厄災で認識が高まる組織のウェルビーイング
矢野和男氏(以下、矢野):よろしくお願いします、矢野でございます。今日はこの「コロナ時代に急激に注目を集める組織のウェルビーイング」をテーマに、幅広い知見をお持ちの方々にパネリストとして参加いただき、1時間しっかり議論したいと思います。
新型コロナウイルスに加えて、さまざまなテロや騒乱、それから自然災害。まさに世の中、先が見えないことを我々に実感させてくれる変化が、毎日のように起きています。50年ぐらい前に、ドラッカーが「我々が未来について知っていることは2つしかない。未来はそもそも知り得ないし、我々が知っているものとも、予測するものとも違う」と言っていますが、時代がその言葉をますます認識させるような状態になっています。
こうした我々の社会や組織をいろいろと変えなきゃいけない中で、「幸せ」や「ウェルビーイング」ということがますます大事だと、コロナが始まってから多くの方が認識した状態じゃないかなと思います。
今日は幅広い見識をお持ちの3人の方々に、パネリストとしてご参加いただきます。まずは皮切りに、今この状況において、ご自分とウェルビーイングの関わりや、どんなことをきっかけにウェルビーイングを意識したか、あるいは取り組んできたか。こんなことを少しお話しいただければと思います。
それでは最初、鈴木さんからよろしくお願いします。
コロナ禍の中でも向上した三重県民の幸福度
鈴木英敬氏(以下、鈴木):こんにちは。三重県知事の鈴木英敬です。ウェルビーイングと自分との関わりですが、私が知事になったのが平成23年で、今年で10年目なんです。知事になって最初に掲げたのが「幸福実感日本一の三重」で、毎年1万人の県民のみなさんに「あなたの幸福感は10点満点で何点ですか」とお聞きしています。
あとは防災や医療、教育サービスなど15の分野に対する実感なども聞いています。そういうウェルビーイングというか、幸福感や実感を政策に反映することをやっています。あとで分析結果は申し上げますが、実はコロナで大変な1年だった令和2年度は、県民のみなさんの幸福度が過去2番目に高い6.74点でした。これは内閣府のデータと比べても高いんです。
こちらもあとで分析結果をお伝えしますが、もう1つは、約5,000人の職員がいる三重県の職員満足度調査です。満足度なのでウェルビーイングとはやや違いますが、実はこの令和2年度、コロナで県庁職員もむちゃくちゃ大変だったなか、これも過去2番目に高い職員満足度になりました。
これが64.9点で、実は一番高かった時はG7伊勢志摩サミットをやった前年、その準備をやった平成27年が65.1点ですので、それと0.2点しか変わらないという状況でした。
こういう大変な時ほど、職員の満足度が上がる。そのマネジメントはどういうものなのか。そして、県民のみなさんの幸福度が高まっている、そのためにつなげてきた政策は何なのか。そういうところをみなさんと共有できればなと思います。よろしくお願いします。
矢野:よろしくお願いします。普通の人から見ると、県民の方々や職員の方々の幸福度や満足度は、こういう状況の中では下がってもおかしくないと思います。リモートワークとかで多少状況が変わったりした影響もあるかもしれませんが、当然、マイナス面も非常に大きいわけで。いろんな要因があると思いますが、一言で言うと何なのでしょうか?
