前職のトヨタとは大きく異なるサイボウズの人事制度

髙木一史氏:ここからは、実際にそれだけの思いを持って転職してみてどうだったのかについてお話できればと思います。まず会社の閉塞感については、この2つですね。「一人の人間として重視されている感覚の薄さ」と「一人ではなにも変えられないという無力感」。

「一人の人間として重視されている感覚の薄さ」がどうなったのかをお話ししたいのですが、結論から言うと、選択できる余地は格段に増えたと思います。僕は今もサイボウズの人事をやっていて、まだまだ改善すべき点もたくさんあり、完璧なものとは到底言えないんですが。

少なくとも、会社のポリシーとして「選択肢を増やしていく」「自分で選択できるようにしていく」というところは、僕の思っている理想と違っていませんでした。「消えた」と書いていますが「かなり減った」と思っています。

具体的には、人を集めてくる採用のフェーズでも、基本的には「この仕事がやりたいです」と言ったところに配属されます。「自分がどこに向いているかわからないので、人事にお任せします」という選択ももちろん1つの個性だと思うので、入ったあとにそういうコースを選ぶこともできますし。

入る段階で「複業採用」といって、例えばサイボウズで複業するような採用もやっています。いろんなかたち、いろんな入り口の選択肢がある会社かなとは思っています。

また、働く「時間」と「場所」の条件を決めるところに関しても「100人100通り」という言葉がよくメディアにも出ています。例えば「時間」についてなら、週3日の無期雇用の方がいらっしゃいます。僕は労務なのでけっこう大変なんですけど(笑)。毎日所定労働時間が違う方もいらっしゃるし、本当に100人100通りの働き方を実現していると思います。

「場所」についても、特に今はコロナの影響もあって在宅勤務をされている方が多いです。サイボウズも社内にサーバーを持っているので、場所を自由に選べないというか、オフィスに来ないといけないような仕事ももちろんあります。ただ割合として、働く場所の選択ができる環境は整いつつあるかなと思っています。

こうしたかたちで時間や場所を自由に選択できるようになってくると、当然会社へのコミットメントも100人100通りになってきているなと思っています。多様な距離感……複業だったり、業務委託だったり、週2の無期雇用で残りの3日はほかの会社で雇用されているという方もいらっしゃって、会社との距離感を選べるようになっています。

働くメンバーの個性を重視する、100人・100通りの施策

さらに実際に働くとなった時も「健康」ですね。やっぱり一人ひとり心と体が異なり、多様な個性を持っているので、例えば「ちょっと調子が悪いな」という時に、専門家の人と気軽にチャットでやりとりができるとか。

あとは「パルスサーベイ」で定期的に今の心身の状態がどうかをセルフチェックして、もし「おかしいな」と思えば、多様な選択肢の中からケアの仕方を自分で選べるというところも徐々に整いつつあると思います。

また、サイボウズの一番の特徴かなと思うのは、コミュニケーションですね。とにかく情報がオープンになっているので、なんでも見ることができる。経営戦略会議の議事録も全部、動画とかも見られます。日々の仕事のコミュニケーションも全部見ることができる。ですので、検索するスキルさえあれば基本的にはどんな情報でも選ぶことができる。

同時に、そういうオープンな環境になってくると「育成」についても階層別の研修というのはほとんどなくて。基本的には自分が好きなタイミングで、そこら中にナレッジが転がっているので、それを自分で取りに行くというのが基本的なスタンスになっています。人事としても、そのプラットフォームを支援していくことが仕事になっています。

また評価と報酬ですね。これについても報酬の価値観は人それぞれというか、いろんな報酬のかたちがあると思うので、一人ひとり個別で交渉しています。これについても会社側が「あなたに対していくら払いたいか」と、個人が「いくら欲しいか」というマッチングでお給料を決めていたりするので、評価のされ方を選ぶことができます。

さらに配置、異動ですね。強制配転は一切ないです。もちろんマネージャーから提案することはあると思うんですけど、本人の意思に反して「来月から異動だから」みたいなことは絶対にないです。

かつ、これもサイボウズで特徴的だなと思うのは「兼部」。グラデーションで労働力を見ているというか、僕自身も今3つの部署を兼部しているんですが、3割くらいは人事労務部で労務の仕事をしています。

