嵐の活動休止を機に、初めて書籍を執筆した射場氏

射場瞬氏:この度、『「嵐」に学ぶマーケティングの本質』という本を出させていただきました、IBAカンパニーの射場と申します。実は本を書いたのはまったく初めてで。もともとマーケティングのお仕事を長らくやってきたんですけれども、2007年くらいから嵐のライブに行くようになって。

彼らの活動であるとか、ファンがどうやって嵐というブランドを一緒に作っていくかを見ていきながら、マーケターとして「この人たちって天才的なマーケターなんじゃないかしら」とずっと思って、熱く友達や周りの方に語らせていただいておりました。

日経BPの方たちとお話していた時に、「本にしないか」というお声掛けをいただいて、今回本にまとめさせていただきました。決心した最大の理由が、2020年末に嵐が活動休止に入るというところで、嵐へのありがとうの思いもこめて書きたいと思い。本当に「いや、もう本なんて……」とか思ってたんですが、よいしょと書きましたというのが本を書いた理由です。

なぜ嵐のマーケティングがおもしろいと思ったかというと、本当に高いマーケティングセンスを持って、マーケティングの本質を理解しながら、隅々まで嵐としての一貫性をもった活動をしているからです。現場仕事的なところも、自分たちで発言するコミュニケーションも、ブランドの一貫性があるところが素敵で心惹かれる内容になっていると思っていました。

国民的アイドルでも、そのファンは人口全体の2パーセント

「嵐に学ぶ」という意味で、ブランディング・マーケティングの話をさせていただきます。まず、嵐のマーケティングおよびブランド作りが非常に上手だと思っています。

ブランドって何かという定義の話なんですが、ブランドというのは、実はブランドコンセプトやブランドのコピーとかではなく、存在するのは人の頭の中であると言われています。なのでまず、誰の頭の中にブランドを作りたいか、それを分かってもらいたいかというのが非常に重要なんです。

嵐の場合は、少なくとも私が詳細な活動を見始めた2007年くらいから、一貫していたと思います。これは私の意見ですが、まずはライブにも来てくれる有料ファンクラブの会員に正確に分かってもらおうと思っているのではないかと感じています。

そのファンクラブ会員に、自分たちのブランドを理解して楽しんでもらおう、という意識が非常に強いと思っています。では、ファンクラブの会員ってどれぐらいの数かというと、2020年の休止の段階での嵐ファンクラブの会員数は300万人くらいまでいったんじゃないかと言われています。ファンクラブとしては多いですが、300万人って日本の人口の2パーセントくらいなんですね。

ということは、嵐は人口の2パーセントのファンに嵐ブランドを分かってもらおうとしていたということになります。国民的アイドルであっても、日本国民のすべての人の頭の中に正しいブランドを作らなきゃいけないわけじゃないということです。

だとすると、もっと小さいブランドであったりすると、分かってもらいたい人をもっと絞って良いということになり、嵐のブランディング活動に関して非常に重要なポイントになります。

ファンを「6人目の嵐」と呼び、ブランドを共創

2つ目としては、先ほど本田(哲也)さんの「ナラティブ」の話でも出てきた話なんですが、一番わかってほしい人たちに「共感する」という気持ちを持ってもらい、ブランドを共創することが重要だということです。

その前がどうだったかは明言できませんが、私が嵐のファンになった2007年くらいからは、嵐はファンのことを「6人目の嵐」と呼び、一緒に嵐ブランドを共創するパートナーと位置づけているんですね。

嵐はメンバー5人だけのグループじゃない。5人プラス6人目の嵐であるファンで作るブランドであるという考え方をし、それを伝え続けていて。嵐ブランドをファンと共創すると定義しているがゆえに、ファンと一緒に嵐に関するストーリーを紡いでいく。そういった、共通の深い理解のベースを初期に作ったんですね。これがファンにとって、「私の嵐ブランド」になっていけた、嵐に対しての熱量の原動力になっていると思います。

この2つに加えて、嵐は嵐というブランドの基本的なエクイティ(価値)を変えず、でもお客さまが変化していくのを常に見ながら、嵐ブランドを変化させるということを上手にやってきてました。

ブランドを変化、進化させる時に大事なのが、ブランドを守る人たち、嵐の場合はメンバー5人ですが、ブランドに関することを自分ごととして考え続けてマーケティング活動をすることだと思います。

嵐のマーケティングが成功した理由

マーケティング用語で「エクイティ」「オフエクイティ」という言い方もあるんですが、「何が嵐か、何が嵐じゃないか」ということを嵐メンバー自身が判断してブランドを進化させ、新鮮な形で保って、よりファンにとって楽しいものにしてきたのだと思います。

今お話ししたようなブランディングの考え方に基づいてマーケティングをし、嵐のマーケティングのどのような部分が上手で、どうして成功したかなんですが。まず、マーケティングの話をする前に定義をさせていただくと、マーケティングという定義が世の中にいっぱいあるんですが、今回のお話の場合は市場に対しての活動と定義づけます。

市場とは、現在の買い手と潜在的な買い手と定義づけられるのですが、嵐の場合ではファンクラブ会員と、今後ファンクラブに入るくらい嵐を好きになりそうな人たちに向けた活動を、ここでは嵐のマーケティングと定義します。

