「便利さ」を追求するほど、モノの価値が下がっていく

山口周氏:次に「『役に立つ』より『意味がある』」という話をしたいと思います。役に立つようにすると価値が上がるとみんなが思っているから、利益が出ない。競合が追い上げているとなると、「機能を足そう」「便利にしよう」というふうにやろうとするんですが、便利にするとどんどん価値が下がるのが、今の世の中ですよね。

象徴的なニュースが2つあります。1つは、レコードが40年ぶりにCDの売り上げを逆転したという話ですね。不便で扱いづらいという理由で市場から淘汰されて、ほとんど消滅したかに見えたレコードが、また復活してきています。物としては変わっていないのに、復活してきているということは、受け手側の価値観が変わってきているんですね。

一方で、真逆のケースが日本のカメラ事業です。みなさんご存じのとおり、今、非常に苦境に立たされている状態です。かたや不便なレコードが復活してきている一方で、かたや極めて高性能な日本のカメラ産業が、異常な苦境に立たされている。これは一体どういうことなのか。

役に立つ・意味がある、機能的便益と情緒的便益という単位で考えてみましょう。今、どれが一番高く売れるのかを考えてみると、もう明白なんですよね。

“役に立たない車”が売られている理由

日本車のほとんどは、役に立つけど意味がありません。もちろんこれは、揶揄してるわけじゃないんですよ。すばらしい文明の勝利だと思います。人や荷物を運び、極めて安全に快適で、燃費もいい。すばらしく役に立つわけですが、じゃあ意味的な価値があるのかといったらそうでもないと。

一方で、ヨーロッパの高級車は、日本車と同じようにもちろん役に立つわけですが、ただ単に同じぐらい「役に立つ」ということでは、値段が3〜5倍する理由を合理化できないですよね。

BMWやメルセデスベンツといった車を買う人が、1,500~2,000万円のお金を喜んで自動車に投じるのかと言うと、ただ単に移動の手段として買っているだけではなく、何らかの意味的な価値を求めて買っている。

さらに最近の自動車マーケットで恐ろしいのは、たくさんの“役に立たない車”が売られていることです。おもしろいですよね。もちろん、自動車は役に立つことを元に発明された道具で、馬車から自動車への切り替えが起こったわけですが。

今、文明化の終焉を迎えたような成熟期において、むしろそのハイエンドの自動車や一番値段の高い自動車は、役に立たない方向に行っているわけですね。

実はこれ、自動車(産業)だけで起こっている状況ではないんです。多くの領域において、そのマーケットにおいて一番役に立つものが、一番低価格で売られることが起こっています。

薪ストーブやヴィンテージカメラが、不便でも人気な理由

例えば音響機器の世界においては、デジタルに依存する極めて最先端の道具は数万円で、そんなに高い値段で売られているわけではないですね。一番高いのはヴィンテージの製品で、これはカメラも同じです。

日本のカメラメーカーがあれだけ高性能のものを作っているのに、苦境になっています。「いやいや。今はスマートフォンでみんなが撮るようになっているからでしょ?」「スマートフォンの写真が高性能になってるからでしょ。役に立つものが求められてるんじゃないんですか?」とよく聞きますが、これは非常に薄っぺらい分析なんですね。

右上に写っているドイツのLeicaのカメラがありますが、これはボディだけで100万円するような代物です。レンズも合わせて買うと150万~200万円くらいしちゃうわけですが、こういうカメラはここ10年で売上高が10倍に成長しています。

スマートフォンが出回ることで、写真を撮ることそのもののコストが意識として減っているのであれば、Leicaがここまで急成長している理由はどうやって説明するんですか? ということになるわけですね。

衰退しているのは日本の企業です。一方で、ドイツのLeicaはここ10年でどんどん機能が向上していくスマートフォンと、むしろ足並みを揃えるようなかたちで成長しているんですね。これはどう考えるんですか? あるいは今、どの家にもエアコンが装備されているにも関わらず、新築の家を建てる人の間で、薪ストーブが一種のブームになっています。