もう1つは育成の仕事で、チームワーク支援部での仕事が4割くらい。そしてチームワーク総研という社外向けの企業コンサルを3割くらいというかたちで、グラデーションで仕事を見ています。

例えば僕が「人事からマーケティングに異動したい」となった時に、今の髙木の実力、能力とか、あとは実際にマーケ側に仕事があるかどうかという事情もあるので、いきなり髙木がまるまる一人工(一人が1日に働く作業量の単位)、マーケに行くのは難しいかもしれない。

それでも、例えば3割だけ移行して徐々に仕事を覚えながら、マーケティング側からするとちょっとあふれていた仕事をやってもらうみたいな。そういう柔軟な配置によって、本人の希望を叶えていくというやり方も取っていて。取り組む仕事を自分で積極的に選んでいけるという環境もあるのかなと。

さらに、今のサイボウズの離職率はたぶん3.4パーセントくらいだと思うんですけど、実際にサイボウズから離れていく時に例えば「育自分休暇制度」という、一度辞めても再雇用を約束しますという制度があります。希望する方は誰にでもパスを出しているので、いつでも安心して自分の好きなタイミングで辞めるという選択ができます。

現在の仕事の軸は「働く人が自分で選択できる組織」をつくること

この10個の人事労務管理の要素について、サイボウズの中だと個人が重視されている感覚は持ちやすいかなと今は思っています。これだけ聞くと、自分はすごく恩恵を被っていて、お前は何をしているんだっていう感じなんですけど。

僕自身は先ほども申し上げたとおり、社内で人事の仕事をしています。最初は労務と育成の仕事をすることになって。まず労務というところでいくと、主に契約の手続き。100人100通りの契約の仕方があるので、そこについて一つひとつ契約を決めていきます。

それから人事制度の企画ですね。働き方の制度の企画も仕事の中でやっています。もう1つはオンボーディングの設計です。研修の企画や、それを実行に移していくところもやっています。

例えば、プラットフォーム支援と書いているんですけど、サイボウズだと情報を検索すればなんでも出てくるので、今度は何が問題になるかというと「ほしい情報をうまく検索できない」。情報があふれていて、例えば勉強会の動画や資料がどこにあるかわからないということが起きてきます。

サイボウズでは、多い時だと月に50、60個の社内勉強会が行われています。そこで「人事」とか「サイボウズ流メソッド」とか、自分の興味あるタグを出しておくと、それに関する勉強会の主催者から自動で通知が飛んでくる……というプラットフォームの支援をしています。

最初の1年は「自分で選択できる組織づくり」のために、まずは僕自身が社内で一生懸命やってきました。ここまでで、「一人の人間として重視されている感覚の薄さ」は払拭されたと思っているんですが。

一方で、安定と成長という2つの不安についてはずっとわだかまり(があった)というか。最初の1年は「やっぱり安定と成長ってなかなか得られないよな」と思っていたんですけど、まさに労務と育成という2つの仕事を担当する中で、いつの間にかこの不安も払拭されていることに気づいたんです。

サイボウズにはこれまでとは異なるカタチの「安定」と「成長」がある

辞める前はこの「安定」と「成長」を失うことにすごく葛藤していたんですけど。最初の1年間で、人事として別のかたちで安定と成長を支援する方法があるんだなと気づきました。

転職前の「安定」というと、やっぱり一社終身雇用。ずっと同じ会社で、クビになることは基本的になくて高待遇が続く。かつ「成長」も、簡単な仕事から難しい仕事へと順を追って手厚く教育してもらえるというのが成長につながるんじゃないかと思っていたんですけど。

転職をしてから思ったことは、まず1つ目の安定について、不安定な世の中だということもありますけど、むしろ1つの会社だけでずっと一本足打法でやるというよりは、多様な距離感や、自分が合わないなと思った時に柔軟に距離感を変えられる。

「複数の依存先」と書いていますが、人によっては、たくさんの軸足を持てるような社会のほうが、安定が得られるんじゃないかとも思いました。

もう1つ「成長」という観点でも、徹底的な情報共有をしておくことで、検索さえできれば好きなタイミングで好きな勉強会の動画や資料を見ることができるので。「知識の民主化」と書かせていただいたんですが、特に育成は求めるタイミングも人によってぜんぜん違うので、情報がオープンになっていることこそが本当の成長支援なのではと考えるようになりました。

