自分に問いかける「エモく、熱くなれているか?」

工藤雄大氏(以下、工藤):宮島先生、今のお話聞いていて、どうですか? 

宮島礼吏氏(以下、宮島):いや、すごいですね。でも、自分の中のエモーショナルですよね(笑)。それはすごくわかりますかね。

僕の話でいえば『彼女、お借りします』に関しては、けっこうマガジン向けに描いたというところがあって。

彼女、お借りします(1) (講談社コミックス)

「マガジンっぽいやつってどんなだろうな?」と思って、いろいろ考えてはみたんですけど、結局、描けないのはやっぱり描けないんですよね。

描きたくないってなっちゃって。でもその中でも描けた、いかに自分が楽しいと思えるものを増やしていけるかとか、そういうところに力を注いでいる感じがあって。ラブコメも、僕は描くのはそんなに好きじゃないのかな? と思ってるんですよ。個人的には。

でもやっぱり描いてみたら楽しいんですよね、意外と(笑)。おもしろいなぁと思いながら描けてるので。そういう意味では描いてみて、自分もちゃんとエモく熱くなれているので。そういうふうにちゃんとなれるかどうかというのを自分に問いかける工夫は、やめないようにしようかなとは思っていますかね。

漫画の長期連載は、同じことの繰り返しではない

工藤:なるほど。お二人ってそこでいうと、(作品のジャンルが)ラブコメで共通してるじゃないですか。たぶんラブコメの(一般的な)イメージなんですけど、あまり巻数的に長い連載がないなと思っているんですよ。でも『ハヤテのごとく!』って、全部で52巻あるじゃないですか。

ハヤテのごとく!(1) (少年サンデーコミックス)

これってすごくないですか? って思っていて。逆に宮島先生も打ち合わせの時に……。

宮島:どうやるんですか? 

工藤:そう。「どうやるんですか?」って言われてたんですよ。

畑健二郎氏(以下、畑):でも「どうやるんですか?」というよりも、結局、どうやるもこうやるもなくて。漫画家の長期連載って、ずっと同じことをやっているように見えるじゃない。たぶん『ONE PIECE』とかいろんな長期連載ってあるじゃない。でも1年ごとに戦い方が違うんですよ。

1年目の戦い方と9年目の戦い方と、12年目の戦い方は絶対違うんです。だからその時の全力を出してたら、50巻超えてた。

宮島:どう違うんですか? 

:もう究極的な話でいうと、序盤の時に「もう完璧だ!」って思う、圧倒的に人気の取れるフォーマットを見つけたの。このフォーマットに則って描けば……。

工藤:そんなフォーマット見つかるんですか? 

:アンケートもめっちゃいいじゃんという。俺は何か“真理”を得たと思った。

宮島:それ何年目ですか? 

:2年ぐらい経った時に、真理を得たと思った。その頃の真理のすごさは、作画をしながらネームが描けた。

(一同笑)

:もう全自動だと俺は思ってた、その頃は。

工藤:人間じゃないですよ(笑)。

:作画が16ページ終わったら、ここに16ページのネームができてるだもん。

工藤:そんなことはないですよ。そんなことあるんですか!? (笑)

宮島:ないですよ! そんなことないですよ。ありえない(笑)。

:だけどその見つけたと思った真理が、次の年は使えない。

工藤:え?

宮島:なんで? 

:そのまったく同じフォーマットを使ってるはずなのに、明らかに手応えがない。その時に「あ、アップデートしなくてはいけない」ということに気づく。まぁ、そこからの戦いの長さだよね。

工藤:えぇ~。

:当然、初めは引き出しにいっぱいものが入ってるから、そこからやるけど。まぁ開けても開けても、引き出しが空になるっていう。

宮島:おー。

『鬼滅の刃』が23巻で終わったのは、見事

工藤:1回打ち合わせをさせていただいた時に、モチベーションの持ち方が巻によって変わってくるというのがあって。

:変わる。(宮島氏に向かって)経験あると思うけど、漫画家ってたぶん12巻ぐらいで火がつくの。連載が12巻ぐらいになった時に、なんか勢いがつく。たぶん(連載)2年目。で、そこから24巻ぐらいまでって、もう上がりっぱなしなの。

宮島:あぁ~。

:でも24巻くらいで、この上がりっぱなしだったものが、プツッて切れるんです。

宮島:怖っ! 

(一同笑)

工藤:どういうことなんですか!? 

:ガラガラガラって“何か”が崩れるんです。

工藤:何か。

宮島:えぇ〜? 

