従来のピラミッド型組織から、レイヤー構造型組織に

西山圭太氏:今更ながらなんですが、「UX」って言いますよね。ユーザーのエクスペリエンス。なぜ言われるかというと、お客の体験は当然太古の昔からあるわけで、去年、今年になっていきなり顧客が体験を始めたわけじゃないんです。

にも関わらず、なぜそういうことを言われるかというと、人類史上初めて、UX(ユーザーのエクスペリエンス)のかなりの部分をソフトウェアが直接決めるということが起きつつあります。「そのことを考えなきゃいけませんよ」と言っているのが、UXの話になります。まさにレイヤー構造の話です。

ここまで来ると、DXの話にかなり近くなります。つまり、ここまでレイヤー構造ができ上がってくると、人の組織が今までどおりではいられないということです。

今までの人の組織は、絵で言うと右のかたち。つまり、ピラミッド構造ですね。普通の大きい会社だと、社長がいて、部長がいて、課長がいて、スタッフの人がいて、ピラミッドの構造になっていますよね。これが伝統的な人間の組織だったのですが、ものすごく単純化すると、これがレイヤー構造に置き換わるということなんです。

なぜかというと、ソフトウェアそのものがさっき申し上げたようなレイヤーのかたちを持っているので、ソフトをうまく使いこなすということは、レイヤーの発想がないとできない。つまりこの絵で言うと、左側の発想がないと右側の発想だけではできませんよということです。

アフターデジタルの組織の構造

身近な例を1つ、その下に書いてあります。左側の世界がなかった時代、私は昭和に社会人を始めましたが、もしあなたがどっかの会社の課長さんで、疑問に思ったことがあると、大概昭和の時代はこうしたはずなんです。

「これは仕事上で調べなきゃいけないことだから」と部下を呼んで、「それについて最近世の中でよく言われているようだが、どういうことを言われてるかを調べてレポートにまとめてくれ」というのを昔はしたはずなんです。ここでは「ブロックチェーン」と書いてありますが、それが昔のやり方です。

でも今は、みなさんもうお気付きだと思いますが、別にブロックチェーンがどんなものかを調べるのに、いちいち部下に頼んで資料を作らせなくても、文章から始まって動画に至るまで、「ブロックチェーンってこうなんですよ」ということを説明したものが(ネット上に)たくさんあります。

なので、「ブロックチェーンを知りたいあなた」と、ブロックチェーンはどんなものだという「解説」が、ソフトウェアを介して直接つながってしまっているんです。ですから、この絵の右側のピラミッド構造、「部下に発注して資料を作らせる」ということをしなくても、今はできてしまいます。これをどう活かすかがDXになります。

同じことなんですが、あえて絵にすればこうなります。昔はコンピューターが確かにあったけれど、コンピューターと人間(の関係性)。仮に人間の課題が「○○部長さんの課題」だとすれば、○○部長の課題とコンピューターの間に、常に人がピラミッド型でいたんです。

人はいなくなるわけではないんだけれども、それが人とコンピューター、ソフトウェアのレイヤー構造が積み重なって、みなさんの課題、組織の中の課題、お客さまの課題を解決するというのが、アフターデジタルの構造になります。

「なんちゃってDX」を回避するためには?

さて。ここまで来ると、いよいよDXそのものの話になります。じゃあ、今のことを前提に、DXとは何だ? ということを申し上げます。今までの話とつなげて言うと、DXとは今のビジネスをそのままデジタル化することではないです。

DXというのはデジタル化ですから、常にレイヤーミルフィーユのかたちを持っているので、自分のビジネスはそのかたち(ミルフィーユ状)にするとどうなるだろうか? ということを挟むことが必要になります。

今、この画面に現れているとおり、オレンジ色になっている「レイヤーミルフィーユとして見る」というのを挟んでデジタル化をせず、自分が思い描いている昔からのビジネスにそのままデジタル化すると、うまくいきません。

うまくいかないことをどう説明しようかと思っていたら、この間、ある人に質問をされて。「そうだ。この例を使えばうまく説明できる」と思いついたので、それ以来、これで説明してます。その人に聞かれたのは、「なんで紙の書類っていつまでもなくならないんだ?」と言われたんですよ。「これに答えれば良いんだ」と。

答えは簡単で、今の話と同じです。つまり、書類をデジタル化しようとしちゃいけないんです。書類って慣れているから、単純なことをやっているように見えて、実は書類っていろんな機能を詰め込んでいるんですね。ですから、それをいったんレイヤーに分解しないと(デジタル化が)できません。

それをせずに、書類をそのままデジタル化しようとすると、ひょっとしたらみなさんの職場でも起こっているかもしれませんが、このスライドに書いてあるように「FAXを廃止したからさ」と、プリントアウトして押印した文章をスキャンしてデジタル化して、データとしては「PDFにして送ってください」となるわけです。

ちょっと考えていただければ、これはいったい全体、何を解決するのかよくわからないわけです。だってそれって、書類を印刷しているんでしょ? ってなるわけです。押印してるじゃんと。もしみなさんが「なんなのそれ。FAXをやめたらからPDFで送るって、何が良いんだっけ?」とお思いになったら、それは正常です。