役に立つ、便利にする、機能を付加することで、どんどん付加価値を上げてきたのが日本のお家芸だったわけですが、もうそれは完全に飽和した状態になっています。「役に立つ」をこれ以上上げても価値が増えない一方で、意味のイノベーションを実現すると、ゼロが1個増えるという状況が起こっています。

もちろん、これは個別の企業の競争戦略にも関わるわけですが、ここから先(スライドの)上の軸に向かってサービスや製品を成長させていくのか、あるいは横の軸に向かって成長させていくのか。一目盛り上げた時の限界リターンの大きさがどんどん変わってきている中で、改めていろんな産業において考え直さないといけないんじゃないかなと思います。

これが「意味がある」と「役に立つ」という話ですね。

日本は「ベテランの声が通りやすい社会」

次に「多様性を活かす」と「ベテランと専門家に頼る」という話をしたいと思います。

日本はベテランと専門家の声が非常に通りやすい社会なんですね。後でちょっとお話ししますが、ベテランと専門家に依存をしていると、今の状況では非常に危険だと思います。それはなぜかと言うと、大きく環境が変化する時は、過去の知識や経験が不良資産化するからです。

当たり前ですよね。世の中がずっと連続的で、変化が少ない状況なのであれば、もちろん知識や経験もずっと活かせるわけですが、大きく環境変化が起こるとこの価値がゼロになる。ゼロになるのであればまだしも、むしろマイナスになることが、往々にして起こります。それが起こったのが、一番最近で言うとデジタル革命の時期ですよね。

「Facebook・19、Google・25、Amazon・31、Apple・21」。みなさん、この数字何だかわかりますか? これは、創業時の創業者の年齢です。平均年齢24歳の若者たちが作った会社が、今はGAFAと総称されて、世の中を引っ掻き回しているわけですよ。

引っ掻き回されている相手の会社は誰に率いられているかというと、50~60代のベテラン経営者なわけですね。これは、改めて考えてみないといけない問題です。日本の企業では、24歳は新入社員ですよね。新入社員の人たちが作った事業が、世界を席巻しているんですよ。

一方で、日本の会社で新入社員がどういうふうに扱われているかといったら、「まず使い物にならない」と思われているんですね。年齢と共に、どんどん知識や能力が増えてきて、大きな責任を担えるようになる。それが日本の人事等級制度です。

じゃあ、能力も責任も大きく担えるはずの40〜50代の人たちは、なんで時代を変革するような大きな事業を作れていないんですか? ということですよね。ですから「ネガティブケイパビリティ」と呼ぶものが、今の時代において非常に重要になっていると思います。

“経験やスキルのない人”たちが持つ可能性

知らない、経験がない、スキルがない。そういったことはすべて、ネガティブな要件として言われているわけですが、今の時代、企業や大きな環境が変化する時には「知らない・経験がない・スキルがない」というネガティブな要素が、一種の“ネガティブアドバンテージ”とでも言うべきものになるわけです。今、まさにまたそれが起こっているんです。

これは、マッキンゼーが去年の11月に報告した、リモートワークに関するレポートです。ホワイトカラーのだいたい7〜9割は、リモートワークになってしまうだろうという予測を立てています。そうなると、通勤や都市といったものが、そもそも成り立たない社会がやってくるわけですね。これはもう、ものすごい変化が起こることになります。

そういった大きな変化が起こる中において、これまでの知識や経験が、どれくらい役に立つんでしょうか。むしろゼロベースで世の中を見て、ちゃんと物事を考える能力が、これから重要になっていく。

トーマス・クーンが『科学革命の構造』の中で言ったとおり、パラダイムシフトを起こす人は、なぜか知らないけど年齢が非常に若いか、その分野に入って日が浅いかのどちらか。つまり、極めて豊かなネガティブケイパビリティを持った人たちだということを言ったわけですよね。

だから、パラダイムシフトを起こす人たちは、ネガティブケイパビリティを持っている人たちだということです。

一方で、今までやってきた90点のものを、92点や93点にする。そういうインクリメンタルなゲームは、もちろんベテランや専門家は得意ですが、環境が大きく変化する時には、ガラガラポンでリセットされちゃうわけですから。「専門家とベテランに頼る」という今の考え方は、それでいいんですか? ということです。

「地位の低い人」が意見を言える環境が重要

別の角度から、この話をします。飛行機が機長と副操縦士で操縦されているのは、みなさんご存じのとおりなんですが。実は、機長が操縦かんを握っている時のほうが、墜落事故が起こりやすいというのはご存じでしたかね?