新しい安定のかたちについてもう少し深掘ってお話させていただくと、これはキャンプファイヤーをイメージしているんですけど。サイボウズの炎に近い人もいれば、ほかの会社さん(の炎)との距離が近い人ももちろんいていいと思っています。

もちろん週5フルタイムで無期雇用でサイボウズで働く、という働き方もあると思うんですけど。一方で、週3はサイボウズで雇用されていて、残りの2日は例えば取締役をやっていたり、ほかの会社で雇用されていたり。いろんな依存先、所属先があることで安定するというやり方も十分にあるのかなと今は考えています。

社内情報はすべてオープンで、所属に左右されない成長ができる

もう1つ、「新しい成長支援のカタチ」と書かせていただきました。これも徹底的な情報共有。例えば経営戦略、経営トップレベルの人たちや本部長がどういう視座でどういう意思決定をしているのかが、天然のMBAじゃないですけど(笑)。無料で全部見ることができるます。

僕にとってはむしろこれが最高の福利厚生というか。経営戦略に透明性があって全部見られるということ自体がすごく学びになり、視座の高さにつながっていきます。

あと、これも1つの気づきだったんですが、多くの会社だといわゆる「上司ガチャ」とか、「配属ガチャ」という言葉を聞くことも多いと思います。配属や上司は選ぶことができないので、そのメンバーとマッチしなかったということですね。

マッチしないと成長が遅れてしまったり、最悪のケースとしてはメンタルを壊してしまうということが往々にしてあると思います。

ですがサイボウズの場合、となりの部署の上司がどんなコミュニケーションを取っているかとか、すごく仕事が早かったり、自分と仕事のスタイルが似ていたりする先輩のコミュニケーションの仕方とか、どんな資料で周りの人の心を動かしているのかも、検索さえすれば全部出てくるので。

もし今のマネージャーと仕事の仕方が合わなかったとしても、自分に似たようなスタイルの人を見つけることさえできれば、あとはその人をシャドーイングすれば学習できる。これは、情報がクローズになっている会社ではなかなかできない育成の仕方なのかなと思っています。

あとは他部署の決裁書とか、どういう経緯で人事制度が作られているのかもすべてオープンになっているので、検索スキルは必要だけれど、検索さえすれば好きなナレッジが好きなタイミングで好きなだけ手に入る。こんなかたちの成長支援があるんだなというのは新しい学びでした。

サイボウズのノウハウで、閉塞感に悩む他社の状況も変えていきたい

ただですね、これだけ「社内に閉塞感がない」っていう話をしてきていて、自分だけ気持ちよくなっているというか。1年経った時にも結局、ほかの会社の困っている人たちの話は聞き続けていたので、「閉塞感はそのままじゃん」と。

僕は(会社の閉塞感を)変えたくてサイボウズに転職してきたのに、自分ばっかり夢のような仕組みを作って「楽しい」ってやっていても、それでいいのか? っていう葛藤がものすごくありました。

2年目から正式に企業向けのコンサル事業である「サイボウズチームワーク総研」という、社外向けにサイボウズのノウハウを届けていく事業に手をあげてジョインしました。

その中で、本当にたくさんの会社の「閉塞感を変えたい」と願って日々奮闘されている方とお話させていただく機会がありました。ここではパナソニックさんの事例を出させていただいています。

ここで僕が痛感したのは、すでにサイボウズというある程度流れができている会社の中で引き続き選択できる仕組みを作り続けていくことと、100年とか80年とか歴史もあって、仕組みも完成されたすばらしいものがある会社が変わっていくってやっぱりものすごく難しいということ。

ハードルも尋常じゃないくらいありますし、そこでまさに同じように「変えられない無力感」を感じている方がたくさんいらっしゃることも発見しました。

ただ、いろんな会社様と閉塞感について話をしていく中で、本当にぼんやりとではあるんですけど、変えられないものを変えるための仮説が少しずつ、僕の中に見えてくるようになりました。

