採用戦略と定着戦略は別問題

沢渡あまね氏(以下、沢渡):さぁ、そろそろ私の講義の着地に向けて、高度を下げていきたいと思うんですけれども。最初に絵をお出しして、3つの戦略という話を少ししました。

3つの戦略(採用戦略、定着戦略、経営戦略)を立体的につないで、発展的に解決していける。それを仕掛けられるのが、これからの人事です。いわば「人事2.0」の価値であり、採用活動のアップデートは、そのための入り口の1つであると私は考えます。採用戦略、定着戦略、ビジネスモデル戦略はすべて表裏一体でありながら別物です。

採用戦略の話をしましょう。ここ浜松でも、リモートワーク可能な求人の人気が高まっています。これはもうファクトとして、私も日々実感しています。一方、ただ「当社はリモートワーク可能です」だけでは採用面においては優位に働くかもしれないけれど、定着の面で優位化と言うと必ずしもそうではない。待遇が悪かったり、仕事に対するやり甲斐が得られないと、他のリモートワーク可能な企業に転職してしまう訳です。すなわち、採用戦略と定着戦略は別問題なのです。

そうすると、やはり行き着くところはビジネスモデル戦略なわけですね。この浜松でも、オンライン・リモートワーク可能な地元の会社に就業して、リモートワークスキルを身につけて、東京や大阪など、リモートワーク可能なより賃金の高い会社に転職する流れも生まれ始めています。

「だからオンラインはだめだ」ではなく、そこから先の、本来の定着戦略。これは人事だけではなく、各配属先の部門とコラボレーションしていって、人材が定着するネックは何なのかを見つける。人事のみなさんがコンサルタントとして、今日のキーワードである「コラボレーション」をして、解決していくことが必要になります。

さらには、ビジネスモデルの部分。ここは経営イシューですけれども、経営と表裏一体となって、この3つをスパイラルで回していくことを考えていってほしいと思います。

地方企業に人材が定着しない3つの理由

沢渡:今日は「地方都市×採用」というテーマですから、「地方都市の企業への就職・転職〜定着の壁」というリアルな話をしたいと思います。私が今浜松でさまざな企業と向き合っているリアル、加えて、伊達さんから先ほどマイナビさんの話が出たと思うんですけれども、2年前の2019年に、マイナビさんとUターン・Iターン・Jターンの研究をご一緒したことがありまして、その時に見えたリアルのお話をしましょう。

なぜUターン・Iターン・Jターン人材が定着しないか。1つ目に、「やりがいのあるおもしろい仕事がない」。定着どころか、そもそも応募すらしないという話ですね。

悪気なく、地方都市の企業にある職種は製造現場と管理と営業のみ。うすると、その職種で採用をかけても、例えば東京や大阪でデジタルマーケティングやインサイドセールスを経験した人は、「あぁ、浜松には自分が活躍できる職種がない」と、ふたを閉じて終わりなんです。職種の定義をアップデートしていく必要がある。

2つ目。「給料が安い、休みが少ない」。ここはやはり高利益体質のビジネスモデルへの変革が求められる部分ですね。

3つ目、「悪気ない同調圧力、非効率なやり方」。地方の企業だから、みんな朝は渋滞で苦しんで通勤して当たり前、みたいなことですね。あるいは新しいことをやろうとすると、抵抗される。それでは、いつまでたってもビジネスモデルが良くなりません。いつまでたっても下請けの低利益モデルから脱することが出来ない。そんな組織に、他地域の人材が魅力を感じますかという話なのです。

組織の中の人たちのマインドシフトや、スキルアップへの投資、あるいは外部人材を登用したり、もちろんテレワークなどの柔軟な働き方や、ライフステージのリスクに向き合える働き方を提供していくこと。これらは、人事部門や人事担当者が主導できることではないでしょうか。

下請けメインの老舗製造業の変革

沢渡:1つ、浜松の老舗の製造業の中小企業で、本当にあったお話をします。

いわゆる下請けメインの老舗の製造業です。これまでの営業は訪問営業が主体でした。ルート営業、電話、飛び込み。あとは展示会で自社の製品に触れてもらって、新規顧客を開拓するというやり方だったのです。

