金銀のみ盤面VS通常盤面の勝率予想

ーーまず将棋で組織論を語る妥当性について、率直な感想をいただきたいと思います。

そして前置きになりますが、本企画は組織論を将棋に置き換え、属人性を排除した場合に、新たな組織論のヒントを見出していく狙いがございます。そのため、人間を将棋の駒で例える表現が出てくる可能性がありますが、そのような意図はないことを読者のみなさまにはご理解いただいた上で、お伝えしていければと思っております。

遠山雄亮氏(以下、遠山):なるほど、わかりました。将棋で組織論を語る妥当性ですね。まず"将棋が強い=うまく組織をまとめられる”と問われれば、それは一概には言えないように思います。

将棋は組織論に活かせるヒントがあるのかもしれませんが、棋士が運営する将棋連盟は、組織運営がうまいと評価いただくことは残念ながら多いわけではありません。棋士は経営のプロではないので、これも一概には言えませんけども。

ーーでは今回は、その辺りのヒントを引き出していけたらと思っております。ではさっそくこちらの盤面について考えていただきたいと思っています。

遠山:これは……通常の盤面VS 金銀のみ(玉将を含む)盤面ってことですね。

ーーそうなんです。最初にお伺いしたいのは、通常の盤面と平均力の優れた盤面が対峙した時、勝敗はどうなるのか? という予想をしていただきたいんです。

遠山:なるほどですね〜。

ーーあらゆる個性の集団である通常盤面と、平均点の高い盤面はどちらが強いのか。将棋の視点でアプローチしていただきたいです。

遠山:わかりました。これは一度も想像したことがないのですが、やってみましょう!

(熟考)……

遠山:これ、金銀盤面のほうが強そうに見えるんですが、恐らく手数が進んでいくと、揉み合っている間に、持ち駒に金銀が増えていくと思うんです。

歩や香を金銀と交換することができれば、通常盤面が勝つ可能性はぜんぜんあると思いますね。いや、むしろ通常盤面が勝つ可能性のほうが高いんじゃないですかね。

ーー遠山棋士の予想勝率はどのくらいでしょうか?

遠山:うーん、そうですね。6:4で通常盤面みたいな感じですかね。

大切なのは、目の前の勝負にすべて勝つことだけではない

ーー通常盤面の方が勝率が高くなるんですね! まずは優秀な駒だけが集結した盤面のデメリットを教えていただきたいです。

遠山:金銀盤面のデメリットは、能力が高い駒が多すぎて、犠牲になれる駒が少ないことだと思います。将棋って、弱い駒を犠牲にして成果を上げる考え方が重要になるんですね。

なので優秀な駒ばかりだと、逆に行動が縛られてしまう。ちょっと多様性に欠けすぎると思うんですね。

ーーもしこれを組織論に置き換えた場合、優秀な人材だけを集めても強い組織にならないと考えられますか?

遠山:という気がしますね。

ーーでは逆に、通常盤面のような多種多様な人材の個性を生かすポイントを教えてください。

遠山:なんだろうな〜。やはり組織と将棋の違いとして、属人性の有無が挙げられますよね。将棋は属人性がまったくないですから、配慮なしに進められるわけです。

そこを含めて考えると、目的をはっきりさせることかなと。つまり、将棋の最終目的は玉将を取ることですよね。それまでは、相手の強い駒をいっぱい集めておいて、戦力を増強して最後に仕留めるという目的がはっきりしています。将棋の場合は、人間や組織と違って絶対に裏切らないので(笑)。

例えばこの盤面を見てください。歩は前に出ることで銀に取られちゃうんですけど、後ろの香で取り返せます。結果として、歩は犠牲になったけど、銀を取ったという高い成果が上がっていますよね。

遠山:例えば、目の前のプレゼンや営業が失敗しても、それが次への足掛かりになっているとか。そういう狙いが組織内で共有できていれば、個性を生かした正しいチャレンジができるのではないかと思いました。将棋のように、失敗したら相手の組織に奪われてはいけませんけど(笑)。

ーー例えば、「業界で一番の組織になる」と目標を設定した時に、目の前の行動が成果につながらなくても、今後の成果につながるとチーム内で認識できていればいいというか。

遠山:そうですね。目の前の勝負にすべて勝つだけではなく、時には挑戦や負けを許容して、最終的な目標をチームで達成できると良いのかもしれません。

強い個性を持った人材はどう配置するべきか?

ーーそれでは次に、「成る」について組織論で考えていければと思います。

遠山:そうですね。将棋にとって成ることは非常に大事な要素です。子どもや初心者に成るについて教える時は、「とにかく"飛車”と"角”と"歩”は成りなさい」と教えますね。

ーーなぜ飛車と角と歩に限定されるのでしょうか?

遠山:そもそも成るという行為は、敵陣に入った際に駒が進化して能力が変化することを指すんですね。同時に、敵陣に入っても成らなくてもいいルールもあります。

例えば、銀や桂や香って独特の個性があるので、成って金と同じ能力に進化するよりも、そのままの個性でいたほうがいい場合があるんです。なので、銀と桂と香は状況次第で判断すべきですが、「飛車と角と歩は必ず成りなさい」と教えるんです。単純に能力が増えますから。

ーーでは、銀や桂や香のような個性の強い人材は、そのままの個性を活かしたほうが良い場合があると。

遠山:将棋的に考えればそうですね。強い個性を持った人材が成功体験を収めた時は、そのままの個性を継続すべきなのか? 成って手堅い役割をしてもらうべきなのか? この辺りは経営者やリーダーの手腕の見せ所だと思います。

なので、個性の強い人材が成功体験を収めた時は、必ずしも手堅い人材へのステップアップを求めるべきではないということでしょうね。

歩を進化させる「棒銀」という基本戦術

ーーなるほど。では将棋で組織論を考えていくと、できるだけ多くの人材に成長の場を与えて、能力を進化させることが大切になってくるのでしょうか?

