人はなぜ「ため息」をつく?

マイケル・アランダ氏:成人は平均で、5分に1度ため息をつくそうです。成人がいつもイライラしているからではありません。感情に起因するため息ももちろんありますが、生理的につくため息が存在します。肺の健康な機能を保つためには、実はこうした深い呼吸が必要なのです。

そのような呼吸の存在は、人工的な呼吸器が発明されるまで気づかれませんでした。最初の人工呼吸器は、巨大な箱に人間を入れる「タンク人工呼吸器」であり、1830年代に開発されました。

一番有名なバージョンは、1920年代に登場しました。これが、悪名高い「鉄の肺」です。「鉄の肺」というのは、無名ジャーナリストによる造語です。

「鉄の肺」は、20世紀初頭にアメリカとヨーロッパで蔓延したポリオの治療で主に使われ、外部からの減圧により作動しました。タンク内部の減圧に呼応して、患者の肺の内圧が低下し、外からの空気が肺に流入する仕組みです。加圧すると、空気は流出します。

このようにして、呼吸をコントロールする筋肉、横隔膜の働きを代行したのです。ポリオ患者の多くは、横隔膜が麻痺しているためです。

医学的に「ため息」が取り上げられたのは、1919年のことです。その頃には「鉄の肺」がポリオ患者に使われており、通常呼吸の合間に深い呼吸を導入する重要性は、症例報告において強く示唆されました。実際、初期の「鉄の肺」被験者は、快適さのために深呼吸を要求しました。

呼吸をすると、液体に覆われた「肺胞」という肺細胞が壊れることがあります。これは正常な現象ですが、通常の浅い呼吸では、このような肺胞は膨らむことができません。肺胞の液体により、肺胞壁が癒着してしまうためです。また、肺胞が壊れると、本来の働きであるCO2と酸素の交換ができません。少なくとも、スムーズな交換ができなくなります。

ため息をつくと、肺胞を大きく膨らませることにより、肺が「リセット」されます。つまり、呼吸の補助に「鉄の肺」を必要とするような極限の状況下では、ため息は生死を分けることもあるのです。

20世紀半ばには「鉄の肺」は、減圧する代わりに患者の喉から直接空気を送り込む、現代の人工呼吸器で使われる手法にとって代わられました。すべてではなく一部においてではありますが、加圧式の人工呼吸器においても「ため息」が有効であることが、研究によりわかりました。

「ため息」の研究は今なお進められています。しくみは驚くほど単純のようです。人体は、2種類の感覚受容器により、ため息を必要なタイミングを計っていることがわかっています。1種は崩壊した肺容量を計測し、もう1種が血中酸素濃度を計測します。「ため息」が必要になると、深呼吸しろという指令が出されます。

研究によりますと「ため息」は、げっ歯類においては脳幹の小さなニューロンのクラスターによりコントロールされています。これほど大切な機能を司るニューロンとしては極めて少量であり「ため息」が非常に原始的な機能であることを示しています。

これらのニューロンは、2種の「シグナリング分子」を生成させます。これらのシグナリング分子は、肺に通常の呼吸から「ため息」に切り替える指令を出します。

研究者らは、今度は感情に起因する「ため息」が出る理由を調べています。また、複雑な生理的「ため息」が解明されれば、正常な呼吸を調整し、それを必要とする患者の助けとなるでしょう。

やがては、神経疾患のみならず、不安やストレスによる呼吸の不調を抱える患者への治療法が開発されることでしょう。ため息は、意外にも大切な生理であり、いまだに研究が続けられています。「ため息」は、単なる退屈の指標ではないのです。