会社を去る人がいても「ぜんぜんいい」と思える理由とは?

南場智子氏:もう1つ、「囲い込まない」という考え方もすごく大事にしています。ディー・エヌ・エーで公式に推奨するキャリアパスの1つは、マネジメントキャリアに成長していくキャリアパスです。

もう1つがスペシャリストですね。例えば、AIのスペシャリストやデザインのスペシャリストとか、いろんなスペシャリストがいます。本当にスキルが高いスペシャリストは、社長より高い給料をもらうこともある。それくらい、マネージャーと同じくスペシャリストも重視されています。もちろん行ったり来たりもするんですけど。

公式に後押しする3つ目のキャリアパスとして、「独立起業・スピンアウト」というものを設けています。実はこれ、ディー・エヌ・エーのこの3〜4年の大きな変化なんですね。私も創業者として、心境がすごく大きく変化したのはこの部分ですね。

ディー・エヌ・エーが優秀な人材の採用にどれだけ力を入れているかは、おそらく多くの方が知っていると思います。もちろん、そうやって必死に集めた優秀な人材に「辞めてほしくない」という気持ちもありますが、中長期を考えた時に、独立起業したいものについては公式に後押ししよう、という制度です。

このために、100億円のファンドを作った。「デライト・ベンチャーズ」はディー・エヌ・エーのOB・OGじゃない外部のスタートアップにも出資をしていきますが、ディー・エヌ・エーの優秀な社員で、かつ起業したい意欲の強い人に関しては「そろそろ起業のタイミングじゃないの?」と言って、押し出すような勢いで起業してもらう。

その人が、75パーセントや90パーセントのマジョリティを持って起業できる仕組みで、全力で支援・動機づけをしています。

会社をザクロに例えてみれば、このように閉じていて、中に宝石のように事業の種やすばらしい人材が詰まっている。それを閉じ込めているという考え方から180度転換して、ザクロをひっくり返して解放し、中身を出す。そして、表面積を最大限にする。

5年前は、人が辞めると言うと「辞めないほうがいいよ!」と、一生懸命引き止めていた。(それが)「ディー・エヌ・エーグループを去る人がいても、ぜんぜんいいじゃない」「その人の成功をできるだけ、最大限応援しようよ」という考え方に、とことん変わりました。

出資を通して、自社のOB・OGや有望な人材を支援

ちなみにディー・エヌ・エーは、ぜんぜん離職率の高い会社ではないです。これを勘違いしてる人がいっぱいいるんですが、数字を見るとIT業界の平均よりも離職率は低いんです。それでも、退職をした人が大成功しているので、かなり人が辞めてるイメージがつくのかもしれないですね。ただ、事実はそんなに辞めてないんです。

だけど辞める人がいても、応援してつながっていこうよ。あるいは「本当は起業したいんだけど……」と思っている人がいたら、むしろ「起業したほうがいいよ」と後押しすることを、本気になってやっています。そっちのほうが表面積が増えて、ディー・エヌ・エーの仕事も大規模になるんですね。

ただ最近は「ザクロ」という例えがわかりにくいというか、「ザクロはジュースでしか見たことがない」という人が多いみたいで。もうちょっとわかりやすい例で、夜空で例えます。

ディー・エヌ・エーを辞めて独立起業した人と、個人的には仲良くしていても、公式に応援する術がなかったんですが、デライト・ベンチャーズで出資をさせていただくことで、公式にもつながっていく。

でも考えてみたら、ディー・エヌ・エーのOB・OGと同じように、高いスキルと「コトに向かう」という高いマインドを持っていたら、「ディー・エヌ・エーのOB・OGに限定されなくてもいいよね」と。別にそれに関わらず、OB・OGじゃない人ともつながっていくってことです。

ただ、(スライドを指しながら)この図がちょっと不遜じゃないかと。「我々よりもうんと大きく成功する会社が出ることも、心から歓迎しようよ」ということが、ディー・エヌ・エーのギャラクシーの考え方ですね。1つの星ではなく星座を作って、大きな取り組みをしていったほうがいいじゃないかと。

つながって「デライトの総和を最大化する」という考え方を「DeNAギャラクシー」と呼んでいます。いろんなところで「DeNAマフィア」と言われてるらしいんですが(笑)。マフィアって言葉はあんまり好きじゃないので、ギャラクシーですね。

基本的には、1つの星だけではなくいろんな星座を縦横無尽に作って、時にはディー・エヌ・エーがど真ん中にいたり、時には端っこを担うかもしれない。でも、そうやって世の中に大きいDelightを届けていくことを徹底しようじゃないかということで、この取り組みをやっています。

他社で大成功しても大失敗しても、経験を活かせる環境

「本当に有益なんですか?」「優秀な人が辞めていっちゃって、そんなのを応援して大変じゃない?」と言われるかもしれないんですが、企業が仕事のベースであり続けるって、本当にあとどれくらいかなって思います。やっぱり、プロジェクトベースだと思うんですね。

1つの共通の目的を掲げて、その目標を達成するためにベストな人材が集まって、目標を達成したら果実を分け合って解散する。そういうプロジェクト型の事業が中心になってくると思うんですね。

