CLOSE

「キリンの首はなぜ長いのか」から学ぶ個人・組織の変容について (全4記事)

「偶然」と「環境適応」の繰り返しで、キリンの首は長くなった 現代の経営学にも通ずる、生物のパラダイムシフト

新型コロナウイルスによるパンデミック、デジタル技術の進歩など、私たちの住む社会は大きな過渡期を迎えています。この大きな変化に対応するため、個人・組織も急激な変容が余儀なくされていますが、慣れた様式からの大きなシフトは、私たちにとって多くの抵抗・困難が伴います。そこで、細胞生物学・分子生物学者で、進化にも造詣の深い帯刀益夫氏から、人間が変容を起こすためのヒントを得ていきます。本記事では、現代社会の経営・組織論にも通ずる、生物のパラダイム変化について語りました。

人類の祖先の化石からDNAを採取し、遺伝子の実態が明らかに

帯刀益夫氏(以下、帯刀):実際に、我々人類の進化の過程でもいろんな突然変異が起きて。それが現代の生存している人の中に残っている遺伝子として、累積されてきたかたちで存在していることが、よりはっきりしてきて。ダーウィンの進化学説は実際に起きているんだということが、遺伝子の比較から非常にはっきりしてきました。

例えば、人と一番近い動物はチンパンジーですが、チンパンジーと人の間でどんな遺伝子がどんなふうに変わって、それが今の人間とチンパンジーをどんなふうに現実的に違っているかを明らかにすることができています。

さらに最近は、ネアンデルタール人や新たに発見されたデニソワ人という古代人、われわれの親戚である化石として残っていた中からDNAを探し出して、それをPCR法で増幅して遺伝子のゲノム全体を明らかにすることができて。ネアンデルタール人と現代人のどこがどう違って現代の姿になったかが、チンパンジーと比較するよりもはっきりしてきました。

そういうことは私の本でも部分的に書いてありますが、われわれの現在ある姿は、遺伝子のレベルで裏付けがかなりはっきりしてきているのが現状です。

さて、キリン(の進化について)ですが、今の現代生物学は、昔と違ってモデル動物を非常によく使っていますね。マウスやラット、場合によっては霊長類を使うこともありますし、植物もシロイヌナズナなんか、特別なものをよく使っていますし。

ということで、モデル生物の研究は非常にたくさんあるんですが、キリンはそれほど研究の対象にはなっていないわけです。

私は今、本を書いたりしている時に、いわゆる単行本をあんまり読まない。というのは理由があるんですが、昔と違って情報を得るのに科学論文をインターネットで読めます。私は今、長野県にいるんですが、大学とかにまったく行かなくても最新の論文、あるいは古い論文も読むことができます。

自分が欲しい実験結果が、過去の論文の中に潜んでいることも

帯刀:昔、注目した人でミシェル・フーコーというフランスの哲学者・思想家がいますが、彼が1970年代に『知の考古学』という本を書いています。

難解で私はよくわからなくて、ほかの人のまとめを見てみますと、いろんな思想や歴史とかが断片的な事実や過去の事実に基づいて、ある方向にまとめられて現代まで来たと。大事なことは、非常にたくさんあるいろんな「断片的な事実」であって、それをもう一度見直すことが必要ではないかと言っています。

これは考古学で考えますと、人類学でいえばいろんなアフリカの化石を見て、それによって人類の歴史がどんなふうに変わってきたかをだんだんまとめてきたわけですが、その途中で新しい化石が見つかると、ちょっとストーリーが変わってくるということがずっと重ねられてきたわけですね。

最近になると、化石のゲノム解析ができるようになるともっと新しい事実が出てきてくるというふうに、事実そのものが増えてくると物語が変わってくることがあります。

ちょっと考えてみると、科学論文はいろんな人がいろんなかたちで発見した事実を論文としてまとめています。実際に研究をしている場合には、自分の専門周辺を必死に見ながら新しい方向を探していこうとしています。それから離れてみると、玉石混合かもしれませんが、あらゆる分野の生物に限ってもいろんな側面からいろんな論文が集積されています。

