フィジカルとメンタルの練習を分けて考えるアメリカ、両者の複合を試みる日本

中西哲生氏(以下、中西):今回、濱口さんとお話しさせていただいて、まず自分が乗ってるエスカレーターが下りじゃなかったということがわかっただけで、もう僕としては(笑)。どんなにがんばっても、乗ってるエスカレーターが下りだと、進化していかないように感じてて。

濱口秀司氏(以下、濱口):いや、絶対なんか新しいものはありますからね。

中西:まさに、ブルーオーシャンは絶対にまだどこにでもある。思考やベクトルが変わればというところや、日本的な部分のところなど、僕が質問させていただいたことは、間違ってなかったということですかね?

濱口:ですね。そのへんのコネクションはちょっと日本的だとは思いますけどね。例えば、随分昔にNikeの仕事をいろいろやりましたが、言っていいやつで言うと、ちょっと特殊なプロジェクトがあって。

スポーツ選手にゴーグルをかけさせるんですね。そのゴーグルがシャッターになっていて、黒くなったり見えたりと、コンマ1秒単位でバーって変わっていくんです。だから見えない瞬間があるんですね。チカチカしてるんです。

それをかけてアメフトの選手に球を投げたりとかプレーをさせるんですよ。人間の目というのは見えない瞬間が入ってきても、そのスピードをだんだんコントロールしていくんです。予測能力がすごい上がるんですよ。

中西:要するに、見えない時に「こうであるだろう」と予測する。

濱口:はい。それをトレーニングする装置のプロジェクトに入ってて。実際、それで練習した選手は、動体視力というか、球の予測能力がすごく上がって、いいプレーができるようになるんですよ。

中西:クォーターバックが投げた瞬間に、ボールをキャッチするワイドレシーバーは、自分が今まで捕れてたものよりももっと捕れる範囲が広くなり、ミスも減るという。

濱口:でもおもしろいのは、それっていわゆる目の、肉体的なトレーニングですよね。かたやメンタルトレーニングもあって、アメリカでは結構、肉体的なトレーニングとメンタルトレーニングがバラバラで開発されていて。

「目の反射能力を上げるのだ」、かたや「メンタルがすごい重要なんだ」みたいなことがバラバラに行われていて、それをつなぐような感じのことがあまりないんです。そこをつないでいくとかいうのは、けっこう東洋的な概念なのかなと思って。

中西:僕もメソッドの中でいうと、利き目じゃないほうの目をどうやってうまく使うかというトレーニングを選手には必ずしてもらってるんです。いうなれば「目を両利きにする」みたいなことはやってるんですけど、それも東洋的なアプローチかもしれないですね。

濱口:そこを見つけて、次にもう1個つなげたほうがおもしろいと思うんですけどね。

天才ではなくても、トレーニングでできるようになる

中西:例えばそれはどういうものですか?

濱口:トレーニングにはいろんなやり方があって、ちょっとわかんないですけど。例えば、サッカーで練習する時に、壁の右側を赤にして、左側を青にしといて、とにかく青と赤を意識しなさいっていう練習もあるし。

走ってる時に、左右からボールを2個蹴らせる。そうすると、2個ボールが横に走ってく状態を見ながら自分はボールを……だから3つのボールなんだけれども。

中西:ああ、自分でもボールを持っててですね。

濱口:そうすると、なんとなく右と左をちゃんと見る癖付けができると思うんですよね。

中西:動いてるボールを見ながらドリブルしてるから、同時に3つのボールをコントロールというか、視野に入れながらプレーする。

濱口:練習風景としては、3人並んでて、この子が練習する時には必ずキックして、走っているところに後ろ側からボールが入ってくるというのを意識させれば、たぶん左右のバランス感覚って取れてくると思うんですけど。

目の話なのでNikeのシャッターのゴーグルと一緒ですが、実際のプレーとか、そういうものとの組み合わせになっていくと、メソドロジー(手法)として新しいというか、もっと強くなるのかなと思ったりはしますね。

中西:例えば、今言ったみたいな練習の中で、ボールが出てこないほうにドリブルしましょうとか、判断が入ってくるとか。それってたぶん、かなり複合的なトレーニングですけど、そこまでやってるところはないかもしれないですね。

濱口:その能力を持ちながら状況判断をしていくみたいな。そういうのって、天才は最初からできると思いますけど、天才でなくてもトレーニングによって僕はできるようになると、訓練でできるようになると思うんですよね。

中西:それは言うなれば、1つのマルチタスクじゃないですか。思考のマルチタスクや目のマルチタスクだし、技術を発揮するためのマルチタスクにもなる。マルチタスクに関しては僕、比較的、日本人は得意なのかなと思ってるんですけど、それはどうですかね?