嵐のマーケティング活動が非常に上手で効果的になった理由は、まずファンを中心におこなっていたからかと思います。本気でファンと向かいあい、何がファンを喜ばせるのか真剣に理解しようとしたこと。

そしてこれから鹿毛(康司)さんがもっと説明してくださると思うんですが、顧客インサイトを理解しようと努力し続けたこと。インサイトの説明は、鹿毛さんがこのあとにもっと細かくしてくださると思うので、詳しい説明は割愛します。

インサイトというのは、お客さん自身も今は気がついていない、言語化できていない思いや望みのことです。自分のブランドにとって一番大切な人たちのインサイトを「本当に何が欲しいと思っているんだろう」「どうしたら、もっと喜んでもらえるのだろう」と考える、理解しようとすることが重要です。

わずか「2秒」の動画でファンの心を揺さぶった

嵐がファンのインサイトを深く理解しているなと思う、最近見つけた例を1つ説明させてください。お時間がある時に見ていただけたら嬉しいですが、今年の11月3日から公開する嵐ライブの映画の60秒の予告編動画を、9月15日に嵐が動画サイトにアップしたんですね。

嵐の20周年記念のライブを120台のカメラで撮影して映画にしている、いつもと違うアングルからの映像も見れるということで、嵐ファンが公開を楽しみにしていた映画です。予告編自体も映画への期待から一般的にファンの間以外でも話題になったのですが。60秒の予告編の中に、ファンの心に刺さる、インサイトを理解した2秒があり、嵐ファンの間で熱いコメントが次々とあがっていました。

動画の40秒目から42秒目の1.5秒ぐらいなんですが、本当に一瞬なんですよ。でも、嵐ファンがこの2秒をを見て号泣し、「この2秒をずっと繰り返して見ている」というコメントをたくさん見かけました。この2秒は嵐の後ろ姿なんですが、120台のカメラのおかげで、通常のお客様に向かって見せている映像でなく、後ろからライブで歌っている5人を撮っている映像なんです。

歌いながら、櫻井(翔)くんと大野(智)くんが手をつないでいるところに、相葉(雅紀)くんがポンポンってその手を叩いている、本当にさりげない感じなんですけど。

それを見て嵐のファンは「あぁ、自分たちが思っていた嵐の仲の良さや絆を感じた」と。わちゃわちゃ仲の良い嵐が好きという言葉で表現されている。でもファンが求めていた、見えるところでも見えないところ(後ろ)でも、強い絆と思いやりでつながっていてほしい。そんな思いを2秒の動画で表現した。それがファンの心を揺さぶっていました。

3時間半のライブの画像から、この2秒を選んだセンスに「さすが嵐」と思っていました。すみません、これ嵐ファン以外はどうでも良いことなのかもしれないんですけど。

彼らの一番大事なファンの人たちの心に刺さって、65万回ぐらい再生されているんですが、この2秒を何度も何度も見ている人が再生回数以上に数多くいて。そのつぶやきで、嵐のストーリーでSNSがあふれる。そういった気持ちを揺さぶる2秒を60秒の予告編の中に入れられる、そのために必要なのが大切なファンや顧客のインサイトを理解することだと思います。

そのほかにこの本では、価値の交換が重要とか、機能的価値だけじゃなくて感覚的なものとか、経験であるとかの文脈。つまり、どんな文脈で使用したかで変化するような価値を、こうやってお客さまに提供することが重要ですよということも、嵐がどんなふうにそれを交換したかという説明もしています。

マーケティング用語でいうと、多様なと多様な価値交換を続けたということ。歌を届けるという機能的価値だけでなく、気持ちを揺さぶる情緒的価値、ファンがリアルに体験できる体験的価値、ファンが嵐ストーリーの一部になる文脈的価値など、ファンに取って嬉しい様々な価値を、継続的に届けてきたということです。

ファンによってストーリーが語り継がれる、良いサイクルが発生

そして、「嵐の思いや価値」と言ったら良いんですが、マーケティング活動を続けたことと、ストーリーの形にするストーリーテリングが非常に上手でした。それも、一方的に嵐がファンに語るのではなく。先ほどの「ナラティブ」のところでもご説明いただいたんですが、やっぱりストーリーであるということが、嵐の場合は非常に上手だったんです。

嵐のストーリーを全部5人プラスファンの6人のストーリーとして、ファンと一緒に作ってきたんですね。それが、共創するストーリーの一部であるファンの「嵐のストーリーを語りたい、伝えたい」という思いを呼び、自分の言葉で語っていき、ストーリーがファンの周りの人に広がっていく。

嵐が嵐ブランドに関して大切なストーリーをファンに語ると、それがファンの言葉で語られて、さらに拡散していくということが継続的に、自然発生的に起こっていて。これがナラティブなんだと思うんですが、それが嵐の場合は非常に自然で上手であったと思っています。

この時に一番重要なのは、本質的、つまり「これが嵐だ」ということにつながるようなシグネチャーストーリーを届け続けたのが、嵐がファンを引き付けていったところだと思います。

すごく簡単にブランドとマーケティングの話をさせていただいたんですが、みなさんと引き続きマーケティングについてのお話させていただけたらと思います。