バズりは、ゲームにおける“強化アイテム”的な立ち位置

工藤雄大氏(以下、工藤):次のトークテーマ、行かせていただきます。

バズったから気づいたこと、意識するようになったことというところを、ぽんちゃん先生からお願いしてもよろしいですか?

地球のお魚ぽんちゃん氏(以下、ぽんちゃん):はい。バズったから意識というか、バズりの先ということですね。たぶんこれ、バズっている漫画の方、全員一致でたぶん言うと思うんですけど「バズりがゴールじゃない」。

バズった先のどう動くかとか、どういう方向に行くかというところから、すべてが始まっている気がしていて。バズりって、いわゆるゲームとかでいう“強化アイテム”的な立ち位置だと思っている。

というのも、勇者が1人、まず裸でいます。その裸の状態でバズりという強化アイテムを身につけても、ぜんぜん使いこなせなかったりするんですね。ただ、裸の勇者にいろんな装備とか経験値とかを乗せた上で強化アイテムが来ると、一気に強くなるという考え方に似ていると思っていて。

つまり「1人の人として、きちんとおもしろい漫画を描ける」という大前提がある上でバズって、その先にいろんな書籍化だったりの展開をしていくと思って。だから極端な話、漫画力が乏しい状態でバズったとしても「バズっちゃった」で終わっちゃう気がするんですね。

工藤:つながらない。

ぽんちゃん:だから、私もけっこう「バズっちゃった」のほうで今もいっている気ではいて。バズりつつ漫画をずっと描き続けて、いろいろ勉強しながら成長していって。バズった時にもっとヒットする、いろんな市場でヒットすることを目標にやっている感じです。バズりをスパートにして、この先を考えるという感じですね。

バズったその先で「どうしていくの?」

工藤:どうですか。そこの意見としては。

若林稔弥(以下、若林):そうですね。やはり、バズっただけではお金にならず。

工藤:ならず。

若林:この先その作品をどうしていくの? という話とかもありますよね。作品単体でどうしていくの?  もありますし、自分が作家として、このバズって認知されたということをきっかけに、どう振る舞っていくの? みたいな話もやはりありますよね。

工藤:最近だと、やはりバズって連載していくという方法が大きいかな、多いかなと思っているんですけど。そういう場合って、最初から1話出して、バズった後に2話目を考える感じなんですかね。

若林:ああ。僕、基本その場合が多い。

工藤:その場合が多い。

若林:僕ね、これはもう心外だわと思っているんだけど。『幸せカナコの殺し屋生活』描いてバズったとか、みんなそれ「一発ネタ」だと思っているわけ。

工藤:ああ!

ぽんちゃん:うーん。

若林:いやいや、待ってくださいよと。「僕は若林ですよ」と。

(会場笑)

若林:そりゃあもちろん描こうと思えば、2話、3話、10話、20話、100話まで、これはもう描けます。そう僕は思っているんだけど、意外とそこが伝わっていなかったんですよね。

工藤:ええー。

若林:最近、単行本が4巻まで出たんですけど「この漫画、一発ネタだと思っていたけど、こんなふうに広がるんだな」みたいなこと言っている人がいて「ああ、やっとわかってくれた。うれしい!」と思って。

幸せカナコの殺し屋生活 4 (星海社COMICS)

工藤:よかったですね。

バズった時の“飛び道具”を今後も求められると、厳しい

若林:だから僕『幸せカナコの殺し屋生活』でバズった時に、1回困ったことがあって。要は『幸せカナコの殺し屋生活』の1話目って、飛び道具が多いんです。それこそ動物のダジャレであったり、あとは「お肉おいしい」のところであるとか。

ここを今後も読者に求められちゃったら、俺、厳しいと思ったんですね。さっきも言ったように、ぽんちゃんさんみたいに、おもしろいことを思いつかないわけ。

ぽんちゃん:いやいや。本当に滅相もない(笑)。

工藤:(笑)。

若林:ここでいう「おもしろい」というのは本当、なんか……。

工藤:ギャグという。

若林:すごいおもしろい発想的なこと。そういうギャグ的なことって、思い付こうと思っても超時間かかるわけ。だから、これをこの漫画の売りにしてしまうとキツいなって思った。

連載時に組み替え直す「これがあったら続けられる」のかたち

若林:だから1回目の1話目がバズった後で、これから2話目を描こうと思った時「この漫画、どこを売りにして、どこを伸ばしていくか?」と考えた時に、僕の作家の持ち味としては、キャラクターへの共感であるとか、キャラクターのことが好きになるとか。

そういうところで僕は腕を磨いてきた人間なので。そこにまず照準を合わせていって、それでも最初の飛び道具が全部なくなってしまったら、やはりそれはつまんないから動物は残す。

工藤:動物は残す。

ぽんちゃん:(笑)。

若林:あとはもう、思いついた時だけ飛び道具をするみたいなやつ。そういう感じで、自分の方向性をまず改めて組み換え直すみたいな。

工藤:連載するとなったときに。

若林:そう、そう。「これがあったら俺は続けられるわ」というかたちにしてやるんだけど。

工藤:じゃあ、1話の段階では、そこまで「2話目、3話目どうしよう?」はまだ、とりあえず反応見てみるかが先だった。

若林:描けるだろうなとは思っていたけど、具体的に考え始めたのは、やはり1話目の結果を見てからね。

RT数が下がって思った「もうがんばらなくていいんだ」

工藤:へえ。ぽんちゃん先生はどうですか。『一線こせないカテキョと生徒』。

一線こせないカテキョと生徒(1)

ぽんちゃん:そうですね。私も1話の結果を見てから考えました。1話がバズらなかったら、これはダメなんだなと思うようにしようと思ってやっていたのと。あと、今、若林先生の話聞いていて、マジで私、真逆だと思っちゃったんですけど。