濱口:得意だと思うし、そもそも人間は適応能力がすごく高いと思うんですよね。

天地が逆転する「逆さメガネ」も3日で慣れる。人間の適応能力の高さ

濱口:「逆さメガネ」って知ってます? かけると上下逆さまに見えるんですよ。こっち(下)が天井になって、こっち(上)が床に見えるっていうメガネをかける。そうしたら、「うわー」って思いますよね。これって、3日ぐらいすると慣れるんですって。

中西:本当ですか!?

濱口:ぜんぜんそれで生活できるんです。「逆さメガネ」で検索してください。

中西:わかりました(笑)。

濱口:人間の適応能力ってすごくて、逆さにされてもぜんぜん適応するらしいですよ。

中西:頭が痛くなったりしないんですかね?

濱口:最初はもうわけがわかんないけれども、3日ぐらいすると普通に生活できるようになるんですって。次にそのメガネを外すと、今度は「うわー」と酔ったようになるぐらい、適応能力が高い。上下(逆転)すら適応するというのが人間なんで、右左なんかはもう。

中西:そうやって考えたら、お手のものみたいな。

濱口:そこに判断を入れるというのは、一見難しく見えるんですが、適応すると思うんですよね。僕もある時、「空間把握能力を上げよう」と思ったわけですね。そんな高尚なことを考えたわけじゃなくて、シリコンバレーに住んでた時に、自分の事務所まで行くのに、めちゃめちゃ車が多くて渋滞とかあるから、20分とか30分かかるわけです。

暇だなと思って、「空間把握能力を上げたいな」とふと思ったわけですね。何をやったかというと、高速を走りながら、目の前の風景を一生懸命覚えるんです。「ここに看板がある、ここに陸橋がある、山がある」と一生懸命覚えるんです。帰りも一生懸命覚えるんですね。

次にやるのは、前に向かって走りながら後ろの風景を覚えてるので、「この風景の時にはこの風景が後ろにある」というのを考えてみようと思って。これを1週間ぐらいトレーニングしたんですよ。そうすると、ある時、ふっと空間がわかるんですよ。見てないんですけど、「ここを俺は走ってるのだ」という。

中西:要するに、ドローンから撮ってるような自分が360度見えてる感じで。でも、1週間でですか?

濱口:1週間ぐらいです。最初はバックミラーとか見ながら確認してたんですけど、バックミラーで見える範囲は小さいじゃないですか。でもそれを参考にしながら、もっと大きな風景を思い浮かべてたら、1週間したら車を運転してる時の感覚がまったく変わる。

中西:すごいな、人間!

濱口:すげえ! と思って。それぐらい人間は適応能力が高いんです。

トレーニングで習得できる「背中の眼」

濱口:だから、サッカーやられてる時も、周りを把握するとか。

中西:あー! こっち側の方向に走る風景を見ておいて、反対側にはこういう風景があると思いながら行くってことですね。

濱口:すばらしい選手は後ろに目がついてるとかよく言われるらしい。これは、天才だから手に入ったのかというとそうじゃなくて、トレーニングで後ろに目をつけることが可能で、そのメソッドがあり、ちゃんとステップを踏んでいけば、天才じゃなくても後ろに目がついた状態になる、と。チーム全員が後ろに目がついてたら、戦闘能力は抜群に高いですよね。

中西:抜群に高いですね。

濱口:チーム中で1人天才がいる状態と、全員が空間把握能力がある状態なら、ぜったい後者のほうが戦闘能力が高い。

中西:見た瞬間に、前にいる人数で後ろに何人いるかがわかるわけですもんね。そしたら、「この人数しかいないから前に行ったほうがいいな」とか。

濱口:そうなると、ゲームの仕方も変わってくると思うんですよね。

中西:そうですねえ~。

濱口:そのチームは勝ちまくりますよね。勝ちまくるけれども、ライバルも練習し始めたら両方とも空間能力を持った11人対11人がやることになり、「じゃあ次のゲームはなんなのか」という、またおもしろいことになっていって。

中西:コーチとしては、そこまで考えておきたいですよね。

濱口:終わりはぜんぜんないと思うんです。人間の能力、適応能力はすごく高い。でも天才じゃない場合は適切なトレーニングがいる。そのトレーニングを開発するのがすごくおもしろくて。

中西:僕、濱口さんとお話しするたびに思うんですけど、まだやれること山ほどあるな、と。

濱口:あると思いますね。今の話で、空間能力だけじゃなくて、今度は判断と組み合わせたりとか、技術と組み合わせる。例えば、その時のステップの踏み方とか。

中西:目と技術と判断と組み合わせるとぜんぜん変わるんですよ。

濱口:だから、まだ先は明るいというか、おもしろいと思いますけどね。

その道のプロが「プロの常識」を外して出した考えは、核心をつく

中西:濱口さん、サッカーをほとんど見ないですし、サッカーのルールは知ってらっしゃると思うんですけど。

濱口:ルールもあんまり知らないです(笑)。

中西:そういうなかで、僕もぜんぜん考えたことのないような練習メニューを、瞬時に出してくれたわけじゃないですか。まさに今やられたことが、ふだん仕事されてるようなことですよね? もっとすごいことやってらっしゃると思うんですけど。

