人は他人に説得されるより自分に説得されたい

――著書『気持ちよく人を動かす』の中で、「人は他人に説得されるより自分に説得されたい」と書かれていました。「人を動かす」というテーマなのに、相手を動かそうとしないほうがいいようにも思えます。これはどういうことなんでしょうか?

高橋浩一氏(以下、高橋):まず、人は他人に説得されたくないというのは、科学的に証明されてる人間の心の動きなんですよね。他人から何かメッセージを言われても、人は自分が思ったことのほうに動くことができると、いろんな心理学者の方が実験されてるんですけれども。

それを冷静に認めると、反対している人に対して真正面から強行に言うことを聞かせようとするのは、やっぱり得策ではないので。一番のおすすめは、なぜそんなにも反対するのかをちゃんと理解することですね。

――反対する理由を聞く、ということですか?

高橋:そうですね。これは本にも書いていることですが、強硬に反対する人は強い意志がありますよね。例えば営業の場面でいうと、「絶対に変わりたくない」ぐらいの抵抗を示すお客さまとか。

あるいは上司と部下で言うと、どうしても思うように言うことを聞いてくれないように見えるメンバーや部下の方とか。部下から上司でも、頭が固くてなかなか聞く耳を持ってくれないとかですね。

そういう場合はだいたい、その奥に過去の事実が関係してることが多いんですよね。人の言動の裏側には、解釈や価値観があります。その裏側には、影響を与えている過去の出来事があります。わかりやすく言うと、トラウマみたいなものですね。「あんな嫌な思いは二度としたくない」といった過去の出来事に囚われているから、強い言葉を使ってしまう。

相手の過去のトラウマを段階的に深堀りする

高橋:ですので、相手に歩み寄ってしっかり動いてもらう時には、過去に何があったのかを詳しく知っておくかどうかで、ぜんぜん変わってくるんですね。でも「過去にどんなトラウマがあったか話してくれ」と、いきなり言っても……。

――なかなか難しそうな感じはしますね。

高橋:なので、段階的な深堀りをしていくと。相手の言葉に対して、「もう少し詳しく聞かせてもらえますか?」「なんでそういうふうにおっしゃるんですか?」と聞いて、深掘りをしていくと、徐々に過去の事実に突き当たることがあります。

私は本の中で、「過去の出来事がわかったとしても、もう一回深掘りしてください」と書いています。とことん深掘りをしましょう、ということを推奨してるんですけれども。なぜかと言うと、先ほどの「関係性の壁」の話で。人間は、相手にわかってもらえているなと感じる時と、わかってもらえていないと感じた時は、やっぱりぜんぜん違うじゃないですか。

基本的には、すぐには分かり合うことはできないので。例えば、過去にこういう出来事があったから、今は抵抗しているんだなと思ったとしても、「過去にそんな大変な思いがあったんだね、わかるよ」と一言で言われると、相手としては腑に落ちないですよね。「この人本当にわかってるのかなぁ」みたいな。

なので、まだ自分には見えていないことがあるんじゃないかという目線が大切じゃないかと思います。だから、「具体的にどういうことですか?」と、もう一回深掘りをしましょう。

――相手の過去のトラウマを分かった気になると、より壁ができてしまうということですね。

高橋:そうですね。数分間の会話で、わかったような顔で「いやぁ、その気持ちわかるよ」と言う人のほうが、逆に信用されにくいという。

だからといって、相手が10年間嫌な思いをしてきた人だとして、自分も同じような境遇でないと理解できないわけではないと思うんですね。ただ、「自分は相手のことをまだまだわかってないんじゃないか」というスタンスを持つことが、とても大切じゃないかということです。

――聞く側にも、自分はわかっているんだという「思い込みの壁」があるかもしれないということですね。

高橋:ありますね。

「自分の苦手なことが得意な人」に対する嫉妬心はどうしたらいい?

