吹奏楽に打ち込んだ中高時代

アマテラス:まずは、吉賀さんの生い立ちについて教えて頂けますか?

吉賀智司氏(以下、吉賀):福岡県大野城市出身で、家族は両親と弟2人の5人です。父は公務員、母は専業主婦で、狭い公務員住宅に住んでいたので、早くから家を出たいと思っていました。父から「勉強しろ」と言われたことはないのですが、「本を読め」とはよく言われました。読んだらお小遣いをくれる制度もあり、結構読んでいましたね。

生家があった大野城はやんちゃな子供が多いところでした。どちらかというと文化系だったので、小中高時代は周囲と感じ方や考え方が違い、馴染めないとことがありました。そんな中でも吹奏楽部の部長を務め、音楽は一つのよりどころだったのかもしれません。管楽器で一番難しいといわれるホルンに挑戦したのですが、そういう姿勢は今も残っている気がします。

伊藤CEOとの出会いは筑波大学管弦楽団

アマテラス:大学進学時に筑波大を選ばれたのはなぜですか?

吉賀氏:とにかく実家の、福岡の外に出たいと思っていました。また、大学の学部は文系でしたが、高校時代は理系を選択していたこともあって、理系の講義も受けられるところが良いと思いました。霞ヶ浦が近く、好きな釣りに行けるということも一つの理由でした(笑)。

大学は楽しかったです。大学に入って、話が合うとか、考えが合う友達にたくさん出会えました。最初の2年間は主に学部の友人と、後半2年間はオーケストラの仲間と過ごしました。

(代表取締役社長CEOの)伊藤とは大学1年生のときに筑波大学管弦楽団で出会いました。私のオーケストラデビューの演奏会では、オーボエの伊藤とホルンの私、二人のソロが冒頭にありました。ずっと仲が良く、練習後に他の仲間も一緒によく遊びました。また、2人で共通の趣味である釣りにも行っていましたね。

「ものづくりを資金面から支える」ため、ベンチャーキャピタルに入社

アマテラス:新卒でベンチャーキャピタルを選ばれたのは何故ですか?

吉賀氏:両親が公務員と専業主婦だったので、学生の頃は一般的な企業で働くということがよく分かりませんでした。ですので、他の人が働く理由を知りたいと思い、企業説明会で出会った社員の方に「あなたは何のために働いていますか?」と質問し、結局120人程から回答を頂きましたが、その答えは様々なものでしたね。

そこから「自分は何が好きなのか」を探るようになり、ものづくりが好きなことに気付きました。学部が経済系だったことから「ものづくりを金銭面から支援しよう」と考え、メガバンクとベンチャーキャピタル(以下、VC)が気になり、それぞれ内定を頂きました。

最終的にVC事業を行うSBIホールディングスを選んだのは、同社(代表取締役社長CEO)北尾さんの著書『何のために働くのか』を読んで感銘を受けたこと、そして、その北尾さんに実際採用面接でお会いしたことが大きかったです。面接日の朝に「SBIホールディングス、大幅減益」というニュースがあったので、面接の最後にその件について質問しました。すると、北尾さんはそこから40分間私に向かって話し続けてくれ、一学生に一生懸命説明される姿を見て「凄い人だ」と思いました。

そして、何となく将来が想像できるメガバンクより、この先何が待ち受けるかがよくわからない会社の方が面白そうと感じたこともあり、SBIホールディングスへの入社を決めました。

リーマンショック後の厳しい市場環境での強烈な経験

吉賀氏:入社後は希望が適い、投資部門に配属されました。しかし、リーマンショック後で投資環境は厳しかったです。半年間のOJT後に審査部に配属され、その後営業部のファンドレイズメンバーとなりました。厳しい状況の中、新規取引先から1億円を集めることができ、達成感を得たことを覚えています。その後も営業チームや投資部隊に回りましたが、既存ポートフォリオの売却といった厳しい仕事が多かったです。

出資時に得た株を投資先に引き取ってもらうため取引先社長と交渉するのですが、ある社長から「吉賀さん、“借金で首が回らない”ってわかりますか?」と不意に訊かれたことがありました。「分かりません。どういうことですか?」と私が返すと「簡単です。ストレスで物理的に首が回らないんです」と言われ、言葉が出ませんでした。いろいろと強烈な体験をしましたね。