工藤:「えぇ〜?」って言っちゃってるじゃない(笑)。

:だから『鬼滅の刃』が23巻で終わったのは見事だと思う。

工藤:「24巻までで終わる作品、名作論」みたいなのありますよね。

:いろんな漫画を見ると、24巻ぐらいのピークのあり方すごいから。

ピークを越えたところで現れる「やめるか、進むか」の選択肢

工藤:へー。そっからどうなるんですか。

:そこから大きく何かが自分の中で欠けた中からの……たぶん、そこで引き出しが尽きるんだと思う。

宮島:聞きたくないです、聞きたくないです!!(笑)

:いやいや(笑)。

宮島:でも聞かなきゃいけない。現実として受け止めなきゃいけない(笑)。

:そこから建て直して、そこのピークを越えたところで、選択肢が出るんだと思う。「止まるか、行くか」「やめるかこのまま進むか」。僕はその時(『ハヤテのごとく!』連載時)は進むほうを選んだ。

工藤:へぇ~。

:やめるって選択肢は当然あったけど。1年悩んだ。

宮島:へえ。

:その時の1年のやつを読み直すと、やっぱり迷いが見えるっていう。

宮島:おおおおお! 改めて読みてー! 読み返したいな。

:25巻から30巻ぐらいまでの間は、ちょっと、僕は読み返せない感じ。

宮島:うわー、なるほど。

工藤:じゃあそこを超えると……。

:そこを越えると、なにかまた違う真理が。

工藤:真理の扉が開く。

:30巻ぐらいになるとまた違う扉が。

肉体的な衰えを紛らわせる“お金の力”

:これが40巻ぐらいになってくると、肉体的な衰えとの戦いが始まる。

宮島:(笑)。

工藤:なるほど。

宮島:すげー。

:ここまで25巻から35巻ぐらいまでは肉体的な衰えも当然あるんだけど、今までになかったものがある。金。この肉体の衰えとかいろんな苦痛を、金の力で紛らわすことができる。

工藤:すごい。何やったんですか。

:いろんな飯を食った。

(一同笑)

:高いマンションにも住んだ。

工藤:やっぱり飯が資本、一番大事なところだと。

:高いタワーマンションにも住んでる。というので、何か変わる、環境を変える術が(生まれる)。

工藤:環境を変えて、モチベーションとかそういったものを維持できる。

:維持できる。旅行に行ったりだとか、海外に行ったり、新しい刺激を得る力があるから。

工藤:金という。

:そう。

やり尽くした後に考えるようになる、真の終わり

:だけど、それもやっぱり45巻ぐらいになった頃に、それももう使えなくなる。

工藤:それも使えんと。やり尽くした。

:やり尽くしたと。自分、内なる自分に問うて、真の終わりを考え出すようになる。

(一同笑)

宮島:“終活”が始まってるじゃないですか。

工藤:で、52巻ぐらいで……。

:終わる。

工藤:その先のリビドーとか、点数を全部使い切って……。

:もろもろなくなって……。そう、燃え尽きる。同じような話を、とある大先生で、もう100巻近い人にしたら「そんな時はなかった」って言われた。

宮島:うおおー! 

工藤:すげーよ。もうわかんねぇや。

:それを話した時に、ただの天才だと思った(笑)。

工藤:畑先生のモチベーション論のところを聞いてどうですか?

宮島:動悸がやばいですけど。

(一同笑)

宮島:いけんのかな? っていう。

工藤:連載、今、何年目……?

宮島:もう3年になりますかね。

工藤:3年になった。

宮島:そうですよね。15巻だから、3年か4年になるのか。

工藤:その15冊の間のモチベーションの変化って。

宮島:そうですね。でも聞いてた今の話は、まあまあなテンポで僕の中に来てるっていう。

(一同笑)

宮島:このペースでいくと大丈夫かな? という感じはありますけど。

:大丈夫。2億部売った方は「そんな時はなかった」って言ってたから、もしかしたらそっち側かもしれない(笑)。

宮島:えー!? 今度会わせてもらっていいですか。

工藤:2億部って。

宮島:聞かなきゃしゃあないですね、これ。

出版社ごとの違い

工藤:この話、一生止まらないんですけど、次のテーマに。これまでが連載終わって、ちょっと先の話もしちゃったんですけど。連載を始める時の話というところと、どこまで考えているかというところなんですけど。

次は出版社さんごとの違い。

ここはもう、お互いに気になるところを聞いていただければなと。

:でも、サンデーって、正直たぶんみんながイメージする感じだよ。

工藤:どういうことですか? 

:新人が賞を取って担当がついて、そいつとやりあって、連載目指そうぜ! 『バクマン』であったやつ。『バクマン』であったやつと、同じぐらいな感じ。だから普通。

宮島:連載会議みたいなものはあるんですね? 