これまでの人事制度のメリットも活かせる、新たな仕組みづくりを

例えば、僕が「閉塞感を生み出しているんじゃないか」と言っていた、今の「日本型雇用」の仕組みだから生み出せた大切なメリットがある。

じゃあなんでそのメリットを日本の企業が継続しなきゃいけなかったのかという、構造上の問題もあるなと。さらには人事労務管理の10個の領域がどう関わって、そのメリットを生み出しているのかも少しずつわかるようになってきました。

ここからは完全に僕の仮説なんですが、今までの日本型雇用の良さを維持しながら閉塞感をなくすという制度の代替案があるんじゃないかって思っています。

それを実際に実現していくとなると、必ずツールを見直すことが必要になってきて。まさに今、デジタルトランスフォーメーションという言葉が人事界隈でけっこう話されていると思うんですが。なぜそれが必要なのかというのも少しずつ見えてきました。

最後に、組織って人の集合体なので、一人ひとりの考え方や言葉によって風土ができあがっていく。それをどう変えたらいいのかというのもすごく大事で、その方法というか、コツみたいなものも少しずつ見えてきたと。

一人ではなくチームで、会社と社会を変えていく

ここで僕の一番の学びは、閉塞感をなくす方法を追っていく中で、「一人ではなにも変えられない」という無力感の正体にやっと気づけたということです。

もともと僕は「スキルがない」とか、「偉くならなくちゃ」とか、「どうやって変えたらいいかわからない」とかで無力感にさいなまれていたんですけど、今はそもそもこの考え方がおかしかったなと思っています。

一人ではなにも変えられないんじゃなくて、一人だったからなにも変えられなかったんだなっていうのが、僕がサイボウズに転職してきて一番心に刻んでいることです。閉塞感をなくすためには、部門とか会社を超えたチームワークが必要だなと思っています。

例えば関係のある人事の他部門とか、ツールを導入するために情報システム部門の方と連携しなきゃいけないとか。人とお金というリソースをどう配分するかを決める経営者とか。

あとは社員。やっぱり社員一人ひとりの言葉とか考え方で風土ができていると思うので、そことどう連携していくか。さらには、1社だけで変えていくってすごく難しいので、他企業の方と連携していく。

あと政府や教育機関と書いたんですけど。日本の場合は育成や雇用というすごく重要な役割を会社が担ってきたという社会的な構造の話もあるので。その仕組みを変えていくんだったら行政と教育機関とも連携をしていく必要があるなと今は考えています。もちろん、これ以外にもたくさん連携していくべき人たちがいると思います。

会社の閉塞感をなくすため、これからもサイボウズで発信を続けたい

これから僕がやりたいことは3つあります。1つはサイボウズの人事で、自分で選択できる仕組みづくりに貢献し続けること。もう1つはサイボウズのチームワーク総研で、外の会社様に向けてノウハウを届け続けること。

もう1つは、まさに今回冒頭でも紹介したnoteを書いた理由でもあるんですけど、やっぱり僕はまだ社会人5年目でなんのスキルも経験も信頼もなくて。でも、こういう問題意識を発信することで本当にたくさんのアドバイスをもらえたんですね。ですのでこの発信は続けていきたいというか。みなさんと一緒に、どうやったら会社の閉塞感を変えていけるかを追っていきたい。

これはトヨタが求めているかは知らないんですけど(笑)。いつかはやっぱり、今までお世話になっている先輩たちに恩返しがしたいという気持ちはすごく強く持っています。

最後、まとめになりますが、3つの選択肢。辞める、染まる、変えるという3つの選択肢に加えて、もう1つ選択肢があるんじゃないかなと今は思っています。それが「辞めて、変える」。もちろん組織変革の主役は社内でがんばり続ける人だと思うんですが。

やっぱり外も内も関係なく、一緒にチームワークよく協力していくことで会社の閉塞感をなくせると僕は信じているので、一緒に変えていけたらいいなと思っています。

この配信を見てくださっている、会社の閉塞感をなくしたいというEGO、理想を持っている方と一緒にPEACEな社会、チームワークあふれる社会を作っていけたらと思っています。引き続きこの仮説を発信していくので、ぜひTwitter、noteをフォローいただけると大変うれしいです。