ところがCOVID-19の蔓延によって、これがうまくいかなくなったわけです。訪問ができません、展示会ができません。言ってしまえば、今までは気合い・根性主義、体力勝負の営業スタイルだったわけです。そうすると、やはり敬遠してしまう人がいたり、定着しないという問題があったわけですね。もちろん、売り上げも思うように上がらない。

この企業は、SFA(営業支援システム)などに投資をして営業の仕事のやり方を、デジタルマーケティング、ブランディング、インサイドセールス、カスタマーサクセスというやり方に、ガラガラポンと変更したのです。

そうすると、営業が知力勝負、仕組みと仕掛けのやり方に変わっていきます。テレワーク対応が可能になります。女性の社員に育成の投資をして、いままでとは違うプレイヤーが活躍できるようになった。

今までにない売り方ができるようになり、なんとCOVID-19蔓延下のこの1年間だけで、県外のお取引先が4割から7割まで増えました。さらには自社製品の開発・マーケティング・セールスができるようになったのです。

採用にも、本来のビジネスモデル変革にも効いている。そんな1つの景色の変化かなと思います。こういうことを、どんどん仕掛けていってほしいと思います。

人事・経営者が変えるべき「3つのシフト」

沢渡:「人事部門から仕掛ける! DX、3つのシフト」私は今、この3つのシフトが求められていると実感しています。

DXの文脈だと、当然「デジタルワークシフト」ですね。デジタルでなめらかにつながれる働き方。お客さんとつながる、採用の候補者とつながる、従業員同士がつながる。

そして「マインドシフト」。マインドを変えていく必要もある。そのためには「バックオフィス2.0」と書いておりますけれども、人事のみなさんのマインドと働き方も変えていく必要がある。

そして「スキルシフト」。例えばオンライン採用みたいな、どんなにいい考え方、いいツールがあっても、それを使いこなすスキルがなければ、結局うまくいかないです。

伊達さんの言葉をお借りすると「自己効力感」が下がって、また元のやり方に戻っていってしまう。それは組織の成長はあり得ません。その先にあるのは、停滞と衰退のみです。

デジタルワークシフト、マインドシフト、スキルシフト。これをやるのは誰ですか? 情報システム部門だけに任せていて、できますか? 人事のみなさんでしょう。経営者のみなさんでしょう。こういう話なんですね。「3つのシフト」の、後押しと投資と覚悟を決めてください。

立地のハンデがあっても、デジタルはすべてに公平である

沢渡:そろそろまとめましょう。私はこの書籍『バリューサイクル・マネジメント』と、『組織変革Lab』というオンライン講座でこんな「宇宙」の世界観を解説しています。ぜひみなさんも『組織変革Lab』に参加して一緒に議論したいのですけれども。

バリューサイクル・マネジメント ~新しい時代へアップデートし続ける仕組みの作り方

この「宇宙」は今日私がお話ししたことそのものです。ゴールは、ビジネスモデル変革です。ビジネスモデル変革が起こっていくと、高利益体質になり、待遇改善がされ、いい人の採用につながります。

もちろんいい人と出会うためには、オンライン、デジタルでつながる垣根を下げていくことが必要です。デジタルでつながる垣根を下げていくことが、私はDXの意味の1つだと確信しています。自社の本来価値創出に必要な能力、やる気、経験を持っている人を採用する垣根を下げていく。

採用した後も、正しくプロとして成長して、エンゲージメント高く活躍できるようになっていくためには、ダイバーシティの考え方が重要です。ダイバーシティ&インクルージョンの垣根を下げるために、まずオンライン、デジタルで垣根を下げることからやっていきませんか。

このサイクルを人事部門のみなさんが仕掛けて、経営、事業部門、情報システム部門などとコラボレーションしながら、イノベーションを仕掛けていってほしい。そんな思いで、今日も来ております。デジタルでなめらかにつながって仕事をする体験を作りましょう。