若林:(笑)。

ぽんちゃん:ネタ、ネタ、ネタ、ネタで、どんだけおもしろいネタをどんどん入れるかみたいなところに、やはり注力すごいしちゃっているんです。だから、ネタにネタがスランプになると、漫画自体がけっこうスランプになるみたいなところになっちゃっているので、そこは一長一短だなと。

工藤:ああ、確かに。けっこうバズられた方に話を聞くと「2話目描こうと思うんだけど、投稿するのが怖い」みたいな。

若林:ああ、多少ある。それは。

ぽんちゃん:怖かったですよ。怖かったです。そりゃあ。

(会場笑)

ぽんちゃん:若林先生、30何万いいねとかいっていたんですけど、怖いんですね。

工藤:そうですよね。(若林氏に対して)え、どういう……?

若林:心を無にして描くしかないですよ、あんなの(笑)。

(一同笑)

工藤:2話目はどれくらい空けて。

若林:いや、でも、一週間とかじゃなかったかな。

工藤:ああ、けっこう早い段階で。

若林:そのくらいだろうなと思って。

ぽんちゃん:私と一緒だ。

若林:だから、2話目、3話目は3万リツイートとかいくわけさ。「これ、維持していくのかな、キツいなみたいな」みたいなことを思っていたんだけど、新キャラ登場の回があって、そこで一気にリツイート数がカーンと下がるわけ。僕はそこで「よかった」と思って。

工藤:よかったの?

(一同笑)

若林:俺はもうがんばらなくていいんだ、と思って。

ぽんちゃん:(笑)。

若林:これからは自分のペースでやっていこうと思った。

ぽんちゃん:ああ。

工藤:「ああ」って言ってる(笑)。

ぽんちゃん:わかる、わかる。私も1回「あ、今までのペースじゃなくなった」という時に「これでいいんだな」みたいな「この感じで行っていいんだな」みたいな。

やはり最初が大きかったりすると、もうずっとそれでいかなきゃいけないみたいな感じで怖くなっちゃう時があるんですね。でもやはり「あ、この人数の方は絶対見てくれている方なんだ」みたいなのが数字で出てくると「じゃあもうそこに向けて描こう」という気持ちになったりするんで、すごい気持ちわかります。

「手軽に読める」を諦めて、キャラの成長と物語の進行を描く

若林:でもね、数字が落ちるというのは、それはそれでやはり怖さがもちろんあって。「ああ、どうしよう、もう無理かもしれない」と。その時僕が考えたのは、この漫画は結局、主人公の成長を見せていく漫画なんですよね。SNSで連載していく漫画って、話が進むと読みづらくなっていくじゃないですか。

工藤:はい、はい。

若林:どの話から読んでも難しい設定を知らずに読めるというインスタントさが、やはりSNSで流行りやすい漫画の1個条件だと思うんですよね。だから、キャラクターがどんどん成長していって物語が進行していくのって、SNS漫画としてはちょっと不利なんですよ。

でも、僕は『幸せカナコの殺し屋生活』という漫画に関しては、主人公を成長させていきたい漫画だと思ったから、そこはわりとその辺でスパッと諦めた。

工藤:ああ、そこは両立できんというか。

若林:これはもう無理だから、そこをがんばらなくてもいいやと思って。そこから、改めてやはりこの漫画は、出版社に預けて運営してもらうとか、書籍化してそこでマネタイズするとか、そういう諸々の先のビジョンを描いていって「これやっていれば、まあ大ヒットはしないまでも普通にヒットはするし、読まれるだろう。よしOK」と思って。

バズった作者の元には、連絡がめちゃくちゃ来る

工藤:でも、お二人にお聞きしたいんですけど、バズった後にやはり連絡めっちゃ来ました?

若林:来た!

ぽんちゃん:うーん。来ましたね。

工藤:じゃあ、若林さん、どれくらい、全部出版社さんですか?

若林:基本、出版社だった。

工藤:「連載しませんか?」という。

若林:そう、そう。もう主要なところ。数はさすがに覚えていないが、来たよ。やはり。あそこも来たし、ここも来た。

工藤:その中でも星海社さんでやるというのを決めていたから、そこはお断りをして。

若林:そう。僕は、星海社の担当さんに「これはバズるだけで売れないと思います」と言われたが、僕もまずそう思った。まず意見が一致している。さらに、僕はその編集さんと仕事をしたかった。だから、そこでバズった。よし、ここまでは計算通りと。次、同人誌とか電子書籍を、ナンバーナインさんからも出させていただきましたね。

工藤:ありがとうございます。

若林:それで、ちゃんと数字的な実績を出してから、もう1回編集さんにプレゼンをして「どうですか。これでもう1回考え直していただけません?」「やりましょう」となったという感じです。そこで「やはり無理です」と言われたら、もう諦めて別(の出版社に)行こうという感じだった。

工藤:なるほど、なるほど。ぽんちゃん先生は『一線こせないカテキョと生徒』に関しては、うちのメンバーの小禄(卓也氏)と作っていただいているオリジナル作品なんですよ。

ぽんちゃん:そうなんです。

工藤:それでも来たわけじゃないですか。

ぽんちゃん:そうですね。正直、今までの『男子高校生とふれあう方法』の時とか『サボり先輩』って他で描いているやつとかと比べものにならないくらい、いろんな出版社の人からDMなりメールなりで来て。それはもともとナンバーナインさん、小禄さんと一緒にやっていく作品ということで作っていって。その時点では「そういう状態なんですよ」といって、全部お断りして。今もTwitter上では描いているけど、という感じです。

工藤:なるほど。そうですよね。やはり来るんですね。今でも。

若林:来る、来る。