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「キリンの首はなぜ長いのか」から学ぶ個人・組織の変容について (全4記事)

キリンの首が長い理由は、遺伝子が起こした「突然変異」 動物の進化の過程で見えてきた、ある「逆説」の存在

新型コロナウイルスによるパンデミック、デジタル技術の進歩など、私たちの住む社会は大きな過渡期を迎えています。この大きな変化に対応するため、個人・組織も急激な変容が余儀なくされていますが、慣れた様式からの大きなシフトは、私たちにとって多くの抵抗・困難が伴います。そこで、細胞生物学・分子生物学者で、進化にも造詣の深い帯刀益夫氏から、人間が変容を起こすためのヒントを得ていきます。本記事では、「キリンの首はなぜ長い?」という問いに対する、帯刀氏の見解が示されました。

東北大学の名誉教授・帯刀益夫氏が登壇

皆川恵美氏(以下、皆川):ではさっそく、本日のゲストのご紹介に入っていきたいと思います。本日ご参加いただきます、帯刀益夫先生です。『われわれはどこから来たのか、われわれは何者か、われわれはどこへ行くのか』。この書籍をお読みになられた方も、もしかしたら多いんじゃないかなと思っております。

東北大学の名誉教授、薬学博士で細胞生物学・分子生物学者でおられるのですが、みなさんにご注目いただきたいのが右側のスライドにあります。陶芸のご趣味も大変素晴らしいレベルでいらっしゃって、日展で受賞されたというものもご紹介させていただきます。

冒頭で帯刀先生に一言だけ、みなさんにコメントを頂戴できればと思います。帯刀先生、よろしくお願いいたします。

帯刀益夫氏(以下、帯刀):ご紹介いただきました、帯刀です。今日は駒野先生からこういう機会を与えていただき、ありがとうございます。できるだけ生物学の観点からお話をして、みなさんといろんな議論を共有したいと思います。よろしくお願いします。

皆川:お願いいたします。続いて、本日の流れのご案内も含めてご紹介させていただきたいなと思っているのですが、冒頭に少し帯刀先生からお話をいただいて、鼎談形式で対話を進めながら、みなさんと一緒に学びを深めていきたいなと思っております。

生物学の観点から、経営や仕事を考える

皆川:聞き手として関わっていただく先生を2人ご紹介いたします。駒野宏人先生です。「人生100年生き方塾」の代表理事でもおられますが、薬学博士の科学者として、現在は北海道大学の客員教授を務めていただいております。

またもう1人、若杉先生はグロービス経営大学院の教授として組織を研究されています。ということで、駒野先生と若杉先生にも一言ずつコメントを頂戴したいと思います。

駒野宏人氏(以下、駒野):みなさん、今日は参加していただきありがとうございます。またあとで、このお話の背景というか、どうしてこういうものを開催するに至ったかの話をさせてもらいますね。とりあえず、私が今日の発起人で、人生100年生き方塾の代表理事をやっています、駒野です。よろしくお願いいたします。

皆川:よろしくお願いたします。では若杉先生、お願いいたします。

若杉忠弘氏(以下、若杉):みなさん、こんにちは。今日はご参加いただきましてありがとうございます。若杉といいます。私はふだん、リーダーシップ開発や組織開発の仕事をしているんですが、よく考えてみると組織人である前にわれわれは人間であり、人間である前にわれわれは生物であるということですよね(笑)。

ですので、この生物的な観点から経営や仕事を考えるのも、非常に意味があるんじゃないかなと僕は思っていて。今日は何が聞けるのか、初心者の気持ちですごく楽しみにしています。どうぞよろしくお願いいたします。

帯刀:ありがとうございます。

皆川:最後になりますが、本日の司会・進行を務めさせていただきます、株式会社KAKEAI共同創業、取締役の皆川でございます。私も本当に若杉さんと同じような視点で。

今はテレワークで働く人、特に上司と部下の関係性のご支援をクラウドのツールでしているのですが、みなさんと一緒に良いかたちでこのお時間を過ごせるように、進行として進めさせていただければと思っております。

生物学が「人間」や「社会」の在り方にヒントをもたらす

皆川:ということでさっそくではございますが、帯刀先生の話を聞く前に、先ほどもコメントを頂戴しました駒野先生から、今回どういった背景で帯刀先生とのこのセミナーを企画して、みなさんとどんな学びを深めていきたいのか、お話をいただければと思います。では駒野先生、お願いいたします。