濱口:それが正しいかどうかはわかんないですよ。

中西:正しいとかはなくて、やったことがないなかで、自分の能力が確実に上がるトレーニングを出されたわけじゃないですか。最初に言ったんですけど「まだまだ可能性があると思ったほうがいいし、人間がやってることだから偏りがちだし、バイアスが生まれやすいからそうじゃないところはいっぱいあるよ」って。

濱口:素人がそうやって考えるものは、新しくても外れるケースはあるんですよ。でも、長年やってきたプロが外した考えをした時は、かなり核心をついていると思うんですよね。

これが例えば、サッカーをやったことのない僕とかが「こんなパターンがあるよね」と言うのは、まあまあ新しいかもしれないけど、プロが考える外すパターンというのは、相当新しいし核心をついてるはずだと、僕は思いますね。

だから、仕事をする時にクライアントさんと一緒にやりたい、プロとやりたいというのが僕のスタンスなんです。

中西:そこからまたぜんぜん違う感覚が生まれる可能性はすごく大きいでしょうね。

今一番イノベーティブなものは、今自分が取り組んでいる仕事

中西:では、質問にいきますか?

濱口:僕は中西メソッドを聞いてない人です(笑)。

中西:いやいや、僕からいろいろお話しさせていただいたんで、ぜんぜん問題ないと思います。「最近、イノベーションだなと思った商品やサービスはありますか?」という質問です。

濱口:僕はなんでも新しいと思っているので、何を見ても「あっ、それはおもしろいな」と思います。

中西:意図的におもしろいなと思って見ようとしてるのでしょうか。

濱口:わりとなんでも新しく感じますね。じゃあ、僕が思う最近ですごくイノベーティブなものとは何かと言われても、自分の仕事の範囲しか見てないんで……。これはまあ本当に病気なんで。

中西:でも仕事だと多岐にわたられてるんで、ほぼ全域じゃないですか?

濱口:その仕事の中で一番新しいのは、自分がやってることだと思ってるから(笑)。自分が一番新しいものを作ってる、自分のものが一番新しいんだと思ってるから、あんまりないかなあ。

中西:(笑)。

濱口:でも、日々いろんなものに感動するし、いろんな商品を見てすばらしいなと思ったりするし、という感じですかね。すみません。

中西:逆に濱口さんが一番前に行っているという感覚の中で、最近自分がやったもので、名前を言えなくても「これはちょっとおもしろいもんができたぜ」みたいなのはありますか?

濱口:それはもう日々あります。そういう仕事なんで。

中西:言える範囲で何か、ちょっと何年か前のものでも。

濱口:何年か……だいぶ前だと、USBのフラッシュドライブもそうだし、例えば、本当に古いやつで言うと、煙探知器みたいなもので1年で40パーセントのマーケットシェアを取ったりとか、倒れそうになってたFedExを元に戻したりとか。そういうのは、いっぱいあるんですけど。

真理を見つけるのではなく、ある一定期間内でのより良い「解」を見つける

中西:では次の質問いきましょうか。「濱口さんがサッカー日本代表の監督になるとしたら、誰に何を聞きますか?」という質問です。

濱口:サッカー業界をまったく知らないので、知ってるの中西さんだけなんで、まず中西さんに聞きます。次に、中西さんに紹介してもらいます。「誰に聞いたらいいですか?」って。本当そんな感じです、僕。

中西:最初にもおっしゃってますけど、生で話せる人とか会ったことある人の話を聞きながら、1つずつ進めていくってことですよね?

濱口:はい、ビジネスライクに考えるので。ビジネスライクというのは、僕は究極のサッカーセオリーを見つけるつもりはないし、もっと言うと、物理学でセオリーを見つけるつもりもなくて。

ビジネスは、ある一定期間の中でより良い「解」を見つけるだけなんですよね。ビジネスの真理を見つけるという作業じゃないので。

中西:ファクトを見つけるわけじゃなくて。

濱口:今も「じゃあサッカーで」となった場合は、そこでサッカーの真理を見つけるわけじゃないので。自分の可能な範囲の中で、アヴェイラブルな(入手できる)情報の中で、ベストなものを見つけていくという考え方なんで、たぶん中西さんからお話を聞いて、というのが僕のスタートになると思います。

みなさんの期待にぜんぜん応えてないと思うんですよ。たぶんここでは、例えば「イノベーティブなやつは何ですか?」と言われたら、「こんなのがあります」と言ったり、「最近新しいのはこれですよ」「トレンドこうですよ」というのが求められている。

次に「サッカーを」と言われたら、「この人と、この人」ということを期待されてると思うんですけど、期待に沿えなくて申しわけないです。でも僕の仕事の仕方って、本当にそういう感じなんですね。

その道のプロ3、4人と会話をすれば、だいたいのパターンは掴める

中西:実際にお会いした方の口から出た言葉を聞きながら、一つひとつ、一緒に何か作り上げていくというイメージなんですかね?