(ミシェル・)フーコーの言い方で考えれば、論文に書いてあるいろんなことは事実であって、それは現代の考え方には合ってるものもないものもありますが、そういうものをもう一度探りだして。

ビッグクエスチョンでもスモールクエスチョンでもいいんですが、自分が疑問に思ったことが裏付けをもってどれぐらい明らかであるかは、自分でこれから実験をして探さなくても、部分的に、あるいはかなりの部分が過去の実験やいろんな科学論文の中にあるのではないのかという考えもあります。

長い首を持つキリンは、高血圧耐性に優れている

帯刀:そういうことを、私はしてみたいと思っていて。自分の考えで疑問が出たことや、「今まで言ってることと違うんじゃないか?」ということに探りを入れて、いろんなキーワードを探しながら、合うような論文を探してみます。どこかが抜けていたり、いろんなことがあるということが逆に見えてきておもしろいんです。

ちょっと前置きが長くなってしまいましたが。キリンの論文は、例えば私が見ているのは「PubMed」という医学生物学系の論文が集積された検索システムがあります。

その中で「Giraffe(キリン)」というキーワードで論文を探してみると、500~600はあるわけですね。それに首ですね。「Neck」だとか、あるいは遺伝子「Gene」だったりということを探し当ててみて、その中でストーリーがどうなっているかを見ています。

キリンの首が長いとどんなことが起こるかを私はあまり考えなかったんですが、1つおもしろいことがわかったんです。実はキリンの首が伸びるとどんなことが起きるかというと、一番栄養素を必要としている脳には血液をたくさん送らなければなりません。

キリンの首は2メートルぐらいですから、人間の血圧からすると膨大な圧力をかけて頭に血を上らせなければいけません。そうすると首が伸びた時に、心臓がある程度強くて、血流を上げる必要があります。しかし血流を上げると、高血圧になり血管が破裂するかもしれない。そうすると、血管を強くしなきゃいけないという問題が出てきます。

実際にキリンの論文の生理学的な部分を見ると、キリンの生理学的には非常に高血圧耐性で、血管や心臓、あるいは腎臓ですとか、関係するものが強化されているということが事実としてわかっています。

論文の中には、キリンの血圧の生理学を調べたところ、人間の高血圧の治療に役立つというようなことが書いてあるのもあります。実際私も高血圧の薬を飲んでるんですが。それから大学を辞めてから、近くの長野市にある医療系の大学に頼まれて、最近は生化学と薬学の勉強をしました。

キリンの首は徐々に伸びていたことが判明

帯刀:みなさんご存知かと思いますが、高血圧は一日のうちで非常に変化したりもしますし、状況によってはストレスが高い時には血圧が上がったりします。しかしどこが原因で血圧が上がったかというと、実はよくわからない。薬理学というか、お医者さんが治療をする時は降圧剤を使って、とにかく血圧を下げるようにすればいいんだという治療法です。

どんな薬が実際にあるかというと、心臓の力を抑える側に働く、あるいは血管を弛緩してできるだけ血が流れやすく、それから血液量全体を少なくするように腎臓で水分量をコントロールすることをやっている。そういう3つのポイントが、実際の薬として開発されています。

細かくはいろいろターゲットがあるんですが、大まかに言うとそういうことです。どれを使ってもいいんですが、血圧が下がればいいということです。私も時として薬を変えたりするんですが、そういう治療法で。これはまさに、キリンのことと同じなんですね。

それで、どうして首が長くなったかということなんですが、それはよくわかりません。数年前にキリンのゲノムを解析した人の論文が出ました。キリンの首はどうして伸びたかということは、化石を調べると、中間体があると考えられています。つまり、「だんだん伸びた」と考えていいような説があります。

