いつからバレンタインは“義務感”を伴うイベントになったのか

河合辰信氏(以下、河合)ここ(「一目で義理とわかるチョコ」の企画)からだいたい毎年、バレンタインにいろいろやっているんですが、2つ目の事例は2021年の企画です。これまで義理チョコを中心に「義理チョコ=ブラックサンダー」というイメージ付けというか、そう思ってもらえるような企画をずっとやってきて、それには成功したかなと思っているんですが。

この数年、やはり義理チョコに対する世の中のイメージがすごく悪くなってきていて。一番大きな理由は、義務チョコ的なイメージというか、「あげなきゃいけない」「貰ったら返さなきゃいけない」という使われ方。そういう義務感がすごくネガティブなイメージになっていて、バレンタイン全体をネガティブにしちゃっているなとすごく感じていました。

我々も「義理チョコ、義理チョコ」と言い続けていたので、ちょっと責任も感じていて。「ならば、少しバレンタインのイメージを変えなければいけないだろう」ということを思って企画したのが、今回の「それもありでしょ? バレンタイン」という企画です。

思い出していただきたいんですが、おそらく子どもの頃って、バレンタインってすごくワクワクするイベントだったと思います。

田中安人氏(以下、田中):めっちゃ真面目な世界ですね。

河合:(笑)。私は小学生くらいの時、バレンタインの日って「もしかして下駄箱に(チョコが)入っているんじゃないかな」とか。

田中:義理(チョコ)なんてなかったですからね。

河合:「机の中に入っているんじゃないかな」とか、そういうワクワク・ソワソワがあった、すごく楽しいイベントだったはずです。お子さんをお持ちの方だと、もしかしたら「子どもがバレンタイン貰ってくるんじゃないか」「自分の子どもが誰かにあげるんじゃないか」といって、ワクワク・ソワソワするイベントのはずなんですよね。

なのに大人になって義務感が出てくると、途端にバレンタインがちょっとネガティブとなって。これがおかしいなということで、この企画自体は昔の楽しかったことを思い出してもらうことをコンセプトとして作って、その上にいろいろと企画を乗せていきました。

田中:それって、勇気いりませんでした?

河合:勇気はいるんですけど、「ブラックサンダーだったらけっこう許してもらえるんじゃないかな」という思いもあって(笑)。

田中:けっこう予算がかかっているでしょう。

河合:多少予算がかかっていますけど、我々の考え方で「物を売って回収する」というのがあるので(笑)。ECで販売もしていたので、回収までいっているんじゃないかな。売った分使って、ということができているので。

田中:その発想、大事ですよね。

河合:そうかなと思っています。

“ブラックサンダーらしさ”を生んだ、企業内でのチームづくり

田中:この時に思ったんです。GODIVAの社長の発言に対して、河合さんじゃないと思うんだけど、(SNSの)中の人がすぐにTwitterで発信しているじゃないですか。

河合:はい。3年ぐらい前になると思うんですが、GODIVAさんが「義理チョコをやめよう」という広告を打って、本来GODIVAさんが出したかったメッセージとは違う捉えられ方をして炎上してたんです。

これに対して当時のTwitterの担当者が、「よそはよそ、うちはうち。ブラックサンダーは義理チョコ文化を応援します」というのを出したんです。あれ、当日に担当者が「こういうのを出したい」と言ってきたので、私のところで「これはちょっと場合によっては炎上するかもな」と。

田中:そう。あれ、ちょっと微妙でしたよね。

河合:微妙なところだったんですけど、それまで築いてきたお客さんとのブラックサンダーに対するイメージの共有を考えた時に、「これはたぶん、ギリギリいけるかな」と思って。最終の火消しの方法をイメージしながらゴーをかけたら話題になったという、そんな事例でした。

田中:私自身も中の人とけっこうコミュニケーションを取るし、もっと言うと、中の人が社長から絶大な信頼を貰っているんですよ。ここがけっこうポイントだと思っていて。チームワークにもつながるんですけど、ここのコミュニケーションがけっこう大事だなと思っています。そこが炎上になっていないのがすごいですよね。 

河合:そういう「おもしろい」というか、“ブラックサンダーらしいこと”を常々発信するように、コミュニケーションを取って担当者とやっていたので。そういう意味では「ズレていない提案かな」というのも、当時思いました。

田中:ブラックサンダーの“人格形成”みたいなことは、けっこうチームみんなで議論するんですか?

河合:そんなに頻繁に議論することはないんですけど、商品を作る時や企画を考える時に「お客さんにとって、ブラックサンダーってこうだよね」ということは常に言っているので、一応定義の文字にされているものもあるんですが。実はそこよりも、もう少しはみ出した部分での理解のほうが重要かなと思っています。

それはふだんの商品づくり・企画づくりの中でパートを議論しながら、みんなのイメージの中で作り上げられているという感じですね。

田中:今、サラッと言われていますけど、このチームづくり・文化づくりというのはすごく大事だと思います。

自社商品の“公式ライバル”の誕生

河合:3つ目ですが、これも最近の事例ですね。ちょっとバレンタインとは違うんですが、ブラックサンダーの公式ライバル商品「ブロックサンダー」というのを、ファミリーマートさん限定で、3月末に発売させていただいて。

