元自衛官が語る「自衛隊式のリーダーシップ」

西田千尋氏:今日、お話したいことはこの4つです。

自衛隊では「指揮」という言葉を使いますが、自衛隊式のリーダーシップについて。私が感じてきた葛藤と、メンバーの行動変容だったり、頼り頼られるリーダーへの7つのヒントをお話ししたいと思っています。

先ほどもお伝えしましたが、「指揮とは」というところで、ちょっと理論の話になりますけれども、自衛隊では「指揮の本旨(本質)は、部下の指揮モチベーションを上げることだ」「一致団結させて、真心を持ってそのミッションを完遂させなさい」と習います。

指揮官はその部隊指揮のメンバーの中心であり、また部隊団結の核心であるということを一番最初に習います。指揮の中には「統御」と「管理」と「指揮(狭義)」、この3つが兼ね備ってこそリーダーシップだと習います。細かくは、あとでリーダーシップの定義もお話しします。

(スライドを指しながら)縦に読んでいただきたいんですが、自衛隊と企業の比較です。指揮とリーダーシップについて読み変えていただきたいところではありますが、自衛隊での「指揮」と「管理」と「統御」を企業で置き換えると、指揮は「業務命令」、管理は「労務管理」です。ここの部分はたぶん、すごく多くの方ができていると思うんですけれども。

ポイントは統御です。魅力ある人間力だとか、部下を愛する心とか、部下が指揮官に「この人だったら付いていきたい」というところ。これは「リーダーシップ」と語源を拾ってくると書いてあったんですが、この部分が極めて重要です。この部分をどう巧みに使っていくかが、今日お伝えしたいことのポイントになります。

米空軍で行われているリーダーシップ教育

自衛隊の指揮は、求められる資質としては「決める」ということ。これは「行け」と行ったら行かせるという強制力でしかないのが、メンバーとの関係です。「管理」は公平性だとかルールだとか規則だとか、物や環境が整っているかを常に見ておく。

「統御」というのは感化教導と言って、教え導く。感動させる、付いて行かせたいということがメンバーとの関係なんですが、ここに求められるリーダーの資質としては、人格と品格が重要ですと定義されています。

さらに、米空軍で指揮の概念がおもしろかったので入れさせていただいたんですが、地位と階級によって、リーダーシップは持つべき能力や視点は異なりますよ、と言っていまして。

米空軍ではどう教育されているかというと、階級に応じた3つのレベルと、縦と組織上の役割。左側の「初級の立場」「中級の立場」「上級の立場」と、捉えていただければいいんですが。レベル感として、「戦術的な技術」「作戦の能力」「戦略眼」というのが、それぞれの初級、中級、上級で、何に対してどうするんだというのが描かれています。

例えば、初級の立場では戦術レベルが主である。圧倒的に図での割合が多いですね。だいたい初級幹部は入隊から10年くらいを指しますが、その期間は隊員と直接対峙する機会が圧倒的に多いので、隊員個人に対するリーダーシップ能力が重視されて、次いで部隊運用に比重が多く求められていくと。

これが右側の上級の人たちになってくると、戦略レベルを求められて、圧倒的に大きな組織を束ねていくことになりますから、直接隊員や職員と触れ合う機会が減少する一方で、今ある組織における職責や権限が増加し、時代や課題に対応するための組織変革に対するリーダーシップが非常に多く求められています。

次いで中級の人達を見て頂くと、組織を導く部隊運用のリーダーシップの要素の比重が多くなるというふうに、概念として整理されています。

初級幹部時代に経験した、隊員からの「お手並み拝見」

ここからは先ほどの切り口に沿って、私がどうだったのかをお伝えしたいと思います。防衛大学校を出ますと、最初は幹部という三尉の立場から始まります。自衛隊にはいろんな入り方があるんですが、下士官から順番に上がっていくパターンと、4年制大学を出て幹部候補生学校を出た人は三尉から始まります。

初級幹部時代に私が経験したことは、まず「お手並み拝見」ですね。三尉から始まっているので、その下にピラミッドの数がすごく多かったと思うんですが、隊員から見ると前の隊長のイメージが毎回あって。「今の隊長は何が違うんだ」という、お手並み拝見を非常に感じるスタートで始まります。

しかも、入隊から10年というと年齢が20代になりますので、「お嬢ちゃん小隊長」「お嬢ちゃん隊長だな」というので、できるかできないか(を見極められる)。つまり、付いていきたいか、そうでないかを見極められているというのは、ひしひしと感じます。