「見たことないシマウマがいる」オカピ発見時のエピソード

帯刀:現在生きている生き物でキリンに一番近い動物は何かというと、オカピという動物です。これはシマウマみたいな動物で、この発見をしたのは、(デイヴィッド・)リビングストン(ヘンリー・モートン・)スタンリーという、アフリカ探検をした人と関係しているんです。「なんか見たことないシマウマがいる」ということで発見されたのが、オカピだそうです。

オカピは最初、シマウマというか馬だと思ってたんですが、蹄やいろんなことを調べるとキリンの同類であることがわかって、首の短いキリンということになります。人とチンパンジーは600万年前ぐらいに祖先から分かれたんですが、オカピとキリンが分かれたのは、人とチンパンジーが分かれたよりも短い間に分かれたということがわかります。

オカピとキリンのゲノムを調べて、差が出てくるもの。キリン特有で進化したと思われる遺伝子を調べると、おもしろいことに首の骨が伸びる、HOXといわれる、骨の形成に関わる遺伝子が確かに変わっていることがわかりました。

それと同時に、さっき言ったように血圧に関係する、血管や心臓に関係する遺伝子も、オカピとは変化していることがわかりました。首が伸びることを担保することと同時に、他のいくつかの対応する要素も同時に変わっていることがわかりました。つまり、首が伸びて高血圧になって血管が破裂して死んでしまうということが起こらないように、進化してきていたという事実です。

キリンの進化に大きく関係した遺伝子「FGFRL1」

帯刀:キリンがキリンであることを、ゲノムは確かに証明したことになります。その中で1つ、注目されるおもしろい遺伝子がありました。それは骨の発育に関係する「FGF」という成長因子です。それが骨の作る細胞の受容体に働いて、骨を伸ばすように働きます。その時に、キリンが非常に特別に変化してきた遺伝子の1つに「FGFRL1」がありました。

これはリセプターと似ているんだけれども、リセプターは細胞にシグナルを伝えて細胞の変化を起こすんですが、FGFRL1という遺伝子はFGFという成長因子がくっつくんだけど、そのシグナルを伝えないようなかたちのものなんですね。

どういうことかというと、骨を成長させる時にFGFRL1は邪魔するわけですね。FGFと結合してもシグナルを伝えないから、成長を阻害する働きをします。つまりそれがうまく働いて、首の長さは骨の長さをコントロールして成長させているということが基本的な現象です。

それで、キリンはFGFRL1という遺伝子が機能しないように変異を受けていたということです。どういうことが考えられるかというと、キリンの変異によって、骨を成長させるのに抑制的に働くことがなくなったということです。

だから「どんどん伸びちゃえ」という状態になっている。それは非常に適応方法としていいんだろうということを著者らも言ってますし、私もそうじゃないかと思いました。ところがその後、論文がぜんぜん出てこなくて。論文そのものがScientific Reportsか何かで出たんですが、本当かどうかわからないままずっときました。

「キリンの遺伝子」を持つマウスを作った実験

帯刀:つい最近になって、1つ新しい論文が出ました。中国の研究者がFGFRL1という遺伝子に注目して、今はこういう研究が多いんですが、キリンの遺伝子をマウスの遺伝子と置き換えます。つまり、その部分だけ「キリンバージョン」のマウスを作るということです。

予想されることは、マウスの首は伸びたかですよね。結論は首は伸びませんでした。ところが、骨量は増える傾向は出ていた。もう1つ大事なことは、高血圧耐性の性質が、マウスに起きたということです。それを考えると非常に複雑である条件だけれども、もしかするとこのFGFRL1という遺伝子の変化でもって、いくつかのことが説明できるかもしれない。

つまり、ある種の遺伝子はシステムとしていくつかのファクター、要素に影響を与えていてそれの変化であるかもしれないということがあります。論文の著者らは、首が伸びなかった理由は「首を伸ばすいろんな背景がもっとあって、そちらの遺伝子の影響がマウスにはないから伸びなかったんだ」と考えていますが、そういう背景がキリンのストーリーとしてありました。

