「世界一おせっかいな産業医」を目指して活動する、上村氏

上村紀夫氏:はい。今日お話しさせていただくのは「停滞組織を救う組織戦略」について。10分ほどの「超高速バージョン」で軽く導入させていただきます(笑)。いつもは1時間半から2時間ぐらい話してる内容を10分でまとめるので、がんばってついてきてください。

本(『「辞める人・ぶら下がる人・潰れる人」さて、どうする?』)に詳しく説明してあるので、もし物足りなかったらそちらを見てください、といった「宣伝」というよりも「エクスキューズ」を含めてお話しさせていただきます。

まずは自己紹介をさせてください。2009年2月に設立したエリクシアという会社で、基本は産業医をやらせていただいてます。ただ、私自身が経営コンサルなどもやらせていただいてるので、さまざまな形態をとっている会社になります。今は20名の産業医が在籍するかたちで「世界一おせっかいな産業医」を目指して活動中です。

いろんなサービスを提供してるんですが、その中の「産業医業務」でいうと、弊社は自社直接雇用なので「うちでちゃんと育てて責任を持ちましょう」と。あとは、すごく難しい事案が人事のほうに多く寄せられると思うので、それを一緒に解決していくことをやっています。

なぜそんなことやってるか? についてお話します。10年から15年前のトラブル対応というと、意外と社内対応できる領域と専門家領域がしっかりと分かれていたんです。例えばメンタルヘルスの問題とか、安全配慮の拡大とか。

ほかには、従業員の労働法の知識がインターネットとかで入ってきているために「専門家」と「社内の対応領域」の間に隙間ができていて、この隙間に対しての対応が非常に難しくなってきてます。

以前は弁護士の先生に聞けばよかったんですけど、いまは「誰に聞いたらいいかわからない」ということが起こっていて。例えばコロナとかでも「体調が微妙な状態の出社をどうするか?」という話とか、そういったことがあったと思います。そのような隙間の部分をうちで埋めてます。ということで、さまざまな事例を持ってお話しをさせていただいてます。

増えつつある、組織活性・離職の相談依頼

今日のテーマの「組織活性」について。私自身もそうなんですけど、だいたい4万人くらいかな? そのくらいの数の、メンタル不調者や会社への不満を持ってる従業員の方の対応をさせていただいてるという、この「従業員の声」について。

あと、経営コンサルをさせていただいてるので、その中で組織課題の特定や解決について、経営や人事の方とお話しさせていただいてます(「経営・人事の声」)。

また、ストレスチェックや組織サーベイを使ったりして、コンサルティングを行ってますので「組織状態の数値化」というところ。弊社ではこれら3つを合わせてPDCAを回していて、だいたい毎年100社以上のコンサルをやらせていただいてます。

そういったことを形にしたのが、この本『「辞める人・ぶら下がる人・潰れる人」さて、どうする?』です。

今日お話させていただく1つ目は「マイナス感情」の話。2つ目は「組織活性」について。「荒野化」とか「ぶら下がり」の話をさせていただきます。そして、コロナが与える組織への影響というところでは「働きやすさの偏重」がキーワードになりますので、そちらのお話。あとは「ウィズコロナとアフターコロナ」。これからも、特に人事の方には関係すると思うので、このあたりの話です。

「従業員が求めるレベル」と「会社が提供できるレベル」の乖離

ではまず「マイナス感情」の話です。「社員の気持ちが離れてしまう要因」について、会社と従業員の間にこんなことありませんか? ということで「従業員のために残業時間を削減したのに不平不満が出た」とか「フレックス制度を始めたら社員のやる気が下がった」とか「給与水準を上げたら逆に士気が下がった」とか。あと「マネージャーに昇格させたら離職してしまった」とか。

こういった「よかれと思ってやったことがマイナスになる」こと。従業員のためにやったのに「余計なことしないでほしい」と。ここに溝があります。この溝で生まれる感情は何か? というところで、マイナス感情のお話をさせていただきます。

このマイナス感情はなぜ発生するか? というと「従業員が求めるレベル」と「会社が提供できるレベル」に乖離が発生する。この乖離からマイナス感情が発生すると考えてます。