駒野:ありがとうございます。それではどうしてこういうことになったのか、話をしたいと思います。実は帯刀先生は、私の大学時代の同じ研究室の先輩なんですね。私も帯刀先生も薬学という領域での研究者なんですが、生物を扱っています。

生物というのは、私たちだったら医薬品に結びつけるような、あるいは農学部だったら食品やエネルギーに結びつけるような、生物資源として研究をすることが多いかと思うんですが。どうも生物のことがわかってくると、この人間のあり方や社会の在り方にもすごくヒントになるんじゃないか? ということを、勝手に思うようになりました。

30年や40年ぐらい前だったら、たぶん知識として生物がどういうコントロールで、あるいは生物がどうやって生き残ってきたかは、あまりよくわかっていなかったんだけど、この数十年の間にすごくわかってきたんですよ。

これがわかってきた反面、そこには専門でやっている人とやってない人とで知識にギャップが出てくるんですね。だから、お互い違う分野の人に情報を与えていくのは、意味があるんじゃないかなと思っています。特に最近はコロナ禍や地球温暖化、あるいは格差社会など「社会がこのままでいいのか?」と、もう誰もが思い始めているんじゃないかと思うんですが。そういった時に、どうやって変容が起きるかということで。

帯刀氏が出版予定の書籍のテーマは「キリンの首はなぜ長くなるか」

駒野:実をいうと、正確に今日の(イベント)タイトルと同じかどうかはわからないですが、帯刀先生は「キリンの首はなぜ長くなるか」ということに関する本を書いていて、もう出版予定なんですよ。本当は今日に間に合うかなと思っていたんですが、残念ながら間に合わないませんでした。

そういったことで今、それを取っ掛かりにして、社会変容あるいは個人の変容にどのくらいつながるかということで(イベントを)開催しました。もう少し紹介したいのですが、ユヴァル・ノア・ハラリの『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』って、みなさんはご存知ですかね。(画面に本を見せて)みなさんに見えているのかな?

これは(著者が)イスラエル人の歴史学者で、すごく話題を呼んだ本なんです。僕も読んだんですが。もう1つ、ジャレド・ダイアモンドという人も人類について進化を視点に書いている本がベストセラーになりました。

ところが実を言うと、それよりもかなり前に帯刀先生が本をお書きになっているんですよ(笑)。『われわれはどこから来たのか、われわれは何者か、われわれはどこへ行くのか』。これは画家の……。

帯刀:(ポール・)ゴーギャン。

駒野:ゴーギャンの絵のタイトルですよね。実はハラリよりもずっと先に、「人類っていったい何だろうか?」ということを、原論文から掘り起こして考察している素晴らしい本をお書きになっていたんですね。あるいは『遺伝子と文化選択: 「サル」から「人間」への進化』とかね。文化で遺伝子が選択されていくという話。

『利己的細胞 遺伝子と細胞の闘争と進化』、これも今日の話題に出るかもしれませんが、こういったことを書かれています。

陶芸で日展に入選、高い芸術力も持つ帯刀氏

駒野:それとは別に、先ほど皆川さんからも紹介していただいたんですが、とても素敵な陶芸の趣味を持っていて、日展で今年も入選されたということで。

ずっと科学に専念して、次に芸術を深めているといったところで、そのおもしろい視点で、この「キリンの首はなぜ長くなったのか」「どうして長くなったのか」の話を最初にお話していただければと思います。

その際に今回は、(現時点で)まだ40数名なんですが、75名ほどの参加申し込みをいただいています。どういう方かというと、大学の(生物学を)専門としている先生、それこそ解剖学の教授もいれば、あるいはなんとうれしいことに高校1年生の方も興味があると言って申し込んでくださったんですね。

あとは経営をされている方や人事をされている方、人事のために研修をされている方やコーチングをされている方などと幅広いんです。

帯刀先生はたぶん優しくお話していただけるかと思いますが、わからないことがあったらチャットにでも質問を書いていただいて、私からも「わかりにくいかもしれないな」と思った時に、みなさんにわかりやすい言葉で伝えてみようかなと思っています。

ということで、「なぜキリンの首は長いのか」「どうして長くなったのか」。中間の首の長さの動物がいないと聞いているんですが、本当かどうか知りませんが、そのへんも含めて帯刀先生にお話をうかがえればいいかなと思います。それでは帯刀先生、よろしくお願いいたします。

