初めて開発したアプリが、AppleのCEOの目に留まり渡米

福田典子氏(以下、福田):アプリを開発した時は、これだけ世界に注目されると思っていましたか?

若宮正子氏(以下、若宮):ぜんぜん思っていないです。一応、Apple社の審査がありますから、逆に「こんな幼稚なアプリだったら却下されるかもしれない」なんて心配をしていたくらいでした。Apple社から「CEOがお会いしたいと言っていますから、一緒にアメリカに行きましょう」と言われた時には、冗談だと思いました。

福田:ぜひこちらの写真も見ていただきたいんですが、ティム・クックさんに抱擁されている写真ですね。

若宮:そうなんです。

福田:この時の思い出、いかがでしょうか?

若宮:今、お話ししたような「操作がタップだったらできる」「ここで鼓の音が聞こえると同時に、『正解です』とテキストで表示される」という話を、クックさんは本当に一生懸命に聞いてくださって。

「だったらそのテキスト表示は小さすぎる。たぶん年寄りは目が悪いでしょうから、もっとフォントサイズを大きくしたらどうですか?」なんてことまでおっしゃってくださって。パソコン仲間とお話ししているみたいな気がしちゃいました。

どんな依頼でも、“とりあえずやってみる精神”で挑戦

福田:アプリ開発を通して、やはり世界は変わりましたか?

若宮:大きく変わりました。「自分は新しい世界に出ていったんだな」と思いました。思いがけないことなんですね。

例えば、老人会で野球をしていてヨタヨタとバッターボックスに立って、バットで球を打ったのではなく、球の方が間違ってバッターにあたっちゃったんですよ。フワフワッとあがったフライに強烈な追い風が吹付けて、気が付いたらホームランになって場外まで行って、最後にアメリカへ行っちゃったの。

福田:(笑)。

若宮:そんな感じだったんですが、帰ってきてから良くも悪くもいろんな……というか、主に良いことなんですけど。注目していただいて、今まで経験していなかったようないろんな新しいお仕事をやることになりました。

福田:チャレンジしてみる。もしかしたら若宮さんは「挑戦」というつもりでされていないのかもしれないですが、やはり何事もやってみるのが大事なんですね。

若宮:お話をいただいたものは、どんなものであれお受けしてやってみる。やってみてわからないところは教えていただいたり、手伝っていただいたりして、とにかくやる。「とりあえずやってみる」という姿勢はずっと通しております。

福田:いくつかお話しされている姿も拝見したんですが、英語もかなり堪能でいらっしゃいますね。

若宮:いえいえ、とんでもない。そうじゃないんですよ。CNNというアメリカのテレビ局がすごい記事を配信してくださったんですけど、あれもメールで質問表をいただいた時に、コピーして翻訳ソフトにベタッと貼り付けて邦訳を読み、回答を日本語で書いて、それを英語に訳して送ったということで、みなさんが「すごく英語が達者だ」とおっしゃった。

ですから、お願いできるものは人さまにもお願いしますけれども、コンピューターさんにもお願いして手伝ってもらっています。

福田:いろんな機械を駆使して、そしていろんな方の力を得て、今のみなさんとのかたちができ上がっているんですね。

若宮:そうですね、本当にそう思います。

福田:やはり、近くにいる周りの方の反応も変わりましたか?

若宮:はい。周りにたくさんお友だちがいて、ある程度そういう方に手を引っ張っていただいたり、背中を押されたり。一緒に成長していくというところで、本当に多くの方に手伝っていただけるということがうれしいです。

自分自身も何かにトライしてみることで、今まで知らなかった新しいことを知ったり、考えさせられる機会が増えて、本当に素晴らしかったと思います。

「人生60歳からが楽しいんだよ」

若宮:今、考えると、あれ(アプリ開発)が81歳ぐらいから始まったことなんですが、この5年間でずいぶん自分も成長したなと思います。

福田:やはり、人間はずっと成長し続けるものですか?