でも、Aさんにとってはマイナスの話でも、Bさんにとってはプラスになることもある。よって「人によって感じ方が違う」というのが、この感情の難しいところです。

じゃあ、なんでこんなことが起こるか? というと、価値観とか性格、キャリアなどによって感じ方が変わってくる。つまり、人それぞれが働く中で求めるものが異なってます。

私はこれを「労働価値」と呼んでるんですけど、労働価値の違いが人事戦略においてけっこう難しく、対策が難しくなってる。個別に労働価値が違うので、全員の気持ちを満たすのが難しいということですね。

マイナス感情の蓄積先「心身コンディション・働きやすさ・働きがい」

数々の経験からいろんなマイナス感情が発生するんですけど、私は大きく分けて3つのカテゴリに分かれると考えていて、それらを「個人活性」と呼んでいます。どういったものかといいますと「心身コンディション」「働きやすさ」「働きがい」。この3つに分かれるだろうと考えています。

細かく分けると(スライドを指して)こんな感じ。例えば「心身コンディション」でいうと、メンタルの話とか疲労の話。もちろん病気の話あります。「働きやすさ」も、ワークライフバランスとか、給与の話とか人間関係、業務量などがありますね。「働きがい」は、今は居場所感とかつながりよりも、どちらかというと成長みたいな要素が強くなってますが、そういったものが「働きがい」。

この3つが、それぞれのマイナス感情の蓄積先です。これが関係性としましては、(下から)「心身コンディション」「働きやすさ」「働きがい」。このようなピラミッドになってると私は考えています。

つまり「心身コンディション」が悪いと、上のほうは当然崩れます。ただ、このピラミッドがややこしいのは、上の2つが悪くてもコンディションに影響します。例えば「『働きやすさ』が悪いと体を壊す」とか「『働きがい』が得られなくなるとだんだん働きにくくなってくる」といったことも含めて。

そういったことでいうと、意外と“ピラミッド”というよりも“ピサの斜塔”みたいなバランスの悪い状態になっていますので、ちょっとしたことでもこの三角形は崩れてきますよ、という話になります。

一例として、業務量が多かった場合はどうなるのか? たいてい「働きやすさ」と「心身コンディション」のほうにマイナスが起こってくるので、疲労の蓄積と働きづらさが出てくる。時間が経ってくると「心身コンディション」はさらに悪化してきて、さらに「働きがい」も失われていくということで、波状効果がけっこうあります。

その結果、体調不良やメンタルダウンも起こりますが、それ以外に精神的余裕のなさからくるピリピリ感。あとは離職などが起こってくる、というメカニズムですね。

あとは、リモートになってから増えているマイクロマネジメントなんかもそうなんですが、これも「働きやすさ」を一瞬上げるケースもあります。ですが、やりづらくて圧迫を感じる方も出てきます。

こういった方が増えてきて「働きやすさ」から「働きがい」が失われていくと、やる気の低下、離職が起こりますし「ハラスメントを受けてる」なんて表現をされる方も出てきます。あとは、人間関係が感情的なレベルで悪化して働きづらさが増してくると、ハラスメント騒動になったりとか。そういった「働きがい」の低下が離職を招く。それだけではなくて、メンタルダウンを引き起こすこともあります。

ということで、1つ目としては「マイナス感情は『心身コンディション』『働きやすさ』『働きがい』に分かれて蓄積します」ということでした。

「パラダイス・荒野・ぶら下がり・ステップ」の4象限

どんどんいきますね。2つ目は「組織活性」について考えます。基本的に、個人の集合体が組織です。しかし組織活性を測るのはかなり難しい。そこで、その1つの見方として私が使ってるのが「定着スコア」と「従業員満足度」の2軸で分析をしたものです。

(スライドを指して)まずは右上。従業員が満足して、さらに定着している「パラダイス」。一方で左下。満足しなくてどんどん抜けちゃってる「荒野」。さらに右下のように、意外と従業員満足度が低くても「ぶら下がっちゃってる」ケースや、左上の従業員満足度が高くても離職してしまう「ステップ」と呼ばれるケース。この4つの象限があるだろうと考えてます。

これを意識していただくと、いろんなものが見えてきます。まず「働きがい」を過度に追求してる会社。例えば「やりがい搾取」なんていわれる会社さんがどうなってるか? といいますと。先ほどのピラミッドでいうと「働きがい」が大きくなることで、一時的に面積としては組織活性が上がります。