それがおかしいと思われれば、たぶん本物のDXができます。おかしいと思わないで「書類をデジタル化するということは、そういうことだよね」と、やっちゃうと、簡単に言えば「なんちゃってDX」になります。なんちゃってDXにならないように、まさに今日はDX CAMP 2021 zeroが行われています。

デジタル化に取り組んだ、アメリカの新聞社の事例

「いや、そうなのか?」「世の中でそんなことに気付いてやっている人って、けっこういるのだろうか?」と。もちろんたくさんおられると思いますが、今日ここで取り上げようとしているのはアメリカの例で恐縮ですが、ある新聞社。あるといっても有名ですが、『The Washington Post』という新聞社です。

彼らは何をしたのかというと、私なりのデフォルメ・想像も入っていますが、もともと昔は普通の新聞社だったわけです。

現場の新聞記者の人がいて、取材して記事を書いて、編集者の人が編集をして、整理部に行って割り付けが行われる。できたら印刷されて、家庭であれオフィスであれ、営業の人が取ってきたお客さんのところにどんどん配られてみなさんが読むと。その全体を経営している、これが昔のモデルです。

もちろん、『The Washington Post』をジェフ・ベゾスが買収したからということもあるのでしょうが、デジタル化にものすごく熱心に取り組むんです。たぶん、彼らが考えたことはこういうことだと思います。

『The Washington Post』はたくさんデータを持っていますから、これは別に自前で持たなくてもクラウドに預ければ良いよねと、クラウドのストレージに持っていきました。

それからみなさんもまさに今、コロナ禍の中でやっておられるとおり、会議をオンラインでやるなら、別にコラボレーションツールは『The Washington Post』で作らなくてもすでにあるよね、となります。それからたぶん、このCAMPにも参加されている会社も多いと思いますが、顧客管理営業支援のツールって世の中にけっこうあります。

新聞社でそのまま使えるのかどうかはわかりませんよ。わからないけれども、普通に考えればそういう営業支援は、世の中にあるツールを使えばデジタル化できるじゃないと。そこまではいくわけです。

DXは必ずIXになる

ところがふと、記者が記事を書いてそれを編集してコンテンツにする時に、その部分はないよねと気付いて。まさにその部分をレイヤーに分けてソフトウェアにしたのが、彼らの名前だと「Arc Publishing」と言います。

この図の濃い青のところですが、ここを自前でデジタル化したわけです。もう一回、何がポイントかを繰り返すと、自分が作らなきゃいけないもの以外、ここで言うとクラウドストレージ、コラボレーションツール、顧客管理営業支援って、別に人さまが作ったやつを使えば良いじゃんと。

でも、それだけだと新聞社のビジネス全部はできないので、これをレイヤーに分けた時に残ったものがあるのだとしたら、自分でやらないとまずいよね。それで「Arc Publishing」を作ったということだと私は理解をしています。

これを見ると、いくつかわかることがあります。結論を言うと、「本棚にない本を探す」と私は言っています。『The Washington Post』の例でわかることは、当然こういうArc Publishingを作っちゃうと、これは『The Washington Post』で作られたものなのだけど別に他の新聞社で使ったって良いわけです。

別に『The New York Times』を使ったって良いし、『FIGARO』で使ったって良いし、『Financial Times』で使ったって良いし、たぶん日本の新聞社で使ったって良いんだと思います。なので、こういう取り組みを誰かが始めると、冒頭に申し上げたとおり、必ずDXはIX(Internet Exchange)になります。

1社で始めたデジタル化が、結果的には産業全体のDXにつながる

つまり、誰かがレイヤーで考え始めて、このレイヤーの隙間を埋めると、それは同じような業態の他の会社でも使えるということが必ず起きます。ですので、個社をデジタル的にトランスフォーメーションしているようで、結果においては産業自体がデジタル化していく。必ずIXを伴う。だから、人さまがやっているんだったら、それをうまく使うのがDXです。

その点を強調するのが下の段ですが、比較的日本でありがちじゃないかと思うので、こういう書き方をします。さっきの例のように、同じようなソフトウェアをそれぞれの新聞社がそれぞれベンダーに発注して開発しても、誰のためにもなりません。同じようなものですから、リソースの無駄です。

ですから、使えるものは共有化した上で、自分でしかできないものだけを作る。探すということをしなきゃいけない。そのことを私の本の中では「本棚にない本を探す」と言いました。いろんな会社のホームページはチェックしていませんが、恐らくたぶん今は大概、「プラットフォーマーを目指す」とけっこう書いてあると思います。

会社をまたいだ取り組みでイノベーションが起きる

「プラットフォーマーを目指す」って何を言っているのかというと、実は今の話です。『The Washington Post』の例で言うと、世の中にある横割のツール、クラウドストレージ、コラボレーションツール、顧客管理というレイヤーもあるから使わせてもらう。

ないところを自分で埋めて、「埋めちゃったんだから他の人にも使ってもらおう」となると、そこがプラットフォームになることを、「プラットフォーマー」「プラットフォームになる」と言っています。