若宮:そう思います。まだまだこれからも、目の黒いうちは成長できたらいいなと思っています。

福田:他のインタビュー記事で拝見した「人生60歳からが楽しいんだよ」という言葉が、とても励まされるなと思いました。

若宮:おっしゃるとおりで、本当にそうなんです。私も今が一番楽しいですし。世の中はどんどん変わっていますから、新しい知識も仕入れて自分も変わらなきゃいけない。昨日と同じ自分じゃいけないみたいで、やはり「変わることも楽しむ」というか。

ただ「変わることを楽しむ」というだけではなくて、やはり年齢や過去のいろんな経験を活かして知識を新しく仕入れてくれたら、むしろ若い人のほうが早いのかもわからないですけど。

年寄りはそれぞれ、自分の経験を自分の頭の中で消化して、消化したものをある程度熟成させて発酵させて。そこから叡智が生まれてくるんだと思うんですね。……と、頭では思っているんですけど。私もおっちょこちょいで、なかなか消化・発酵ができないですけど、本来年寄りはそれができるんだと思うんです。

そこで出てきた叡智があれば、きっとAIの時代にすごく役に立つんだと思うんですが、私自身がなかなかその域に達することはできないですけどね。

だけど今、オレオレ詐欺とかで、なかなか自信をなくしていらっしゃる年寄りの方も多いんですが、もっと私たちは自信を持っていいんだと思うんですね。自信がないと、そういうものに打ち負かされちゃう。だったら、新しい知識とかをどんどん仕入れて、そして熟成・発酵させて、年寄りが叡智を持てるようになったらいいな、なんて思います。

福田:若宮さんたち世代の叡智を、私たちの世代がお借りしていかなければいけないと思います。

若宮:おっしゃるとおりです。次の世代の方はそういうやり方で、もっともっといろんな知見や、もっともっと素晴らしい“発酵食品”を作っていただけるといいなと思います。

老若男女問わず、新しい知識を“交換し合う”ことが大事

福田:私自身の話で申し訳ないんですが、先輩に頼るのがけっこう勇気がいるんですよね。「『知らない』と言っていいのかな」「聞いていいのかな」という気持ちになりながら、質問をするかどうかさえ悩んでしまう方も、多くいらっしゃるんじゃないかなと思います。

どういうふうにコミュニケーションを取られると、「教えてあげたくなるな」というのはありますか?

若宮:やはり、どんどん聞くこと。それと、いつも自分が付き合っている仲間の狭い範囲内じゃなくて、例えば私も小学生や中学生とか、若い人たちともたくさんお友だちになっていただいていて。そういう方とのやりとりとかいろいろなことで、新しい感覚や知識も得られるんだと思って楽しんでいます。

福田:そうすると、もしかしたら私たちも質問に行くことで、若宮さんたちに何か新しい知識を渡せているかもしれないということですか?

若宮:そうなんです! 年寄りも、若い人たちからどんどん教わらなければいけない。だから、教えることと教わることは、もっとやり取りがなければいけないんですね。だけどどうしても今、世代間での交流が少ないので、これからは老若男女、どんどんみんなでワイワイガヤガヤやっていければいいんじゃないかな、なんて思います。

福田:とても勇気付けられます。

若宮:(笑)。

失敗した経験を、自分の“肥料”として活かす

福田:きっと周りのシニアの方から「パソコン教えて」「ITに関していろいろ教えてほしい」という声も挙がってくるんじゃないでしょうか?

若宮:そうですね。これからは1人でも多くの方、特に高齢の方にデジタルと仲良くなっていただきたいと思います。

福田:「チャレンジしてみてもできないんじゃないかな」「失敗したら恥ずかしいな」という方も、いらっしゃるんじゃないかなと思うんですが。

若宮:そうなんですよ。でもね、この頃の人って「失敗しない・させない」というのが、すごく多すぎると思うんですよね。たくさんの失敗は、次の成功の肥料になると思うんですよね。

大輪の朝顔を咲かせるための肥料はやはり「失敗の積み重ね」だから、いっぱい失敗をして、そこからなにか肥料をもらってくる。さっきの話じゃないですけど、ただ失敗をしてガクッとするのではなくて、消化して熟成して発酵してくれば、その失敗も絶対にいい肥料になると思います。

福田:若宮さんはずっと昔から、それだけ明るく前向きな性格なんですか?

若宮:もともとおめでたい人間ではあるんですが、さっきの話じゃないですが、なかなか仕事が遅くて先輩に叱られていた頃は、落ち込んで体調を崩したこともあります。

福田:でも、今だからこそ前向きになれるということですかね。

若宮:そうですね。今、考えたら、それはすごくいい経験だったと思っているんです。その時は辛かったですが、そういうこともあるんだし、自分の番が回ってきたといいますか。

私、よくいろいろなものを思い付いて、会社でもいろいろ意見を出したり、業務改善提案とかをどんどん出していたんです。そういうことから企画開発部門に異動させていただき、転勤させていただいたので、自分がうまくいかなかった時代があったことがとてもいいことだと思いました。

福田:今はうまくいっていない方も、何かにつながる肥料になる。そういったふうに捉えていっていいんですね。

若宮:そうなんです。ですから失敗はたくさんして、失敗しても落ち込まないで「またいい肥料の材料が来た」と喜んでください。