「裏切ることはできないから、進むしかない」

司会者:最初は自分でやっていたことが、だんだん周りに伝わってくということは、やっぱり秋元さんもしぶとくやっていった感じですか? 諦めるような、心が折れることも多かったと思うんですけど。

秋元里奈氏(以下、秋元):そうですね。やっていくうちに輪郭が見えてくるというか。私、もともと「起業したい」ってタイプでもなかったですし、起業した時にはまだ「なんで自分がこんなに一次産業に対して思いがあるか」とかも、あんまり言語化できてなかったんですよね。プレゼンも下手だし、人に情熱を伝えることもすごく下手で。

でも、下手なりにがむしゃらにとりあえずやっていくと、少しずつ人が言語化してくれたり。それこそ若宮さんとかにいろいろ相談していると、「それってこういうことじゃない?」とか。外の人に言語化してもらったり、自分の中で気づいたりをやっていく中で、輪郭が見えてきました。

動いていると少しずつ、例えば「協力するよ」と一人が言ってくれると、その人を裏切れないので。どんどん「裏切ることはできないから進むしかない」という感じになりました。でもその「裏切れない」というのは、「この人に貢献したい」という思いが強かったから。なので結局、原体験に帰ってくるとは思うんですけど、それで続けていってた感じですね。

見えている世界を持続的に笑顔にできるなら、それでいい

秋元:さっき若宮さんが「始める人が100人に1人で、そこから続けられる人が100人に1人」みたいなことを書いてましたけど、やっぱりやりながら「続けるのはすごく難しいな」と思っていて。

どんなにやりたいことでも、それをなぎ倒してくるような辛いことがいっぱいある中で……私自身は、自分の感情やモチベーションを言語化して、自分を客観視できるようになってから、辛い時もけっこう冷静に見られるというか。「今、なんで自分がストレスを感じてるか」を分析して、途中からずっとモチベーションを維持できるようにはなりました。

司会者:実体験に基づいたお話が。

尾原和啓氏(以下、尾原):でも、起業家が増えてきていますよね。起業家って今、第5世代から第6世代に変わり始めていて、明らかに起業の中心がZ世代に移ってきているのもありますけど、やっぱり「自分の見えてる世界」の中で幸せになりたい。

3年ぐらい前から、ベイエリアの中でも「ユニコーンがすべてを解決しない」という言い方をし始めていて。結局、社会の中でのゆがみとか「誰かを幸せにしたい」というサイズって、全部がユニコーンである必要性はなくて。僕たちが見えている世界を、持続的に幸せに・笑顔にできるんだったら、もうそれでいいじゃないか。

むしろAWSとかも安くなってるし、政府・地方自治体含めて、起業の支援環境もすごく良くなってきている。だとした時に、自分が見えている世界を夢中になって持続的に解決できるやり方があるんだったらいいんじゃないか……というのは一つ、Z世代起業家の特徴として世界中で出てきている傾向ではありますよね。

「広さ×長さ×深さの積分値」が社会を変えた量?

若宮和男氏(以下、若宮):そういう意味だと、SDGsもそうなんですが、これからの起業はいろんな時間軸があり得ると思っています。わりと今って、ユニコーンやスタートアップと言ったら、ものすごい短期間に面を広くする“広さのイノベーション”が基本なんですが。実は、すぐに広くならないけどずっと長く続いていくイノベーションみたいなのもありだとおもっていて。「広さ×長さ×深さの積分値」が社会を変えた量だと思うので。

よく言うんですけど、ブッダって生きている間は「ただ10人ぐらいのお弟子さんにお話をしました」ってだけで、別に「スケール」はせず死んでいくんですけど、そのあとずっと2,000年経っても僕らの生き方とかを変えていたりしますよね。広さのイノベーションが悪いっていう意味ではなく、広さ一辺倒だとちょっと辛くなってきていて、しかもSDGs的じゃないことがわかってきている部分があると思っています。

急激に広がったものって“一発屋芸人”みたいに、消費されて終わってしまったり。じゃあ「今立ち上げたビジネス・事業が、50年後・100年後に残っているか?」と言われた時に「うん」と言えないところもありますよね。

今でいうと、尾原さんもおっしゃったみたいに、サイズが特にすごく大きくはなくても、時間的積分で変えていくとか。あるいは人の心に深く入っているという、その長さや深さのイノベーションが、もっといろんな(起業の)あり方が増えてくるんだろうと思ってますね。

10年かけてもいいから、100年続けられることを

尾原:今、世界中がコロナでも助かっているのは、ビル・ゲイツが2,000億をポンと寄附したからですけれども、彼が一昨年ぐらいから同じように「シリコンバレーは1年でできることを過大視して、10年でできることを過小評価してる」という言い方をしていて。10年かけてもいいから、100年続くことができることを、という時代です。

