今の組織には「キリン的変容」が求められている

若杉忠弘氏(以下、若杉):ちょっと議論させていただきたいなと思っているのは、まさにキリンの(首が伸びた)問題と組織の問題って近いところがあって。

キリンはある意味では「生き残った」ということですよね。血圧の問題も解消し、骨を伸ばすことも解消し、骨の強度も解消し、生命体の中のあらゆるシステムをいろんな部品を同時複合的に変えていったと。

組織の文脈で考えると、今ってキリン的変容がまさに求められている。例えば、デジタル化に対応した組織を作るとなると、マーケティング部だけを変えるとか、人事部だけを変えるという、ある1つのサブシステムを変えるだけではまったくうまくいかなくなっている。

会社全体を変えていかなきゃいけないという問題は、まさに全部のシステムを変えてキリン(の首が)長くなっていったことと、非常に対応関係があるなと勝手に思っています。

多くの企業、もしくは多くのチームが本当に悩んでいるのは、1つのサブシステムだったら変えられるんだけれども、骨も伸ばし、血圧耐性も取り、そして骨の強度も伸ばしたという、複合的にやっていくのが本当に悩ましいなと思っていて。

経営や組織が直面している問題と、今は生物学が直面している問題がまったく分野が違うんだけれども、なんか似てるなっていうことを感じていたところです。そのへんに関して、帯刀先生が思われるところや、「実は生物ではこんなふうにパラダイムが進むんじゃないか」とか、何か思われることがあったら、ぜひ教えていただきたいなと思いました。

私たちの体の中に備わっている、環境への「適応能力」

帯刀益夫氏(以下、帯刀):おもしろいポイントだと思います。ちょっと余分なことをお話ししてしまったので、もうちょっと言おうとしたことがあったんですが。それは、キリンの首が伸びた選択圧(突然変異を選択して、一定の方向に進化させる現象)ですね。どうしてキリンが首を伸ばさなければならなかったかは、実はわからないんですね。

(ジャン=バティスト・)ラマルクが言ったのはとってつけたような話で、彼は単に比喩的な説明として言っただけで、キリンがその通りだったかどうかは考えていなかったかもしれません。

選択圧を考えてみた時に、自然選択は最後の解釈であって、実は「よくわかんない」と思いました。実際に選択圧が働くのは、極限の状態だったらいいんじゃないかと考えて、そういう論文を探しました。

1つは低酸素。高地での適応ですね。チベットやアンデスにいた人たちがどうなっているのかということです。オリンピックは終わったところですが、マラソン選手は高地トレーニングをしますよね。高地トレーニングは何のために行くかというと、マラソン選手は持久力をするために血液・酸素をたくさん使うので、そういう適応を必要とします。

実は酸素適応は、この前ノーベル賞をもらった人たちがいますが、低酸素になるとそれに反応するセンサーがあって、それによって必要な遺伝子を誘導して適応することがあります。マラソン選手は高地に行ってトレーニングをするとセンサーの感度が上がって、低酸素に対する反応ができます。

どういうことが起きるかというと、エリスロポエチンという増殖因子が出てきて、赤血球を増やす反応をします。そうやって赤血球をたくさん溜め込んだ状態で平地に戻ってきてマラソンに参加すると、うまく適応できるということです。

エリスロポエチンも打てばいいんですが、それはドーピングになりますので禁止されてるわけですね。現在の我々の体の中に、ある程度の範囲で適応できる能力をすでに持っているということです。

適応の仕方は決して1つではなく、さまざまな回路がある

帯刀:じゃあ、チベットに行った人たちがどういう変化をしたかというと、実は「マラソンマン」をたくさん作る進化はしませんでした。逆の進化をしたんです。

酸素に適応して血液をたくさん作らないように反応しました。それはどういうことかというと、妊婦は胎児に血流をたくさん送るために、ある種高血圧の状態になります。「妊娠中毒症」と昔言われていたのは、現在は妊娠の時に高血圧になることが原因だと考えられています。血栓ができたり、いろんなことが起きます。

チベットに行った人たちが生き残るためには、子孫を増やすためにはちゃんと妊娠ができる必要であって、高地に行けば妊娠高血圧症がひどくなるわけですよね。それを抑制するかたちになっている。つまり真逆の対応をしたわけです。

おもしろいことに、そうするためにセンサーの部分を弱くするのもありますし、妊娠のプロセスを守るような、まったく別の遺伝子が変化する対応をとった場合もあります。

それからこれは人間に限らず、高地に連れていった犬も、高地にいた狼の遺伝子を受け入れることによって適応するようになったんです。それから人間の場合も、実はこれはチベットにというか、高地に先に行ったデニソワ人の遺伝子を受け継いでいることがわかりました。つまり適応の仕方は決して1つではなくて、いろんな回路があるんじゃないかと思います。

駒野宏人氏(以下、駒野):いろんな適応システムがあるんですよね。それを聞いて若杉さん、どう思いますか? 

