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人生100年時代を勝ち抜く人材の育成術(全5記事)

IKEAやAppleにできて、日本企業には“足りなかったもの” 「正解」を追い求めることが招く、ビジネスの最悪の事態

「組織・人事」分野のSaaSを中心としたサービスとの最適な出会いを実現する、展示会イベント「BOXIL EXPO 第2回 人事総合展」がオンラインで開催。 各業界の著名人によるトークセッションや、サービス説明セミナーが行われました。「人生100年時代を勝ち抜く人材の育成術」をテーマに、独立研究者/著作家/パブリックスピーカーの山口周氏が登壇。本記事では、ビジネスで「正解」を求めると陥る“2つの罠”や、これからの時代に求められる「問題」の見つけ方について解説しました。

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昭和の高度経済成長期は「不安・不便・不満」があった

山口周氏:「問題」とはどういうことかと言ったら、外に洗濯しに行くのはとってもつらいから、家の中で洗濯したい。あるいは冷蔵庫が普及する前は、家の中で食べ物を保存できない。食べ物を保存するためには、氷屋さんに行って買ってこなくちゃいけなかったわけですね。

家の中にエンターテインメントがなくてつまらない、家が暑い・寒い、毎日お風呂に入れたらどんなにいいだろうとか、ものすごくファンダメンタル(基礎的事項)な不満です。

昭和の高度経済成長期は、不安・不便・不満があったわけです。この問題に対する正解として3種の神器が生み出されて、爆発的な勢いで普及したわけですよね。これはまさにソリューションが「正解」として提供されたわけですから、昭和はものすごくたくさん問題があった一方で、正解・ソリューションが希少だった時代です。

これは経済学の基本的な原則ですが、常に「希少なものを生み出す能力」が労働市場で高く評価されて、それが「優秀さ」になるわけですよね。ですから当時(昭和)は、正解を出せることは価値の源泉で、それは優秀さの証しだったわけです。

人間の脳は「保守的」だから、認識を変えようとしない

これが実に困ったことに、世の中の価値の構造は変わるのに、人間の優秀さの認識や価値の認識は、あまり変わらないわけです。なぜなら人間の脳みそは非常に保守的で、酸素をあまり食わないようにエコにできているわけです。

ですから世の中の価値が変わっているのに、未だに「正解を出せる人」「ソリューションを出せる人」が優秀だというイメージになっています。ものすごく高い生産性でがんばっているにも関わらず、価値が生み出されないということが、いろんなところで起こっているわけです。

これは、NHKが1973年から50年間、5年に1回ずつやっている調査です。どういう結果が出ているかと言うと、みんな「モノは要らない」と言っているんですね。

一番左側の「個人生活物質面」では8割の人が、右から2番目の「社会生活物質面」では9割近くの人が「もうモノは要りません。満足しています」と言っていて、問題を抱えていないわけです。

問題を抱えていない世の中なのに、正解を出せる人が未だに優秀で、正解を出すと価値があると思っている。そういうやり方で仕事をやるとどういうことが起こるのか、非常にわかりやすい例があります。

たった14年で衰退した、日本の携帯電話産業

これは日本の携帯電話産業です。AppleのiPhoneが出てきたのは、今からたった14年前の2007年なんですよね。Appleは、2007年以前はパソコンメーカーです。今、みなさんAppleってパソコンメーカーのイメージがないでしょう? 

