メンタルが傷つく前に身につけたい、人の話を聞き流すコツ

ーー今回の新刊(『もう怒りで失敗しない! アンガーマネジメント見るだけノート』)に、怒りを表すタイプには「攻撃タイプ」と「受け身タイプ」の2種類があると書かれていました。

従来のアンガーマネジメントは、前者の「攻撃タイプ」に対するアプローチが多いように感じていたんですが、後者の「受け身タイプ」の人たちが、傷つきすぎず、上手に相手の怒りを受け止めるポイントはありますか?

安藤俊介氏(以下、安藤):「聞かなきゃいけない話」と「聞かなくていい話」というのがあって。聞かなきゃいけない話は「事実」なんですよ。事実は事実として素直に話を聞けばいいと。

もう1つ。多くの人は事実以外のこともけっこう怒るんですね。例えば、遅刻をした時に、遅刻をした事実は受け止めればいいわけじゃないですか。だけど、「お前がだらしがないから遅刻をするんだ」って言われたら、「だらしがない」っていうのは事実とは限らないわけですよ。

ーー主観に近いですね。

安藤:そう。その人の勝手な主観なので。事実と思い込みって、すべての会話の中に必ずごっちゃになって入ってるわけですね。だから、特に怒られてメンタルを保ちたいといった時には、「事実かどうか?」を聞き分ける。事実は素直に受け止めて、事実以外は聞き流す。これができるようになると、メンタルってそんなにへこまなくて済むんですよね。

ーー話を聞き流すコツはありますか?

安藤:「思い込み言葉」というキーワードに注目しておくと良くって。1つが決めつけの言葉なんですが、「いつも」「絶対」「必ず」。あとは、程度言葉の「しっかり」「ちゃんと」「きちんと」。あと、大げさな言葉で「みんな」「全員」「当たり前」とか。

そういう言葉が出てきた時は、「これってたぶん事実じゃないこと言ってるな」って。あとは「いつも」って決めつけで言われたら、「いつもじゃないよな」って思うことですね。

「怒り上手はリクエスト上手」

ーー当たり前のように怒られて指導されてきた中高年の方々が、「怒らないで部下に指導してください」と言われた時に、何かポイントはありますか?

安藤:まず、アンガーマネジメントの世界では、「怒る」と「叱る」って同じ意味で使ってるんですね。世間一般の意味で言うと、「怒る」というのは身勝手に、「叱る」というのは相手のことを考えて、というニュアンスだと思うんですけれども。

怒るも叱るも、単純に相手に「今、どうしてほしい」「次からどうしてほしいか」を伝えるリクエストでしかないと僕らは言ってるんですね。なので、部下を怒らなければいけないとなった時に、必ずしも怒りを乗せなきゃいけないわけではないわけですよ。別に指導ができればいい。

その指導は何かというと、「今どうしてほしい」「次からどうしてほしい」っていうリクエストさえ出していればいいわけですよね。

相手をへこませようとか、反省させようって考えるのではなくて、いかに気持ちよく、こっちの言ってることを聞いてもらうかなんですよね。「怒り上手はリクエスト上手」という言い方をするんですが、結局はリクエストがうまい人が怒り上手なわけです。

「怒り」とは、真剣さを伝えるための1つの手段

ーー怒りの感情の裏側に、「悲しい」とか「悔しい」という気持ちが隠れていることもあるとは思うんですが、そういう感情の部分も伝えたほうがいいんですかね?

安藤:それで良いと思いますよ。「どうしてほしい」って言うことに加えて、自分が今、どういう感情を感じているか。もちろん、言葉としてはつながってて良いんですが、自分の中に2つあるものとして伝えられるようになると、すごくいいですね。

アメリカとかで夫婦セラピーをやる時って、相手に伝えたいこと、要するにリクエストと感情を分けて話させるんですよ。それを一緒に混ぜちゃうと、もはや何だかわかんなくなっちゃうので。

だから、夫婦セラピーとかでは、僕らが間に入って“交通整理”をしてあげるんですが、「どうしてほしいか。なぜならば私は悲しいから」という、分けるトレーニングをするんですね。伝えたいことは2つあって、1つがリクエストで、1つが自分の気持ち。そういう感じでやればいいと思います。

ーーそれって言いづらいかなとは思うんですが、上司や目上の人に対しても「自分は悲しいんだ」とか「自分は悔しいんだ」って言っても良いものなんですかね?

安藤:もちろんです。逆に、言いづらくて自分が苦しむぐらいだったら、言って苦しんだほうがいいと思いますよ。どっちにしろ苦しむので。

怒りっていうのは、少なからず真剣さを伝えられる手段の1つではあるので。ロジックだからといって、その上に怒りの感情が乗っからないわけでもないし。怒りがあるからといって、必ずしもすごく怒ってるとも限らないわけですよね。

怒れない=自分の権利を主張できない

ーー「これは指導なんだ」「これは聞き流してもいいんだ」という聞き分けは、何をもって判断したら良いですか?

安藤:主観的なことで言えば、聞いて得になると思ったら聞けばいいんですよね。結局、本当は聞いたほうがいいことでも、「自分の得にならないな」って思ったことに関しては聞かないですもん。最終的にはわがままに、自分が「『これは、聞いたほうが自分のためになるな』と思うんだったら聞こう」というぐらいが、もしかしたらちょうど良いのかもしれないですね。

ーー逆に、「怒らないこと」がもたらすデメリットってありますかね?