一方で、幹部自衛官は何かをする時に「決める」ことを求められるんですが、たかだか防衛大学校を出て少し学生で勉強したくらいで、職責を全うできる能力はないわけですね。なので、自分の能力と求められている能力の差分に非常に苦しむ経験をします。

上司に決裁をもらうため、廊下で立ち往生したことも

あとは「机上と現場」ということで。私は幹部自衛官なんですが、職種としては総務人事や労務管理の職種を担当していまして。労務管理という領域の学校は卒業するんですが、そこの学校で勉強してきたことと、現場で起きていることが違います。

例えば、昔は上司に決裁をもらいに行くんですけれども。部下にいろいろ教えてもらって、「学校でもそれ習ったな」と思って、上司のところに行くわけですが、上司のほうが数倍上手なので、わざといろんな質問をしてきて私は答えられないという。

でもこれは、決裁をもらわないとみんなが前に進めないということで、廊下で何回か立ち往生したことを今でも鮮明に覚えています。机上と現場だとか、求められている能力に対する自分の力のなさを、10年間徹底的に感じるわけです。

比重として、リーダーシップの対象は「チーム」と「メンバー」は対峙するものになるんですが、メンバーのところを見ていただくと、「年上の部下」ということで、自分の同い年の人たちを部下に持つほうが少なくて、基本的に自分より年上の人と対峙するのが圧倒的に多いわけです。

一方で、階級が明確な故に、支える側の下士官の人たちも「支える覚悟」を持っているので、職責は非常に尊重していただきながら、年上の部下をどう使っていくかを試行錯誤するわけです。この10年間は何事にチャレンジしても許されるというか、一緒になって汗をかける立場なので、「恥をかけるのはここまで」と、割り切って日々やっていました。

人の感情は「生もの」である

(スライドに)「生ものを扱う」と書いていますが、これは人の感情のことを指しています。

特に部隊にいると、人の心に接する機会が圧倒的に多いので。隊員個々の状況をよく見ていて、「今日はよくても明日は悪い」とか「朝はよかったのに夜は駄目」という、(感情は)生ものということを理解し、どう扱っていくかを知ることが重要だとすごく理解しました。

その時に、自分が10人なり30人なり50人なりを扱っていく中で、この人たちが今、戦える状態にあるのかどうかという目を養うことが非常に重要です。そのために、統御の関係を作っていくこと。年上の部下なんですが、私より経験が豊富で。教えてもらうという姿勢で、どんどん関係性を密に紡いでいくことが重要です。

そうすると、「あの人はただの偉そうな人」だけじゃなくて、自分たちのいろんなことを見てくれているし、頼ってくれるという。人と人との究極の関係になっていくことで、この10年間は自分を仲間として・リーダーとして認めてもらうための努力をすごくしました。

中級幹部の時代、だいたい10年ちょっとぐらい過ぎてくると、今度は佐官という階級になってきます。ここはリーダーシップの対象の割合が変わってきて、新しく「組織変革」が入ってきます。組織変革は10年ほど時を経て、先ほど私のキャリアの変遷でバーを書いたんですが、指揮官や幕僚を交互に経験していきます。

そうすると、航空自衛隊全体の部隊の組織特性や人の特徴が見えてきて、それを踏まえて計画を作ったり、さらに上級の司令部と部隊の間の架け橋を通じて、上司が何を考えているか、もしくは上級部隊が何を考えているかが見えてきたり、それを探していきます。

自分のやっていることが組織に大きく制度を作ったりする機会がありますので、組織改革へ参画しているのも、対象は変わってくることを非常にひしひしと感じます。

プライベートの会話も含めて、部下と関係を構築

「チームの運用」になります。佐官になってくると、だいたい(直属の部下が)80人から150人。1人の指揮官が見れる数は150人が限界だと昔から言われていますが、だいたいそれぐらいの部下の数を持つ経験をいたします。

10人の時だと全員の顔がよく見えていたんですが、150人をどう見るか、隊員をどう扱っていくか、そのリソースの配分はどうするか、この人をどこに配属させるかを経験していきます。

同時に自分が最終の意思決定者となって、組織が大きく右に行くのか左に行くのか、分割するのかまとまるのかを改革していける実感と、その重責をひしひしと感じ始めます。そうすると、誰にまず声をかけるのか、何を発するか、何を自分の口から出すのか。自分の口から出すことが決定になることもあるので、非常に慎重になります。

「メンバー」に関しては、150人の人間を携えていくということで、自分の右腕になる人の育成と、「自分はこんな人間です」という、自分の内面の意図を徹底的に示します。自己開示によって、自分のキャラクターを知ってもらう努力(をします)。