ですが、この働きがいが過度に大きなものになることで下の「働きやすさ」とか「心身コンディション」のほうに悪影響出てきます。その結果として「働きやすさ」がどんどん下がって落ち込んでくると、結果としては全体が縮小する。小っちゃくなっていって、最終的に組織活性が大幅に下がることになります。これが、やりがい搾取系組織の組織活性の痛み方の典型ですね。

一方で「働きやすさ」を過度に追求する会社さんも、また違ったプロセスで組織活性が落ちます。「働きやすさ」が上がると、一瞬ですが組織活性は上がります。ですがだいたいの場合として「意欲を持って働く方」と「ぶら下がっちゃう傾向の方」がはっきりと分かれるので、そこで優秀な人材にとって居心地の悪い感じになってきます。

そして「働きがい」が下がってくる。最終的には「『心身コンディション』はバッチリだけど『働きがい』と『働きやすさ』が下がってくる」ことで「ぶら下がり化」が起こる。いわゆる「ぬるま湯系の組織」になってくる。コロナになってくるとこれが若干増えてくるので、注意が必要になってきます。

組織活性が失われるとどうなっていくか? というと、多くの会社さんはもともと「パラダイス」か「ステップ」にいます。ですがマイナス感情が溜まってくることによって「荒野化」します。

「荒野化」した時に何が起こるか? といいますと、優秀人材の離脱です。優秀人材が離脱した後に「ぶら下がり化」が起こって、ここで「ぶら下がり人材の蓄積」が起こるというのが、だいたい組織活性が失われていくプロセスですね。ですので「荒野化」が最終形ではなく、「ぶら下がり」が最終形と思っていただいたらいいかと思います。

では「ぶら下がり化」をどう改善するか? 「満足度を上げればいいじゃない」と思うんですけど、簡単には上がりません。ですのでたいていの場合として「ぶら下がり化」してる場合には、いったん「荒野化」させる。「ぶら下がり」しづらい環境を作ります。

その後に「ステップ」。これはもうマイナス感情を減らすしかないですが「ステップ化」していく。さらに「ステップ化」させた後に「パラダイス」に戻すかどうかは、会社次第。これは「良し悪しあるので検討しましょう」とすることが多いですね。

ということで2つ目。組織活性が低下すると「荒野化」が起き、最終的に「ぶら下がり人材」の蓄積が起こることになります。

「働きやすさ」を重視しすぎると、「ぶら下がり」が生まれる

続いてコロナの話します。コロナ前の数年のトレンドはどうだったか? といいますと「働き方改革」と「モチベーション」「エンゲージメント」。このあたりの言葉で、いわゆる「働きやすさ」と「働きがい」をサポートしていきましょうという流れで、健全な取り組みが行われていました。ですので組織的に強い会社さんは、このへんがしっかりとされていたことが多いですね。

ですがコロナによって「心身コンディション」がかなりの影響を受けました。コロナにかかった・かかってない関係なく、不安とかそういったものが増えた。その結果どうなったか? といいますと「働きやすさ」の重要視度が上がっています。みなさんが「働きがい」よりも「働きやすさ」を重視するようになってきちゃったからです。

そのあたりでいうと、今のトレンドとしては「働きやすさの重視」という従業員の気持ちに対して、働き方改革が加速しています。ですが、その中で気をつけなきゃいけないのは、先ほど「ぬるま湯」の時にもお話ししましたが、「働きやすさ」が過度に行きすぎると「ぶら下がり」が生まれたり、個人主義化が発生したりします。そのため今後、会社として組織活性が失われてくる危険性もあります。

では、モチベーション、エンゲージメントのほうにみなさんが行けるかどうか。ここはけっこう難しいとこなので、アフターコロナのテーマになってくると考えています。

「積極的離職」と「消極的離職」の間にある、「消極的定着」

(スライドを指して)この三角形のうちのどの部分が失われたら、どんな離職が起こるか? を示したものです。例えば「働きがい」が失われてくると「積極的離職」。「新しい環境を求めましょう」という動きになります。

「働きやすさ」が失われてくると、今度は「消極的離職」。「今の環境から抜けたい」ということが起こります。「心身コンディション」が崩れると「メンタルダウン」とか「離脱」が起こります。

