キャリア変遷の軸にある「人を喜ばせたい」という気持ち

村上臣氏(以下、村上):エリックさんはそこ(プロミュージシャンからエンジニアへの転職を経て)からキャリアの変遷があって、コンサルタントを経て、青山学院大学の教授になるんですけれど、すごくおもしろいキャリアだと思うワケです。ミュージシャンからいろんな職業に、トランスフォーメーションしているから。

その一方で、最近の転職業界だと「軸を持て」という話がよく出るんですよね。「自分の軸から突き詰めていって、キャリアを伸ばしなさい」みたいな話があるとすると、エリックさんのキャリアって「どれが軸なんだ?」と思う人、多いと思うんです。

「変わり続けていた理由」、もしくは「自分の中にはこういう軸がある」といったお話があれば、ぜひお聞きしたいです。

松永エリック・匡史氏(以下、エリック):僕の中の軸は、実はすごくしっかりしたもの……というか、1つしかないんですよ。何かといったら、僕は「人が大好き」なんですね。デザイン思考で言われている“共感力”みたいなところんですけど、やはり、人を喜ばせたいんですよ。期待を超えたい!

それはミュージシャンの時からですね。プロミュージシャンになったら、お客さんを喜ばせるののは当然なんだけど、もっと上を求めちゃう。例えばレコーディングのディレクターにも「おお、すげぇな!」と言って欲しかったですね。

エンジニア時代は、お客さんに「すごいな」と言って欲しかったし、コンサルになってもお客さんに「すげぇな」と思われたい。僕、それしかないんですね。

ただし「喜ばせたいもの」って、だんだん飽きられるじゃないですか。例えば音楽をやって、ずっとMIYAVIみたいに弾いていれば、ギターうまいの当たり前じゃないですか。最初はテクニックに驚くんだけど、すぐに慣れてきて。そうすると驚きがなくなっていく。だから「もっと喜ばそう!」と思ったら、もっと深くい行くか、他の道にどんどん行くしかないんですね。

例えば、僕が(ミュージシャンを辞めて)SEになったとしたら「えっ?」となるじゃないですか。さらに、そこからビジネスコンサルになったら「えっ!?」となる。そして、ビジネスコンサルから大学教授でまた「えっ!!!?」となる。もう、びっくりして喜ぶ顔が見たいんですよ。

村上:なるほど。目の前の人を喜ばせたい。

エリック:だから多分、また変わるんですよ。僕に安定はないので。みなさんの中に「青山学院で大学教授」というのが浸透してきた頃に僕は飽きて、みんなをまた驚かせることをやりたがっちゃうんと思います。

村上:やはりアーティストですね。「オーディエンスを喜ばせる」わけですね。

「ライフワークバランスとかでなく、僕は働くこと自体がライフ」

エリック:ビジネスパーソンも結局、周りを見ていると、けっこう評判のいい方々というのは考え方が同じだと思います。

村上:確かに。僕もけっこう喜ばせるのが楽しくて、ITをやり続けてきた感じがしています。モバイルの仕事を初期からやって、自分が作ったサービスが広まって届いていくのを見るのは楽しかったですね。電車の中とかで「Yahoo!」の天気情報とかアプリを使っている人を見て「お、届いているな」とニンマリする。無上の喜びを感じるワケですよね。何か役に立っているという感触。こういうのは楽しい軸として、僕も持っていますね。

エリック:ですよね。たぶんそこが軸になってくると、例えば「労働時間で管理」という話ではなくなってくるんですよね。ライフワークバランスとかじゃなくて、そもそも僕は働くこと自体がライフなんで、バランスとか言われると「余計なお世話」とか思ってしまう。

ただただ、好きなことをやっているだけなんです。もちろんそれは苦しいんだけど、そこに、喜びがあるわけじゃないですか。みんなができることをやっても、驚いてもらえないし(笑)。

村上:確かに「努力したことが結果になった」というのは、目の前の人が喜んでくれるのを見たということですよね。その時、本当にやってよかったという実感もわきますよね。

多くの人は「変化する他人に“追従”している」だけ

エリック:だから「変わり続ける」となった時にすごく思うのが、多くの人は「変わっている人についていっているだけ」なんですよね。自分が変わろうとしているワケじゃなくて、変化に対して追従しているだけのケースが多い。それは変化だと思わないですよ。ただ、ついていっているだけなので。

変化とは何かといったら、他の変化に呼応するんじゃなくて、自分が変化する必要があると思うんです。1人称でやっていかないと、やる気もなくなるじゃないですか。すでに最先端の人がいるわけですから。

村上:(笑)。

エリック:誰かがたいしたことないビジネス本を出しても、その内容にみんなついて行くわけです。そこって、もうレッドオーシャン、しかも浅い。競争率が高いのに満足度も低いし、そもそも変化に対して自分が納得しているか? といったら、納得していなかったりするワケじゃないですか。

「自分が納得している、自分の世界観」を追求すると、それはおのずとオリジナルになっていくし、そもそも納得した世界なんでモチベーションが上がると思うんですよね。モチベーションの上げ方とはやはり、うまく高めていくことが大事だと思います。

村上:ありがとうございます。

美味しいと思ってないワインに大金を払う人は、少なくない

村上:いま質問で「自分の好き嫌いみたいなものは、把握していますか?」という投稿が来ていますけれど、これはいかがですか?