その時点で、日本の携帯電話産業は非常に活気ある大きな産業で、そこには優秀な人が集まって、非常に実直に仕事をやっていたわけですよね。みなさんもご存じのとおり、今、日本の携帯電話産業はほぼ消滅しました。たった10年の間に消滅したんですよ。“産業突然死”です。

きっかけはもちろん、(スライド)右端に写っているAppleのiPhoneだったわけですが、結果から言えば(日本の携帯電話産業は)極めて脆弱だったと言わざるを得ないと思うんです。新規参入業者のAppleに、当時末端価格換算で4兆円あった市場が奪われたわけです。

何が起こったのか、なぜここまで弱かったか。その理由は、優秀な人が謹厳実直・一生懸命に仕事をしたからです。優秀な人が謹厳に、一生懸命仕事をやると、どんどんしょぼくなるということが、今の日本のいろんな産業で起こっています。

なぜかと言うと、正解を出すからですよね。世の中において正解が過剰になっているということは、正解の価値が減っているということです。正解を出すのが“優秀な人物の特徴”で、それはなぜかと言ったら、子どもの時から正解を出すことでずっと褒められてきた人ですから。難しい授業になると、必ず正解を求められるわけですよね。

「正解」を求めようとすると陥る、2つの罠

ビジネスにおける正解の出し方は、プロトコル(手順)として一応ありますが、それはマーケティングです。いわゆる「マーケットイン」という考え方に則って、大規模な定量調査をやって、出てきた結果を統計分析に従って製品化すると。因子分析をやったり、重回帰分析をかけるわけです。

『統計学が最強の学問である』は、8年前にベストセラーになりましたよね。最強の武器を使ったら、こんなに最弱になったという、非常に不思議なことが起こっているわけです。原理的に正解を求めようとすると、2つの罠に落っこちちゃうことになります。

1つは、人と同じになるということです。当たり前です、正解は再現性・サイエンスですからね。いつ・どこで・誰がやっても同じ答えになる再現性を求められる、それがサイエンスです。つまり、差別化が非常に難しくなります。ですから、正解で戦おうとするビジネスには、根源的なパラドックスが潜んでいるんですよね。

なぜこれが、かつてはよかったかと言ったら、世の中に問題がたくさんあったことと、正解を出せる人が少なかったからです。問題がたくさんあって、正解を出せる人が少なかったので、正解を出せれば差別化できたんです。

昔はコンピューターによる統計解析なんて、調査会社に頼まないとできなかったですからね。これが今、高校生が持っているパソコンでもできるようになったわけです。“問題解決能力の普遍化”が起こっている、これが罠の1つ目です。

2つ目が、顧客は一般的な世の中のマジョリティですが、世の中のマジョリティの人たちは必ずしもセンスのいい人たちではないので、マーケティングや統計に頼って物を作ろうとすると、ありていに言うと必ずセンスの悪いものができあがります。世の中の一般的な人のセンスって、そんなに良くないですからね。

ですから正解を求めてやる戦いは、センスの悪い製品で同質化するという、最悪の事態を生み出す結果になっています。問題解決能力、正解を出す能力の捉え方を変えなきゃいけない時期が来ているという、1つ目の理由がここにあります。

急速に普及する人工知能、人間に残された仕事とは?

2つめの理由が、今、また急速に来ているあのテクノロジーなんですね。

かなりシュールな映像を見ていただきましたが、ご覧いただいたのはアメリカの『Jeopardy!』というクイズ番組です。アメリカのクイズ王のお2人に対して、IBMのWatson(人工知能)が挑戦をする時の回の模様です。ご存じの方は多いと思いますが、Watsonが圧勝するわけですね。

すでにご存じのとおり、チェスも将棋も囲碁も、世界チャンピオンは人工知能になっています。つまり、解析的に正解がある問題について、人間の出る幕はなくなってきているということなんですね。

(人工知能は)急速にコストも下がってきていて、20年で(価格が)1万分の1の勢いですか。1億円した人工知能は、20年経つと量販店で売られるようになる、そういう時代が来ているわけですね。現実に、どんどん給料の高い人から順に、人工知能への切り替えが進んでいるのが、今の労働市場です。

これは2年前になりますが、長島・大野・常松(法律事務所)さんが、人工知能の導入を発表されました。(人工知能が)何をやってくれるのかなんですが、従来は弁護士が2週間かけて処理したM&Aの契約チェックを、1時間以内で処理できる。恐るべき生産性ですよね。

