ビジネスでは、視座は上下して良い

中西哲生氏(以下、中西):濱口さん的には、今言ったように、アメリカの視点は高くて、しかもポジティブだと。日本の視点はそれほど高くはなく、自分で抑え込もうとしていて、ポジティブというよりはネガティブではないけどフラットのようなイメージですか?

濱口秀司氏(以下、濱口):冷静だと思いますね。

中西:その「フラット」っていう言葉が、僕にとっては勝手に響いてる言葉なんです。僕「中西メソッド」をいろいろ考えていくなかで、神社仏閣みたいなところに行ったり調べてみた時に、別になんかを信仰していきたいという意味ではなくて、神社で手を合わせた瞬間に、いいこと起こりそうだなって思うよりは、「自分はフラットになれる」という感覚があったんですよね。

サッカーの中で「勝ちたい」「決めたい」「ゴールしたい」みたいに感情が上下してる中でそういうことが起こると、フォームが安定しないんですよ。フォームが安定しないんで、なるべくフラットにシュートを打ちたい。

特に試合の終盤であったり、ここぞという時にフラットになれるか? ということから考えると、神社に行く、もしくはあそこにある空気感がフラットを導き出せる1つの方法かなとか。

今、濱口さんがおっしゃった「調子にのってる」というところもすごく大事だと思うんですけど、僕はそっち側(フラット)の論理のほうを考えたりします。それについてはいかがですか?

濱口:たぶんスポーツとビジネスはちょっと違っていて。スポーツというのは、与えられている時間が短くて、例えば5年間続けるスポーツはない。限られてる時間の中で成果を出していかないといけないので、そのフラット感ってすごく重要だし、そのフラットを作るのって、すごく難しいと思うんですよ。

ビジネスの時は、そこまで時定数が短くありません。例えば、朝はすごく悲観的にちゃんと考えといて、そのままだと片方で終わっちゃうんですが、昼飯食った後にちょっと変えてみようと。「俺が神になったらどうするんだ」みたいな感じで、上下すること。

中西:視座が上下する。

濱口:はい。上下し、それをコントロールすることで、トータルとしてはフラットであるというのは、スポーツよりも実現しやすいと思うんです。常にフラットであることを実現しようと思うと、相当トレーニングがいる。僕らビジネスの人で、常にフラットでいられるという人は本当に少ない、限られた人になると思います。

「振れてもいいじゃん」と。「どっちかにいてはいけないのだ」ということで、コントロールすることを学べば、トータルでは言ってみたらフラットになってるっていうことだと思うんですよね。

トイレの時間に、高い視座で物事を見る習慣を付ける

濱口:昔、松下に入社して2年目だったかな。「代表で新入社員の質問に答えなさい」みたいなのがあって。その中で1人、めちゃめちゃおもしろい新入社員がいて、「質問があります!」みたいなことを言う人がいたんですね。

「何ですか?」って聞いたら、「僕は社長になりたいんです!」みたいな(笑)。「どうしたら社長になれるんですか!」って、2年目の僕に聞いてきて、僕の回答は「わかんない」と。「俺は社長じゃないし、まだ2年目だし」と。ただ、会社で1年勤めてわかったことは、先ほどの視座なんですけど、その視座が変わっていくっていうのはわかっていて。

入社した時は「社長になりたい」とか、考えてるわけですよね。社長がいいかどうかは別にして、研究所長とか、なんか研究やりたいとか大きな夢があって。でも、2年目になると大切なのはそんな先のことじゃなくて、目の前のことになっていって、3年目になると1ヶ月後のプレゼンのことが重要になってきて。むちゃむちゃ忙しくなると、本当に明日のことみたいになって。

視座がどんどん狭くなっていくことを発見して、彼に「たぶんそうなるから」「どんどん視座は小さくなるよ」と。「じゃあ、そんな視座が小さい状態で社長業はできないよね」と。「わかりました」って言うんですね。で、「わかってないだろ」と話して(笑)。