――今お話しいただいたように、人を動かすには、相手の気持ちを汲む「共感性」と、「ロジック」の部分で話を進める2軸が大事だと思うんですけれども。両方が得意とは限らない場合、自分が苦手な軸を克服する方法はありますか?

高橋:まず人には、それぞれ強みや得意なことや性格があると思うんですけれども。誰しも、自分が苦手なことがうまい人を見ると、嫉妬みたいな気持ちがちょっと芽生えると思うんですよ。

例えば、共感で勝負している人からすると、ロジックが得意な人は「なんか小賢しいやつめ」みたいな感じになるし。ロジックが得意な人が共感性の高い人を見ると、「ノリと勢いでやりやがって」みたいな気持ちがどうしても出てくると思うんですね。

でも本来は、強みが違うことは、いい補完関係になり得ると思うんです。ただ、往々にして得意分野が違う人たちって、自分の得意とする土俵で戦いたいですから、最初は噛み合わないこともあります。上司・部下でいうと、上司がすごく真面目でお堅い人で、部下がすごく愛嬌のあるキャラで人気者だとすると、「お前はいつもキャラで乗り切りやがって」みたいな。

だけど、そういうふうに強みが違う人たちだとしても、気持ちのいい合意を得るやり方が掴めてくると、わりと冷静になって、相手をちゃんと受け止めて、相手のいいところを活かせます。最初は意見が合わなかった人とも一緒に物事を進められます。

自分が苦手なことを得意とする人がいた時に、その人と気持ちのいい合意を作るディスカッションができるようになると、巻き込みができるわけですね。自分ができないことができる人とは、チームを組んだらいいということなんです。

ただ、いきなりチームを組もうとしても、水と油になってしまうことがあります。そういう時は、お互いに相手がなぜそういう仕事のやり方をしているのかをわかり合えると、素直に頼れたりするじゃないですか。なので、タイプの違う人とチームになって仕事を進めることで、相手のいいところを見てだんだん取り入れていくのがおすすめですね。

リモートワークで活躍する人・苦手意識を持つ人の差

ーーなるほど。今はリモートワークが普及してきて、そういった仕事上のコミュニケーションに苦戦するという話も聞きます。リモート環境で、コミュニケーションがうまくいかなくなる人と、活躍できる人の違いはどこにありますか?

高橋:そうですね。ぱっと思いつくところでは、ノリと勢いでやってきた人は、リモートワークに苦手意識を感じますよね。

例えば、去年出した『無敗営業 チーム戦略』という本の中で、社外とのやりとりで「対面がオンラインになると何が大事になりましたか?」という、重要度のスコアをとったんですね。

そうすると、重要度が高くなったのは「段取り・進め方」。要は、相手に負担をかけさせずにうまく進められるとか、納得感を作れるかのスコアが高かった。逆にスコアが相対的に低かったのは、「人柄・熱意」「価格」「マナー・身だしなみ」だったんですね。これはマイナスではないので、大事じゃないわけではないんですが。

リモートになると、相手に負担をかけずにことが進められるか、相手との間にちゃんと納得感を作れるかが相対的に大事になってきたり。人柄なども大事じゃないわけではないけど、相対的には勝負しづらくなったみたいですね。

今度は社内の話で、「リモート会議になって何が減りましたか?」ということを聞いてみると、やっぱりリモートワークの影響で、雑談や1on1の回数は減っています。あと、「オンライン会議になって不満に感じるポイントはなんですか?」と聞くと、「本音を汲み取りづらい」「一体感がない」「他の人の話を集中して聞くのがつらい」ということがありました。

ざっくり言うと、「なんとなく一緒に時間を過ごしたから、君わかるよね?」というスタイルが通じづらくなったようですね。

リモートワークで力を発揮できる人の特徴

ーー「察して文化」じゃないですが、場の雰囲気でうまくやっていた人が、リモートワークだとあんまりうまくいかなくなると。

高橋:そうですね。そうすると、相手との間で「どのポイントで合意をもらいたいのか」がわかるように切り出して扱うことが重要になります。

例えば、今までのように対面だったら「この間の会議で話したから、みんな大丈夫だよね?」という感じで、一緒に共有していればよかったのが、オンラインでは相手もどれだけ集中しているかわからないですし。どのポイントでみんなの確認を取りたいのか、はっきり言葉にできる人が、マネージャーとしてしっかり動かしていけるわけです。