遠山:いろいろ繋がってきておもしろいですね。まさに将棋でも、歩や飛車や角が成ることを常に考えていますし、成ることで組織の戦力は大幅にアップするでしょうね。

特に、歩が成ることは将棋にとってかなり成果が大きいんです。歩が金と同じ動きになる上に、もし相手に取られても歩ですから。

なので"と金”(注:歩が成った際の名称)は金と比べて価値が高くなるんです。新人社員が優秀な金に進化するわけですから。

ーー新入社員にチャレンジさせて能力を進化させることは、大きな可能性があると。

遠山:すごく大事だと思います。ただ、できることが少ない歩が敵陣に入るためには、ほぼ確実にバックアップが必要なんですね。

ーーバックアップですか。

遠山:例えば、バックアップがないまま歩だけで突っ込んでいっても、状況を好転させることはできません。もし敵陣に入れたとしても、後ろの駒に取られて、ただの歩の交換で終わってしまうんですね。

これがまだ将棋の話なら良いのですが、人間で考えると絶対にやらない方がいいじゃないですか。そういう時に、棋士が意識しているのは、いかに歩をバックアップしながら敵陣に攻め入るかです。

例えば将棋の戦法に「棒銀」という基本戦術があるんですね。

この棒銀は、飛車の前の歩を前進させていく方法です。ただ、歩と飛車だけでは攻めきれないので、銀も歩と一緒に出ていくるんですね。

歩と銀と飛車の3駒で同じ2筋を攻めていく戦法、これが棒銀です。そしてこの棒銀は、子どもや初心者に最初に教える戦法でありながら、加藤一二三九段なども得意とした汎用性の高い攻撃戦術です。

このように、歩が敵陣に入っていくためには、バックアップや援軍が必要になるんです。将棋は簡単に相手の陣を破ることができないので、うまく駒を連動させていくことがすごく大事になります。

ーーおもしろいです。これを組織論に置き換えると、1人の新人社員が成るためには中堅とエースが必要になるみたいな。

遠山:組織論で考えれば、まさにそういうイメージですね。そして、将棋が上手な人ほど歩の使い方が上手だったりします。もしかしたら、良い組織ほど新人の使い方やバックアップ体制がしっかりしていて、新人の進化や覚醒が活発なのかもしれませんね。

できるだけ多くの新人社員に成長の機会を与えて、中堅やエース人材がそれを効率的にバックアップする。新人社員はチャンスを掴んで、能力を進化させて組織力を大幅にアップさせる。これは将棋にも組織論にも通じることかもしれませんね。

与えられた役割を楽しむことで自身の可能性は大きくなる

ーーでは、例えば今は歩だけど、将来的に香になりたいと思っているが、職場に香人材がいっぱいいた場合はどうするべきでしょうか?

遠山:ここは、リアルと将棋の違いだと思いますが、人間は将棋のように役割に縛られていないので、与えられた役割を楽しむのが良いんじゃないかなと思います。

今は自分のなりたい役割じゃなくても、組織の役に立っていることを認識することが大切ですし、さまざまな役割を覚えることで自分の動ける範囲が増えるわけです。

チャンスが回ってきた時に備えて、与えられた役割でできることを広げておくと、チャンスを掴みやすくなると思いますね。金の能力を持ち合わせた香になる、みたいなイメージでしょうか。

ーー香や桂のように、個性を活かして進んでいきたい人材が増えてきたように思うので参考になるかもしれません。

遠山:でも将棋的に言うと、桂とか香っておいてけぼりになりがちなんですよ。香は特にそうなんですけど、戦いが激しくなると四隅の香だけ1回も動かないまま終わっちゃうみたいなケースもあるんです。

ーーそうなんですか!?

遠山:香や桂みたいな駒は、自分では行けると思っても、それが戦況的にプラスに働かないことも多いので、実は打席に立つチャンスが少ない駒とも言えるかもしれませんね。

普通の組織が強くなるためのポイントは新入社員にあり

ーーでは最後に、普通の組織が平均力の高い組織に勝つためのポイントをまとめていただけますか?

遠山:やはり一番大きそうなのは、より多くの新人社員を進化させること。それを達成するために、適切で効率的なバックアップ体制を整えことじゃないですかね。

一度能力が進化できれば、「もっと突き進みたい」なのか、「よりトリッキーに」なのか、「組織を守る」なのか。新人の立場から自分のなりたい選択肢を掴んでいける人材が増えて、組織としても効率良く強くなれるのかなと思います。

そしてやっぱり、歩は前にしか進まない駒なので。どんどんチャレンジしていかないとダメです。

最初は誰でも前にしか進めない。だから若者にはどんどん前に進んでほしい。組織としては、その挑戦を成功体験に変えるために、しっかりとバックアップ体制を整えて組織力を高めて欲しいと思いますね。

(後編に続く…)