「ロジカル思考・デザイン思考が古い」という話ではない

若宮和男氏(以下、若宮):あとはAIの話も。本を読んでいてすごくおもしろいなと思ったのが、なんで今、新規事業をやる時にもアート思考が必要になっているかというと、さっき尾原さんもおっしゃってたように「コピーできない」ということとか、そもそもそういう“思い”に対して価値が生まれてるのはあるんですが。アート思考が出てきたからといって「ロジカル思考やデザイン思考が古い」という話じゃないと思っています。

(スライドを指しながら)例えばこの右側。

アート思考って最初は熱量でいくんですが、その時には(秋元氏のように)野菜を配ったりとか、いわゆる「スケールしないこと」をする時期があるんです。でもその先に、プロトタイプを作り、量産化していっていう時には、やっぱりデザインシンキング・ロジカルシンキングが必要で、スケールして上場する頃には、ロジカルな部分も必要にはなるんです。

要はシステム化なんですが、これまでは人がスケールのPDCAを回していたのを、この先AIがやる時代になってくると、このあいだ『ダブルハーベスト』を読んでいて思いました。

ダブルハーベスト 勝ち続ける仕組みをつくるAI時代の戦略デザイン

量産化やスケールは機械の方が得意で、そうするとけっこうな部分で、ある種の“楽”ができるというか。そこで空いた部分を、また次のクリエイティブに使っていく、という感じに人はつぎつぎ価値をつくっていくんじゃないかなと思っています。

でも、AIならどれも同じことをするのかというと、最初の熱やアート思考的な偏り、その会社独自のユニークバリューを持った方向に、AIも進化していく。事業モデルのフェーズごとの移り変わりの先に、AIも含めたフェーズをこれからは考えていくのかなと思って。そう思うと、AIは「Artificial Intelligence」なので、そこにも「Art」が入ってるのが、またおもしろいなと思います。

日本の“勝ちパターン”は「ない」を「ある」にしてきたこと?

司会者:尾原さんの話と若宮さんの話がいろいろとつながっていくのは、ますます不確実な今の時代だと「個人の熱量が世の中を変えてく」ということが、より一層求められてきているってことですかね?

尾原和啓氏(以下、尾原):そうですね。例えばBIOTOPEの佐宗(邦威)さんが「日本が今まで勝っていたモデルのパターンが逆に足枷になって、変化の時代に勝ちにくくなっている」というのがあって。逆に言うと、変化の時代から起業された方々にとっては、ものすごくチャンスって話なんですけど。

結局、日本の“勝ちパターン”っていうのは、「ない」ものを「ある」にしてきたことなんですよね。そういう時ってもう、「ない」ものを埋めればいいから、とにかく早く・安く・いいものを埋めることが大事になってきます。逆に言うと「無駄なものをいかに省くか」という、選択と集中が大事になってくるワケですよ。

そうすると、企業文化としては「失敗しない」ことが、結果的に無駄を作らなくて、安くて早くていいものが送れる。だから「失敗をしない文化」が日本の“勝ちパターン”だったワケですよね。そういう時って、もうゴールは決まっていて、「安くていいもの作りましょう」に対して、いかに全員がパーツとなって磨きこんでいくか……という組織になるから、選択・集中・改善力というところが、組織の勝ちパターンになるワケです。

変化の時代になってくると、結局どっちに変化するかなんて、もうわからないワケですよ。そうすると、むしろ集団そのものが「俺たちはこういう世界が好きだから、変化の中でこういう世界を切り取っていこう」という思考法のほうが、重要になってきます。

そういうのを、早稲田大学の入山(章栄)先生は『世界標準の経営理論』の中で「センスメイキング理論」という言い方でお話しされています。全部で34個ある経営理論の中で、それが日本人に一番刺さった理論なんですけど(笑)。

世界標準の経営理論

「正解主義」から「高速修正主義」へ

尾原:結局もう、正解がないんですよ。正解がないときは、「俺もそう思う」とみんなが納得する、「正解」から「納得解への変更」というのがあって。高速で修正しながら、みんなが納得いくところを突き進んでいこうぜっていう、「正解主義」から「高速修正主義」に変わるんですよね。

そうすると一番大事なのって、その事業のトップが「何の世界を見たいのか」というふうに、ビジョンを提示することが大事になってきます。そのビジョンに対して「そうだね、腹落ちするからお前についていくわ」と、みんなが変化を切り取って進んでいくことが大事、と言われていて。

よく「アートは問題提起で、デザインは問題解決」という言い方をするんですけど。自分だけが見えている世界を、いかに相手にもその問題を自分ごと化せざるを得なくなるかという、いわゆる“社会彫刻”に近い話なんですが、アートにはやっぱりそういった力があって。

変化の時代は、自分が見ている“情熱を持った世界”をアート思考で切り取って、その中で周りも自分ごと化して、変化を突き進んでいくことが大事……ということは、BIOTOPEの佐宗さんがやってるモデルなんですが、世界的にはこういう変化が言われてますね。

プレゼントを例に解説する、それぞれの「思考」の違い

司会者:若宮さん、どうですか?

若宮:ロジカル思考・デザイン思考・アート思考の話の時に、僕はよく「プレゼントをあげるなら」という例えでいうのですが。

30代の男性にプレゼントをあげるとしたら「30代 男性 人気」とググると、それなりに正解に近いものが出てくるのがロジカル思考。デザイン思考はもうちょっと共感観察っぽいもので、その人が「一緒にデートしてる時に何を見てるかな」「SNSでどんなことを投稿してるかな」とかから「たぶんこれが欲しいんじゃないかな」というものをあげる。

アート思考は、自分がめちゃめちゃ好きなバンドのCDを「はい」ってあげるようなもの。だから最初は、もらった側も知らないからポカンとすることもあるんですけど、「めちゃくちゃいいから4曲目を聞いて!」とか言い続けてるうちに、だんだん相手側もそのバンドが好きになる。そういうことが、今のパッションベースの起業と似ていて。

起業家は「世の中に対して価値をプレゼントするもの」だとすると、最初のうちは社会がポカンとしてるワケなんですが(笑)、それでも言い続けてるうちに(社会の側がが価値に)気づく。「相手が思ってもいなかったような価値に気づかせることができる」という意味だと、(正解を)当てにいくのではない価値がつくれるんです。さっきの尾原さんの話でいうと、そういうところが“宗教的”なのかもしれないですね。

ロジカルで弾き出せないことが多い中、アートの感覚に近い

若宮:秋元さんも、けっこうそういう思考があるなって思います(笑)。謎の偏愛がけっこう強いなと。これも本に載ってたんですが、『グレイテスト・ショーマン』か何かの……。

秋元里奈氏(以下、秋元):あぁ〜、メンバーが書いてたやつですね(笑)。

若宮:「見て!」とDVDを急に渡されるっていう(笑)。まさにそういうことなんですが、自分がすごく偏った偏愛や思いを持った時に「バン!」って、相手が欲しいかどうかはあまり気にしてない、みたいなところが(笑)。

秋元:体系立って整理されているのがすごくおもしろいなと思って聞いているんですが、やってみるとやっぱり、アートの要素が大きいなって感じますよね。例えば「生産者さんに貢献したい」という、同じようなことを言っている会社があったとしても、「貢献」のイメージがそもそも違ったり、言葉の定義も本当に人それぞれ違ったりしますし。

それに登り方も無限にあって、ロジカルで弾き出せないことが圧倒的に多い中で、本当にアートの感覚に近いというか、自分なりの判断軸を持って描いていくような感覚。すごく近かったなと思って、納得しながらお二人の話を聞いてました(笑)。