「不景気が来るのを待っていた」と語る理由とは?

慶野英里名氏(以下、慶野):「これからオリンピックに向かって日本が盛り上がるぞ」という段階で、かなりシビアに不景気のことを考えていた、数少ない人が磯部さんだったと思うんですけれども。実際にその後、東京オリンピックの後の不景気よりもだいぶ早まりましたが、コロナで日本に不景気がやってきたわけですよね。

磯部一郎氏(以下、磯部):そうですよね。批判されるかもしれないけど、僕は不景気が来るのを待っていましたね。

慶野:予測して備えていたんじゃなくて、待っていたんですか? なんで待っていたんですか?

磯部:株が落ちる時に上がるファンドを1,000万円以上買い込んでいたりとか、現金を手元に集められる準備をしていたりだとか。あとは極力、組織拡大は我慢していました。設備投資や組織拡大は判断をギリギリまで待って、「どうしようか」と、キャッシュをいつでも企てられる準備をして。

2017年・2018年ぐらいまでは事業をいくつも起こして、けっこういろいろな投資をガンガンやっていたんです。メディアの事業ってけっこう博打なんですけれども。

磯部氏が解説する「起業時のビジネスの仕組み」

慶野:Webメディアをいくつか展開されていましたよね。

磯部:そうです。当たればでかいですよ。不労収益が得られるけれども、当たらなかったらとんでもないところに何千万円も突っ込む。1人で起業しても、お店を作るよりも何倍も投資が必要なんですが、そういうこともやっていたんです。

広告宣伝費をかけてメディアの露出を増やしていこうと思うと、売上は上がるけれども利益が出ないパターンなんです。これはメディア事業だけではなくて、ベンチャー的な事業ってそうで。今、やっているのもそうですけれども。

ベンチャー企業って、資金を集めて赤字にして売上を拡大していく。拡大フェーズでは広告宣伝費をかける。広告宣伝費をかけると当然売上は増えるけれども、1件あたりの顧客獲得コストがLTV(生涯顧客価値)よりも上回ってしまうと、これは赤字の広告になるわけです。

好景気の時にキャッシュを回して売上を上げて、それで広告宣伝費を削ると利益がジャリンと出る。ただ、そこで成長が止まるのが、起業時のビジネスの成長の仕組みだと思うんです。

慶野:なるほど。

好景気のうちから不景気を見越して対策

慶野:磯部さんはコロナになった時に、選択と集中でいろんな事業を少数精鋭で絞っていったと思うんですが。不景気になったから「やばいな」と思って選択と集中をしたんじゃなくて、そもそも好景気のうちから不景気を見越して絞り始めて、実際に(不況が)来たら一気に絞ったという感じですか?

磯部:いや、拡大を我慢していた感じです。どんどんイベント会場とかを借りて、持ちテナントの箱を増やそうと思っていました。だって、2019年に名刺交換した数が4,000枚ですよ。「これだけ人がいれば、やれば儲かる」と。

慶野:すごい枚数ですね。

磯部:コワーキングをやっていて、イベント会場として貸し出しているだけで、毎日何十人と会社を訪れているから誰が誰だかわからないです。そういう状況でして、全部大事に保管してありますが、コロナになってから(交換した名刺)は数百枚です。

会って知り合いになる数がだいぶ変わるわけです。そういう状況において、店を展開していったら売上は上がるだろうなと思っていたんですが、これがこのまま続くわけないから、負債になってしまう可能性が大きいなというのはなんとなく感じていたので。

それを以前の経験と照らし合わせて、もっと言うと人件費や家賃だとか、そういったことは好景気のほうが高いわけです。「いけいけ、どんどん」と雇ってしまって不景気になると大変なので、それはなるべく控えて。

不景気の時ほど組織が拡大する

磯部:これはログミーに残ってもいいと思うんですけれども……。

慶野:何でしょう? ドキドキする(笑)。

磯部:不景気の時のほうが組織拡大するのは、良い人が集まりやすいわけです。組織拡大する時は不景気なんです。だけど、一昨日、昨日、今日の延長線上のあまりにも無謀なお金の使い方で、好景気の時に拡大路線で勝負をし続けてしまうと、余裕が出なくなるというのが1つと、選択と集中をしようと思ってもなかなか難しくなる。

慶野:つまり、選択と集中をするためには、もともとある程度広げておくけれども、広げすぎずに良い頃合いの拡大路線をしておいて、そこから選択と集中に入ることが必要ということですか?