当然のことながら判断も技量も、機長のほうがパイロットとしては優れていますよ。でも、そういう機長が操縦かんを握っている時にこそ、飛行機事故は起こりやすいんです。

これはコミュニケーションの問題です。つまり、副操縦士が操縦かんを握っている時は、副操縦士と機長の間でいろんなコミュニケーションが起こりますよね。機長からしたら目下の人間ですから、副操縦士がやろうとしていることに対して、いろんなちょっかいを出したり、アドバイスをしたり、反論をしたりするわけですよね。

一方で、もちろん関係性にもよるわけですが、機長が操縦かんを握っている時は、副操縦士は(機長に)反論したり意見したりできるでしょうか?

トータルとして見た場合に、どちらのほうがコミュニケーションが多いかというと、やっぱり副操縦士が操縦している時のほうが多いわけです。これが、機長が操縦かんを握っている時のほうが事故が起きやすい理由なんです。

これはつまり、環境変化が大きく起きて、経験や知識が不良資産化するような状態で、経験がない・年齢が若い・組織の中における地位が低い人たちが、どれだけ自由闊達に権力を持っている人たちに対して、反論したり意見したりできるかが重要なんです。

その時に感じる心理的な抵抗の度合いは、心理学の世界で指標化されています。具体的には権力格差指標、英語では「Power Distance Index」と言います。

若い人の意見は「生意気だ」と思われがち

具体的にどういう状況かというと、ご覧のとおりです。

日本・台湾・韓国・香港は、右側の国に比べて、相対的にかなり高めに出ている。わかりますよね、これは儒教が影響しているんです。儒教は、年長者を敬うことを非常に重要な道徳として掲げている宗教です。

他に並んでいる国の共通項、みなさんわかりますか? イスラエルを除いて、全部プロテスタントが主流の国ですよね。プロテスタントは、プロテスト(protest)が語源です。つまり「反抗せよ」「反論せよ」ということです。誰に反論するのかといったら、ローマ法王です。

時の最高権力者、世界の支配者に向けて、「あいつらの言うことを信じるな」と言ったのが、(マルティン・)ルターという人です。ルターが説いた宗教を信奉している国では、総じて権力格差が低い。そしてご覧になってわかると思いますが、いわゆる「イノベーション先進国」と言われている国は、ほとんどがプロテスタントの国なんですね。

かつてマックス・ヴェーバーという人が、『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』という本を書いて、「なぜ資本主義が発達した国は、ことごとくプロテスタントなのか」を問題として掲げて、その宗教のエートス(ある文化の価値的な性格や精神構造)と資本主義の接続性を論じました。実はイノベーションにおいても、非常に大きな相関があるというのが見てわかると思います。

これは実は、私たちの国が本質的なハンディを背負っているということなんですね。「環境変化が起こった時に、画期的なアイディアを出すのは年齢が若い人、あるいはその分野に入って日が浅い人だ」というトーマス・クーンの言うとおりなのだとすると、そういった人たちが声を出す時に、心理的な抵抗を感じてしまう。

あるいは、そういう人たちがいろんな意見をすることを「生意気だ」と思ってしまうような文化圏では、やっぱりイノベーションが非常に起こりにくいんです。

そうするとこれは、相当人為的に年長者の人たちが、若い人たちから意見を出させるサーバントリーダーシップを発揮しなくちゃいけないということです。逆に若手の人たちは、「つつがなく大人しくしていよう」という気持ちを捨てて、現状を批判的に見て、どんどんオピニオンを出すことが求められているのかなと思います。