ウェルスナビの上場体験談

柴山和久氏:ただいまご紹介にあずかりました、ウェルスナビ株式会社・代表取締役CEOの柴山です。本日は「大型IPOを達成するための機関投資家との戦略的コミュニケーション」と題しまして、とくに私たちが一番注力したところでもあります、機関投資家に対してどのようにエクイティ・ストーリーを説明していくのか。そして、それを比較的大型のIPOの成功に向けて、どのようにつなげていくのかについて、ご説明させていただければと思います。

私たちウェルスナビは「働く世代に豊かさを」をミッションに、日本の働く世代の豊かな老後に向けた資産形成をサポートしています。そのために、自動でお任せで、そしてオンラインで完結する「WealthNavi」というサービスによって、働く世代の資産形成を、実際に20万人を超える方々の資産形成をサポートしております。

海外の富裕層の中では当たり前となっている長期・積立・分散の資産運用を、ポートフォリオの構築から資産配分、リバランス、税金の最適化といった一連のプロセスをすべて自動化することで実現しております。そして、上場されている投資信託を通じまして、世界50ヶ国・11,000銘柄に分散して自動的に投資が行われていくサービスとなっています。

また、アルゴリズムをホワイトペーパーで公開するなど、透明性が高いサービスを提供することで、投資の経験者の方々はもちろんのこと、投資の初心者の方々にも幅広く使われているサービスとなっております。

私たちウェルスナビは、2020年12月22日に東証マザーズ市場に新規上場いたしました。2020年のIPOの、上場時の時価総額の順番に並べてみますと、ウェルスナビは上から大きい順に4番目となりまして、上場時の時価総額が776億円。2020年の最大規模の1つとなるIPOを実施しております。

なお今、足元の株価でございますけれども、本日、2021年3月12日時点の終値では、時価総額が1,300億円を上回るような水準となっております。

100億円超のIPOがトレンドになった理由

また、上場の際に市場から大きく調達していることも大きな特徴です。調達額が179億円、実際には需要が大きかったために追加でのオファリングを行っておりまして、約200億円弱の市場からの調達を行っております。

また、海外向けの募集・売出しを行っておりまして、グローバルオファリングではなくて簡易型の海外の募集・売出し、すなわち旧臨時報告書方式でのオファリングを行いました。旧臨時報告書方式で行った2020年のIPOの中では、最大規模のIPOとなっております。

私たちのオファリングの概要をこちらにまとめておりますが、旧臨報方式で、時価総額が公開価格で517億円。そしてオファリングサイズが197億円となっています。また、オファリングサイズ197億円のうち、約60パーセントを機関投資家に配分しています。海外の機関投資家への配分は全体の50パーセントを占めておりまして、旧臨報方式では2020年末時点で過去最大となっております。

このIPOはトップ・レフトとして、SBI証券が主幹事を担い、そして共同主幹事として大和証券に同じく主幹事をお願いして実施いたしました。

こうした比較的大規模なIPOをテクノロジーのスタートアップが行っていく上で、日本では最近新しいトレンドがあります。それは2018年5月のラクスル上場後に広がっているものですけれども、海外機関投資家を軸とするものです。

従来のテクノロジースタートアップのIPOといいますと、個人投資家を中心にIPOを行う。オファリングサイズは数億円から数十億円規模で、そして黒字で上場していくのが一般的でした。

それに対して新しいタイプのIPOは、海外機関投資家を中心に100億円を超える大きなオファリングサイズです。そして将来の成長、上場後の成長のための事業投資を継続していきますので、赤字・黒字を問わずに上場していく。実際には赤字のまま上場していくというケースが多くなっています。

テックカンパニーの「新しいIPOのかたち」を目指した

そして私たち自身も、当初からこのような新しいタイプの、機関投資家を主軸とするIPOを志向しておりました。こちらの画面に映しているのは、2018年9月の当社の取締役会資料からの抜粋です。これは上場申請の24ヶ月前の、ちょうど主幹事を選定したタイミングでの取締役会資料です。

