「未完成なものが、完成していくプロセス」

前田裕二氏:今回、もう1つご紹介したいのが「smash.」という新サービスです。smash.はいわゆる、プロ制作のプロの演者が出るスマホオンリーのサービスです。

本日は、この新サービスをリリースした背景をお話していこうと思います。

まず、演者が自分に紐づくファンを増やしていきたいと思った時に、どういう行動を取れば良いのか。我々がデータを見て抽出してきたことは「演者とファンの距離感が極めて大切である」ということでした。例えば「配信回数」とか「配信時間」といった、距離感を詰めるようなアクションを数多く積み重ねている演者ほど、ファン数を増やしていました。

もっと踏み込んでいうと、配信の内容や配信する演者の年齢などといった要因に大きく関わらず、配信の回数という努力値と、ファンの増え方に著しく高い相関がありそうだということがわかりました。

でも、配信するには動機が必要ですよね。その動機の一つとして、まさに「身近である自分が、少し偶像世界に進出できる」という仕掛けを作りました。SHOWROOMを頑張っていると、テレビや映画、舞台などの偶像世界への切符を得られていくということです。それによって演者の熱量は上がりますし、ユーザーとしても「未完成なものが、完成していくプロセス」が見られる方がワクワクするし、自己貢献も感じやすい。

この、出口となる「偶像世界」というものを、他社に頼るのではなく自社でも持っていこう、ということで、smash.というメディアを立ち上げています。Youtuberの中でも、例えばヒカキンさんがドラマに出たりとか、トップユーチューバーの方々が芸能事務所に所属してテレビに出演していく現象が起きていると思いますが、このようにインターネットのスターが「ここに出たい」と思う作品が集まる場を作れたら。そこで我々が戦略として練ったのが、このsmash.というサービスです。

故にsmash.は、誰でも参加できるものではなく、ジャニーズはじめ、人気アーティストや俳優・トップタレントの方々など、限られた方々だけが登場できる場所になっています。

ネットにおける誹謗中傷を踏まえて、サービスを考えていく

今日、お伝えしたかった大きなポイントになるんですが、実はアメリカに「Quibi(クイビー)」というサービスがありまして。ご存じの方もいらっしゃると思うんですけれども、短尺でスマホオンリーの縦型で高品質な動画をお届けするサービスです。

このサービスは、今年(2020年)の4月にローンチした半年後にクローズのニュースが出たりしている状況なんですが、実は我々も4月にsmash.をリリースする予定でいました。ただ、そのタイミングでこのコロナ禍が深まっていった状況がありました。この状況をを受けて、リリースタイミングを真剣に悩みました。

SHOWROOMは「素早く市場に出して世に問うべきだ」と前半にお話をしたので、それと矛盾するように感じられるかもしれません。ただ、コロナを受けて、今回は前提となるゲームルール自体があまりにも大きく変わってしまうかもしれない状況でした。大きなリソースを投じて勝負を仕掛けるsmash.でしたので、敢えて市場の世の中の流れを見て、リリースを半年遅らせる意思決定をしました。

その中で大きな変更を加えました。もともとsmash.は、ソーシャル要素を除いていたんですが、各SNSの利用動向や重要性が急激に増していることを無視せずに、サービスに入れ込みました。コロナ禍の影響で、明らかに現実世界におけるコミュニケーション濃度が薄まってきて、仮に日常が戻ってもネット上でコミュニケーションを確認し合う重要性はしばらく消えないだろうと思ったからです。

そしてもう一つ、今年(2020年)の大きなトレンド「ネットにおける誹謗中傷や心理的安全性の欠如」がSNSのテーマになっていたと思います。おそらく、これからSNSがより閉じていく。より閉ざされた空間の中で会話をしていく世界に移り変わっていくだろうと考えて、サービスの仕様を大きく変更しました。

想定の3倍以上利用された「PICK」の開発秘話

そして、smash.リリース後にデータを見ていると、想定していなかったことが起きました。それは「PICK」という機能についてです。この機能は、動画を摘むような動作で切り取ることができる機能です。

結論からお話しすると、PICKは想定の3倍以上利用されている現象が起こっていました。毎日smash.のユーザー利用データを見ているんですが、もともとPICK機能がここまで使われると想定していませんでした。

本来、ソーシャル機能とPICK機能は、完全に分ける想定でした。しかし、ここまでPICK機能をユーザーの皆様に使っていただけている状況を受けて、むしろ「PICKきっかけのコミュニケーションが起きるように設計していくべきでは?」という新しい仮説を立てました。例えば、自分が好きな動画の場面を切り取って投稿すると、他のユーザーがそれを見て「この場面を切り取るなんてセンスがいいね」というコミュニケーションが起こるようなイメージです。

PICKをきっかけに会話が生めていくならば、それはまさにInstagramのストーリーにも似た「1対多→1対1」という(既に普段経験している)体験になるのではないかと。Instagramでは、どちらかというと洗練されている動画ではなく、一般の方がなんとなく気軽に撮った動画であることが、ユーザー同士のコミュニケーションにつながっていると思うんですけど、これをプロの動画でやってみたら何が起こるんだろう? という好奇心も、PICK操作にソーシャルを掛け算した理由です。

「データには体温が通っている」という考え方

「データには体温が通っている」と僕は思っています。当たり前のことではありますが、データとは、ユーザーの皆様が実際に皆さんのこの右手で……もちろん左手かもしれません(笑)、朝から夜まで、生きたその手で触れた結果の数字です。それゆえデータは「ユーザーの方々の手癖や息吹が生々しく現れてくるもの」だと思っています。

ユーザーの血の通った生命のようなデータを、常に見つめ続ける。データって一見ドライで、血の通っていない感じがするんですけど、その向こう側には人間がいて、血が通っていて、実はすごく温かいものです。

データという“生きた血”を丁寧に顕微鏡で日々見つめることで、ユーザーにとにかく寄り添った開発を高速で回していく。データから感じるユーザーのみなさんの温度を更に高めていって、もっと喜んでいただけるサービスをものすごいスピードで作っていく。これが、それが今日、この時間をお借りして伝えたかった一番のメッセージです。

ご清聴ありがとうございました。