エリック:「自分の好き嫌いを把握していない人」って、本当はいないと思うんですよ。ただ結局、みんな外部の情報に惑わされているだけなんですね。一番わかりやすいのは親だったりとか、社会だったりとか、彼女だったりとか、彼氏だったりというところに、自分を合わせてしまっているんですね。

でもみなさん、絶対違和感や不愉快な感じになったりすることがあるはずなんですよ。好き嫌いってすごいシンプルで、自分の直感を信じることなんです。「あ、こうだ」「気持ちいい」「ん?」「気持ちよくない」。誰でもわかるじゃないですか。

食べ物はわかりやすい。食べた後に「おいしい」か「おいしくない」か、それだけじゃないですか。それなのに、例えば「これはナパ・ヴァレーの高級ワインだから、すごいおいしいはずだ」と思い込むからいけない話であって。あるものを飲んだ時においしいかおいしくないか? というシンプルなことを、ちゃんと言える勇気を持つことだと思います。美味しいと思ってないワインに大金をつぎ込んでる人は、少なくないと思いますよ。

村上:この「自分を表明できるかどうか」って勇気ですよね。

エリック:そう、勇気。

既存の仕事をきちんとやることが、新しいことをやるための条件

村上:次の質問ですが、エリックさんはキャリアを変えていかれたワケですけれど「何を変えて、何を変えないか」ということは決めていましたか?

例えば、自分の中で「これは大事にしたい」とか「これは好きだから残しておこう」「これはやりたくないからやらないようにしよう」といった選択。あるいは「自分が何を変えるべきなのか?」もしくは「変えないべきなのか?」みたいな視点はありましたか?

エリック:僕、コンサル会社にいたじゃないですか。コンサル会社って、実は好きなことをやりにくい環境なんですよ。なぜかというと、すごくKPIがしっかりしていて。要するに、有償稼働率といわれる「プロジェクトにどれだけアサインされているか?」と「売り上げ」の2つで、がっちり測定されているんですね。

その意味では、コンサル会社で優秀な人間になりたいなら、どんなタイプのプロジェクトにも対応できる柔軟性を持って、選択肢が広がってきたら、いいプロジェクトを取って長くやっていけばいいんです。逆転の発想ですけれど、会社の要求に普通以上に応えれば、空き時間に遊べるんですよ。

村上:なるほど(笑)。

エリック:変える・変えないもそうなんですけど「どうすれば新しいことができるか?」ということが、すごく大事になります。なぜ僕はそういうところ(好きなことをやりにくいコンサル会社)で(新しいこと、好きなことを)できたかというと、シンプルに、変えるためにはどうすればいいのかをとにかく考えたんですね。

それは何かといったら「変える環境を自分で作り出すこと」だったんですよ。例えばコンサル会社の場合だったら、KPIを達成すればいい。普通に達成したら普通だからダメだけど、2倍達成したら文句言えないですよね。成果が出ているんだから。

それをモチベーションにしていました。「2倍にして初めてイノベーションについて言及する資格が出る」という目標を自分に課すと、既存の仕事のモチベーションも上がるじゃないですか。

みんな、既存の仕事をつまらないと思いがちなんですよ。すると、モチベーションは下がっちゃうんですね。でも「既存の仕事をきちんとやることが、自分が新しいことをやるための必要条件である」と捉えれば、わくわくするタスクになってくるんで。

村上:なるほど。

エリック:だから「変えるために何をすればいいか?」というところをきちんと捉えることが、大事だと思います。変えるべき・変えないべきものというのは、僕の場合、直感ですね。完全に。

村上:直感。

エリック:「変えるべき」と考えたことはないです。やりたいことをやっているだけです。

村上:なるほど。

エリック:「共感と直感と官能」と言っているんですけど、官能って大事なんですよ。さっき言った「ご飯食べた時に、おいしいかおいしくないか」と同じです。その部分を大事にしていけば「何を変えるべきか?」というのは“べき”かどうかわからないけど、それが正しい道なんだと僕は信じてやっています。