こちらに明記されておりますとおり、「上場後の持続可能な成長を実現する」ことを目的として、その当時の直近の新しい事例を参考にしていく。マネーフォワード、ラクスル、メルカリといったようなテクノロジー企業の、新しいIPOのかたちを参考にしていく。

その参考事例の特徴としては、国内の個人投資家を中核に据えつつも、海外および国内の機関投資家へのオファリングに注力したものである。実際にいくつか例を挙げていますが、例えばラクスルの例を見てみますと、海外および国内の機関投資家に50パーセントを配分しておりまして、かつオファリングサイズが189億円と、比較的大きいかたちになっています。

このような機関投資家を主軸とするようなIPOを、私たちは当初から志向しておりました。そして上場の2年前から機関投資家との対話を重ねて、エクイティ・ストーリー、すなわち将来の成長可能性のストーリーを段階的にブラッシュアップしていく取り組みをしておりました。

2018年9月には東京でカンファレンスに参加し、そして10月にはニューヨークの機関投資家を訪問しています。11月には1週間で香港、シンガポール、ロンドン、エジンバラの機関投資家を訪問しまして、同じく11月にシンガポールでのグローバルなカンファレンスに参加しました。

2019年6月には、香港で開催されたSBIカンファレンスで、アジアを中心とする機関投資家の方々。次いで12月には東京のSBIカンファレンスにおいて、グローバルな機関投資家に対して私たちの事業の説明を行っております。

そして2020年には7月に国内、次いで8月にアジアや欧州の機関投資家の方々とのミーティングを行い、その上で9月に上場申請を行いました。とくに上場直前の8月には非常に多くのミーティングを行いまして、この時にはSBI証券、そして大和証券という共同主幹事の方々に協賛していただくかたちでの機関投資家との対話となっております。

「FinTech SaaS」としてのストーリーを描く

今振り返ってみますと、2018年10月・11月にミーティングを行いました北米や欧州の投資家が、結果的にはIPO時のアンカー投資家になっていただきました。やはり時間をかけて対話を重ねてきたことが非常に効果があったなと、今振り返っても改めて感じるところです。

私たちウェルスナビは、「FinTech SaaS※」としてのエクイティ・ストーリーを構築しました。それはなぜかと言いますと、私たちは金融においてフィンテック企業としてイノベーションを起こしているわけですが、金融に限らずいろいろな産業について見てみますと、今足元ではいわゆるSaaS企業がいろいろな産業においてイノベーションを牽引しているからです。

※注:実際には、”SaaS”ではなく、“SaaS-like (SaaS類似)”という概念でエクイティ・ストーリーを構築しましたが、本セミナーでは、参加者の方々に分かりやすく伝えることを優先し、単に” SaaS”とのみ表現しています。

私たちもSaaS企業と同じように、金融領域においてイノベーションを起こしていく。上場したあとも高い成長率と安定的な収益性を両立させていく。そうしたことを目指していく上で、FinTech SaaSとしてのエクイティ・ストーリーを構築していきました。

こうしたエクイティ・ストーリーというと、プレゼンテーションを作っていく、あるいは機関投資家にどう説明するかに集約されると思われがちですが、実際には機関投資家とのコミュニケーションだけではなく、事業KPI、あるいは事業構造そのものをFinTech SaaSとして再設計して、かつそれを1年かけて社内に浸透していく取り組みを行っております。

まず機関投資家から初期的なフィードバックをいただいて、そして改めてFinTech SaaSとしてのKPIの再設計を行って、社内の各部門に浸透させています。そしてFinTech SaaS企業としての事業成長を行った上で、それを改めてエクイティ・ストーリーに盛り込んでいく。そして、またフィードバックをもらいますと、それをまた社内の各部門のKPIの改善や精緻化に結びつけていきました。