磯部:最初から無駄を切りすぎていると切るところがなくなっちゃうし、闇雲に投資しすぎるとそれを処理できなくなるので、今度は負債を抱えることになるから。そうすると、どこかに今度投資をしようと思っても体力がなくなってしまうから、集中ができなくなってしまいます。それはある程度、戦略的に行う必要がありますよね。

過剰なコストカットが好景気時にもたらすデメリット

磯部:難しいところではあるんです。乗っかる時には奇策をあまりやらないで、正攻法でどんどん広げてしまうのは戦略としては正しい反面、「それがいつまでも続きますよ」というのは、バブルの崩壊で痛手を食うのと同じ理屈ですよね。

そこの駆け引きとか、状況をすばやくキャッチして方向転換をすることは非常に重要になってくるんじゃないかと思います。準備段階というか、場が変わる変わり目では、当然そういったことが経営者としては必要になってくると感じます。

慶野:なるほど。「選択と集中」と言うと、ひたすらスリム化して収益性が高い事業に集中するイメージを持っていたんですが、ただスリム化するだけじゃなくて、まずたくさんの候補を持っておくことと、集中するだけの体力を好景気の時に身に付けておくことが必要なんですね。今、それを学びました。

磯部:体力というか、楽観的すぎる設備投資は首を絞めることになりますよという話と、逆にコストをカットしすぎていると、好景気の時に引き算できなくなるので動けなくなってしまうという、両方がありますよね。

慶野:わかりました。ありがとうございます。

パラレルキャリアに抱きがちな誤解

慶野:今、磯部さんから経営者の視点でお話をうかがったんですが、このパラキャリ酒場にご参加のみなさんは、「副業や起業に興味がある」「(事業を)始めたばかりです」という段階の方もけっこう多いんです。

「ビジネスを始めたい」とか、始めたばかりの方に向けて、不況の今、アドバイスいただけますか? 「設備投資とかはまだ早いかな」という人が多いと思うんですけれども。

磯部:「選択と集中」って、やめることだけじゃないかなと思うんですよ。概念上変えるということも大いにあるのではないかと。捉え方を変えることによって、てこの原理じゃないですが、レバレッジが働くこともたくさんあるんじゃないかなと思います。

経営という意味じゃなくて、今日はパラレルキャリアについてなので、例えば「ぶら下がって会社に所属しています」という概念を持っていて、それで「副業をやります」という場合の仕事の捉え方だと、それこそ会社での仕事と副業の仕事はばらばらですけれども。

パラレルキャリアという言葉って、簡単なようでちょっと誤解されがちだなと思うんですが、僕はこういうパラレルキャリアはあまりおすすめしないかなと思っていて。「選択と集中」の意味をこういう概念で持とうとすると、「どっちかを選ぶこと」と取れてしまうと思うんです。

慶野:違うんですね。

磯部:そういうのじゃなくて、「シングルキャリア」「パラレルワーク」みたいなのがよろしいんじゃないかなと思います。

「会社か副業か」という、二者択一の選択でなくても良い

慶野:シングルキャリアとは、どういうことですか?

磯部:つまり、自分でアントレプレナーシップを持って、活動の理念を自分でキャリアを構築して、それで会社の仕事を再定義することです。要するに2つの活動に分けるんじゃなくて、1つのキャリアの1つの活動と定義する。

どう位置付けるのかによって、自分が軸足を決めておいた活動の中に、今ある2つないし3つのワークを再定義して、もう1回はめ込んでみる。それを発信していくことによって、「選択と集中」のレバレッジが働くんじゃないかなということです。

慶野:本当ですね。会社員の方にありがちなんですが、会社以外の時間を「自分の時間」と表現する方が多くて、これはもったいないなと思っています。本当は、会社に行っている時間も自分の時間のはずなんですよ。給料以外に、スキル、経験、人的ネットワークと、会社でも得られるものはたくさんあるじゃないですか。

会社で自分の欲しいものを得て、会社以外の自分の時間にも活かす。オンとオフでシナジーを生んでいくことができれば、「会社か副業か」という二者択一の選択をしなくていいと思うんですよね。でも、けっこう二者択一だと思っちゃっている人が多いですよね。

磯部:いろんな活動をやっていて、「どれかを切る」とか「どれかをやめる」という、もちろんやめるのも「選択と集中」ですよ。活動をやめたらそこに空白が生じるので、その空白で考えられることだったり、充実してくることだったり、そこで生まれる何かがありますから。

起業したての経営者が陥りがちな罠

磯部:また経営の視座になってしまうんですが、経営者として活動しているといろんな情報が飛んでくるわけですよ。もう毎日のように、「磯部さん。こういうのを一緒にやりませんか?」「こういう会をやるんだけど興味ありませんか?」とか。銀行さんが電話してきて「こういうマッチングがあるんですけど、どうですか?」だとか。

特に、起業したてで「社長」という肩書きで呼ばれることに慣れていないと、「社長」「○○社長」「慶野社長」……。

慶野:あら。

磯部:「こういうお誘いがあるんですけど、いかがですか?」って言われると。

慶野:舞い上がっちゃうんですね。

磯部:ついつい舞い上がっちゃう。

慶野:気を付けないと(笑)。

磯部:そう(笑)。だから、この世界には「ひよこ食い」というのがございまして。

慶野:へえ。そういうのをひよこ食いって呼ぶんですか。

磯部:そう。ひよこ社長を食べてしまう、ひよこ食いと言うんですが、これには気を付けなくてはいけない。だから、舞い上がらないようにしなくちゃいけないし、自分で軸を持って活動を選択していかなくちゃいけない。