ただ実は、まだいくつかわからないことがあります。大事なことは、適応していく時にある目的に向かってそれにうまく対応することは、決して1つの遺伝子だけではなくて、非常にたくさんの遺伝子が関連していて。そこには何か生物のシステム制御論のようなものが働いていないと、できないのではないかということがあります。

キリンの首が伸びたプロセスは未だ不明

帯刀:キリンの首が伸びる過程で、今の遺伝子(FGFRL1だけ)ではなくて他の遺伝子も変わって、全体的に対応しているわけですが。それがどのように起きたかというプロセスですね。これは、今のところわからないんですよね。

ダーウィンの進化論で説明できることは、キリンがキリンである状態ということは確かにはっきり裏付けられるんだけれど、もし短い首から長くなっていく過程があるとすれば、それがどんなバランスを取っていったのか。1度に全部が起きることは、偶然性の上では説明が不可能ですから、段階的に行ったとする。

しかし、どうすれば伸びていく首のトラブルを解消するように、キリンが親から子へと遺伝子を伝えながら変化を対応してできたのかという、歴史物語はわからないんですね。これは推理小説で(例えると)、犯人だけはわかったけれども、どうしてその人が犯人かというプロセスがわからない。そういうことと同じ状態になっているのではないかと。

私はこれからの生物学の研究の中で、そういうプロセスを理解できるような方法論はどうしたらいいかということを、考えてみたいと思います。

駒野宏人氏(以下、駒野):どうもありがとうございました。このへんでちょっと一区切りつけますね。大変おもしろいというか、結論が結局わからないという結論ですよね。偶然に変異が起きて適応してというストーリーがある。1つの変異が1つのことに影響しているということもわかったんだけれども、一度になんでそれが起きたか、現時点ではわからない。

帯刀:何が起きたかもわからない。

駒野:だから、段階的に起きたかもしれないと。なるほど。

生物学と同様のパラダイムが、経営の世界でも起きている

駒野:若杉さん、これを聞いてどうですかね?

若杉忠弘氏(以下、若杉):ありがとうございました。先ほどの話の中で、下等な動物からどんどん進化していくんだという話から、パラダイムが偶然で自然的に選択されていって、いろんな実験で生物が進化したという。そのパラダイム変化が、実は僕が携わっている経営学や組織開発、人事でもよく語られています。

例えば組織とか人事の話では、ちょっと前までは環境分析をしっかりして、適応させると。要は、自分たちの組織を環境に計画的に適応させていくというパラダイム。ただ今では、環境が変化し続けすぎてそれではよくわからないと。だから、実験をひたすら繰り返す必要があるんだと。

要は何がビジネスモデルとして正しいかもわからないし、どういう組織のモデルがいいかもわからないし、どういうふうに人材配置すればいいかも、やってみないことにはわからない。かなり乱暴ですが、ダーウィン的に経営学や組織を見る考え方も変わってきているのかなぁと、そんなふうに非常に思っていて。

1900年にも起きている生物学のパラダイムは、まさに今、経営の世界でもすごく起きているのかなと(思って)聞いていました。

続きを読むには会員登録
(無料)が必要です。

会員登録していただくと、すべての記事が制限なく閲覧でき、
著者フォローや記事の保存機能など、便利な機能がご利用いただけます。

無料会員登録

会員の方はこちら

関連タグ:

この記事のスピーカー

同じログの記事

コミュニティ情報

Brand Topics

Brand Topics

  • “退職者が出た時の会社の対応”を従業員は見ている 離職防止策の前に見つめ直したい、部下との向き合い方

人気の記事

新着イベント

ログミーBusinessに
記事掲載しませんか?

イベント・インタビュー・対談 etc.

“編集しない編集”で、
スピーカーの「意図をそのまま」お届け!