田中:そうですね。

河合:ついこの間ですけど、発売をさせていただきました。これもいろいろあるんですが、ファミリーマートさんには毎年1回、限定商品というか「留め型商品」(注:メーカーが特定の小売業向けに製造し、商品パッケージ上は通常の商品と同じように見えるが、商品の原材料・容量・価格などが異なっているもの)を販売させていただいているんです。

その中の提案として、今回ブロックサンダーを出して。けっこう尖った商品なんですけど、ファミリーマートさんに受け入れていただきました。

背景として、ファミリーマートのCMOをやっている足立光さんと、以前からマーケティング業界の関係で繋がりがありまして。提案自体は社内から担当者が出してきたんですけど、実は提案の数日前に足立さんから「公式の偽物を作ったらおもしろいんじゃない?」という話をいただいて(笑)。

田中:はいはい(笑)。

河合:「いいな」と思っていた中で、担当者からこういうアイデアが出てきたので、「これはいけるな」と思って一気に進めたという、そんな企画でした。

田中:最近、マーケターのみなさんとコミュニケーション取れる時代になってきたので、マーケッターが集まる時に私自身が会話の中で企画を仕込むんですよね。なので、ただ単に話をしているんじゃなくて、河合さんが言われたように「ちゃんとアイデアを持って仕込んでやろう」ということがけっこう大事です。

これって(製造)ラインを変更しないといけないから、けっこう大ごとなんじゃないですか?

河合:ブラックサンダーのひとくちサイズという、小さいサイズの商品があるんですけど、実はここのラインであればできることだったんですよね。この時に徹底的に追求したのは、ブラックサンダーの公式ライバルを名乗る以上、ブラックサンダーを倒す商品として作らなきゃいけないということで、味にもデザインにも企画全部に妥協しないと。

「本当にぶっ潰すつもりでやれ」と言って、バッケージの裏には「ブラックサンダーぶっ潰す」と書いてあるんです(笑)。

田中:(笑)。僕もCMをやっているのでわかるんですが、自分たちの王道商品に対する対抗商品を作るって、社内抵抗勢力大丈夫でした?

河合:特段なかったですね。たぶん「社長がやると言ったらもうやるしかない」ということではないと思うんですが、こういうおもしろい企画や変わった企画をやることについても、今、マーケティングチームが社内でも信頼を勝ち得ているので。そういう意味では、特段ネガティブな反応はなかったですね。

田中:やはりマーケティングチームが成果を出せない時って、抵抗勢力がけっこうあるんです。その成果を小さくでもいいから積み上げていった信頼残高が、ここにつながっているんだなと思うんですよね。

河合:本当にその通りですね。

新商品の開発を、失敗に終わらせないコツ

河合:とはいえ、ここまではけっこううまくいった事例を紹介しているんですけど、最後に1つ、あまりうまく行っていない事例をご紹介したいなと思います。

「コーンポタージュサンダー」というのを、昨年の秋に発売しました。みなさんなんとなくコーンポタージュでイメージするのって、ガリガリ君のコンポタ味だと思います。もちろんそれをイメージしながらなんですが、「けっこうおいしくできるよ」ということで、コーンポタージュサンダーを作ったんです。

実際、賛否あるんですけど、味もおいしくできているんですよ。ただやはりブラックサンダーって、常々商品に真面目に向き合っておいしい商品を作っていて。

お客さんがパッと見た時に「おいしそうだな」と思えるものを常に作ろうと思っているんですが、やはりコーンポタージュのサンダーと言われると、一瞬戸惑ってしまうなと。あとから考えたところなんですけどね。そういう商品になってしまって、かつ、それをバックアップするだけのコミュニケーションを準備できていなくて。

そういう意味では、お客さんに真意や物のよさがなかなか伝わらなかったということで。店頭には置いていただいたんですけど、なかなかお客さんの手が伸びなかった商品ですね。もし見つけたら、ぜひ食べていただきたいんですけどね。

田中:まだマーケットにあるんですね。

河合:まだあると思います。

田中:これで思うんですが、吉野家もそうなんですよ。自社のパーセプション、要は社会認知。ここをズラした商品を作っちゃうとダメなんだなと思います。我々、RIZAPさんと「RIZAP牛サラダ」というサラダを出したんですよ。最初、開発なのでこう(視野が狭くなるイメージのジェスチャー)なっちゃうんですよね。

最終段階まで、ネーミングは「RIZAPサラダ」だったんです。みんなこう(視野が狭く)なっているから、容量とかRIZAPさん基準をクリアするために力を入れすぎていて、最後の最後に広報担当が、「RIZAPサラダって、吉野家で売る必要ないじゃん」「やはり吉野家にガッツリ来るのって、牛でしょ」という話になって。

そうだよね、吉野家に来る意味は、牛をガッツリ食べたい。だけどRIZAPさんの基準をクリアする「RIZAP牛サラダ」というネーミングにしたんです。当たり前なんですけど、こういう欠落ってけっこう起こるんですよ。

河合:名前一つでイメージがぜんぜん違いますよね。

田中:そうなんですよ。だからみなさん、絶対に気をつけたほうがいいんですけど、自分たちの商品や企業のパーセプションをまず認知・理解して、そこにアジャストする商品を作るってけっこう大事だなと思います。

河合:反省しています。

田中:いやいや(笑)。

河合:(笑)。