濱口:それで十分だと思っています。100人集めなくても、プロ3、4人としゃべればだいたい傾向はわかるわけで。

中西:さっき言ってた正直な人とか、何々道の人とか。

濱口:1人だとちょっとその人のバイアスがあるかもしれないけど、2人とか3人ぐらいに聞くと、ほぼ傾向が出てきますよね。5人に聞けばもうほぼわかると思うんです。もちろんそれは仮説ですよ。でも、それでその人たちにぶつけて、「おお、それは新しい!」と言われたら、たぶんそれは新しいわけで。そこでうまくかすらなければ、もうちょっと人数増やすというのはありますけど。

世界的イノベーターは、図形でパターニングする

中西:あとは最初からずっと気になってるんですけど、ホワイトボードが用意されていて、ノートを持ってらっしゃって、ペンも持ってらっしゃったんですけど、それは使わないんですね。

濱口:今日は使わないですね(笑)。ふだんはちゃんと使う。

中西:ふだんは何を書いたりしてるんですか?

濱口:まあ砂場みたいなもんなんで。

中西:砂場!?

濱口:ノート見たらわかりますけど、こうぐちゃぐちゃな絵が書いてあるだけで。

中西:絵がいっぱい書いてありますね。

濱口:全部絵でパターニングを見つけようとしてるんです。これは人によって違うと思うんですけど、僕はパターニングでやるタイプなので。そのノートを残してるんですかというと、そんなことはなくて、最後までいったらバーっと捨てます。

中西:ええ!? 書き終わったら捨てるんですか?

濱口:だって砂場みたいなもんで。次の真っ白なノート持ってきてみたいな感じなんで。

中西:ノートで自分のイメージを具体化してるってことですか?

濱口:そうですね。その傾向、「こういう傾向があるのだ」というのを書いてるだけです。ぐちゃぐちゃだから、別に拾って誰かが見てもクライアントのこともわかんないし。

中西:わからないですよ。今僕が見ても何もわからなかったですもん。

濱口:人によって、どういうメディアを使うかというのあると思うんです。文章で考える人もいれば、数式で書く人もいると思うんですけど、僕はなんとなく図形でパターニングする人間です。そういう感じですかね。本当はホワイトボードも大好きなんですけどね。

中西:たぶん書くのはお好きなんだとは思ったんですが、今日は特に書かなくても十分話せる範囲のことだったと思うんで。

残念ながらもう時間があと2分しかなくてですね。ものすごくありきたりな聞き方なんですけど、本日はいかがでしたか?

濱口:いやー、お好み焼きの延長で楽しいですよね(笑)。

中西:濱口さんの僕の印象って、毎回お好み焼きを食べるから、「中西さんは一緒にお好み焼きを食べる人」みたいなイメージなんですかね(笑)。

濱口:いや、やっぱり自分のまったく知らない業界のプロの人なんで、しゃべっててすごい楽しいですよね。

中西:そんなことを逆に言わせてしまってるようで申しわけないですけど。僕は本当に、おそらく今日見られた方も感じられたと思うんですけど、濱口さんの思考や言葉は、自分の人生に新しいものをもたらしてくれます。そして勇気もいっぱいもらい、「余白を探しに行こう」とか、「人間がやってることだからまだまだブルーオーシャンはたくさんあるぞ」という気持ちを持ちました。

濱口:そこは目指していっていただきたいですね。でも、ちょっとかわいいとこありますもんね。ストイックなのに、ちょっとゆるいとこもあるから。

中西:僕ですか?(笑)。

濱口:最初のお好み焼きの時の話をすると、「今日はあんまり食べない」「ワインだ」と言いながら、最後は食べてますんもんね(笑)。

中西:耐えられなくて食べてましたね(笑)。おいしそうすぎて、最後は食べてしまう。

濱口:そこは僕いいと思うんですよ。ちゃんとルールに基づいていてストイックなんだけど、ゆるめることもやるみたいな。

中西:そんなこと見られてたんですね(笑)。

濱口:「あ、食べてんじゃん。最後」みたいな。

中西:確かにそうでしたね。でも、またどこかでこういう機会があればうれしいです。

濱口:ぜひぜひ。

中西:90分もお話ししていただいてありがとうございました。楽しい時間を過ごさせていただきました。

濱口:ありがとうございます。僕も楽しかったです。