お客さまとの商談もそうですよね。通っているうちに仲よくなるというやり方じゃなくて、ちゃんと買うべき理由とか、なぜその選択がいいのかとか、しっかりと話が通るようにしなくちゃいけない。そういうふうに物事をちゃんと切り出して扱える人が、リモートワークだと力を発揮すると思いますね。

物事をちゃんと切り出して扱える人というのは、例えば、短い時間のちょっとしたコミュニケーションの中でも、「どの部分で納得してもらいたいんだっけ? どの部分に疑問があるんだっけ?」というのが、なんとなくではなくて、「この部分が問題なんですよね」「この部分にもうちょっと納得したいんですよね」というふうに、切り出しができる人。

そういう意味では、本の中では「見える化する力」としてで書いています。ちょっと前に図解の本が流行ったと思うんですが、その図解のスキルを1つとして入れています。図解ができる人は何ができているのかというと、物事の関係がちゃんと捉えられてると思うんですよね。

「今はこれとこれが対立してる」「ビフォー・アフターでこういうことを考えようとしてる」「こういう手順をみんなで作ろうとしてる」とか。リモートワークになってくると、情報をちゃんと整理して言葉や図にできるかどうか、が重要になってきますね。

「人を動かすこと=コミュニケーション能力が高い」ではない?

――今までは「人を動かすこと=コミュニケーション能力が高い」というイメージでしたが、必ずしもイコールではないのかなと思います。人を動かすこととコミュニケーション能力は、どう違うんでしょうか? 

高橋:それは大事なポイントですね。コミュニケーション能力って、すごく広い意味がありますけれども。一般的にイメージされるような人間力や人柄は、もちろん大事ではあるんですが、それだけで動いてくれるかと言うと、そうではなかったり。

そうすると、人が動くというのは「自分のことをわかってもらえているな」と感じられたり、ちょっとしたことに気をつけるだけでも、だいぶ変わったりするんじゃないかなと思ってるんですね。

まず前提として、人柄や人間力は大事だと思います。ただ、私が言いたいことは、それで思考停止してしまうといざという時に動いてもらえないので、その先をもう少し具体的にしませんかということです。

つまり、「ジャッジする・ジャッジされる関係」から、「一緒に作る関係」にいきましょうということなんですね。「こっちの言ってることが正しい」「相手の言ってることが間違ってる」という、正しい・間違ってるというものを、ジャッジする・ジャッジされると呼んでるんですけれども。

「自分が間違ってると思われたくない」という考えに固執する危険性

高橋:人間は無意識のうちに、「自分が間違ってると思われたくない」とか、「自分は正しい」ということを、ちゃんと証明したい気持ちがあると思うんですね。僕はそれを否定するつもりはまったくないのですが、そこにこだわりすぎてしまう危険性に気づくことが大事じゃないかと思います。

自分が正しいとか間違ってるということではなくて、一緒に作るという考えに至ったら、もうちょっと相手の発する言葉に対して前向きなヒントを探れる。

例えば営業のケースで言うと、お客さまの慣習やカルチャーが古い時に「そのやり方はダメだ」と思うんじゃなくて、相手の会社の伝統や歴史を理解すると、提案を採用いただける率も上がるでしょうし。

上司が部下に改善指導を促す際も、「部下が間違ってる」とジャッジするんじゃなくて、相手の事情を理解すると、もっと効果的なマネジメントができるでしょうし。そういうふうに、歩み寄って一緒に作ろうとするだけで、けっこう変化は起こるんじゃないかなと思っているんですね。

実はリーダーに向いている人の特徴

ーー「実は意外と、こういう人が人を動かしたり、リーダーになるのに向いてるんだよ」という、気質的な部分での特徴はありますか?