「わかってないっていうのは、今から視座をどう高めるかっていうメソッドがない状態で、『わかりました』って言ってもあなたそうできないと思うよ」という。「方法論がいるよ」って話をしたんです。

そうしたら彼が「どうしたらいいんですか?」って言うから、「例えば、習慣化しなきゃいけない」と。ちょっと汚い話ですけど、「トイレ行くよね? それも大のほう入るよね? そういう時にもう決めとけ」と。「大のほうに入ったら、何が起きてもそこに座ってる時は『俺がもしこの会社をコントロールしていたら、もし社長だとしたら、どうしたらいいのだ』」と。

会社全体、それから今の自分がやってるプロジェクトとか今やってる問題って「高い視座ではどう見るのか」ということを、必ずトイレに入ったら考えるというふうにすればいいと。トイレに行かない人はいないんで、それが習慣づけられると必ず考えますよね。

中西:視座は上がりますよね。

濱口:1日何回かはトイレに入るわけで。さっきのブレの中で、そこから出たら視座は低くなってもいいし、目の前のことをがんばったらいいと。そうやって習慣化すればバランスがとれるから、「そうしなきゃだめなんだよ」みたいなことをめちゃめちゃ偉そうに、2年目で言ってたんですけど。

中西:2年目でそういうふうに言われたんですか。

濱口:ちゃんとその人には、「それで社長になったらかわいがってね」とは言いましたけどね(笑)。

アメリカ人より「自分の仕事への深い考え」を持つ、日本人

中西:今あった話のように、調子にのってるとは言わないまでも、日本人の「学びたい」欲みたいなのってあるじゃないですか。それって例えば、海外の企業よりも日本の企業だったり日本人のほうがあると思っていいんですか?

濱口:学びの質によりますけど、明らかに「スキルを学びたい」というのは、日本人はもうちょっと深いと思いますね。いわゆる、華道とか茶道とか武道とか、サッカー道とかあるように、もうちょっと深くて。

表面的なテクニックを学ぶというよりも、もう少し精神的なものだとか、もっと深いプロセスだとか、「セオリーを学びたい」という欲は、日本人のほうが僕は強いように思いますね。

中西:会社としては「こういうプロジェクトをこうさせていくぞ」という中で、それももちろんあるんですけど、1人の人間として今言ったセオリーとか、自分の生活が日々よくなるようなことを学びたい欲はある?

濱口:あると思いますね。そこになんか憧れがあるのかもしれないですね。華道や茶道を見ても、美しい生活、「そういうふうになりたいな」みたいなのはたぶんあると思うんですよ。

中西:それは言ったら、「道的」な。

濱口:あると思います。例えばアメリカの会社で、先ほど申し上げたようにミーティングをするじゃないですか。1つの事例で言うと、掃除機の仕事をする時に、「ちょっと掃除機のことを教えてくれよ」と。「社内で一番掃除機に詳しいやつは誰なんだ」って言った時に、まあ来ますよね。その人がどれだけしゃべれるかです。

中西:掃除機について、深く。

濱口:そうすると、たぶん30分ぐらい、それでもけっこう深いんですけど、30分しゃべると。そこで「これでだいたいまとまりました」という感じで終わるんですけど、日本で掃除機作ってる会社行って、「掃除機についてしゃべれ」って言ったら、もう4時間でも5時間でもしゃべる人出てきて、「ちょっと待て」「もうちょっとしゃべらせて」みたいな。

明らかに日本人のほうがそれは深いと思います。自分のやってる仕事だとか、やってる範囲に関しての、なにか深い考え方っていうのを持ってる確率は高いですね。

中西:それは職人気質っていうところなんですかね?