若杉:僕は組織の経営の立場でいうと、諦めたほうがいいんじゃないかなと思います(笑)。コントロールしたい、という欲求がすごく強いですよね。「組織として生き残らなきゃいけない」とか、「こうしなきゃいけない」みたいなのがすごくあるんだけれども。

今までみたいに、なんでキリンが生き残ったか、そのプロセスを解き明かす思考形態を少し諦めたほうがいいんじゃないかなという(笑)。そんな感じもしてきました。

新しい遺伝子が多様性を確保し、生き物は高度に進化していく

帯刀:もう1つ例としてお話ししたいのは、先ほど紹介してもらった『利己的細胞』という本に書いてあることなんですけれども。30何億年前に、最初に地球上で始原細胞ができますね。それから、それがバクテリアのようなものだと考えればいいと思うんですけれども。

始原細胞ができてから、その後バクテリアが進化している過程で、遺伝子のレベルでどんなことが起こったかを集団的に遺伝子の変化を見ていくことがあります。

どんなことが起きたかを簡単に言いますと、最初はある種の生存の基本になるような遺伝子ができたかたちで細胞の形態をとり、生き物としてスタートをします。それからしばらくは、どんどん新しい遺伝子を作り出していく。そうして多様性を確保して、ある程度高度化して、生き物として始原の状態から進化していきます。

それがある一定程度経過しますと、その間に突然変異も増加します。さらに、途中から遺伝子の交換をするようになります。つまり細胞が増えていきますと、いろんな種類の細胞の集団があって、別のものがまた別の遺伝子を変異する。そういうことをやって、細菌では接合して遺伝子を交換することができます。

人間で言えば結婚するのと同じようなことをやって、遺伝子の入れ替えをやっていきます。ある程度完成してくると、遺伝子の入れ替えでいいものが生き残ることが1つ。それがある程度起きて、途中から次に加わったことは遺伝子の二重化。1本あったものを2本にします。

2つの遺伝子ができると、1つの遺伝子を担保にして、もう1つの遺伝子がミューテーション(突然変異)を起こすことができます。それはより有効になると、今度はそれを担保にした状態でもう1つの遺伝子を変化させるという、相乗効果を発揮します。それがどんどん進んでくる状態で、今度は遺伝子の変異の内容が変わってきます。

「通常の業務」と「変なこと」を並走させると、組織は進化

帯刀:最初は構造遺伝子、つまり蛋白の性質を変えるような変異が起きてきたんですが、その後はそれの調節遺伝子ですね。つまり、ある遺伝子の産物をどれくらい作るか、いつ作るかという制御系の変異が多くなります。それが細菌で起きてきた進化です。

例えば、会社を作って非常にプリミティブ(原始的)な状態からスタートして、だんだんやっていく過程で、人を入れ替えてより優秀な人を集めていって、それからもう少し回り出すと、1つの部署に2つのシステムを導入する。

片方は生き延びるために、ちゃんと通常の業務を果たしてもらう。もう一方は「勝手に改変してください」と、変なことをやらせてみると、それによって進歩する。そうしたら、もう前のものは役に立ちませんよね。また今度は「そちらは自分で勝手にやってみなさい」と、2つを走らせながら進歩させる。

それがさらに進むと、今度はどういう配置で、どういうかたちで変えていったら、より効率的になるか。つまり会社の制御系を発展させる。そういうかたちになってきたのが、細胞進化のバクテリアの進化の過程で、わりとはっきり読み取れるんじゃないかというのがありますね。

若杉:なるほど。今の遺伝子の変異のタイプと組織の進化の仕方の比較って、非常におもしろいなと思って聞いていました。「組織を変える」という進化させるには、そもそもいろんな手があるということですよね。

あの手この手で、遺伝子もありとあらゆることをいろいろ試してきた。じゃあ。組織・企業の場合は? というふうに考えると、もしかしたらまだまだやれることがあるのかもしれないですね。

帯刀:それからもう1つ、今言ったことと同時にミューテーションが勝手に進んでるわけです。

若杉:ミューテーションとは、わかりやすく言うとどういうことなんですか? 

