アメリカは育児・介護の制度が遅れている

ケリー・コリガン氏(以下、ケリー):次は仕事の話です。「今日のアメリカは、元々はお父さんたち向けに作られた職場に、娘たちを就労させている」。

メリンダ・ゲイツ氏(以下、メリンダ):そうですね。アメリカにも、改善するべき遅れている点があります。アフリカや東南アジアなどの国々を旅していると、「ああ、これらの国で、女性のためによりよい環境を作っていけたらなあ」とよく思ったものです。

しかし我が身に振り替えて考えてみると、アメリカに帰国して「ああ、アメリカでは女性のエンパワーメントが進んでいるなあ」と感じるんですが、冷静になって周囲を見回してみると、「ちょっと待って。そんなことはないわ」と気が付きます。

この国は、先進国で唯一、唯一ですよ、育児介護休業制度が無いんです(※最低限の権利保障として、無給の育児介護休業法FMLAが定められている)。それが何を意味しているかわかりますか。

まさに私たちの国において、女性たちは男性よりも1日あたり90分以上も長く、無給労働を強いられているわけです。洗濯とか、お弁当作りとか。子どもたちや老いた両親のために楽しくできる家事もありますけど、ものによっては単なる「雑用」ですよね。

バイデン政権下で、育児介護休業法の制定は実現されるか?

メリンダ:育児介護休業制度が無いとどうなるかというと、まず女性は、子どもを産んでも家にいられないわけです。例えばシングルマザーがなんとか休みを2日ひねり出したとしても、母乳育児なんて到底無理ですよね。出産からようやく体が回復したところだし、赤ちゃんは夜なんて寝ないでしょう。

男性だってそうです。スウェーデンに行った時、アメリカには育児介護休業制度が無いという話をしたら、男性が不思議そうに言うんです。「じゃあ、どうやったら男は家にいられるんだ? 自分の子どもが生まれたら、子どもの人生を共に過ごして、育児全般に参加したいと思うだろう」。男性の育児参加が始まってもう長いので、すでに社会規範になっているんですよ。

しかも驚くべきことに、その後も子どもの生涯を通して、父親は高い割合で育児に参加しています。家事でも女性の負担を軽減しようとするんです。家事が大変なことを身をもって知っているからです。

アメリカでは、育児・介護部門がまだまだ大幅に遅れていて、女性にとって障壁となっています。まず、労働市場に参入できません。COVID-19の感染拡大で目にしてきたように、膨大な人数の女性が労働市場から振るい落とされています。アメリカにおいては、これには介護の責任が絡んできます。

ケリー:バイデン政権中、もしくは未来の別の政権において、育児介護休業法の制定が実現すると思いますか?

メリンダ:思います。育児介護休業法が整っている州は、現在9以上あります。バイデン政権もようやくその重要性を認めつつあります。何よりバイデン大統領自身が、介護問題は「経済再建のインフラ」の一部であるとしています。大統領自身、上院議員時代に奥さんを亡くし、幼い2人の息子を育てた経験があります。現職の上院議員としての仕事をしながらですよ。自宅と職場を往復していたわけです。ですから、私は希望を持っています。

また、共和党もやっと重い腰を上げ、政策を掲げて議論を始めました。だから希望はありますよ。4年のうちには実現できるのではないでしょうか。

「みんなが信じることが世界を変える」

ケリー:今度は「リスニング・ファースト」のお話です。相手の話をまず聞くことが第一歩だとのことですが、これはアメリカでも非常に大切ですよね。というのも、アメリカは4年間、大きく分裂し分断されてきたからです。これは一夜のうちに劇的に改善されるようなことではないことは明白です。

「相手のコップが空でなかったら、こちらの考えを注いてあげることはできない。相手のコップがいっぱいなら、そこに何が入っているかをまず理解してあげなくてはならない」。

メリンダ:私は中学3年生の時に「アメリカ史」の授業を受けました。先生はベトナム退役軍人のサム・ホルト先生で、すばらしい方でした。先生は、「すべての歴史から導き出される、ある結論がわかったら、この授業は修了です」と言ったんです。ただ一つの結論が導き出されるはずだって。

みんな、一年間一生懸命考えたんです。期末試験を免れることができますからね。でも誰もわからなかったのです。

答えは、「みんなが信じることが世界を変える」でした。

ケリー:自分が入れたいものを注ぐのに、もし相手のコップが、相手が信じているものでいっぱいだったらどうやって(その中身を)出すのですか。

メリンダ:まず、相手がどうしてそういうことをやっているのか、どうしてそれが良いと信じているのかを聞き出さなくてはなりません。そして新しい考え方は、相手が興味を示したり、おもしろいと思う方法でもたらしてあげるのです。

時には自分の信条を曲げて、相手の領域に合わせなくてはならないのですが、その上で新しい情報をゆっくりと持ち込んで、着実に相手がその新しい手段を取り入れてくれるようにしなくてはいけません。