鈴木:この調査をやったのが今年(2021年)の1月、2月。まさに第3波、緊急事態宣言が出まくっているめちゃ大変な時だから、矢野さんが言うように僕らもめちゃくちゃ下がると思ってたんですけども、上がりました。
ウェルビーイングという言葉が流行るのは、ウェルビーイングではないから
鈴木:「幸福度を判断する時に最優先する事項は何ですか?」と一緒に尋ねているんですが、今年は「家族」でした。家族のことが自分の幸せの一番重要な要素です、と。
前年度、コロナになる前は「健康」だったんですね。健康が家族に変わった。コロナだから健康と言いたいけど、でもやっぱり家族が心配で、家族が自分の幸せにつながる。結果、コロナで家族と一緒に過ごす時間が長くなり、身近な日々の当たり前に幸福を感じるという。学者や研究者のみなさんとも議論してますが、そんな実感が出たので高まったのかなと思っています。
矢野:まさに今、政府でも主観的なウェルビーイングであるGDW(Gross Domestic Well-being)とか、本人が感じるものをもっと大事にしようという議論も始まっています。けれどもGDPに表れない要素がそういうところにずいぶん出ているんじゃないかなと、今お聞きして思いました。それでは次に松山さん、お願いします。
松山大耕氏(以下、松山):はい、ありがとうございます。ウェルビーイングについて最近非常によく尋ねられます。直接のウェルビーイングじゃないんですが、私は4年ほど前からスタンフォードの客員講師を承っていて、シリコンバレーに行く機会があるんですね。
そうすると生協の本屋さんに行くと、レジ前の一番目立つ平積みのところが、マインドフルネス、マインドフルネス、マインドフルネス……なんですよ。つまりみんな病んでるってことなんですよね。病んでなかったらそんな本、読む必要ないわけで(笑)。同じくウェルビーイングもそうだろうなと。つまりウェルビーイングになってないから、ウェルビーイングという言葉が流行りだしているんだろう、と思うんです。
世界で認知が高まる日本語「IKIGAI」
松山:最近そのウェルビーイングに関して思ったのは、先日インドの女性リーダーのみなさんに、ウェビナーで日本文化をご紹介するという講演をしたんです。その時にある方が「あなたは『生きがい』という言葉を知っているか」と言われて(笑)。インドの方に生きがいを尋ねられるというのもびっくりしたんですけど。
恥ずかしながらその場では知らなかったんですが、バルセロナ出身のスペイン人のお二人が、沖縄の村を訪問して生きがいを見出すという本がベストセラーになっているそうで。インドでもすごい大盛況で、みんな読んでると。「生きがいは素晴らしい」みたいなことを、インドの方からとうとうと言われたんです(笑)。
ウェルビーイングって外国の言葉で取り入れてますけど、日本的に言うといわゆる「生きがいを持って、よく生きる」ということだと思うんです。それを改めて感じるというか、もともと日本にあったものなんじゃないか、と感じております。
矢野:ありがとうございます。実は私もつい先週、ドラッカー・デイというイベントでパネルに登壇した時に、ヨーロッパの方々から「それって生きがいじゃないか」と質問されたりして。けっこう世界中に「生きがい」という言葉が広がっている気がしますね。
それではお待たせしました。松永さん。よろしくお願いします。
松永貴志氏(以下、松永):よろしくお願いします。音楽と幸福度はすごく結びつくところが多いのかなと思ったりしますが、このコロナの中では音楽をやっている人たちも、実際にライブができない、コンサートができないと、かなり影響が出ています。メンタルもだいぶやられている状況の中で、ウェルビーイングについても自分で考えることが多かったかなと思っています。
人々を戦争に導くこともできる、音楽の「感情コントロール力」
ふだんであればみなさんに音楽をお届けし、聴いていただくことで、楽しさや幸福といったものをお届けしているところなのですが。僕自身コロナが始まる数ヶ月前に、ある医療的ケアを必要とする子たちがいる施設に行ったんです。
その時に、僕は呼吸器を付けている子どもを怖くて抱っこできなかったんですね。いろんな人たちに幸せになってほしいと思って音楽をやってきたんですけど、呼吸器が付いているだけで、目の前の子どもの抱っこの仕方がわからない。その時に自分の中ではすごくどうしようもなく「これはダメだな」と思って。そのあとすぐに介護の資格を取りにいって、今は資格を持っているんですけど。
自分自身が気づいて「こうしないといけないな」「ああしないといけないな」と思い始めることで、ウェルビーイングというか、そこから「思いやり」に発展していくんじゃないかなと感じました。
矢野:ありがとうございます。音楽とウェルビーイングって、どう関係するんですかね。僕が思うに、音楽って人の本能に直接訴えかけてくるもののような気がして。
松永:やっぱり音楽をやっている側の意思が、すごく大事だなと思っています。音さえ鳴れば音を伝えることはできるんですよ。その音楽家が悪意を持っていれば、悪いところまでいくと戦争を起こすことだってできますし。
音楽は人の感情をコントロールできるものなので、これを悪用するのではなく、やっぱりみなさんにどういうふうに喜んでもらえるか、楽しんでもらえるかということを、音楽家自身が考えないといけない。人の耳から、五感から、誰にでもすっと入ってきてしまうものなので。