帯刀:「同じ集団の中で、個人の能力がだんだん変わっていくこと」という考え方があるんじゃないでしょうか。

遺伝子には「記憶力」や「思考力」はあるのか?

皆川恵美氏(以下、皆川):ご質問いただいたところをわかっていると、その後みなさんもご理解が進むかなと思います。「遺伝子には脳のように記憶したり、思考をしたりする能力があるのでしょうか?」というご質問をいただいてました。

遺伝子自体はくっついたり進化したりするようなものなのか、そもそも遺伝子には何か特性があって、遺伝子自体をどう捉えておいたらいいのか? というご質問かなと思うんですけれども。

帯刀:遺伝子は、基本的にはタンパク質を作る「構造遺伝子」と呼ばれるものですね。人間というか、高等生物の場合には、だいたい2万個ぐらいのタンパク質で我々は生きているわけですが、2万個のタンパク質を作る情報を持っているものが構造遺伝子と呼ばれるものです。

遺伝子は制御系が入っています。つまり、いつ・どれくらい・どこにその産物を作ったらいいかが、制御するように遺伝子の中に書き込まれています。転写して読み取る時にどれくらい読むかを、遺伝子と対応して機能するタンパク質がありますね。それが全体としてシステムを動かしているということになると思います。質問と合ってるかどうかわかりませんが。

駒野:いいんじゃないですかね。遺伝子が記憶するというのは、遺伝情報がずっと伝わってるということ。ただ、時々で変化することはありますよということですね。

今、帯刀先生が言われたように、遺伝子は私たちの体を作っているものをコードするものと量的な調節、あるいは時間的な調節をする遺伝子もあるということでよろしいですかね。

皆川:お答えになっているかと思います。遺伝子自体が「動く気候」みたいなイメージで捉えたほうがいいですよね。

駒野:「動く」というのは? 

皆川:環境によって量が変化したりだとか。

駒野:実はそういうことがあるんですけどね。そのへんもまた話が出てくるのかな? ちょっとそれは置いておいて。

生存戦略において「多様性」は重要事項

皆川:「組織のデジタル化はミューテーションの1つでしょうか?」というところも、ご質問でいただいていますが。

若杉:先ほどのミューテーションの話ですね。この問いかけ、おもしろいですね。

駒野:帯刀先生、いかがでしょうか。これは難しいかもしれない。

若杉:先ほどのミューテーションの説明をしていただくと、想像が広がりそうだなと思いましたね。

帯刀:ミューテーションというのは、実際には遺伝子のDNAですが、DNAはATGCという4つの塩基と呼ばれる化合物でできているわけですね。ミューテーションは、実際には化合物に化学的変化が起こって、AがTに変わってしまうとか、そういうふうに化合物として科学的に変化します。

ですから、1回変化すると修復される場合もありますが、それは次世代に伝わることになります。ミューテーションとはそういうことです。いろんな自然からの放射線であったり、いろんな環境から得られるものによって、遺伝子の化合物自体が変化すると。それは一定の頻度で起こるわけです。

若杉:一定の頻度で、ランダムにありとあらゆる方向性でミューテーションが起きるという。

帯刀:ランダムで、基本的に方向性はまったくなくて。ただ、それは「点突然変異」といいまして、遺伝子の塩基が1個変わってしまうことがあるんですが。その他に、特に人で起きてるものは、もう少し染色体レベルで切ってつながったりとか、染色体の不安定性が変異の大きな理由になっている場合があります。

ですから、染色遺伝子の変異もいろんなかたちのものがある、ということではあります。でもそれは基本的にランダムです。

駒野:組織の中でも、時々組織の意向とは違うような行動をする人が、必ず集団の中にはいます。

若杉:いますよね。でも今はそれ、叩きますよね。

駒野:それは、遺伝子で言うと「修復してしまう」ということですね。だけどそうじゃなくて、先ほど言ったように、今までの機能を保存したまま遺伝子の数を増やして、1つが担保されていると、ミューテーションで遺伝子が変わっても、それが役に立つものがあったらまた違う道ができる。

若杉:なるほど。

駒野:それが本当に例えになっているかはわからないけど、集団で言うと「多様性を大事にしなさい」ということでもありますよね。帯刀先生いかがでしょうかね?

帯刀:多様性というのは、本当に生存戦略として必須です。

駒野:生存戦略ですよね。

帯刀:非常に重要なことですね。