濱口:それもあるかもしれないですね。残念ながら海外の「ダイソン」とか、あれはもう「掃除機道」なわけで。もっと言うと、掃除機というか気流を制御するっていうことの、ほぼパラノイアですよね。

中西:「風(の制御)」ですよね。

濱口:ちょっとダイソンには悔しいですけど、でも日本人の気質としてはそういうものが僕はあると思ってて。それはものすごくいいなとは思ってますね。

フレームを作るのが得意な欧米人、フレームをセットされたら強い日本人

中西:今言ったこと、例えば「サッカー道ってなんだろう?」って僕も言われたら考えちゃったりするんですけど。そういうふうに“道”を極めていく、掘り進めていく力はちょっとあるのかなって思いますね。

濱口:それのほうが幸せだと思いますし「なんとか道」っていうのは、それが自分の生活であり、テクニックでもあり、その境目がなくなっちゃうわけで。そういうのはある意味、精神的には幸せになるんだと僕は思いますね。

中西:日本人のポテンシャルって意味では、まだ秘めているものだったり、今は制御されているけどこれから出ていけるものがあるというふうにお考えですか?

濱口:思いますね。その「道」化するっていうのはすばらしい。例えば、一時期の半導体とかはすごかったわけで、それは、「半導体道」の人たちが山ほどいて。あるところにセットされれば日本人はすごく強いと思うんですよね。本当に強いと思う。ただ、枠組みがなくなった時に「なんか考えろよ」ってところが、やっぱり弱い。

中西:このフレームの中で「これをこうしなさい」みたいな。

濱口:って言われたらめちゃくちゃ強いと思うんですよ。だけど、フレームがないところで、荒野でもう一度フレームから作りなさいということに関しては、どうも弱いような気はしますね。その時にフレームを作るのに助かるのが、やっぱりすごい高い視点で。「神として見たらどうなのだというふうに考えられるっていう。

僕もステレオタイプは嫌ですが、やっぱりヨーロッパの人とかはそういうフレームを作るのは得意だし。フレームの戦いになると、日本人はやっぱり弱い。でも、フレームをセットされたら非常に強いっていう、この違いがあるような気はします。

中西:今聞いたことだけでも、僕はサッカーでセットされた中で何ができるかっていうことだったり、フレームじゃないところでどう勝負していくかみたいなところでヒントをもらえますね。

濱口:サッカーでもそういうのあるんですか? なにかフレームがあって、フレームが、考え方が変わる瞬間ってあるんですか?

中西:はい。

濱口:それはヨーロッパから生まれるんですか? 日本から生まれるんですか?

中西:もともとは南米とかヨーロッパから生まれてるものが多いんじゃないですかね。それ以外の地域から生まれるってのはなかなかなかったと思うんですけど。ただ、生まれそうな気配は今の日本にあると思います。

大谷翔平氏や松山英樹氏の成功が高める、日本人の「成功イメージ」

中西:ちょっと濱口さんにお話しするのが難しいんですけど、例えば、濱口さんは大谷翔平選手を知ってますか?

濱口:野球の人でしたっけ? それで僕の地平線です(笑)。それ以上知らない。最近野球してる人ですよね?

中西:濱口さんはあえてそういうふうに知らないようにされたりとか、そういうことはしないわけじゃないですか。もちろん僕のこともまったく知らないですし、たぶん大谷くんのことも。

濱口:(中西さんとは)一緒にお好み焼きを食べましたけどね。

中西:ご飯は食べる人ですけども(笑)。大谷翔平という野球選手がいまして、彼も今までの規格にはないようなことをしてて。日本人が今までそういうことはできないんじゃないかみたいな、フレームを作るような選手なんです。

例えば、大谷選手はピッチャーもバッターもやってるんですよね。そんなことできる人、プロの中ではほとんど存在してなかったんです。それが、日本でやって成功し、アメリカに行って「無理だろ」と言われるなかで、結局それもやり遂げて、今日(イベント開催当時)アメリカでオールスターゲームに出たんですよ。しかも1番・ピッチャーで。