そしてFinTech SaaS企業としてのより健全な事業成長を行いますと、よりわかりやすくSaaS企業としてのエクイティ・ストーリーを説明できるようになっていきます。そうすると、よりポジティブなフィードバックを受けることができる。

こうしたかたちで時間をかけて、単に機関投資家に対してエクイティ・ストーリーを説明するだけではなくて、社内に対してもエクイティ・ストーリーを浸透させていく。それに基づく一貫性のある事業成長を行っていくことを、1年かけて行ってまいりました。

SBIカンファレンスでエクイティ・ストーリーの浸透を実感

そうした結果としてのエクイティ・ストーリーとして、直近の決算説明資料からいくつか抜粋をしています。ロードショーでもほとんど同じような資料を使っているんですけれども、SaaS企業が開示しているようなKPIを共有していったり。あるいは積み上げ型で事業が成長している、かつ高い成長率を達成しているということを説明したり。あるいは競合優位性についてどのように説明していくのかを、何度も試行錯誤した上でブラッシュアップをしていきました。

またSaaS企業はそれぞれの分野においてプラットフォームを目指す例が多く見受けられます。それと同様に私たちのアスピレーション、志としての長期的なエクイティ・ストーリーについても、やはり説明を行っております。

このようなエクリティ・ストーリーが浸透していっていると手応えを感じたのが、2019年12月に開催されたSBIカンファレンスでした。東京でグローバルな地域の機関投資家の方々とお会いしました。この時の機関投資家からのフィードバックで、私たちウェルスナビの事業モデルが非常に理解されているな、実際に金融機関というよりもSaaS企業として理解していただいてるな、といった確かな手応えを感じることができました。

その上で上場申請を行い、ロードショーに臨みました。ロードショーでは1週間から10日間という極めて限られた時間の中で、多くの機関投資家の方々とお会いさせていただきますので、優先順位付けが重要です。どのような機関投資家の方々に限られた枠を割り当てていくのかが、非常に重要となってまいります。

ここは主幹事の証券会社の方々と相談しながら進めていきましたが、その際にはエクイティ・ストーリーの浸透度と、そしてIPO参加のインパクト、この2つの軸で判断していきました。

エクイティ・ストーリーの浸透度が高く、かつIPOに仮に参加していただいた場合のインパクトが大きい、すなわち大きな注文をしていただけそうで、私たちが中長期的に事業を作っていく上で、中長期的に株式を保有していただけそうだと、そうした手応えがある方々に最優先としてお会いさせていただく。それはアンカー投資家としての役割を期待していくということになります。

エクイティ・ストーリーの浸透度はまだまだですけれども、もしもIPOに参加していただけたら、非常に大きなインパクトになると思っている投資家については、上場後の安定的な株価形成に向けた超過需要を創出していく目的から、やはり優先的にお会いさせていただきました。

そして、ロードショーでは70件以上の1on1ミーティングを行っています。まず日本でのミーティングが31件ですが、ここは多くのミーティングに応えるために、一部のミーティングについては私自身と、そしてCFOのチームの2つに分かれて、同時にミーティングを行って、なるべく多くのリクエストにお応えしようとしてまいりました。

北米については、旧臨報方式ではあるんですけれども、一部の北米の機関投資家とはミーティングすることが可能です。テックやSaaSに知見のある北米投資家からのオーダーも獲得できておりまして、実際今回私たちのIPOのアンカー投資家のうちの1つも、北米の投資家となっています。ここでは大和証券の方々が非常に大きな役割を果たしてくださいました。

SBI証券の方々には、日本・アジアはもちろんのこと、ヨーロッパにおいても非常に積極的にリーチをしていただきました。とくに先ほど申し上げた、エクイティ・ストーリーの浸透度はまだまだなんですが、IPOに参加していただけたら非常に大きなインパクトがあるという投資家に、SBI証券の欧州を担当するチームが非常に強く積極的にアプローチをしていただきました。