例えば飲食とかであれば、口から食べますから、自分で選ぶことができます。でも音楽の場合はその瞬間に、情報が耳に入ってしまうんですね。なので音楽家自身が、そういうことをちゃんと考えることが大事かなと思いますね。
ウェルビーイングも、マインドフルネスも、大切なのは身体と心の調和
矢野:ふだんも演奏する時にそういうことをいろいろお考えだということなんですね。
松永:僕の場合、報道番組のオープニングの曲や番組内の曲をたくさん作っているんですけど。そうするとテレビで毎日、毎日曲が流れるんですね。報道なのでわりとニュートラルな状態で曲を作ることは多いんですけど、その中でもみなさんの気持ちが少しでも上がるような作り方をしています。
また見ている方すべてがポジティブとか、すべてがネガティブということではなく、いろんな人たち、いろんな感情が混ざった人たちがテレビを通して音楽を聞いています。その時に、「ここいいな」と思ってもらえるような部分を。「クックッ」という感じですね。それをいろんな場所に入れていきながら曲を作っています。ただ自分のやりたい演奏をするのとは、また別のベクトルの音楽をやったりもしていますね。
矢野:今お聞きして、やっぱり音楽って直接我々の神経というか、身体に訴えてくるのかなと感じました。身体を大事にするのは、私の少ない知識で言うと、まさに「禅」とかの本質とも非常に関係するように思うんです。
松山さんは、この禅や身体性や、そういうことをまさにスタンフォードでも教えられていますが、海外でも非常に……むしろ海外のほうがそういう関心が強いのかもしれませんが(笑)。そのへんについて、何かコメントがあればぜひお願いします。
松山:やっぱり身体性はすごく重要だと思いますね。マインドフルネスにしても、ウェルビーイングにしても、要は身体と心が調和している状態というか。これは非常に重要だと思いますし、かつ本当にウェルビーイングな状態の人に「ウェルビーイングって何ですか?」と聞いても、たぶん答えられないと思うんですよね(笑)。それが本来のウェルビーイングだと思うんです。
ウェルビーイングが遠のく、他者や他国との「幸福度の比較」
松山:さっきの(鈴木)英敬さんの話を聞いていて、ちょっと思うところがありまして。私は4、5年前からブータンの皇太后にご依頼されて、お寺の修復・修繕を日本の匠の技でお手伝いするというプロジェクトに関わらせていただいていて。ちょうどコロナの直前、2019年の秋に第1号が完成して、その記念式典に行ってきたんですね。
皇太后にいろいろお話をうかがったところ、ちょっとおもしろいなと思ったことがあって。GNHという、Gross National Happiness。GDPじゃなくて、幸せであることが国の豊かさの指標であるということで、ブータンが有名になったわけですけど。国連がそれを聞きつけて「それは素晴らしい、世界に広めよう」と言ってきたところ、王さまが反対したと。
なぜ反対したかというと、GNHというのはブータン国民のために作った指標であって、それを世界標準化して世界中に広げると、必ずおかしなことが起こる、と。つまり「幸せの定義は国によって違う」と、おっしゃったんですよね。非常に示唆的な話だなと思っていて。
幸せを過去の三重県と比べるとか、昔の自分と比べるのはまあいいと思うんですけど、これが例えば「北海道に勝っている」とか「アメリカより上だ」となってくるとそこには優越感しかないというか、本当の意味でのウェルビーイングではない。
そもそも人との比較の上に本当の幸せってないと思うんですよね。ブータンはまさにそういったところを非常に重視していて。いただいているコメントの中に「日本の幸福度は世界62位でした」みたいなコメントがあったのをさっき見たんですが、それもやっぱり私はおかしいというか、フェアじゃないなと思うんです。
つまりだいたい上位のほうは北欧の国などがくるわけですけど、もしそれを聞くんだったら、もう1個質問するべきだと思うんです。「じゃあ、あなたの理想は何点ですか?」と。例えば私たち日本人は、初詣に神社に行っておみくじを引いて「大吉よりも小吉のほうがよかった」みたいな人、いっぱいいるわけじゃないですか(笑)。伸びしろがなかったらむしろいやだ、みたいな。
おそらく「80点が理想だ」みたいな人が相当いると思うんです。その80点のうちの例えば60点と、100点満点のうちの80点だったら、あんまり変わらないじゃないかと思うんですね。そういう意味で、ほかの国との比較や人との比較を指標化していくその先に、本当の幸せとかウェルビーイングはないんじゃないかと。
今はすごく比較社会になっているので、何でもスコアリングして比較する。だからみんなウェルビーイングを感じにくいし、どうしても自分を失って人との比較になってしまうので、やっぱり生きづらさを感じる人が多いんじゃないかという印象ですね。
矢野:ありがとうございます。ポジティブサイコロジーでも、幸せになる重要な要素として「人と比較しない」ことがよく言われますね。だから「World Happiness Report」なんていう幸せのレポートで、人と比較していること自身が矛盾かもしれないですね。今はその調査方法をいろいろ見直そうという動きも出ていますが。