そういう時代も見据えると、やっぱり組織の枠組みにこだわるのではなく、所属に関わらずにつながってバリューを出していくことを、率先してやってみる価値があるのではないかなと思います。

こうやってつながり始めて、私は毎週必ずOB・OGとのZoom会議を入れているんです。「今、どうしてる?」なんて話をすると、何割かは「そろそろ起業を考えているんだ」とか、スタートアップにいる人は「ちょうど資金調達を考えてる」とか、いろんな話が聞こえてきます。

中には「ディー・エヌ・エーに戻りたいんだ」という人もいます。「外を見ると、やっぱりディー・エヌ・エーの良さがわかるね」とか。そういう人に、ディー・エヌ・エーに戻ってもらったり。

他社での経験を経て、あるいは起業して大成功したり、大失敗でもいいんですね、その経験を持ってまたディー・エヌ・エーに戻ってくるとなると、ディー・エヌ・エーの経営陣もハイブリッドになり、「コトに向かう」という1つの共通の価値観のもと、多様性を実現した強い組織がまたできるんじゃないのかなと思います。

日本経済の問題は、人材の停滞とスタートアップのエコシステムの脆弱さ

日本経済の大きな課題って2つあると思っていて、1つはやっぱり、大企業を中心に人材が固定化されていて、圧倒的に人材の流動性が不足していること。

本当にそれぞれの大企業は、良い企業が多いんですけれども。入社した時はすごく優秀で……今でもおそらく優秀なんでしょうけど、その会社だけで通用するようなスキルを身につけて、出世競争を40年勝ち抜いてきた人が集まって「改革」だとか「イノベーション」というのは、やっぱり無理筋なんじゃないのかなと思います。

日本の大企業の「生産性の低さ」は繰り返し指摘されていますが、人材のハイブリッドさが圧倒的に欠落していて、固定的でありすぎるということがあるんじゃないかと思います。

日本の経済のもう1つの課題は、スタートアップのエコシステムが非常に脆弱であることです。10年前と比べると、ずいぶんと優秀な人材の起業も増えましたし、リスクマネーも増えています。でも世界レベルに達していない。

例えばアメリカのベンチャーキャピタルは、数え方によりますけど、14兆円や15兆円という数字もありますし、18兆円という数字もあります。統計によりますけど、日本は2,000億円から4,000億円ですね。これだけの差が開いてしまっていて、日本の起業環境はまだまだ脆弱です。

スタートアップのエコシステムをしっかりと作っていかないと、次の時代におけるGAFAに相当するような、新しい企業が日本から生まれるというふうには、まだまだならないんじゃないかと。そこはやっぱり、大きく変えていくべきじゃないのかなと思います。

そこにディー・エヌ・エーを開いて、ディー・エヌ・エーの優秀な人材をスタートアップエコシステムに投入していく。それによって、ディー・エヌ・エーの中に残っているすばらしい優秀な人材が、また成長する。新しく立ち上がった企業との連携とか、成功した起業家・失敗した起業家が戻ってきて、また違う角度から経営に参画するとか。

そういったことでディー・エヌ・エーがどんどん発展すれば、今の経団連企業の……今はあまり言っちゃいけないタイミングだったのかもしれないんですけれども(笑)。日本のエスタブリッシュの会社も「これ、いいことかもしれないな」と思って、やってくれるんじゃないかなと思っています。

幅広い分野で活躍する、DeNA出身の起業家たち

実際に、ディー・エヌ・エーから出た人材は、起業しても大成功してる人が多いです。この頁に入りきらないくらいなんですが、私も本当にリスペクトする起業家がたくさん生まれていて、またその次のステップにいっている人もたくさんいます。

同じようなマインドを持った、ディー・エヌ・エーじゃない背景を持った人たちともつながって、日本の刷新というか……そこまで大げさなことを言っちゃいけないんですけど(笑)。新しいDelightの届け方に挑戦していきたいなと思います。ということで、いろいろお話をしましたけれども、言葉で話をしたので平坦だったかもしれないんですが。

今日のはなし。ディー・エヌ・エーの特徴は、まずいろんな事業をやって、本番の打席を多種多様に用意していること。あと、ストレッチアサインをすごく大事にしている考え方。それから、個性と夢中をリスペクトすること、ヒエラルキーで仕事しないこと、囲い込まないという5つの考え方が、すごく特徴的じゃないかなと思います。

実験的なものもあるんですが、こういう場所で宣言するのは、私たちにとっても規範になることで、「言ったからには歯を食いしばってやり抜きたいよね」という、自分たちを追い込むところもあります。ということで、今後も新しいことにどんどん挑戦して、ディー・エヌ・エーもグループとして発展していきたいなと思います。

「もっともっとディー・エヌ・エーの中身を知りたいな」という方は、どうぞ『フルスイング』というオウンドメディアをを覗いてみてください。「DeNA フルスイング」で検索すると出てきますので。そこにいろんな社員の紹介とか、私が社員をインタビューした「キャリアの本質」というシリーズもありますので、ぜひ読んでみていただけたらと思います。

短い時間で早口でしゃべりましたが、組織・人材についてディー・エヌ・エーが大事にしている考え方をお話し申し上げました。ご清聴どうもありがとうございました。