誰も考えたことがない、やったことのないことをやれる日本人が出てきたことが、僕はイノベーティブというか。フレームを新しく作れる、もしくはフレームをぶち壊して自分で新しいフレームを作るみたいなことができる人が出てきた。

今年4月にも、マスターズというゴルフトーナメントで、松山英樹選手というゴルフの選手が勝ったんですよね。マスターズで勝った日本人選手は今までいないわけです。その時に彼が、「日本人でもできるということを証明したから、これから日本人は……」みたいなことを言ったんです。

濱口:それはいい予兆だし、おっしゃるように変化が生まれるかもしれないですね。人間は、新しいことをやるのが苦手ですが、事例があるとわかりやすいんです。「新しいことを作りなさい」と言われてもどうやって作っていいかわからないんだけど、「あの人もできるんだ」とか「あんな感じの」という具体事例があると、すごくイメージが湧きやすいので。

今おっしゃった大谷さんや松山さんのような存在が、あと2、3人とか4人出てくると、「俺もできるかもしれない」というふうに勝手に思っちゃう生き物なんで。日本人もそういうことができるようになるかもしれないですね。

ゴール、プロセス、セーフティゾーンがあれば、大抵のことは実現できる

中西:それは先ほど、まさに濱口さんがおっしゃった、1人がブレークスルーすると視座が上がって、みんなが「やれちゃうかも」と思うことで、自分のリミッターが外れてできるんじゃないか、みたいなことにつながると思ってもいいですかね?

濱口:そうだと思いますね。新しいことやるのって本当に難しい。快適な和室があって、自分のわかっている世界があって、でもそこから出て行かないといけないわけですよね。そこにはガラガラヘビがいるかもしれないし、サソリもいるかもしれない。

中西:快適なゾーンから出なきゃいけないわけですね。

濱口:そうすると、いくつか必要なポイントがあります。明快な目標があり、向こうになんかすごく気持ちよさそうな場所があり、そこでビールを飲んでるぜって言ったら、やっぱり目標になるんで行きやすくなりますよね。

中西:ちょっとリスクを犯してでもそこまで行こうかみたいな。

濱口:1つは、目標がはっきり見えるというのが重要です。もう1つは、そこに至るまでのマップがあるか。どうやって行ったらいいのかという、プロセスがちゃんとあるかですね。これもすごく助けになるんです。「こうやって行き、間違ったら戻ればいい」という。プロセスがあれば行けるし、ゴールがあれば行けるし、両方あったら絶対行く気になってきますよね。「あそこがゴールだ」みたいな、そして「こうやって行けば行けるのだ」みたいな。

多少リスクがあるので、本当にリスクアバースというかリスクが嫌いな人は、「それがだめになった時も大丈夫なんだよ」というセーフティゾーンみたいなのがあったら、もう完璧で。

中西:「なかったことにします」、みたいな(笑)。

濱口:それはもうテレビゲームやビデオゲームと一緒で、死んだってもう一度命が始まるみたいな感じ。そうしたら自由に行ける。それぐらいの3点セットがあれば、ゴールがあって、プロセスがあって、セーフティゾーンがあれば、大概のことは実現できるとは思うんですよね。

でも、全員が全員そうならなくてもよくて。ゴールがあるだけでもかなりの人が行けるし、プロセスがあればそれで行く人もいるし、セーフティゾーンがあれば「もうやってみよう」みたいな人もいるわけで。1個ずつでも効果はあるとは思いますね。

ただ、その3つの中で言うと、やっぱり明快なイメージがあるのが、一番ドライブとしては強いかなと思います。

中西:先駆者がいれば、この後、大谷選手、松山選手に続く選手が出てくるかもしれないという話なんですが、濱口さんは、最初にそこに行こうとしてる人なんですか?

濱口:いや、僕はなんにも考えていないんで(笑)。