ただ、もう1個問題なのは「積極的離職」と「消極的離職」の間に「消極的定着」ということが起こります。「消極的離職」するほど「働きやすさ」は崩れてないけれども、やる気はない。というとこで、いわゆる「ぶら下がり」的な定着が起こりやすい。

今後「働きやすさ」が過度に行きすぎると、「働きがい」が失われて「働きやすさ」は満たされる状態になりますので「消極的定着」が起こりやすい環境になるというのが懸念されていることです。

ということで3つ目としましては「コロナが与える一番の影響は『働きやすさ』への偏重が起こってる」ということで、これを今後、検討していくことが必要になってきます。

リモート勤務から出社スタイルへの切り替え時期は、要注意

では、4つ目の話です。今は「組織をどうしたいか」について考える、本当にいいチャンスだと思ってます。

例えばですけど「心身コンディション」のケアは絶対的に必要なんですが、加えて「心身コンディション」の見える化とかストレスケアの強化も絶対に必要です。これは弊社でも、新しい取り組みとしていろいろやってますので、どの会社さんもいろいろと取り組まれてるんじゃないかなと思います。

2つ目。「働きやすさ」に対して、特にリモート対応しつつ、過度に「働きやすさ」を追求しちゃうと「ぶら下がり」が生まれます。このへんの危険性はちょっと出てるかなという状態が、多くの会社さんで見られています。

あとは、リモート勤務から出社スタイルに切り替えの時に、いろんな変化が入ります。「メンタル不調者の復職のプロセスと近いぐらいのケアが必要になるんじゃないか」と言う人もいます。ですので、ここから1、2ヶ月は不調者が出やすい時期になると思いますので、みなさんの会社でも気をつけていただければと思います。

3つ目は「働きがい」ですね。意外と年代……特に40代以上と30代より下での「働きがい」に時代的乖離があるなというのは、いろんな会社さんを見ていて思います。

あとは「自社ですべてのキャリア形成が完結するパターン」は、なかなか今の時代では難しくなってるので。転職に対しての考え方を変えないとキツいかもしれません。

さらに、会社ビジョンとか帰属意識でつなぐのが、ちょっと至難の業になってきてるので……もちろん取り組むことは絶対に必要なんですが、これだけで引っ張るのはなかなか難しいかもしれません。ですので、いろんなことを考えるチャンスかなと思ってます。

ウィズコロナとアフターコロナの分岐点。ウィズは「いったん耐える」。まだ将来的な組織像を決定するのは早いです。価値観が完全に固まった、いわゆるパラダイムシフトが起こってるかどうかは、もう少し時間を見極めたほうがいいです。

具体的に言うと、10、11月ぐらいは、みなさんが本当に変わったかどうかをまだ見たほうがいいです。出社に対しての考え方は、まだわからないです。

失敗する会社に多い「無関心」と「想像力の欠如」

アフターに関しては、もう間違いなく「働きやすさ」と「働きがい」のバランスをとることが必須ということ。もう1つは「出口戦略」のイメージが必要だと思ってます。どういったかたちで離職していくのがベストなのか? と。「離職なし」という戦略じゃなくて「離職をする時のイメージをしていく」ということで、逆算で人事戦略を組んだほうがいいだろうなと考えてます。

これからの時代、人事の方は特にそうなんですけど、アフターコロナは組織の連結が本当に多様になると思うので、戦略的アプローチがかなり有効になります。会社の「強い」「弱い」がけっこうはっきりしますので、かなり人事の方にはやりがいがありそうだなと。「働きがい」として、やりがい出てくるんじゃないかなと思います。

ということで、ウィズコロナとアフターコロナは別物なので、一気に一緒に考えないようにしましょう。というのが4つ目。

最後に言いたいのは、だいたい失敗する会社さんは「無関心」とか「想像力の欠如」という心の部分の問題が多いんです。このへん、人事の方は大丈夫だと思うんですけど、経営者の方々にこれあるとキツいです。このあたりをどうやって解消していくか? を検討していくことが、大事になってくるかなと思います。

詳しくは(スライドを指して)このあたりの本に書いてあるので、ぜひ参考にしていただければと思います。以上です。