起業で失敗しないためには「やらないこと」を決めておく

磯部:要するに、そうやって誘われることや積み上げていくこと、新しいことに手を伸ばすのって簡単なんですよ。たくさん誘ってくるから、「千載一遇のチャンスだ」と最初は思ってしまうんです。でも、実はそれは違っていて。

大事なのは「何をやらないのか」と決めること。断り方を決めること。ここで信用を落とさないで、決める時にパラレルキャリアで別々の活動をしていると、「もう1個くらい慶野さんやったっていいじゃない」「つれないね」って言われてしまうけれども。

「自分がやるキャリア、やりたいビジョン・ミッションはこういうことなんだ」というのをきちんと語れて、「だからパラレルワークでやっているんですよ」ということが説明できると、やらない理由がはっきりしてくるんです。「僕はそれをやらない。なぜなら、その活動に則らないから」ということで。

慶野:なるほど。

磯部:そうです。だから、うまく稼げている人は芯が通っているんです。その中でも、マーケティングと本業はきちんとすみ分けができていて、しっかりと稼げるところを持っているというのが、非常にポイントになってきますよね。

慶野:なるほどな。マーケティングやPRだけをやって、本業で稼げる状態が作れていないのにSNSのフォロワーが増えたり、「いいね」をたくさんもらえたりして満足しちゃっている人もいるにはいますよね。

磯部:そうですね。

「楽しいこと」と「稼げること」を認識する重要性

磯部:さっき申し上げたとおり、本業とマーケティング、「楽しいこと」と「稼げること」をしっかりと認識していることが大事です。特に、起業したり「独立しました」と言うと、ご祝儀相場が待っているわけですよね。「おめでとうございます」って、たくさん来るので。そうすると、ふわふわといろんな人たちにたくさん声を掛けられます。

開業して1ヶ月や2ヶ月とかは、そういうのがいっぱい来るんです。それを「社長の仕事」だと勘違いしないことです。派手そうに見えるんですが。

例えば、僕は何に時間を使っているかと言うと、社内の子たちや新しいメンバーのメンテナンスに半分くらい時間を使っていたりとか。要するに、どっちかと言うと内側を支えてくれる人たちを教育したりが大きいと思いますよ。だから、派手なことをやっていることのほうが少ないという。例えばこういうの(イベントの登壇)は、完全に趣味・遊びの世界ですよ。

慶野:(笑)。そうですね、楽しくトークしていますね。

磯部:僕にとってみたらそう。息抜きの時間というか、社会貢献活動というか、ボランティアというか。そういうところに近しい活動ですよね。これは別に本業ではない、ということをしっかりとわかっている。

だから、ご家族が「お父さんは仕事なの?」(と聞いて、)「そう。仕事だから忙しいんだよ」と、(誘いに対して)何でも「仕事ですよ」と言っているうちは、たぶん儲からないですね。

フリーランスになって初めて感じた、仕事を断る感覚

慶野:思い当たりますね。私も開業届を出した直後は、引き合いがあった仕事を全部受けましたし、単価が合わないとか理念と合わないとかでも、とりあえず初回打ち合わせは絶対に行っていたんです。プレゼンイベントとかはすべて出ていましたし。

でも、そこでちょっと限界を感じて。「限られたリソースを効率的に使わないと破綻してしまうな」と、すごく感じました。

でも、その感覚って副業フリーランスになって初めて知ったんですよ。なぜなら、会社員は仕事を断っちゃいけないので。上司に「この仕事は私の理念と合いません」「私の人生の軸とちょっと違うので、ナシでいいですか?」と、時には言ってもいいですが、毎度毎度そんなことできないので。

基本的に「振られた仕事はやる」というスタンスが正しいと思うんですが、自分の旗を掲げて個人でビジネスをやっていくとしたら、選ぶ感性を研ぎ澄ます、選ぶ練習をしていくのがめちゃくちゃ大事なんだなというのを、数年かけて学んでいるところです。

個人事業主や中小企業ほど、仕事の「選択」が必要

磯部:大企業がなぜ儲かるのか。それは、仕事を選んで生産性を上げているからです。

慶野:おお。まさに「選択と集中」ですね。収益性の高い事業を選んでいるんですね。

磯部:大企業でさえそうなんですよ。それが起業したての個人や零細企業、小規模事業者、中小企業が、大企業よりも厳しいことをやったらどうでしょう。それは厳しいので、「何でもやります」というのは通用しないと思います。特に今の時代は、単純にブラックと言われてしまうので。10年前だったら大丈夫だったのかもしれないですが。

慶野:なるほど。会社員をしながらでも経営者やフリーランスとして、自分で選ぶ、取捨選択をするマインドセットを身に付けられるのは、パラレルキャリアの良いところだと思います。

それが身に付いていないまま、「何でもやります」「何でも行きます」「儲かるかわからないけど全部仕事です」というところで、最初のご祝儀の1ヶ月を過ごして「得るものが少ない!」という失敗をしづらい。数年を経て独立したり、そのままパラレルキャリアを続けても良いですが、練習期間としてのパラレルキャリアという捉え方をできるかなと思いました。