高橋:「人を動かす」という言葉で連想されるのは、「リーダー」という言葉だと思うんですね。「偉大なリーダーというと、どんな人を思い浮かべますか?」と聞くと、世の大統領や首相、政治家、あるいはプロ野球の監督とか、有名な会社の社長さんが挙がってくるんですけど。

だいたいそういう人たちって、すごく勢いがあって押しが強いイメージがあると思うんですね。ただ、日常の仕事を考えると、トップの号令やビジョンだけでは進まないことのほうが多いじゃないですか。

ですので、人を動かすのに向いている人は、「エゴよりも目的に立ち返れる人」だと思うんです。エゴというのは、動いてもらうことにムキになるというか、さっきの正しさを主張するということに似た話ですけれども。

人間ってどうしても多かれ少なかれ、支配欲求やコントロール欲求はありますから、自分の思ったとおりに相手に動いてほしい。だから「人を動かす」と聞くと、「自分の意のままにどうやって相手に動いてもらうか」という世界観で考える方がけっこういると思うんですよ。

自分には動いてもらいたい材料があって、それをプレゼンテーションなり提示して、相手にちゃんと理解してもらって動いてもらうと。でも、そこで大事な前提って、「自分が100パーセント正しいとは限らない」ということだと思うんですね。であれば、相手に補ってもらって一緒に進めたほうが、むしろスムーズに進むことはけっこう多いと思うんです。

「自分の思ったとおりの動き方をしてもらおう」というエゴよりも、「そもそもみんなにとって、どうなったらハッピーなんだっけ?」と、目的に立ち戻れる人。謙虚であるのはもちろんいいことだとは思うんですが、謙虚さ自体がいいというより、「エゴよりも目的を大事にできる人」だと思うんですね。

「裏方に回って伴走できる力」が重要な理由

ーー著書の中でも「愛される心配性であれ」と書かれていましたよね。

高橋:今おっしゃったのは、7つの力でいうところの「巻き込む力」ですね。巻き込む力というのは、相手との合意を妨げる「4つの壁」をひと通り乗り越えた後なんですけれども。

基本的に、4つの壁を乗り越えるとすごく関係もよくなってるし、場も暖まってるし、「なんかいい感じだね」というムードができてるはずなんですね。そうすると、そこで巻き込む力が必要になります。

物事って、アクションの段階でしっかり詰めきれてないと、どんどん温度が下がっていってしまうことってあるじゃないですか。「ある会社と会社の間で業務改善プロジェクトを進めていきましょう」というサンプルを出してますけれども。だいたい3ヶ月間ぐらいかけて、「どんなふうに進めていくんでしたっけ?」という、目的やアウトプットがあって。

でも、それだけ握っても動かないんです。「誰がどのくらい時間使うんですか?」「それってお互いが何を担当してアクションするんですか?」というところまで落とし込まないと、ことが進まないんですよね。

そうすると、やっぱり停滞する理由とかうまく進まない要因って、この中にいっぱい出てくるんですよね。ヒアリングの調整が面倒くさいとか、趣旨に対して了解が得られないとか、いろんなことが出てくる。

結局、誰かがコツコツとリマインドしたり、プッシュしたり、代わりにフォローすることが必要になってくるので。ある意味、裏方に回って伴走できる力はすごく大事じゃないかと思います。

そうすると、「自分が、自分が」と前に出るタイプの方よりも、むしろ細かいことに気が回って、みんなのストレスを減らせるようなタイプの人のほうが力を発揮したりするんじゃないかということですね。

ーーさまざまな場面で「人を動かす力」が問われる時代だと思いますが、「動かす」という一方的なものでもなければ、リーダーシップやカリスマ性が必要とも限らないことがわかり、新しい発見がありました。高橋さん、本日は本当にありがとうございました。

高橋:ありがとうございました。