「人間とは何か?」という、普遍的な問い

帯刀:いろいろ紹介していただき、ありがとうございます。私はもう14年ぐらい前に(東北)大学を退職しました。

現場の研究から離れて、そのあと少し考えてみると、「生物学は何のためにやっているのか?」ということの1つ(の理由)は、駒野先生がお話しになったように、「我々は何者か?」とか、あるいは「人間とはどういうものか?」ということを考える1つの手段ではないかと思います。

物理や化学と比べるとある種、生物学は遅れた学問のように考えてきましたが、ここ50年ぐらい、私自身が実際に研究を始めてから対応した半世紀の間に、非常に長足の進歩を遂げました。それは21世紀の初頭に、人をはじめとする非常にたくさんの生物種のゲノムの全貌が明らかになったことによって、さらに新しい展開を見せるようになりました。

「人間とは何か?」というのは、本来は社会科学や人文科学の学問と考えられてきているんですが、その昔は博物学とかいろんな観点から、むしろ自然科学的な観点の人間学が中心だったようです。そういうことも考えて、生物学あるいは生物としての人間とはどういうものか? を中心に考えてみたいと思ってきました。

これは特に若い人にとっては自分の生き方を考える上で、我々自身がいろんな思想や哲学の面で主に考えるわけです。同時に、やっぱり我々は「生き物としての限界」、あるいは「もっとポテンシャルを持っている」ということが(可能性として)あると思うんですね。そういうことを加味した新しい人間学が、これからは必要じゃないかと思っています。

生物の進化論をひっくり返した、19世紀の科学者の見解

帯刀:今日の課題として与えられたのは「キリンの首はなぜ長いのか」という問題なんですが、最初にそういう問題を提起したのは(ジャン=バティスト・)ラマルクという自然科学者ですね。この人は植物学者、分類学者として有名なんですが、1809年に『動物哲学』という本を書いて、彼の進化学に対する考え方を出したわけです。

当時はまだ宗教の影響が大きかったりして、博物学の中の「鉱物」「植物」「動物」という3つ世界に分類している時代でしたが、彼は動物と植物を同じ生物であるという、初めて生物と無生物を分ける分類を考えて、そこで生物学の考え方を初めて出したと言えます。

当時は人間や神のような「完全なもの」があって、生物の進化が部分的に下等になっていくかたちで、下降するような変化を考えていたようですが、彼は植物ではなくて昆虫や無脊椎動物の分類をする過程で、「どうも逆じゃないか?」と気づきました。

そこで、「下等なものからだんだん高等化してきたのではないか?」という、真逆の見方を最初に出した人だと言われています。それが実際に、だんだんと進化して高等化していく時に、どのようにして起きたかを考える1つの形容の仕方として、「キリンの首は高い木の葉っぱを食べるために、首がだんだんに伸びていった」と仮定したのです。

つまり、環境に適応するようなかたちで進化してきたのではないかという考え方を出しました。つまり、「キリンの首が伸びたのは環境に適応するように変化し、それが子孫に伝わってきた」という考え方を出したわけです。

現存する生物の姿は「突然変異」から始まった

帯刀:それから50年経って、ダーウィンが進化論『種の起源』という本を出します。おもしろいことに、ラマルクが本を出したのとダーウィンが出したのが、2分の1世紀の間を置きます。ダーウィンの考え方はご存知のように、まったく偶然の変異が起きて、それが自然の環境に選択されて適用したものだけが生き残ったという考え方です。

つまり、最初から目的を持って環境に適応するようにできたものではなくて、ランダムに偶然に起きていった変化が選択され、うまく適合したものだけが生き残って、そうじゃないものは絶滅していく。そういうかたちで自然選択を受けて進化が起きてきたという、ある意味で逆の考え方を出したわけですね。

しかし、実はダーウィンはラマルクの考え方を半分は引きずっていたり、あるいは彼を評価している面が書いたものの中に残っていることがわかります。いずれにしても「キリンの首がなぜ伸びたのか」という問題は、そういうかたちで議論はあったんですけれども。

その後の自然科学、あるいは生物学の発展の中では、遺伝学はその後メンデルの法則などが出てきて。ダーウィンの法則の考え方とメンデルの遺伝子の考え方が合体したかたちで、1900年にメンデルの遺伝学の再発見をユーゴー・ド・フリースなどがすることによって、それが現代の考え方に定着しています。

ですから基本的には、生物の中で偶然に突然変異が起きてきて、それが適者生存というかたちでうまくそれぞれの自然環境に適応したものが生き残って、現在の姿になっている。その姿が今の生存している、いろんな生物の姿であるということが定着してきました。ゲノム研究が進むことによって、それを遺伝子のレベルで非常にはっきりと見ることができるようになりました。

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