね。なのでマーケティングの定義は幅が難しいんですけど、「マーケティングができる人が欲しい」と言っている会社は間違いなく増えていて。

日比谷:確かに。

山口:需要と供給の関係で言うと、明確に需要がすごく増えている業界。でも、増えている需要に対して供給量も足りないし、求めているレベルの水準に達している人の質も足りていない。マーケティングで働く個人の視点でみたら、僕は成長市場なのかなと。

日比谷:マーケターのキャリアということですね。

山口:キャリアをつくる市場として見たら、成長市場だろうとは思います。

マーケティング領域に存在する8つの流派

山口:一方で、そもそも「マーケター」という言葉でくくっていても、できることが人によってすごくばらついているし、会社によって求めているマーケターを整理して理解する軸が2つあると僕は思っていて。1つめは、どこまで分かっているのか、できるのかという「担える業務範囲の問題」ですよね。

もう1つは「流派の問題」があると思っています。本では8つ流派を書いたんですが、簡単に言うとセンスやアイディアこそが大事という人もいれば、定量データ分析に基づいてゴリゴリPDCAをまわすことが大事な人もあれば、アカデミックな知識がベースにないとまともに仕事はできないと思っている流派もあります。

日比谷:ここのところね。

山口:例えばブランディングさえうまければ数字はついてくるという人もいれば、ダイレクトマーケティングをゴリゴリやっていて獲得コストとか見ていたりすると、ブランディング広告はクソだという人もいて、とにかくいろいろ流派があるわけですよ。

日比谷:確かにいるいる。アカデミック派とか、PDCAをとにかく回すとか、とにかくコンバージョンみたいな。

山口:そう。だから会社の採用視点からすると、その人に期待する業務範囲や思想アプローチのミスマッチもあるし、ナレッジを持っている・持っていないもあるし、僕は「見える化していない流派のミスマッチ」がすごくあると思っていて。流派が合うか合わないかというのはすごくあると思うんですよね。

日比谷:そのマーケターの定義は、マーケティング協会や厚労省が決めているわけではないんでしょうか。

山口:もちろん米国や日本のマーケティング協会には、マーケティングの定義はあります。ただ、包括的な定義だから抽象度は高くならざるをえない。マーケティングを勉強している人やリテラシーが高い人に「マーケティングとは何か」という協会の定義を言ったら、抽象概念のままわかってもらえます。

でも、「マーケティングがよく分からないからあなたを呼んでいる」という、マーケティングのリテラシーが低い人に「マーケティングって何ですか」と言われた時に、その定義を答えたら、「煙に巻いて、馬鹿にしているのか」と思う人がいてもおかしくないくらい抽象度が高いわけですよ。

日比谷:なるほどね。

山口:別にマーケティング協会の説明が悪いと言いたいわけではなくて、やはり相手側のリテラシーなり、業態に合った説明の翻訳までできないと、ものすごいミスマッチが起きがちですね。