実際に私自身が「参加していただけたらうれしいんだけれども、しかし無理そうだな」と思っていた投資家に、SBI証券のセールスのチームの方々のご尽力のおかげで、私たちのIPOに参加していただけています。そうしたケースが複数ありました。

約200億円のオファリングに対して、1兆円の需要

そして、実際どんなかたちでロードショーを行ったかを共有させていただきます。まず朝8時にスタートしまして、時差の関係で北米からスタートします。

そのあと主幹事のみなさんとブリーフィングして1日の予定を確認して、そしてロードショー中も主幹事と共同でエクイティ・ストーリーをブラッシュアップしていきます。また昼間は日本やアジアの機関投資家とのミーティングが集中しまして、その代わり、欧州や北米とは早朝・深夜にミーティングを行っていくかたちになります。

そして夕食後には欧州とのミーティングが2つ、3つと続きまして、そして3番目のミーティングが終わるのが夜の11時半。このあと主幹事のチームの方々と打ち合わせを行って、手応えを共有しあった上でまた次の日を迎えると。コロナの関係で、すべてリモートで行いましたので、時差を活用して複数の地域と同時にミーティングを行っていく。こうしたロードショーを、当初の予定を延長して続けていきました。

その結果として、非常に大きな手応えを得ることができまして、まず上場承認時には1,100円であった株価について、ロードショーが終わった仮条件の時点では1,100円から1,150円。そのあとにブックビルディングがスタートしまして、機関投資家の方々からの実際の需要を受けるわけですけれども、仮条件の上限である1,150円でも十分な需要が確認されましたので、上限で公開価格を決定いたしました。

非常に多くの需要をいただきましたので、機関投資家への配分を増やしていきました。全体として約200億円のオファリングに対して、1兆円の需要をいただきました。

そして機関投資家の方々には、最終的に60パーセントを配分しているんですけれども、上場承認時には35パーセントを予定していたのが、非常に需要が大きそうだったので50パーセントに。さらに実際に需要が大きかったので60パーセントと、だんだん切り上げていったわけですが、それでもなお10倍の需要をいただきました。

海外、ロングの投資家だけで約6.5倍の需要となっておりまして、個人投資家と合わせると1兆円の需要となりました。その結果として、海外機関投資家に全体の50パーセントを配分することができました。

「働く世代に豊かさを」の実現に向けて

こうした私たちの取り組みをまとめますと、まず第一に上場後もモメンタムを維持していく。そのために長期目線で投資してくださる機関投資家を主軸とするIPOを、当初から志向しておりました。

そしてFinTech SaaSとしてのエクイティ・ストーリーを構築するだけではなく、実際の事業のモデルや事業のKPIを再設計し、1年かけて社内に浸透させていきました。そしてそれに基づくFinTech SaaSとしての事業成長の実績を見せた上で、説得力のあるエクイティ・ストーリーを機関投資家の方々にご説明することができました。

そして2年間かけて機関投資家の方々との対話を重ねまして、エクイティ・ストーリーの浸透度を見極めた上で上場申請し、ロードショーを実施。70件を超えるミーティングを実施しております。

また200億円弱のオファリングに対して約1兆円の需要をいただきまして、最終的には海外機関投資家に50パーセントを配分しております。これは2020年末時点ですと、旧臨報方式としては過去最大のものとなります。

こうした取り組みを通じまして、もともと想定していたかたち、あるいはそれを上回るかたちでの上場を実現することができました。そして新しくこのIPOを機に参加してくださった個人投資家、そして機関投資家の方々の協力を得た上で、私たちのミッションである「働く世代に豊かさを」の実現に向けて取り組んでまいりたいと思っています。

そして中長期的な企業価値の最大化に向けて、経営陣として努力してまいりたいと考えております。ご清聴ありがとうございました。