まずは今日のテーマである、「採用」というイシューから、デジタルでなめらかにつながる経験をどのように生んでいくか? そこから経営をどうアップデートしていくか? そのためのマインドシフトとマネジメントシフトをどう図っていくか? 一緒に悩みましょう。

最後に、今日はオンライン・地方都市・中小企業がテーマです。残念ながら地方都市は立地の面においてハンデがあります。不公平です。やはり東京のほうがいい人が集まる、情報が集まる。しかしながら、デジタルは皆に公平です。地方都市、中小企業、製造業、飲食業、すべてに公平です。デジタルで挽回していきましょう。

採用で「自社が社外からどう見られているのか」が理解できる

沢渡:ここからは西舘さん、伊達さんとの三者トークにつなげていきたいと思います。ご清聴ありがとうございました。

西舘聖哉氏(以下、西舘):あまねさん、ありがとうございました。僕の周りで、なないろのはなとは別で働いている会社でも、福岡から東京の会社にリモートで参画して、今一緒のチームで働いている方がいるんですけど、まさにそういった方が活躍していますね。

地方でのオンライン採用を増やしていくと、逆の事例もどんどん作っていけると思うので、その辺りのことを深めていきたいなと思いました。

沢渡:そうですね。ありがとうございます。

西舘:伊達さん、率直な感想というか、今の沢渡さんの話を聞いて何か一言ありますか。

伊達洋駆氏(以下、伊達):そうですね。『バリューサイクル・マネジメント』も拝読したんですが。

沢渡:ありがとうございます! 

伊達:いえ、とんでもないです。やはり、採用の問題を採用だけで考えないという視点が大事なんだなと改めて思いました。その中でも、個人的に「これはおもしろいな」と思ったのが、採用のリフレクションの話です。

採用の振り返りをきちんとやっていくと、自社の振り返りにもなっていくというお話があったのかなと、私なりに解釈しています。採用活動って社外に向けて行う活動じゃないですか。例えば、採用に関わっていく人の中に候補者がいますが、候補者は社外の人なんですよね。

社外の人と関わりながら仕事をしていくのが採用の特徴だと考えた時に、社外と関わるからこそ、採用について振り返りをすれば、「自社が社外からどう見られているのか」を理解できるんですね。

そのことが事業や組織など、採用以外の振り返りにもつながっていくのかなと思いました。

沢渡:おっしゃるとおりです。

魅力的ではない会社ががんばっても、応募は来ないし定着もしない

伊達:「どうすれば、良い採用ができるのか」ということを採用担当者の方とディスカッションする度にたどり着く結論があります。結局のところ、細かな採用手法をどれだけがんばっても採れない会社は採れないんですよ。それはなぜかと言うと、会社に問題があるからです。候補者という社外の人から見たときに魅力的ではないんです。

沢渡:(笑)。その通りですね。

伊達:例えば候補者にとって魅力的ではない会社がどれだけデジタルシフトをしても、応募は来ないんですよね。

沢渡:分かります。

伊達:さらにいえば、応募が来て入社したとしても、定着しないんですよ。ということは、要するに、「いい会社」を作っていくことが大事になってくるわけです。

沢渡:ありがとうございます。この本でも、ビジネスモデル変革を一番上に持ってきたのはそういう意図なんですね。やはり、あらゆるデジタルで接点が増える中、自社のビジネスモデルがイケているのかイケてないのかを振り返るって、ものすごく大事で。

今の伊達さんのお話も、採用という行為そのものが、自社のブランディング、ブランドマネジメントのプロセスの1つに寄与し得るという話ですね。外からの情報を得て、外との接点でもって自社がどう見えているのか、自社のどこがまずいのかを把握する。

統制型、旧来型の同調圧力的な企業は、圧迫面接をして「とにかくうちの会社に合わせろ」「イエスかノーか」みたいな。その採用プロセスだと、結局自社に合わない人だけを遠ざけるというプロセスになって、自社の悪いところや課題がまったく見えずに終わってしまうと思うんですよ。これは非常にもったいないと感じています。