日本って、アットコスメも10年がかりで、食べログも5年がかりで作ったし、そうやって長い時間かけてやったスタートアップのほうが、実は残っていることもあって。

もちろん「はやりに乗っかってとりあえずゲームを作って大金持ちになって、2週目でいいことしよう」という勝ちパターンもむちゃくちゃいいし。Googleを汚すかたちでSEOをやるのはダメですけど、1周目にいいコンテンツを作って、20億ぐらいで売却して、2周目で本当にやりたかったことやるのも、シリアルアントレプレナーとして(いい)。

いろんな階段は用意されてるけど、少なくともそういう長い時間をかけて、自分が見えている世界に夢中になってやり続けられるだけの起業環境が作られている。それで、行政がそこにサポートしてくれてるっていうのは、本当に素晴らしいことだと思いますよね。

若宮:さっき「アート思考や自分起点はわかるんだけど、それでスケールしないんですか?」みたいな……。

尾原:別にスケールしなくていいじゃん(笑)。なんでみんなスケールしたいんだろうね(笑)。

若宮:(笑)。あと実はこれはアート作品でもそうなんですが、起業家だと「自分が好きなものを作りました」というだけじゃなくて、それを社会の中にどう位置づけていくかの話でいうと、より広い人に届けていく時には、やっぱりちゃんと共感を集めたりロジカルにも説明できなきゃいけない。

スタートアップでも最初は“思い”だけでいってるんですが、あるキャズムを越える辺りからは思いだけではなく「利用者が100万人を超えました」「〇〇で圧倒的1位です」とか、誰でも理解できる言葉にしたり。「伝えていくこと」は、ちゃんとやるのも大事。「自分の熱量だけ」というような、ただの独りよがりでもない。

アーティストも、好きなものを作ってるように見えて、実はすごいアーティストほど、ちゃんとこの(スライド)右側のほうもやっていて。「これは社会の中でどういう価値」「アート史の中でどういう価値を持つか」ということをちゃんと位置づけていく。もちろん、単に(スケールが)デカけりゃいいってことではないですが。

「誰のためのスケールアップか」「何に貢献したいか」

尾原:そうなんですよね。逆に秋元さんにお聞きしたいんですけど、昔は「ユニコーンを何社出す」みたいなことがあったから……まぁ、今も言われてるんですけど(笑)。対投資家からしてみれば、IRR(内部収益率)として投資対年率効果で18パーセントや24パーセントをお返しすればいい、っていう話だし。

ましてや、投資だけじゃなくて融資という手段も出てきてる中で、そういう「スケールアップしろ」というプレッシャーって、けっこうかかったんですか? それともさっき言ったように、投資家との相対の中で「『食べチョク』としてやれる世界を作れればいい」ということを含めて、ユニコーンの“呪い”ってどうなんだろうと思って。

秋元:私の場合、実は最初はスタートアップ的な、スピードの速さやスケールを追求する感じではなかったんですよね。目の前の生産者さんを(支援したい)という感じでスタートして、最初は本当にもう10〜20年スパンとかで見てくれる、個人投資家の方に入っていただいたんです。

私の場合「スケールしなきゃ」というプレッシャーを感じたのは、どちらかというと一次産業の業界からっていう感じで。1年後ぐらいに、初期に協力した人が何人か廃業しちゃったんですよね。

尾原:あぁ、つらい。

秋元:その時の「食べチョク」の売上は、やっぱりその人たちもそんなになくて。初期に協力してくれたのに、結局は貢献できなくてやめちゃったということがあって。自分たちが強くならないと、ゆっくり5年10年とかやっていたら「そもそも貢献できるはずの人たちがいなくなっちゃうな」ということに気づいて、そこからスケールを目指すようになった感じですね。

なので途中で「VC(ベンチャーキャピタル)に投資していただきたい」って話になった時に、既存の投資家の人は「え?」「そんなスケールは望んでないよ」みたいな感じで、むしろ止められたりしたんですけど。

そういう理由で、投資家さんから逆にプレッシャーをもらうことで、私自身はしっかり「経営意思決定として、生産者さんのことはブラさずに、スケールを目指したいです」と話をして、外部からけっこうな資金調達する方向に踏み切った感じですね。

難しいですね。そのあとに2億、最近は6億なので、8億円ぐらいは外部のVCとかから入れてるんですが、私たちの場合は「『食べチョク』は生産者を向いてる」ということがそのまま事業価値になっているので、むしろそこはブラさずに。利益を短期的に追いすぎちゃうと、企業としての良さが結局なくなっちゃうので。

生産者さんのほうに向きながら事業をスケールしていくというところを、みんなが納得して見てくれてるので、VCからプレッシャーがあるわけではないんですけど。やっぱり自分自身は「急いで大きくしないと」というプレッシャーがある中でやっている感じがありますね。

尾原:「誰のためのスケールアップか」「何に貢献したいか」ってことですよね。

秋元:そうですね。