SBIで働いた4年半程でいろんな経験をさせていただいたことで、「この先自分はどこに行っても生きていける」と確信が持てたので退職しました。SBI退職後、2年ほど中小企業で働きました。つくばで会社経営していた社長から3年ほど前から「一緒にやろう」と誘われていたのです。しかし、中小企業の現実、大きくない会社としてできることの範囲や資金面のスケールが違うことなどを目の当たりにしました。そして、悩んだ結果、当時所属していた会社を飛び出し、貯金も顧客もゼロの状況でしたが、個人事業をやってみようと決意しました。

「ナガツエエソを見たい」という伊藤CEOの野望が原点

吉賀氏:スタートアップ支援コンサルとして個人事業を始め、つくば研究支援センター等からお仕事をいただくこともありました。ただ、業種業態により営業的アプローチや経営で重視することが全く異なりますし、これまでの経験スキルでは対応できる範囲が極めて狭いといった力不足を痛感しました。

個人事業を開始する前夜の2015年4月、伊藤から事業計画について相談されました。『筑波クリエイティブキャンプ』という外部受講が可能な筑波大学の講義で事業計画をプレゼンしたいが、作り方が分からないので一緒に考えてほしい、という内容でした。最初は別の事業を検討していましたが、よくよく聞いてみると、どうしても深海に潜るロボットを作りナガヅエエソを見たいという野望を、伊藤は持っていることが分かりました。「何それ??」と思いましたが、その野望を追求してみることにしました。

筑波クリエイティブキャンプでの発表や、その他のプレゼンをする中で、VCの三井住友海上キャピタル社をご紹介頂きました。2015年10月頃に「君たち面白そうだから、ロマン枠で出資したい」と言っていただき、そこから本格的に事業計画を立てることになりました。

当時世界に水中ドローンはなかったので、様々な調査を行って市場規模を算出し、事業計画を必死で形にしました。投資委員会でプレゼンを行い、フリービットインベストメント社からも同じくロマン枠でご出資いただいたことで、あわせて2000万円の出資を得ることができました。

個人事業主として自分の力量に限界を感じていた中で「ここまで一緒にやったんだから、これからも一緒にやろう」と伊藤に誘われたので、一緒に事業を立ち上げることを決めました。伊藤がものづくりを担当する一方で、私は資金集めや人材確保、事業拡大を担当することになりました。

(FullDepth社オフィス内の壁に描かれている『ナガヅエエソ』)

試作機による実証試験を成功させ、資金調達に繋げる

アマテラス:水中ドローン事業に取組む過程でどのような壁があり、それをどのように乗り越えてきたのでしょうか?

吉賀氏:2016年3月にシードマネーを調達すると、そこから伊藤は試作開発に取り掛かりました。「3ヶ月後に本栖湖で試作機を泳がせる」と投資家の方達に宣言したのです。

本栖湖でのテストは、当初目標としていた6月20日には間に合いませんでしたが、7月28日には実現できました。最初はおっかなびっくりでしたが、意を決して潜航したところ、湖底120mにすんなりと着底し、土煙がもわっと上がった時は、月面に人間が最初に降りたように、私たちにとって最初の一歩だと感じ、喜び合いました。正直に言うと、その時初めて「これは本当に事業化できるかもしれない」と思いました。

試作機ができるとそこからは早く、ダムや漁礁などあらゆるところでProof of Concept(以下、PoC)を行いました。POCの結果、本格的に事業化の目処が立ったため、ビヨンドネクストベンチャーズ社を中心に2017年6月にシリーズA調達を行うことが出来ました。

製品開発し、サービス開始にこぎつける

吉賀氏:しかし、2017年10月頃、製品開発の壁に直面します。伊藤は試作開発エンジニアであり、製品開発は専門ではないということが大きかったと思います。チームでしっかりと仕事をできなかったことから設計ミスでの失敗等もあり、結局伊藤が開発したプロダクトは不具合続きでお蔵入りとなってしまいました。

そこでプロダクト開発をリードできる人材に急遽加わってもらい、改めてプロダクト開発に向けて動き始めました。そして、スケジュール通りに開発が進んだ結果、翌2018年6月4日にサービス開始のリリースができました。

同時期に2,000メートルのケーブルをやっと調達できたので、試作機でスペック限界まで潜航するチャレンジをしたところ、持ち運びできる小型水中ドローンにおいて、世界で初めて実海域で1,000mまで潜航することに見事成功しました。奇しくも創業記念日に、相模湾において実現しました。

そのプレスリリースを見たDRONE FUNDの千葉功太郎さんが「日本にもこんな会社があるのか」と興味をもって下さり、そこから2019年4月のシリーズB調達に繋がりました。今では安価な水中ドローンを提供する中国勢などが出てきましたが、産業用途で使える水中ドローンに取組む企業は未だに少なく、我々が一定程度先行していたので、可能性があるという判断でした。