例えば、朝礼。教育期間などありとあらゆる機会を通じて「私はこういうことを考えています」「こういうケースの時は、こういうことを決めます」といったオフィシャルな部分とか、「こんなことあってさ」というプライベートなことも含めて、私という人間を構成することをオープンにすることを心がけていました。

いろんな隊員都である訳ですが、自分がお預かりしている以上は徹底的に愛して受け入れる度量というか、受け入れる努力をやっていました。

「いざという時に強いチーム」を作るためのポイント

ここで、上級の前にお話ししたいことなんですが、「いざという時に強いチームを作るために」という、今日のお話の中間のポイントになります。

図で行くと、自衛隊は左から右に、平時から有事に流れていることを表現しているわけなんですが、一番右側になるといよいよ命を懸ける状況になります。そういう時は「つべこべ言わずに命令に従いなさい」という、一種の意志の強制を発動しなくてはいけないと。

そういう有事の時って自分が本当に緊張していますし、怖いことってあると思うんですが、それでも「指揮官の命令に従いなさい」という、意志の強制を発動しなくていけないと。なので、意志の強制を働かせるためには、左の平時からの上位と下位、指揮官とメンバー、隊員との関係性を平素から多く保っておくのが極めて重要です。

「撃て」と言えば確実に行動ができる。上位者の命令が狂いなく行き届くことが重要なんですが、このエッジの効いた状況において、「この人の言うことなら」という信頼される関係性を、自衛隊はふだんから徹底的に紡ぎます。

なので、平素は「マネジメント」ですが、「リーダーシップ」と読み替えてほしいんです。指揮の3つである「リーダーシップ」「意志の強制」「管理」の中で、圧倒的にやっていることは、「統御」と「労務管理」です。

一方で、メンバーから指揮官にも意見具申という言葉があって。「こういう時はああじゃないですか?」「あれ?」と思ったら、平素から下位者が上位者に思ったことを伝える関係をよりよく構築していくことが、いざという時に中長期的にも含めて、部隊全体がイメージして出動できるということなんです。

なので、災害派遣は(平時と有事の)真ん中ぐらいですが、平素から上司は何を思っているかを発しますし、メンバーは「それはこうなんじゃないですか?」と言えるような雰囲気を作ることで、「この人に付いていきたい」という、「統御」の部分を自衛隊は大事にしています。

部下の命を預かる上で、隊員の家族や両親に手紙を綴った

そんな中で、「私のリーダーシップ」と読み替えてほしいんですが、私のやっていた「統御」は、本当に小さいことの積み重ねで。80人の部下を携える時にまず最初にやったことは、単身赴任者のご家族だとか、独身者のご両親へお手紙を書きました。

いよいよの時は私が命を預かることになるわけなので、まず「私はこういう人間です。こういう背景を持っていて、こういうことを考えていて、お預かりしています」という、お手紙を書きました。

あとは「部隊新聞」というのを毎月作って。必ずみんなが輝く部分があるので、それを新聞にして伝えると。ここで大事にしたかったことは、(部隊のメンバーが)80人いるんですが、一人ひとりをきちんと見ていることと、「活躍をしている今の私たちはこういう部隊です」というのを隣の部隊にも知ってほしいということで新聞を作りました。

何度もお話しするんですが、常に自分の状況を開示していました。当然、「しんどいわ」ということもそうですし、「子どもがいてこうだわ」ということも含めて、隊員によくお話しするようにしていましたし、隊員の状況もよく聞いていました。

すごく指揮系統を重んじる組織ですので、例えば「結婚しました」とか、時に「貯金がいくらありますか?」ぐらいまでを確認する組織なんですが、その人の身の上のところはそれぞれの階級で、メンバーから係長、係長から課長にという指揮系統でやるわけですけれども。

一方で心の問題。当然、自衛官でもメンタルが弱っていたり、人に言えないつらいことなどもあります。その中での心情把握は、指揮系統でやっていたら絶対にうまくいかないので、人と人との相性を重んじたかった。

例えば私が女性だったので、女性の隊員は今まで隊長に男性が付いたことがなく、悩みがなかなかお話しできなかったと。でも、私がトコトコとみんなによく話に行っていたので、「隊長、聞いてください」ということで、いろんな心情把握をして。

「課長」を「私」と読み替えてほしいんですが、部隊が大きく変わるような決心をする時は、右腕になる係長と2人を集めて、3人で「こういう話があるけれども、こうしようか、ああしようか」ということはやったんですけれども。心のケアは人の相性(が大切だ)というのを信じていて、それを網の目で共有すればいいんじゃないかということでやっていました。