M&Aの契約チェックは、極めて文脈依存的でハイタッチな仕事で、「人間でなければできない」というイメージを、実は私自身も持っていたんですが、実際にお話をお伺いしてみると、人工知能のほうがはるかに精度が高いそうです。

ですから「人間に残された仕事ってどうなっちゃうんだろう?」ということは、もう明白ですよね。人工知能は、解決することは非常に得意なんですが、問題を作ることはできないんです。今、まさに求められているのが問題なんだとすれば、人間のやる仕事は問題を作ることなんです。

社会から「問題」を生み出した、IKEAの事例

山口:じゃあ、どうやったら問題って作れるのか? ということですよね。定義に立ち返って考えてみましょう。そもそも問題の定義は、ありたい姿と現状が一致してないことを言います。ですから、かつての“価値の源泉”が解決策だったとすれば、これから先の価値は「ありたい姿を描いて、問題を描くこと」になります。

ありたい姿を描くと問題が生まれ、問題が生み出されれば、解決策によって高い経済価値が生まれることを示してくれるプロジェクトの事例があるので、映像をご覧いただきたいと思います。

非常にすばらしいソーシャルイノベーションですよね。こういうプロジェクトを見ると、やっぱり「解決策がいかにすばらしいか」に意識が行きがちなんですが、思考のプロセスとしては、そこに向かってもなんら得るものはないわけです。

3Dプリンターを使って、インターネットでデータをばらまいて、家具を改造させる。問題さえ特定できれば、おそらくクリエイティブな人だったらこのアイデアに行き着きます。

問題は、まさに「問題」にあるわけです。なぜIKEAだけがこの問題に気づけたのか、(他のメーカーは)気づけなかったのか。このフレームに立ち返って考えてみれば、問題を見つけることは、常にありたい姿が先行的にあるはずなんですね。じゃあ、IKEAにとってのありたい姿は何かと調べてみると、やっぱり実際にありました。

彼らのグローバルなホームページを見てみると、IKEAがどういう目的で設立された会社なのかが明確に書かれています。それは「家具が民主化された世界を作る」ということです。誰もが自分が気に入っている家具に囲まれて暮らしている、そういうのがいい社会だと思うと。

「現状、それが満たされていないのであれば、いろいろな手段を使ってそれを実現するためのイノベーションを起こしていく」というのが彼らのホームページに書いてあるんですが、それはいろんな事情があるわけですね。

これから先は、「正解」ではなく「問題」を探す

経済的な事情がある人に対しては、安くしていくことが大事です。地理的な事情があるということであれば、お店の数を増やす。あるいは通販のサービスを充実させる。

身体の問題で家具にアクセスできない人がいて、しかもそれは人口の1割に及ぶことがわかったんですね。人口の1割が該当するわけですから、マーケットとしても巨大ですよね。彼らはその問題を解いたんです。

解決策はもちろんすばらしいんですが、目を向けなくちゃいけないのは、さらにその上流にある「なぜ彼らは問題を発見できたのか」「彼らはありたい姿をどう描いているのか」ということです。これは今、存在感のある企業ではすべて共通に、明確に持たれているものですよね。

例えばテスラでいうと、「化石燃料に依存しない文明のあり方・社会」というのが、彼らが描いているありたい姿です。でも現状は(化石燃料に)依存しているわけですから、いろんな問題を作れるんですね。

1つの問題を解決するために、まずは自動車(産業)を始めたわけです。彼らが次々に新規事業をやっていて、一見脈絡がないように見えるかもしれないですが、彼らが描いているありたい姿から抽出される問題について、一つひとつを解いていっているんだと考えれば、ここにはきれいな整合性が見えます。

つまりこれから先は、正解を探すのはもう要らないです。問題が少なくなっているので、正解はもう十分にある。だから問題を探していきましょう、というのが1つ目の話です。

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