採用の壁を東京へのオフィス移転で乗り越える

吉賀氏:当社の製品は本来機械の動作に適さない水中で動くので、気中と比べて故障が多く、また人間が行けない深度で動作するため、ケーブルが引っかかるなどしてロストしてしまう可能性などもあります。そのような背景があって、当初はレンタルを中心にサービス提供していましたが、お客さんから「買いたい」とリクエストをいただくことが増えました。

そこで販売へと方向転換をすることを決め、本格的に採用を始めました。この時に常勤メンバーが8名から18名まで一気に増えました。

アマテラス:採用の壁に悩まれていた時期もあったと思います。それはどのように乗り越えたのですか?

吉賀氏:2018年末当時はつくば市内のオフィスしかありませんでした。当社の事業に強い興味を持つ少数のメンバーを採用することはできたのですが、これ以上の採用は難しい状況が発生しました。選考のやり取りをしている途中で連絡が取れなくなることが多く「つくばという立地が原因かな?」と思っていたのですが、決定打は(インタビュアーであるアマテラス社)藤岡さんの一言でした。

2018年10月頃、アマテラスで6名程の登録者に声を掛けたのですが、藤岡さんから「“深海に潜る水中ドローン”という事業説明には皆さん興味を持つのですが、“勤務地は筑波”と伝えた瞬間に全員から紹介を辞退されました」と聞き、このままで駄目だと痛感しました。

大学内に借りていたオフィスが手狭となって移転を考えていたこともあり、東京への移転を決めました。家賃が安くて、アクセスも良く、プールを置けるという条件は、ここ(蔵前)くらいしかありませんでした。 東京に来てからは、スムーズに人材が集まっていると思います。

耐圧性能に優れた高機能製品を支える独自のコア技術

吉賀氏:プロダクトを販売できる体制づくりに尽力し、2019年11月には製品の販売を開始しました。そこから常にアップデートを続けています。

ハードウェアにおいては深海まで潜れる耐圧性能を備えながら、持ち運びでき、いくつかのオプション装置を取り付けてスマートに水中での業務をこなせるけれど、ゲームパッドで操作できる点が特徴です。また、ソフトウェアにおいては、空のドローンで言うところの「フライトコントローラー」を自社で開発しており、映像伝送や制御系もすべて自社で対応しつつ、クラウドサービスまで一気通貫して開発しています。

海のバックグラウンドがないにも関わらずこのような製品を開発できた背景には、伊藤が以前インターンした海洋研究開発機構の研究者の方々に教えを請いながら設計してきたことも関係しています。高価な浮力材を使わずに深海に潜れる構造を実現しようと、機体の筒やフレームの構造、素材の工夫などもしてきました。多機能・大型化しやすい水中ロボットにおいて、あらゆる要素を削ぎ落として行き、小型ながら一定の機能を持ち潜航できるようにしたという点は大きいです。

他にも、バッテリーを容易に抜き差しできるようにしつつ、電気的なコネクターを使わずに容器同士を接続できる『中間圧力容器』という構想も、製品化に寄与しています。

(産業用水中ドローン DiveUnit 300の中間圧力容器)

他にはないゆえに、部材からの開発が求められる

吉賀氏:今後の量産化に向けて難しい点は、深海向け水中ドローンは取組んでいる企業がほぼないので、要素技術から蓄積しなくてはならないことです。

例えば、一般的な水中ドローンは電気的なケーブルで船と繋がっていますが、わが社の製品は深海に潜るため、細くて強い光ケーブルでないと通信できません。そのような水中ドローン向けのケーブルは、世界で一社ぐらいしか作っていませんでした。しかも、発注から納品まで8カ月程かかるという事件も発生しました。

部材の調達が著しく大きな経営リスクになりうることを考えると、部材から国内の協力会社に作っていただく必要があります他社とは違う仕様で作ろうとすると、当社仕様に適合する部品から作らなければならず、フィールドでの信頼性評価も含めると、多くの時間とコストがかかります。本格的に「量産」と言えるレベルになるまでには、もう少し時間がかかりそうです。

「友人を裏切りたくない」という気持ちが原動力

アマテラス:一緒に創業してきた伊藤CEOの魅力、また共同創業の難しさについて教えて下さい。

吉賀氏:嫌な奴だったら一緒に働いていません。やはり大学時代から気心や人間性が知れていることは、とても良かったと思います。二人の専門性が異なるので、背中合わせで、最小2人で事業ができるという感覚で、創業の難しさは感じませんでした。創業当初の一番の原動力は、友人を裏切りたくない、失望させたくない、ということだと思います。

