研究者らがビーカー内で観測した、不思議な現象

マイケル・アランダ氏:すべての生命は、生きるためにエネルギーを必要とします。そしてエネルギーを分解すると、電子に行きつきます。しかし生き物がエネルギーを得るには、電池を舐めて充電完了というわけにはいきません。

空気や食べ物などに含まれる電子を、体内で消費できる形に変換する化学反応が必要なのです。この「体内で消費できる形」が、アデノシン三リン酸です。この名は聞いたことがあるでしょう。

さて、未知なる細菌の世界には、電子を直接制御するだけでなく、迅速に伝達できるものも存在します。ある細菌は生きたワイヤーを生成するのです。これは単に驚異的であるだけでなく、携帯電話から医療用インプラントまで、あらゆるワイヤーに応用できる可能性があるのです。

2010年に刊行されたある論文によりますと、研究者らが堆積物をビーカーに入れて研究したところ、不思議な現象が観測されました。この堆積物は酸素が乏しい無酸素状態で、硫化水素を豊富に含んでいました。ところが、ビーカーの観測を続けたところ、大量の硫化水素が消滅していくようなのです。

一つの化学成分や化合物が消えるのは、別段、不思議なことではありません。単に、なんらかの化学反応が起きている証拠だからです。このケースでは、犯人は酸化還元反応であることが考えられました。酸化還元反応とは、2つ以上の化合物間で、電子が授受されることを指します。堆積物内では、酸化還元反応はよく見られる現象です。

酸化還元反応では、酸化性物質という物質が電子と結合し、還元性物質という物質が電子を放出します。このような授受が起こると、電子が放出され、エネルギーとして使用することが可能になります。

この場合は、硫化水素は酸化還元反応を起こして、電子を放出したと考えられます。すると、硫化物は硫酸塩という別の物質に変化します。このような反応が起こったということは、電子を受け取る側の酸素などの酸化性物質があったはずですが、理論上は、酸素の乏しい泥の堆積物内では、これはありえません。

可能であるとすれば、酸素分子が、上に溜まった水から下の堆積物へと染み込む、浸透というプロセスが考えられます。しかし、浸透はゆっくりと起こるため、この実験において硫化水素が消滅するスピードとは辻褄が合いません。

他に考えられうるのは、仮住まいをする小さな生物がいて、酸素を直接硫化物に供給したことです。しかし研究者らは、実験前に微生物をすべて除去しているため、これは考えられません。その結果、ちょっと変わった結論が導き出されました。酸素が泥の中には入り込んでいなかったとしたら、どうでしょう。そのかわり、電子そのものが動き回っていたのかもしれません。

医療分野に革命をもたらすかもしれない、ケーブルバクテリア

ここで本題の、命を持ったワイヤーの話に戻ります。研究チームは、堆積物の中に「ケーブルバクテリア」という生物を発見したのです。

この微生物は、自分の体の細胞を使って電子を数センチメートル伝えることができます。微生物からすれば、これはたいへんな長距離です。また、微生物の世界では稀である、多細胞であるがゆえにできることでもあります。

ケーブルバクテリアは、1万個近く集まった直径1ミクロンほどの細胞から成り、これらは繋がり合って細長い紐状を呈しています。海底沈殿物内や地下水の中、深部地下などのような、低酸素かつ硫化水素を豊富に含む環境で見られ、これらの生息地において濃密なネットワークで繋がっています。

これらのケーブルは、酸化還元反応のそれぞれの半反応を、互いに結び付けているのです。この場合であれば、低酸素の堆積物内部で、還元性物質である硫化水素を、表層近くのなんらかの酸化性物質と結び付けています。文字通り体を張って、自らの細胞内で電子を伝達することにより、酸化還元反応が起こっていたのです。そしてこのプロセスで、細菌全体に行き渡る十分なエネルギーを生成しているのです。個々の細胞内でエネルギーを生成する他の生命と比較すると、これは驚くべきことです。

ケーブルバクテリアは、細胞膜や細胞のエンベロープを間に挟んだ、多様な平行繊維を駆使してこの驚くべき性能を発揮します。この繊維は、電子を伝達するだけでなく、細胞同士を結びつけ、個々の束を形成する役割も果たします。

電子を伝達する能力も非常に高度なものです。ケーブルは極めて伝導性が高く、その性能は折り畳み式携帯やソーラーパネルなど、人類が開発した最先端のポリマーにも匹敵します。

この発見は、未来のテクノロジーに大きな寄与をする可能性があります。将来は、生きた電導ケーブルをラボで培養できるかもしれません。そうなると、生分解性のある電子機器の製造も、夢ではありません。医療用インプラントなどにおいて、一定期間これらの細菌を活用した後に、自然に体内で分解され、患者が全快する頃には自然に消えるような物を作れるかもしれないのです。

これは、分野や生命を変えうるイノベーションかもしれません。ビーカーの泥を研究するだけでこんなことが実現できるなんて、すばらしいとは思いませんか。