受け入れてもらうためには、相手の一番の悩みを把握すること

メリンダ:西洋人の私たちがアフリカの国々へ行くと、これさえやってくれればとか、私たちが持っているこの道具さえ受け入れてくれれば、とよく思いました。それもまず、相手が現状でそういうことを行っている理由や、今一番悩んでいることを把握しなくてはいけません。

例を挙げましょう。あるコミュニティで避妊教育を実施しようとして、私たちは相手側も受け入れてくれるものと思っていました。しかし、いざ現地入りして悩み事を聞いてみると、乳児の死亡が大きな悩みだったのです。

それには避妊具が役に立つとわかっていました。出産の間隔を空ければよいのですから。 しかし、現地の人たちいわく、赤ん坊が死ぬのは、きれいな水がないからだというのです。それは間違いではありませんでした。汚れた水で子どもが大勢死んでいたのです。

この場合、水質浄化支援をしてきれいな水が手に入った後に、初めて介入できるのです。「赤ちゃんが死ぬのには、他にも理由があるかもしれませんよ。原因を調べてみましょう」と伝え、相手が他の可能性に思い当り、「妊娠の間隔が短くて適切でないからだ」と結論付けて、ようやく「避妊」の概念を持ち込むことができるのです。

つまり、相手が住む場所に実際に行って、現地で話をする必要があるのです。アメリカの人でもこれは同じです。

チャイルドシートの必要性も、時間をかけて浸透した

メリンダ:私たちが子どもの頃って、赤ちゃんをベビーシートになんか座らせなかったでしょう。普通にフロントシートに座らせていたじゃないですか。私なんてお父さんの膝の上に乗っていて、ハンドルが目の前にあったんですよ。

ケリー:私は段ボール箱に乗っかっていました。

メリンダ:でしょう? うちには姉弟がいたのですが、みんな後部座席に座らされていましたよ。

車に乗せた赤ちゃんの安全を確保するには、ベビーシートに乗せなくてはいけないと今ではわかっていますよね。でも、当局がみんなを教育するには、何年もかかったわけです。

今では車で赤ちゃんとおでかけする時に、チャイルドシートで固定しないなんて考えられないでしょう?こうした変化が、時を経てだんだんと浸透したわけです。

でも、外部から人が来て「赤ちゃんをチャイルドシートに乗せないなんて信じられない!」と罵倒したらどうでしょう? 絶対に話なんて聞きませんよね。現時点の知識で正しいと信じていることをやっているだけなんですから。

ケリー:そうですね。ばかにすると絶対にうまくいかないですね。人間関係でも、グローバルな関係であってもそう言えます。国連だろうが、みんなで夕食を食べているテーブルであろうが同じです。ばかにすることは正解ではありません。常にそうですよね。

メリンダ:相手の心を閉ざしちゃうんですよね。

ケリー:そのとおりです。

人間の本性には、間違いなく「利他主義」がある

ケリー:さて、この最悪のパンデミックに突入して早1年になるわけですが、あなたが希望を持っていることは何ですか。私たちにも明るい希望を持たせてください。

メリンダ:各地で行われている、小さな親切です。池に滴が落ちて、波紋が広がるみたいだと思っています。よその家の高齢の親御さんをお世話して、処方箋をもらえるよう手配してあげるご一家だったり。高齢の方々が、自分たちよりも孤立した人のカウンセリングをオンラインで行ったりしていますよね。

若い人は若い人で、高齢者にお手紙を書いたり、現況で家に籠りがちなおじいちゃんやおばあちゃんに電話をかけたりしています。子どもたちをオンライン教育についていかせるために必死になっていたり、職を失わないよう必死になっているご近所さんの代わりに、食料品の買い出しに行ってあげる人もいる。

親切心とか、やさしさから来る行動を見ていると、本当に希望が持てますね。これらは元々問題になっていたことでもありますし、そういう行為って累積するんです。また、お互いの安全を確保することにもなります。

ケリー:利他主義の証ですよね。私たちの目の前でそれが証明され、反復されるのを見ると悪い気分はしません。人間の本性は、一方では戦争したり民族で固まったりしますが、一方は間違いなく、紛れもなく利他主義です。

メリンダさんの著作にも「愛は政策よりも速く届く」というとても素敵な一節がありますよね。私、あの言葉を四角で囲みましたもの。

メリンダ:ありがとうございます。

ケリー:本日はご一緒できてとても楽しかったです。地球を取り巻く状況に対する分析は衝撃的でしたし、粘り強く取り組む姿勢にも感銘を受けました。

お仕事をお休みにして、のんびりお嬢さんのウェディングプランニングをしてもよさそうですが、そういうのは明らかにあなたのスタイルではありませんよね。

メリンダ:(笑)。

ケリー:とても感銘を受けました。私に選択肢があったなら、同じようにできたかはわかりません。神の祝福がありますように。ありがとうございました。

メリンダ:ありがとうございました。とても楽しくお話しさせていただきました。