安藤:怒るのは「防衛感情」と言って、大切なものを守るために備わっている感情なんですね。だから、「怒らない=大切なものが危ない目にあっても守れない」になっちゃうんですよ。

怒らなかったら、言われっ放しになるとか、嫌なことを押し付け続けられるとか。自分の身や、自分の大切にしているものを守れない可能性が出ちゃうので。あとは、怒れないと自分の権利の主張もできないところは問題ですよね。

怒りっぽい上司に対して、部下からできるアプローチ

ーー相手を傷つけないように気を付けていても、つい怒って指導をしてしまう方っていらっしゃると思うんですよ。「この人怒りっぽいな」という上司に、部下からアプローチできることってありますか?

安藤:部下にできることは、事実以外のことを言われたら「それは事実ではないです」って言えるかなんですよね。なので、「この点については確かにそうだと思いますが、『だらしがない』ってことに関しては同意はできないです」っていう。

ーー部下と上司の関係性が壊れないようにするには、ふだんからの信頼関係も大事かなと思うんですが、そのへんはどうなんでしょう?

安藤:「怒り上手はリクエスト上手」という話をしたんですが、リクエスト上手な人って、そもそも人間関係が良いんですよね。なので、怒りを効果的にしたかったら、ふだんから人間関係を良好に保っておくことですね。そうすれば、「この人が言うんだったら聞こう」になります。反対に、「この人に言われても聞きたくない」って思われたら、それでおしまいなんですよね。

そういう意味では、公共のマナー(が悪い)とか、世の中には普通に怒っちゃう人いるじゃないですか。あの人たちはたぶん、部下にもうまく怒れてない人たちなんですよ。なんでかっていうと、見ず知らずの人間が怒って言うことを聞くと思ってる時点で、怒り方が下手ですから。

ーー気持ちを一方的にぶつけてるだけですよね。相手に聞かせる気がない。

安藤:そうです。

リモートワークでコミュニケーションの齟齬を減らすには

ーーちょっとテーマが変わってしまうんですが、よくリモートワークでは、文面だけを見ると「この人怒ってるのかな」とか、「ちょっと冷たくない?」って思ってしまうことがあると思っていて。コミュニケーションの齟齬が起きやすいリモートワークで気をつけたほうが良いことはありますか?

安藤:もし、仕組みとして作れるんだったら、なんでもいいから雑談の時間を作ったほうがいいです。結局、会議って要件だけ言って終わっちゃうじゃないですか。「ちょっと」って言って気軽に話せないので、むしろ1日10〜15分で良いから、雑談のミーティングをすることです。

別にテーマを決めずに集まって、「最近何してんの?」っていう。できるなら、それをやったほうが望ましいです。ただ、なかなかそれが難しいのであるならば、できる限りその1回1回のミーティングの中で、「ん?」って思ったこともぜんぶ言っておいたほうがいいです。

ーー雑談のミーティングでも、気を使いすぎてしまう人がコミュニケーションにうまく入れる場の作り方はありますか?

安藤:ミーティングも、自由に出入りして良いスペースを1個作っておく。みんな一斉に入らなくっても、その会議室に入っている間は何をしゃべってても良いよ(という場を設けておくこと)。

SlackやChatworkでも良いんですが、自分が思ってることや、ふだん何気なく感じたことを意図もなく書いてっていいよ、とか。そういうスペースを作ったらいいんじゃないですかね。

「正しいこと」でなくても、自分が思ったことを言えば良い

ーー「自由に発言できない職場は生産性が低い」と、著書の中でも書かれていたと思うんですが、仕組み作りの点でポイントはありますか?

安藤:仕組み作りの点は、ブレストのルールをそのまま使うことです。ブレストのルールって、「質より量」「否定しない」「尻馬に乗っかるのオッケー」なんですよ。会議とかで誰かが言ったことを、いちいち否定しない。「量が出たほうが偉い」っていう文化を作れるかです。

だから、うち(日本アンガーマネジメント協会)とかも、今はけっこうリモートで、たまに集まって会議をやったりしていて。「好きなことを言いなよ」って言うと、「正しいことを言わなきゃいけない」という感じになっちゃう子がけっこういるんですが、「好きに言えば良いよ」って言います。

ーー「好きに言えば」って言うと、発言してくれるものなんですかね?

安藤:とりあえず何か言ってくれますよ。本当にピント外れな発言とかもけっこうあるんですが、でも言わないよりは言ったほうがいいです。僕らマネジメント層としても、言わせたほうが良いと思っているので、とにかく「言って」です。「なるほどね」って言って聞いてます。絶対に否定しない。

なかなか発言しない人のことを、いかに待てるか

ーー心理的安全性を担保する上では、否定するって怒りとイコールに近いのかなと思ったりするんですが、その要素って入ってるんですかね?

安藤:はい、そうです。自由に発言ができることって、(フレデリック・)ハーズバーグの「動機づけ・衛生理論」でいうと、衛生でしかないんですが。発言ができるから動機づけになるかというと、そうではなくて不満はなくなることなので。

少なくとも、環境を整えるって意味では、発言にはいっさい否定をしないとか、それをもうルールとして作っておく感じですかね。

あとは、発言しにくい人のことも待てるかです。うちは会議とかで円卓になってみんなで発言していく時に、やっぱり発言の遅い子とか、考えるスピードの遅い子とかもいるんですが、ひたすらみんなで待ちます。

「いいよ、後で考えときな」になっちゃうと、「自分は(発言が)遅い」になっちゃうので。だから、「好きなだけ考えて言いな」という感じで待っています。「その質問が難しかったら、こういうことでもいいよ」と、多少の助け舟を出したりとかはありますね。