ですから、「レイヤーに分けて本棚にない本を探して、自分で作る」ということは、「プラットフォーマーになる」ということとイコールです。これ以外のやり方はたぶんないと思います。「『The Washington Post』が作っちゃったやつを、俺も使うの?」というと、一瞬自分のビジネスが他人にコントロールされるように思われるかもしれません。

安心していただきたいのは、結局デジタル化はある時点では、Arc Publishingもすごいなと思うのだけれども、いったんできたツールを使って、さらにそれを便利にするための別のレイヤーを誰かが思いついて、その上に乗っけることがイノベーションになっています。

ですから、デジタル化の時代に大事なのは、人さまが作ってしまったものと同じものを作るんじゃなくて、それはもうあるということを前提に、「それに付加価値を生むようなレイヤーを新しく作るとしたらどうなるだろうか?」ということ(を考えること)なんです。

この発想。つまり、レイヤーとして見た上で新しいレイヤーを付け足していくという、ダイナミズムで先行するのがデジタル先進企業。企業として見れば、国であればデジタル先進国になるのだと思います。ですから、レイヤーとして考えるのは非常に大事だと思っています。

旧式の縦割りを分解し、レイヤー構造を取り入れた企業事例

『The Washington Post』の例でずっとご説明してしまいましたが、私の本で紹介していることや、今、関わっている冨山(和彦)さんの話も別途ありますが、経営共創基盤の関係でも、レイヤーとしての取り組みをやっている企業がありますので、その話をして最後の締めくくりにしたいと思います。

2つ、3つ取り上げますが、1つは「ダイセル」という企業です。これは本で取り上げました。化学メーカーなんですが、もともと古い合併会社だったんですね。ですから、1つの工場に行っても同じ設備なのだけれども、呼び方がバラバラで、旧会社ごとの縦割りがけっこういろいろありました。

これは20年ぐらい前の話ですから、少し時代を遡って考えていただきたいのですけれども。旧会社が縦割りだということと合わせて、工場を動かしてきた熟練の働き手を「ボードマン」と言いますが、その人たちが持っていた暗黙知で工場が動いていたんですが、それが一斉に定年で退職することになっちゃったんですね。それを解決しなきゃいけないと。同時に、急激な円高に見舞われたのは20年前です。

その時に何をしたかというと、まさにレイヤーで考えたんです。旧会社ごとの縦割りをいったんバラバラにして、化学プラントを動かすノウハウをレイヤーのように考えたらどうなるだろうかということで、ハードウェアに手を付けずにソフトウェアの部分だけを徹底的に直しました。

その結果、具体的には姫路市にある網干という工場でやったんですが、まさに横割のすごく良い仕組みができて、当時の記録を見ると「生産原価が2割下がった」と書いてあります。

レイヤー構造は岩手県のバス会社にも

まさに先ほどのレイヤー構造の話ですが、いったん網干工場でできたものは、ダイセルの他の工場でも使えますし、実際に彼らコンサルをするんですが、他の化学メーカーの工場でも使えると、横展開ができるようになります。

ダイセルはまさにこのレイヤー構造で発想して、まだその言葉はなかったんですが、製造業の「DX」に非常に果敢に取り組んだ企業の例として、取り上げさせていただいています。

経営共創基盤の例だと、「みちのり」という例を挙げています。みちのりは岩手県北バスから湘南モノレールまで、いろんなバス会社などのグループを地域をまたいで作られている企業です。これをどうやってマネージしているかというと、まさに縦じゃなくて横なんですね。

この絵がそれを表現しているので、中まで立ち入りませんけれども、まさに経営管理から始まって、オペレーションの共有まで横で見た上で、レイヤーとしてこの企業全体を捉えようとしてきました。ダイセルもみちのりもそうなんですが、そうすると何ができるかというと、これが結論です。DXができるようになります。

ダイセルで言えばオペレーションのコストが下がり、みちのりで言えばダイナミックルーティングから回す。どんどん新しいことにチャレンジできるようになっています。

個々のDXが業界全体のDXにつながる

さらにそれができると、ダイセルもみちのりもそうですが、個々の会社のDXだけではなくて、同じような業態の会社のデジタルトランスフォーメーションを一気に実現することが可能になりますし。それがみちのりの例で言えば、まさにMaaSにチャレンジする。Mobility as a Serviceにチャレンジすることですし、まったく新しい企業価値を生み出すことでもあります。

今日はこの3点にわたっていろいろお話をしてきましたが、最後にこれが結論です。よく「縦割り打破」と言います。これは正しいんですが、もう時代はその先に行ってしまっています。今日のお話を聞いていただければわかっていただけるように、もう「縦割りがだめだ」という時代は終わっています。

デジタル化がここまで進んだということは、競争のあり方そのもの、産業のあり方そのものが、横割・レイヤーになっているので。

そこにまず発想を立て直し、もう一度その思考法に転換をしないと、競争のスタートラインに立てないんじゃないでしょうかということを、DX CAMP 2021にあたっての私のメッセージとして、終わりとさせていただきます。どうもご清聴ありがとうございました。