:連載会議も、あるんだろうね。僕、あんまり気にしてない。

宮島:たぶん畑先生ぐらいになると、そこをもうぶっ飛ばしてる可能性はある。

工藤:ありますね(笑)。

宮島:それはそうですけど、システムはたぶん、それぞれ出版社でも違うし。編集部でも違うし、なんなら編集部でも年によって変わったりとか。

:変わってるかもね。確かにね。

工藤:対応の仕方とか、客観的にこう。

宮島:そうですね。班制がある時とない時と。要は、編集部が4班ぐらいに分かれてて、それぞれが揚げていく企画を揉む時と。全員の会議をやって、連載、マルバツをつけてやる時と。デスクと呼ばれている数人と編集長だけで決めている時期とって、僕の中で全部あった気がしますね。

:へー。

工藤:じゃあその度に方法というか……。

宮島:そうですね。変わったんだって聞いて「じゃああの人にもおもしろいと思ってもらわないといけないっすよね」って話はしますよね。

工藤:そこまで考える。

宮島:まぁ一応考えますけど、結局、何をしたらいいかはわからないから。考えてもしゃーないということになっちゃうんですけど。

工藤:結局、その目の前に自分がおもしろいというものを……。

宮島:そうですよね。

偶然打ったホームランは、いらない

工藤:そういったいろんなパターンで連載会議があって、連載が始まるじゃないですか。すごい気になってるんですが、アンケートというものがあるじゃないですか。

畑、宮島:あります。

工藤:どれぐらい意識されたりとか、そこによって考えてるのかなっていうのを、ちょっとぶっこみたいと思って。

:アンケート。それはだって、連載が始まった途端に落ちてたら、さすがに考え直すよね。

宮島:(笑)。

工藤:そうですよね。なんか「この回は落ちた、上がった」みたいなのを聞いて、そこは研究材料に使われるんですか? 

:僕はする。研究材料というか、たぶん視点がちょっと違うと思っていて。自分が「100だ」と思ったものを出すけど、読者は「30だ」と(笑)。

宮島:ひくっ! だいぶ離れましたね。

:という時は、許容範囲以上に乖離があるじゃん。ということは、俺が間違ってる。俺の出し方が違うから、これは修正をせねばいけない。俺の言いたいことが伝わっていない。だからやり方を考えなければいけないなと思う。

工藤:じゃあ、けっこう毎週、毎話の時に自分の中で点数があったりするんですか? 

:自分の中で、予測しているものがあって、その予測どおりに……。これよく言うんだけど、偶然打ったホームランはいらないのよ。

工藤:あー、かっこいい。

:「三塁方向に打つ」って決めたのにそっちに飛んでないなら、フォームがおかしい。

工藤:フォームがおかしい。なるほど。

:たまたま来たボールを振って、ホームランになってたって何にもないですよ。だから「三塁に打つぞ」って思って、振って、いった、よし。で、ヒットになった。これを繰り返す。

工藤:それはどこで見るんですか。アンケートでわかりづらくないですか? Twitterとか? 

:アンケートでわかるよね。

宮島:わかりますね。

:わかる、わかる。

『かのかり』はマガジンのアンケートを取るための漫画

工藤:それはどういう……。宮島先生の場合を聞いてみたいです。

宮島:僕はもう『かのかり』はマガジンのアンケートを取るための漫画だと。

工藤:アンケートを取るための漫画! 

宮島:マガジンのアンケートを、狙い撃ちで取りにいこう思って始めた漫画なので、未だに見てるし「毎回ちゃんと送ってくれ」と言って。

でもやっぱり、思ったようにぜんぜんいかなかったということもありますし。だから『彼女、お借りします』で一番安心したのは、このフォーマットで1話目のアンケートがけっこう良かったんです。

それで良かったと思ったんですけど、その後の展開、2、3、4話とやっていくうちに、やっぱりちょっと落ちだすじゃないですか。ページ数も減っていくし、内容的にもちょっとストレスかかったりしていくんですよね。

それで確か6話とかかな? 2巻の頭とかだと思うんですけど、水原(千鶴)がデレてくれる回があって。そこでちゃんとアンケート(の票)を取ったんですよ。

1回ここからポンって取ったけど、ポンポンポンって下がって。やばばば、死ぬ死ぬ死ぬって。

息ができない。溺れていくような感覚にはなるんですけど。そこで「いや、ここは大丈夫だろ」ってところで、さっき言ったみたいにパンとまた(アンケートを)取る、と。狙った方向に打てているっていう。思った通りの共鳴というか。(読者が)同じことを感じてくれたっていう喜びが、すごくうれしくて。

その瞬間がこう、ある種、一番感動したというか「これは仕事になる」と。「ちゃんと続けていける」と。

工藤:アンケートを取るっていう。

宮島:これはさっき言った、フォーマットというかたちで。「これをやればこの漫画はアンケートが取れるんだ」というフォーマット。「あぁ、これでいいんだ」っていう、ある種の確信に変わったんですけど。さっきの(畑氏の)話で、これがまた崩れていくっていう話なので。

:そうなのよ。これが。

宮島:怖っ。