大学時代は伊藤がロボット開発していることさえ全く知らず、この仕事をはじめてから想像以上の知識技量を持っていることを知りました。また試作開発にスペシャリティを持ちつつも、苦手なことはとことんできないのですが、不得手ながらも一生懸命取り組みます。一生懸命やる人間でないと、一緒にやれないと思います。学生時代から彼を知っているので、弱みを握っているというユカイさもあるかもしれません(笑)。

グローバルな産業用海洋ロボット市場を目指す

アマテラス:では、FullDepth社の今後の姿とそこへの課題を教えてください。

吉賀氏:何もないところから我々は始めましたが、今では中国勢が安価な水中ドローンを作る等、競争が激化しつつあります。当社としては産業用途でしっかり使ってもらえる、他とは一線を画した製品を出していきたいです。空のドローンと同じように自律航行する、操作を手動から自動化する等は当然歩む道だと考えています。

海洋業界は、潮や波がある中で大きいロボットを強力にパワフルに動かす、ということが主流です。他方、我々の製品は、あまりパワフルではないロボットを極細のケーブルで繋いでおり、水の抵抗が少ないがため機能する、という世界的に見ても類を見ない構成になっています。当社製品にしか入れない場所もあり、国内のニッチマーケットを押さえながら、世界の海洋ロボットユーザーに使っていただきたいと思っています。

本格的な成長を目指すには、北海油田のような石油プラントや洋上風力発電の点検がメインマーケットになる可能性があります。まずは国内のニッチな市場を押さえた上で、グローバルにも展開できるようにしたいと考えています。

未知の課題に楽しんで取り組むマインドが大事

アマテラス:FullDepth社が求める人物像を教えてください。

吉賀氏:三つの要素が大切だと思っています。個人的な興味関心、人生のビジョン、あとは今持っているスキルや能力。これらが仕事の領域とマッチしていることが大事だと思います。

オーケストラでは、意識して聴かないと分からないけれど、それがないと音楽が成立しない、ずっと流れている通奏低音というものがあります。海が好き、あるいは未知の世界に挑むことが楽しいという基本的な価値観が、通奏低音のようにわが社の根底には流れています。

その一方、ビジネスとしては、水中で働く方々の様々な不具合、不都合、具体的な課題の解決を目指しています。水中で仕事をして亡くなる方もいらっしゃいます。水中の課題について相談できる会社も限られています。危険と隣り合わせで仕事をしている方々を助けたい、という身近な使命があります。

これまで誰も経験したことのない、初めて直面する課題は解決するのが大変だったり苦しかったりしますが、それに楽しんで取り組めるようなマインドが、わが社に来て頂くには必要なのではと感じています。その上で、成し遂げたい自分のビジョンや、今持っているスキルが我々とマッチしたら、すごく良いのではと思います。

最大の魅力は「テイクオフに立ち合える」

アマテラス:最後に、今このタイミングでFullDepth社に参画する魅力等について教えて下さい。働きやすい社風や社内制度があるとも伺っています。

吉賀氏:このご時世なのでリモートワークは当然ですが、拘束時間よりも成果を出すことを重視しています。また、細かくマネジメントをしていない分、自分でやる意思が必要ですが、言い換えると自分で思うようにやれます。

そんな働き方が出来るためか、既婚者の方が独身者よりも多いという、スタートアップとしては珍しい会社です。時短で子育てをしながら勤務している社員や、育児休暇を取得している男性社員もいて、子育てに非常に理解のある働きやすい会社だと思います。私自身、今年父親となり子育て真っ最中で、家族のサポートもしているつもりです。

しかしながら、参画する最大の魅力は、事業のテイクオフが見られることだと思います。2019年11月にプロダクト販売が開始して「飛び立とう!」というタイミングでしたが、コロナ禍で急ブレーキとなりました。

創業以前からずっと「本当に売れるのか?」「市場はあるのか?」と言われ続けましたが、皆の力があって何とか頑張り続けることができ、徐々にお客様に認められる機会が増えてきました。今期になってようやくスタートラインに立てたような感覚ですが、このまま行けば今後一年以内に、再加速してテイクオフする姿が見られると確信しています。それに立ち会えるのは魅力だと思います。

アマテラス:更なる飛躍が楽しみです。本日は素晴らしいお話をありがとうございました。